昇る暗雲、暗闇の王都にて ー3ー
日が落ち、暗闇が幅を利かせる夜の王都。普段ならこの時間でも賑わっているのだが、今は賑わいはなりを潜め、静寂と暗闇だけが顔を見せる。
魔力喰らい。
王都に静けさをもたらせた元凶たる怪物。その影響はこの静かな王都が何よりも物語っていた。
……剣から、手が離せない。知らない街を歩いてる気分だ。さっきから、異様な空気が肌を撫でて、警戒を解く事を許してくれない。
月明かりと、ぼんやりとした光を灯す街灯。乏しいが灯りがあるのが幸いだ。おかげで、辛うじてこの場所が慣れ親しんだ王都だと思えるのだから。
「……で、良い加減に話してくれないか?」
「……どれを、かしら。」
「全部に決まってんだろ?」
「そう。」
足を止めて、前をいくノインに問いかけると、ノインも歩くのを辞め振り返ってくれた。どうやら、話す気にはなってくれたみたいで良かった。
魔力喰らいについて知ってる事。師匠が何を企んでいるのか。あの場が危険だという理由。……聞きたい事は山程ある。
分かっているのは、俺達が別行動しなくてはいけないという事だけ。……離れてから暫く経っているんだ、聞くには良い頃合いだ。
「…………魔力喰らいは、何だと思うのかしら?」
「…………魔物、だろ?」
「そうね。恐らくは魔物でしょうね。けど、本当にそれだけかしら?」
………………。何故、話を聞きたいと言ったのに、さらに疑問に晒されているのか…………。……まぁ、いい。で、それだけかどうか、ね。
……当然、答えは否だ。俺だってそこまで間抜けじゃない。今回の件に不可解な点が多い事ぐらい分かるさ。
まず、急に現れた事。魔力喰らいとかいう化け物が何の前兆も無く突如湧いて出てきた、なんて、そうそう有り得ない。しかも、異様なほど静かに、だ。それこそ、最初は有志の生徒と、警邏の騎士だけで当たっていたのだから。もっと大事になっていて可笑しくないと思う。
次に、対応があまりにも異様な事。確か……全部で五回だったか。それだけの回数をこなしていながら、掴めてる情報が無さすぎる。仮にも王都で起きている事件なのに、あまりに悠長が過ぎる。未だに姿すら朧気なんて可笑しいだろ。
なのに、魔力を奪う、だの、人が攫われているだの。その脅威だけは余す事無く伝えられているのだから、明らかに情報が寄りすぎだろう。
と、他にも挙げようと思えば、幾つか浮かぶほどには、不可解な点が多いのだ。……何かあるのは間違い無いだろう。……何があるのかは、分からないんだけどな。
「…………違う、としか。」
「……それが分かって、何故辿りつかないか不思議だわ……。」
苦し紛れに出した答えは、お気に召さなかったらしい……。落胆した、と書かれたノインの顔で見られた……。仕方無いだろ。そもそも、詳細を知れたのが最近なんだから……。
呆れたノインは話をやめるかと思ったが、意外にも続けてくれた。
「……魔力喰らいは、人為的な何か。私とアリーゼはそう見ているわ。」
「…………へぇ。」
「そう考えると、辻褄が合う事が多いのよ。」
「…………まぁ、確かにそうだわな。」
まず急に現れた事への説明がつく。誰かが王都に放ったとすれば、そりゃ、突然現れる事になるだろうし。次に、不明瞭な情報もそう。裏で誰かが弄っているというのなら、辻褄は合うだろう。
けど、そういう事なら……。…………いや、そういう事なのか。だから、ノインは二人で動きたがったのか。
「……分かったみたいで何よりね。……あくまでも、仮説よ。確証は無いわ。」
「……けど、可能性は高いんだろ?」
「えぇ。じゃないと、魔力喰らいの行動に説明がつかないもの。」
「行動、って、どれの事だ?」
「毎回必ず調査隊に被害が出ている事。と、アリーゼを明確に避けた事。」
「なるほど。そりゃ確かに。」
嫌な話だ。こっちは情報不足。だけど、向こうには筒抜けですってか。…………確かに、あの場は危険だったな。
「…………目的は?」
「どうでしょうね。今のところは、魔力と人を集めている、ぐらいしか分からないわ。」
