戦士パルマの旅立ち-1
ディクサ王国首都から遠く離れた地。森と共存するレーザ村に、一人の少女が居りました。その名前はパルマ。馬鹿力と快活な性格から人々に愛される人間です。
パルマは幼い頃から村の外に関心を寄せていました。長老達はそんな彼女に村の仕事を与えて気を散らそうとしましたが、彼女は村人の目を盗んで身体を鍛えるようになりました。そしてある日、外からやって来た行商人によって夢見た世界を知るのです。
なけなしの小遣いを叩いて買った本。それは遥か昔の戦士が活躍する英雄譚でした。パルマは昼夜を問わずに読み耽りました。彼女は字は読めましたが難解な事に対してはすぐに飽きてしまいます。が、その時だけは飽きることもせず、英雄譚の中で活躍する夢をすくすくと育みました。そして長老達は自分達がパルマに与えた処置に満足しており、彼女の行動に気付くのが遅れました。
パルマは再び村人の目を盗み、出立する行商人へ『戦士』のなり方について尋ねます。戦士とは、王国が定めた戦う者のこと。大陸中を旅し、魔物を退治したり人々の頼みを聞いたり、王国の招聘に応じて戦いに臨む。そんな重責を担う戦士になるには、審査官を村に招き審査を受けなければならない。────彼女の目は輝き、それ以来更に熱心に身体を鍛えるようになりました。いつか自らの努力が認められると信じて。
事ここに至って、長老達もパルマの目標に気付きました。彼等は村の外の危険や魔物の恐ろしさ、人々の邪悪さを持ち出してパルマを説得しようとしましたが、聞き入れられる筈もありません。むしろ「外の世界を知りたい!」「私がみんなを笑顔にするから大丈夫!」「だから武器の使い方を教えてください!」という前向きな言葉で押し切られてしまいます。
……世間知らずで穏和で快活なパルマではありますが、彼女の努力の結晶を無下にする訳にもいきません。むしろ長老達の中には閉鎖的なレーザ村からパルマのような突然変異種が現れて喜ぶ者まで現れ始めました。
「パルマ。お主は馬鹿力だけでこの世を渡っていけると思うか?」
ある時、消極派だった長老の一人が伐採の仕事をしていたパルマにそう尋ねました。
「……多分無理だと思う!けど、助けにはなるかもしれないよ!」
パルマはそう答えます。そして彼女は斧によって倒れた、決して細くなく短くもない木を「ふん」という気合いと共に持ち上げました。
「難しいことはわかんないけど……とにかく外に出たいんだよ!」
「……」
長老は黙ってその言葉を聞きます。抱えた木を持ってパルマが歩き始めると、無言のままその後ろに着いていきました。数分経ち、彼女が指定の場所に木を横たえて一息つく代わりに長老の態度を不審に思い始めたところで、彼は再び口を開きました。
「よろしい、パルマ。お主がこの村に伝わる特訓を受ける事ができるように他の長老に掛け合ってみよう」
「特訓!?」
パルマの目が輝きます。
「もう何十年も昔の事だ。戦士を目指す若者がいた……しかし彼は特訓で心を折られた。学もあり、審査を受けていればまず通ったであろう人間がな」
長老はゆっくりと語ります。その口調はまるで見てきたかのような────実際目にしたのでしょうが────ものでした。パルマは目の輝きを引っ込めて、神妙な表情を作ります。似合いません。
「パルマ。お主も知っておろうが戦士は力だけで成れるものではない。力は要素の一つに過ぎない。人や魔物と戦う時の駆け引きや身体の動かし方……武器の扱い方。魔法の扱い方……それら全てを最低限身に付ける必要がある」
「魔法……使ったことないや」
「魔法は使えなくとも戦士としては生きていける。だがここから語るのが重要だ。戦士となるには教養も身に付けている必要がある。……地図の読み方、人と話す時の態度……礼節だな。特訓では教養や礼節も身に付けてもらう」
礼節と聞いてパルマは背筋を伸ばします。
「礼節って敬語とか?」
「敬語とは限らん。目上や同格の者と接する時の態度や言葉だ。……今お主は私に無礼な言葉で話したな。村にいるうちはいいが外で同じ事をすれば命があるか分からぬぞ」
そんな大げさな、と言える雰囲気ではありません。パルマは押し黙っています。
「お主は座学が苦手だ。私も座学を強制するつもりは無い。……その代わり、特訓で身体へ徹底的に教え込む事とする。……どうした、怖気付いたか?」
長老が俯きかけたパルマの顔を覗き込もうとした時、彼女は毅然として顔を上げました。そして、断言します。
「やります」
「……よく言った。レーザの神に誓うか?」
「はい!私パルマは……戦士を目指す事を誓います!」
「よし」
長老が周囲の茂みへと目配せしました。するとそこら中から村人達が出てきます。驚いたパルマへ、彼等彼女らは口々に呼びかけます。
「頑張れ!」「わざわざ隠そうとしなくても良かったんだよ」「応援してるぞ!」「よっ、力自慢!」「パルマ!」「戦士になってくれ!」「もし戦士になったら外の世界の話、たっぷり聞かせてね!」「パルマ!」「特訓はきついぞ!」「パルマ!」「寂しくなりそうだな……」「パルマ!」「パルマ!!」
「みんな……」
他の長老までもが輪に加わっていた事にパルマは驚きました。彼女は一瞬だけ泣きそうになりながら、それでも踏みとどまって空に拳を掲げます。
「諦めるもんか!特訓がどんなもんだ!私は戦士になって……外の世界を目指すんだ!!」
時は夕暮れ。しかしレーザ村の一角には、暗くなっていく空に負けないほどの光が輝きました。