昇る暗雲、暗闇の王都にて ー2ー
人国アイゼル。
アイゼル王を主君に栄える人間の国。この世界で二番目に大きな面積を誇っている俺達の住まう国。
中でもここ王都ハーメスは国のお膝元という事もあって、日夜問わず賑わっている一大都市だ。
暮らしている殆どは人間だが、獣人や魚人族を始め、他の種族も良く見かけ、彼等からの評判も悪く無いと聞く。
国が誇る、アイゼル騎士団。その本拠地があって治安が非常に良い、というのも都市の評判を上げている一因だろう。
ただし。そんな誇れる都市であるハーメスが、今はその限りではなくなっていた。
「魔力喰らい、ねぇ。」
我らが王都でそんな事が起こるとは、な。物心がく頃から暮らしているが、初めての経験だ。まさか、王都が何者かに脅かされるなんて。
それも正体不明の魔物の仕業だというのだから驚いた。全く、物騒な世の中だこと。
「何時まで他人事のつもりなのかしら?」
「……どっかの誰かさん達がもっと早く教えてくれてたら、もうちょい危機感あったかもな。」
「そう。文句ならアリーゼに言って頂戴。」
「おめぇも同罪だっ!」
「はぁ……。」
見るからに面倒臭そうな態度をとるノイン。けど、溜息をつきたいのはこっちだっての。
そりゃ、知らなかった俺にも非はあるだろうが……。にしても、近々で教えてきた二人のほうが悪いだろう……。カイルからそれとなく話を聞いた後、中々、話す機会も無かったから仕方無いとはいえ、責任の八割はそっちにあると思うぞ。
「……にしても、壮観だな。……こんだけ人が集まりゃ当然だけどさ。」
「そうね。多過ぎて鬱陶しいわ。」
「…………気持ちはわからんでもない、かなぁ。」
見渡す限り人、人、人。これだけの人数が所狭しと集まっていれば、確かに鬱陶しい。俺達は最後列にいるおかげで多少マシだが、中腹にいる奴らは大変だろうなぁ。
いま俺達がいるのは騎士団本部の一部屋で、今回集まった人員は騎士と生徒合わせておよそ三百人。らしい。ノインに聞いただけなので、本当かどうかは知らない。
ただ、見る限りではそれぐらいは居そう。感覚だけなら更に倍はいそうにも思うが、一部屋に集まっているせいだろう。まぁ、三百人でも充分多いとは思う。戦力的にも、な。
「……本当に三番隊の主力も動かすとはなぁ。」
ボヤきながら最前列を見れば、特徴的な白銀の鎧を身に纏った騎士が数十名。他の騎士と違い、鎧の胸元に白百合があしらわれている彼等こそ、三番隊の主力達。
騎士団三番隊は遊撃を得意とする部隊で、その中でも選ばれた一部の実力者が彼等。
白百合はアイゼル騎士団の象徴であり、実力を国に認められた者だけが、白百合を鎧に刻む事が許されるのだ。そんな連中を動かしてくるのだから、騎士団も本気、って事なんだろう。
「面子の問題があるからでしょうね。」
「まっ、だろうな。」
「えぇ。王都を好き放題荒らされました、なんて騎士団からすれば笑えない話だもの。」
「確かに笑い話にすらなんねぇわな。」
平和な世とはいえ悪意は点在する。そんな中でも王都がひいては人国アイゼルが立場を確立出来ているのは、騎士団の威光があってのもの。
その騎士団が魔物如きに脅かされているようでは、碌な事にならないのは誰でもわかる話だ。
と、まぁ、人数も戦力を充分あるわけなんだが、ここで一つ思った事がある。というか、割と最初から思っていた事なのだが。
「…………なぁ、俺来る必要あったかこれ?」
「珍しい事を言うのね?」
「そりゃ言いたくは無いけどさぁ……。」
俺だって好き好んでこんな事は言いたくない。けど、どう考えても要らない子なんだよな……。ノインは能力的にも必要なのはわかる。けど、俺はなぁ……。魔力喰らい剣だと相手に出来ないらしいし……。俺より強そうなのゴロゴロいるし。ノインの付属品ぐらいの価値しか無いと思うんだよなぁ。
「はぁ……。必要に決まってるでしょう?」
「本当かよ……。」
割と現実的な意見だと思うのだが、どうやらノインは違うらしい。気持ちは有難いが、どう考えても俺の存在意義は無いと思うのだが……?
