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言葉狩人・レナ

作者: 鳥宮船

 依頼書に目を通すと、私はため息をつかざるをえなかった。


「これは、報酬を弾んでもらうわよ」


「それは構わない、依頼人は資産家だ」


「今回は準備に何年もかかるのよ。当たり前でしょ、この内容じゃあ」


 それでも確実に私は言葉を狩る。長年の実績からその信頼は勝ち得ている。


「急いでもらえるか?」


 応えず、ごちそうさまとだけ言って席を立つ。仲介役は楽よね。私たち狩人をせっつくだけでいいんだから。


 喫茶店を出ると、今度は八月のうだるような日差しが私をせっつく。

 新宿の繁華街は夜だけが賑やかではない。ほとんど観光地化したここでは、昼日中でも多くの人が通りを闊歩していた。

 人波を泳いですぐ近くのペットショップへ入る。夜の家業の女性たちをターゲットに開かれた店には、まだこの世をほんの数ヶ月しか知らない無垢なふくふくが透明のショーケースごとに入れられていた。

 私は断然犬派だが、依頼のために猫を購入する。


「ちゃんと面倒見れるのかよ」


 派手好みの私の服装を見て夜職の人間だと思ったのか、揶揄を含んだ批判が私の背に聞こえるか聞こえないかの声で届く。「ちゃんと面倒みれるのかよ」・・・・・・言い言葉だわ。今後もしこの言葉の依頼があったら、こういうシチュエーションで聞くことができるのね。言った本人は自分への評価がむやみに高い大学生らしき若者三人組の一人で、入り口付近のショーケースの中のレトリーバーを指であやしていた。


「見た目で人を判断するのはいいけど、口に出すのはダサいわよ。あと、ペットショップは彼女ができてから来なさい」


 公平に見た目で彼女がいないと判断し、横を通り過ぎながら微笑んで言ってやる。彼らはぽかんと口を開けて二の句が継げない様子で私を見送った。こういうのも言葉狩り、と言っていいのかもしれないわね。

 大通りまで出てタクシーを拾うと、私は段ボールでできたキャリーボックスに話しかけた。


「さあ、私と相棒になってもらうわよ」


 ニャアというとろけさせるような可愛い声が、私の犬派の信念を簡単に寝返らせた。


 私は言葉狩人。言いたい言葉、聞きたい言葉を自然な流れを演出して引き出す裏社会の住人。

依頼は多岐にわたっていて、あまり愛を語らない夫から「好き」という言葉を聞きたいとか、過去のいじめの加害者から「私が悪かった」と言わせてほしいとか、偏屈な高齢者から「ありがとう」と感謝されたい、なんていうのが一般的。


 言葉はその人の頭の中にある辞書からしか出てこない。そのためまずはその言葉をターゲットの生活の中に登場させて無意識にその人物の頭の中に言葉を書き込むことから始めるのが鉄則だ。しかし今回の依頼は「生涯で一度は言ってみたい台詞を言いたい」ということなので、そこを割愛できるのだけはありがたかった。


 実はこの手の依頼は結構あって、金持ちの中の道楽として人気になってきている。

 かつてあったのは「月がきれいですね」や「盗人猛々しい」、「君の瞳に乾杯」、「馬鹿も休み休み言え」など、ドラマや映画、歴史上の人物の名台詞、慣用句、四文字熟語が多い。昔のCMから「あら、こんなところに牛肉が」という依頼が来たことがあったが、それはただ牛肉を意外なところに設置すればよかったため非常に楽だった。今回の依頼もそういう意味ではけっして突飛とは言えない言葉なのだが。


「“この泥棒猫!”ね・・・・・・」


 キャリーボックスに添えた手に、温かいふわふわがすり寄ってくる。この可愛い生き物を今から数年かけて、実際に泥棒する猫に訓練をするある種残酷な所業に気が滅入った。

 しかし資料によると依頼人は高齢の寡婦で、子供もおらず、人付き合いもほとんどしていない。設定できるシチュエーションは自ずと決まっていた。


「大丈夫、あなたは私が生涯世話するわ」


 指先でふわふわを優しく撫でる。

 バックミラー越しに見たタクシー運転手の口元が緩んだ気がした。


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