「充分厄介そうだけどな。」
「全くね。」
思っていたよりずっと厄介事だ。集めて何かをしたいのは確定だろうしな。じゃなきゃ、わざわざ王都で事を起こさないだろう。私怨でも無ければ……な。
「……それを探るのも、面倒事の一つよ。」
「…………責任重大だな。他には?」
「解析。」
「だと思った。……俺の仕事は護衛って訳な。」
「その通りよ。」
人差し指を自らの瞳に向けたノインからは、予想通りの言葉。
ただでさえ手探りな状況なのに、大変そうで同情する。……便利すぎるのも考えものだな。それに比べて俺の役割は簡単で助かる。とりあえず、いつも通り時間を稼げば良いだけなのだから。
俺じゃなきゃいけない理由も分かった事だし、邪魔しないように精一杯の頑張りを見せるとしよう。
「で、見つけなきゃいけない訳だが、アテはあんの?」
「あったら、とっくにアリーゼがどうにかしてるわよ。」
「無策なのかよ……。」
期待してかけた言葉は一蹴されてしまった。 意気込みしたというのに、出鼻を挫かれたぞ、おい。しまったなぁ。伝達用の魔法器具ぐらいは貰ってくるべきだったか……。
と、一人と早過ぎる後悔に頭を抱えていると。ノインが再び口を開いて。
「ただ、そのうち出てくる事は確実よ。だって――」
――魔力を欲しいなら、私を見逃す理由は無いでしょう?
どこか挑発めいた、それでいて見惚れるような綺麗な笑顔でそう言ったのだった。随分と様になる事で、照らす月のせいもあって絵でも見ている気分だ。
本当に……?とは思うが、ノインが此処まで自信満々にいうのだから、そうなのだろう。
「……じゃ、それまでは夜の王都を楽しむとするか。」
「いいわよ。……静かな王都なんて、もう二度と見れないでしょうしね。」
「………………まっ、確かにな。」
「えぇ。今日限り、よ。」
そうして隣だって歩き出す俺とノイン。ともすれば、デートにも見えるそれは状況と真逆に和やかに進んでいくのだった。…………さっきの顔は師匠に似てた、と言ってしまうまで。駄目と分かってても言ってしまいました、とさ。
――――――――――――――――――――――――――
「はぁ、、はぁ、、っ!」
王都の路地を年若い騎士が駆けていく。脂汗を滲ませ、恐怖と焦りがまじった表情を浮かべる彼の脳裏にあるのは一つだけ。
「(なんで……こうなったっ!?)」
舐めていた訳じゃ無い。確かに評価をあげる絶好の機会だと思った。騎士になってからは埋もれていた自分が、上にいけると。
そうして野心を滲ませながらも、警戒は怠っていなかったし、油断もしていなかった。
これでも騎士で、場数も踏んできた。慢心が命取りになるのは、ちゃんと知っていたから。
「(―くっそ!最初は上手く行ってただろ!)」
隊は馴染みの有る若い騎士ばかり。不安要素の生徒もおらず。三番隊で共に過ごしてきた面子だった。魔法師が二人に前衛が三人、と中身も申し分無し。
連携も実力もあって、ちょっとの事では動じないと喜んでいた。それに、最悪、グリード隊長という切り札が控えているから死角は無いと、男とその仲間達は思っていた。し、事実、それはそうだった。
だが。現実は違った。
「(聞いてないぞ、こんなのっ!!)」
綺麗だった鎧は欠け、数日前に拵えたばかりの剣は、自慢の刀身を失い手元から消え去った。鍛えあげた自慢の身体はその右腕を失い、赤い血を溢し続けている。
そして、共にいた騎士達は。
黒い影に呑まれて目の前で消えていった。
「はぁっ……!はぁっ……――っ!」
ねちゃりねちゃりと耳障りの悪い音が、若い騎士の鼓膜に届く。粘着質の何かが捏ねくり回されるような音。耳馴染みの無い、気味の悪い音。
数分前までの彼にとっては、だが。
「……くっそっ、追ってきたのかっ!」
身体中を駆け回る焦りと恐怖を押し殺し、震えるそうになる身体を黙らせ足を動かしていく騎士。
音から逃げるように、行き先など決めず、ひたすらに王都を進んでいく。
「(追いつかれたら、俺も呑まれるっ!!)」
浮かぶ思いはただその一つ。目にした光景が脳裏焼き付いて離れない。