ノインに視線を送り、理由を教えてくれと、促してみると、返ってきたのは意外な答えだった。
「……貴方がいなきゃ、誰が私と組むのよ。嫌よ、他の人なんて。面倒が増えるじゃない。」
「…………そっちこそ珍しい事を言うんだな……?」
「事実を言っただけよ。」
「そ、そうか。」
こちらに顔すら向けずそう言い放つノイン。本当に珍しいと思う。そりゃ一緒に依頼だの調査だのに出向いた事は多いが、こうしてノインの口から俺が必要なんてのは初めて言われた気がする。
……ちょっと狡い……。普段そんな事言ってこないせいで、こんな簡単な言葉で嬉しく思ってしまった……。なんか負けた気分だ……。
まぁ、連携が取りやすい、って意味でしか無いだろうけど。
俺から見ても、ノインが他の奴と協力してる姿が想像出来ないんだよなぁ。何故か途中から一人で居そうなイメージが浮かんでしまう……。普段から人と居る所を見ないせい。この子学園でも俺か師匠としか話してるところ見かけないんだもん。
「……何よ?」
「い、いや、何でも無い。……とりあえず、足引っ張らないように頑張るとしますか。」
「…えぇ、そうして。ただでさえ、面倒事が多いんだから。……どっかの誰かさんのせいでね。」
「……なるほど。」
少し心配になっていると、視線に気づいたノインに睨まれてしまった。どうも虫の居所が悪いみたいだ。理由は……師匠関連っぽい。俺の所為では無いだろう。本人も面倒事と言ってるし、間違ってはいないはず。
面倒事の中身は知らないが、いつもと同じだろう。どうせ、自分の代わりにノインに見てこい、とかその辺り。毎度のことながら、大変そうで心からの同情する。
ノインの力を知っていれば当然か、と思っていても、な。
「時間だ、これより魔力喰らい事件の調査を開始する。」
可哀想な同期に手を合わせていたら、前方から一際大きな声が響き渡った。
出所に目を向けると、胸元に白百合の装飾がされた鎧を纏った騎士達の中から一人が壇上から声を上げていた。
左右を刈り上げ短く整えられた金髪に、猛禽類を思い出させる眼差し。目元から左頬までに刻まれた稲妻の刺青。腰に下げた二対の短剣。
俺も知っている人間だ。三番隊が遊撃隊として名高い最たる理由たる男。その名も。
「私はアイゼル騎士団三番隊隊長、グリード・ウェイン。改めて貴公らの助力に感謝する。」
”迅雷”グリード・ウェイン。
こうして目にしたのは初だが、その名は知っている。
騎士団最速の剣技の持ち主であり、最優の騎士。名だたる勇士が集う騎士団の中でも、特に秀でた騎士の一人。彼の逸話なら幾つも耳にした事がある。
本当に本気も本気で騒動を終わらせに来たと、彼の姿を目にして改めて実感させられる。
「…………本来であれば、我ら騎士団のみであたるべき事案。だが、生徒諸君にもその力を存分に振るって貰いたい。」
そういうと壇上から恭しく頭を下げるグリード卿。ならって、他の騎士達も一礼。
生徒側には少なからずどよめきと焦りが走るが、彼らは気にも留めない。グリード含め、三番隊は真面目な隊なんだろう。騎士見習いとはいえ、彼らにとっては学生は庇護対象だった、という事が透けて見える。
今回の件で学生を借り出したことに負い目があるんだろう。一角の人物である彼が簡単に頭を下げるのはどうかと言われるだろうが、個人的には好印象だ。
実際、参加していた学生からも行方不明者は出ている以上、彼等騎士団の責もあるだろうしな。
「さて、時間も惜しいので、今回の概要を説明する。」
サッと顔をあげると、グリード並びに騎士隊は佇まいを正し俺達を見据えて話を続けた。
そうして語られた作戦は実にシンプルなものだった。
小隊に分かれての全方位一斉哨戒と、本隊による感知魔法での王都全域探索。その二つをもって魔力喰らいを捕らえる。
哨戒組は発見次第、伝達の魔法器具を使い本隊に連絡。感知魔法に引っかかった場合はその逆。どちらであろうと、最終的には騎士を中心とした包囲網を引き、確実に敵を捕えるとのことだ。
敵の正体が不明かつ未知数で、出現場所も分からない。故に物量を使い見つけ次第、最高戦力で対処するという事なんだろう。
まぁ状況を考えれば、分からんでも無い一手だ。シンプルな作戦で、ミスも起こりづらいだろうし。けど、中々に酷い作戦だとは思うがな。
要するに、本隊以外は全部囮になってくれ、って事だろ。この作戦は。そりゃ、騎士団が並んで頭を下げる訳だ。
俺達以外にも意図に気づいた奴等がいたみたいで、部屋が少しざわつきはじめる。……噂が本当なら魔力を失う。そんな相手に喜んで囮になります、なんて愛国心が振り切ってる奴はそうそういない。
「……貴公らの不安は理解している。」
「……へぇ。」
「…………。」
流石、名高い迅雷卿といったところか。