影に呑まれる、その言葉通りに足下から暗闇に呑まれて消えていった仲間達。音の主に捕まれば、自分もそうなってしまう。
――――そんな焦りが彼の判断を狂わせた。
「しまっ……!行き、止まり……!」
道は知っていて、王都にも慣れていた騎士だった。だが、暗闇と乱れた思考は彼を狂わせ、逃げ場を消し去ってしまう。
そんな彼を嘲笑うかのように、ねちゃりねちゃりと音を立ててゆっくりと近づいてくるナニカ。
「はっ、はぁっ、はぁっ!……駄目、かよっ!やっぱり、起動しねぇ…………。」
荒い息をしながら、彼が手にしていたのは、手のひらに収まるサイズで、中央に円形の凹みが出来た四角い箱。
本来であれば、魔力を通せば、登録されている場所と声を繋ぐ魔法器具。だが、それが起動する事はなく。当然、グリード率いる本隊に繋がる事も無かった。不具合の確認は、受け渡しの際にしたというのに。
理由は騎士にも分かっていた。
「…………あぁ……、魔力を感じねぇ……。」
普段から自分の中に感じていたはずの、力の流れ。当然あるべき、魔力が、綺麗さっぱり無くなっていた。
「どうしろってんだよ…………。」
音はやまず、寧ろより鮮明になっていく。ゆっくりと、だが確実に。恐れているモノは彼に近づいてきている。なのに、逃げ道は無く、武器も失い、身体は欠け、魔力も奪われた。
ぼやきながら、ずるずると背を壁つけて座り込む騎士。そんな彼を置いて、響いていた音が、突然ピタリと治った。
――――――代わりに。異形が姿を見せる。
「っ、ぁ。」
黒い人影のようなナニカ。頭部には口のようなものがついた黒い泥。人体を模して出来たような化け物が騎士の目の前にいた。
魔力喰らい。
剣や、槍は、そのままでは溶かされ。かと言って、魔法は打ち込んでも効いてる素振りが無い。話通りの、いや、それ以上の化け物、だった。
起こった光景に戸惑っているうちに、彼の隊は残らず潰えたのだった。
唯一、彼だけは一人の騎士の尽力で運良く逃げ出せた。だが、それもここまで。今の彼には、抵抗は出来ず、その意思すら失われていた。
「……アダム……、ログ、バロン、ドラン、悪いな……本体には伝えられそうにねぇや。」
託された役目。死した仲間が見つけた情報。それすらも届ける事が出来ず。
「コォロロロロロロ」
「…………くたばれ、化け物がっ。」
魔力喰らいの口から音が鳴る。声にも聞こえる音を鳴らし、ゆっくりと騎士に近づく異形。
年若い騎士は最後の抵抗とばかりに悪態をつくが、気休めにもなりはしない。感情や思考があるかもわからぬ異形はただただ歩を進めるのみ。
「…………星ぐらい輝いとけよ……。」
年若い騎士は全てを諦めて空を見上げた。そこにあったのは、月だけが輝く至って普通の夜空。
暗闇だけが広がる王都。
また一人、行方不明者が増え
「――――――こっち、だっ!!!」
――る、直前。夜空に二つの人影が舞う。
銀光一閃。
舞い降りた一つと影が放った一刀が、異形の首を飛ばす。
「な、ぁ、え、」
「死にたくないなら、早くこっちに来いっ!!」
再び響く男の声。呆然とする騎士には、何が起こったのかは理解が出来ず。だが、誰かが助けてくれた事ぐらいは、回らない頭でも理解ができた。
壁に手をつきながら、覚束ない足取りでそれでも必死に動く騎士。
情けない、そんな想いが彼の心を満たしていく。白い制服、助けてくれたのはどちらも生徒で、本来なら逆でなければ、いけないというのに。
だが、今の自分が足手纏いなのは、誰よりも騎士自身が理解していた。出来ることは無く、彼等に甘えるしか無い。
なら、せめて。託された責務だけは果たさなければ。
「……付与魔法。……あんた、の剣が……通じたの、はそれの……お陰だ…………。切らす、な……よ。」
すれ違い様、薄れる意識の中でそう告げる若い騎士。掠れて聞き取りづらい言葉の羅列。
だが、確かな想いをもった言葉は余す事無く伝わったようで。
――剣を構えた男は、
「助かる。ありがとよ、後は任せろ。」
そう答えたのだった。