静かに呟かれたはずの言葉が不思議なほど良く通る。ざわついていた室内も彼の一言で鎮まり返ったのだから感心してしまう。
「…………貴公らは未だ騎士では無い。本来ならば、我々が守り育むべき者達だ。故に、去りたい者がいれば去ると良い。それを責めはしない。」
言葉と同時、横と後ろに数箇所ある部屋の扉が騎士によって開かれる。最後方にいる俺やノインなら、直ぐにでも出て行けるようになった。言葉通りに、嫌なら出て行って構わない、という事だろう。
「だが、もし。この場に。騎士で有りたいと思う者がいるのであれば残るといい。王都が脅威に晒され、住まう民が怯えている。そんな中で、己が身を賭して、彼等を護らんとする。その勇姿を我等は必ず忘れる事はないと誓おう。なぜなら――」
――その意思こそが、騎士たるのだから。
声量はさして大きいわけじゃない。寧ろ静かに語られている。だというのに、グリード卿の言葉は確かな重みを持って響いていく。
「……報酬は無く、名誉も地位も得られる事は無い。……それでも、その身を賭して無垢な民を護らんとする。その覚悟が出来た者だけ残ると良い。」
語りは終わり、沈黙が部屋を支配する。後ろの扉は開放されたままで、行こうと思えばいつでも行けるまま。
だが。
………………出て行く奴は……、いない、まぁ、こんな言われ方をされれば、出ていける人はいないだろうな。……此処で出ていけば、騎士じゃ無い、と言われたようなもんだ。
「………そうか。貴公らの勇気に心からの敬意を評する。……活躍を期待しているぞ。」
全員の戸惑いが晴れたわけではない。だが、迷っている奴はいなくなっていた。ざわつきは完全に収まり、周りの顔をみれば、全員が腹を括ったように据わった目を携えていた。
流石は先輩方ばかりなだけはある。在り方は鍛えられているみたいだ。何にせよ、イレギュラーだらけの今回の件では頼りになる事だろう。
「…………ロイター。仔細を頼む。」
「はっ。」
グリード卿の言葉に隣の騎士が反応する。ロイター、そう呼ばれた騎士はグリード卿に代わり壇上に上がると、そのまま大きな声を響かせた。
「これより器具の貸与と小隊分けを開始する。魔法師はあちらへ。前衛と、後衛はそちらに別れてくれ。」
聞こえた指示に従い生徒達は列を作って並んでいく。そして、テキパキと小隊が作られ、部隊ごとに部屋から出て行き始めた。一組六人って感じだ。それだけいれば、不足はないだろう。
……しかし、俺達はどうすればいいか。ノインと組むのが確実では無くなりそうだぞ。そうなれば、本格的に俺の存在価値がなくなるんだが……。
「行くわよ、リオン。」
「へ?……ででで、首しまるって!」
うんうんと頭を悩ませていると、ノインか襟元を掴み引っ張って来た。声かけてからノータイムでする事ではなくないかっ!?……いや、まじでクビ締まってるっ!
「けほっ、いきなり何すんだっ!」
「いつまでも呆けているからよ。……二人で動くと言ったのを忘れたのかしら?」
ノインの手の手から襟を解放して、抗議すると返ってきたのはそんな言葉と冷たい視線。良くもまぁ、そんなスラスラと馬鹿にしてくれるもんだ。
「覚えてるよっ!けど、良いのか?」
「良いに決まってるでしょう。」
「……そうは見えないけどなぁ。」
周りの連中が怪訝そうにこちらを見ているし。騒いでるから当然か。……あ、カイル先輩と目があった。あんな前の方にいたのか……。
「……それに此処にいる方が危険だわ。」
「?」
「…………気にしなくていいわ。」
「おう……?」
どういう事だ……?此処が危険って、何故そんな事になる……?
と、そんな事を考えている間にも、ノインは一人すたすたと歩き始めていた。良く分からんが、俺の疑問に答えるつもりは無いのだろう。……とりあえず、俺も追いかけるとしようか。
ノインの言う事なら間違いはないのだと、とりあえず信じる事にして。
「…………そういえば、伝え損ねたわね。」
「何を?」
「別に。」
隣に並ぶと不意にノインがそう呟いた。聞き返してみたが、これも答えは返ってこず。
隠し事が多すぎやしないか……?まぁ、良いけどさ。……問題になったら、全部師匠のせいにしておくとしよう。
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「連れ戻しますか?」
壇上で指揮をとっていた騎士がグリードに向かってそう問うが、当の本人は静かに首を振るのみ。
「問題ない。放っておけばいい。」
「はっ。」
それだけ聞くと騎士は他の生徒の対応に向かっていく。信のおける隊長がそう言ったのだから問題は無いということで納得したのだろう。
「……あれが、賢者の弟子か…………。」
グリードが見つめる先は黒髪の少年と水色髪の少女が出て行った先。薄く笑みを浮かべる彼が何を思ったのかは、彼のみぞ知る。