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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
一章 英雄を目指す者
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昇る暗雲、暗闇の王都にて ー1ー

「で、問題はなさそうかアイツは?」


 あらゆる魔法書が雑多に積まれた学園の一室、アリーゼの研究室。部屋の主である彼女は神妙な面持ちで同席者にそう問いかけた。

 いつかとは違い甘い草木の匂いがしないこの部屋にいるのはもう一人。彼女の弟子でもあるノイン。

 師弟関係の割には冷たい空気感が漂っているが、これが彼女達の距離感。少なくともこの場で気にする人はいなかった。

 

 問いかけられたノインはというと。何事かを思い出して嫌そうに眉を八の字に動かしたが、直ぐに正して答えた。


「大丈夫でしょうね。寧ろ、今の方が元気そうだわ。」


「そうか。相変わらず呆れる程にタフだな。」


「えぇ、全くよ。」


 アイツ、とは言うまでも無く、先程までこの場にいて今頃雑草をむしっているだろう(リオン)の事。魔法関係以外で、この師弟の意見が合うのは珍しい事なのだが、今回に関しては偽り無く一致したようだった。


「捨て身の突貫が随分と板に付いてきているな。」


「そう……ね。……止めなくていいのかしら?師匠、なのでしょう?」


「止めたところで無駄だろう。お前も今回で良く分かったんじゃないか?」


「………………。」


 アリーゼの疑問に沈黙で答えるノイン。

 表情こそ揺れてはいないが、その内面は別だ。

  

 思い出すのは先の模擬戦。というには、少し派手な一幕。実のところ、あの勝負にノインは嘘をついていた。


 新魔法の試し撃ち、そんなものとうの昔に終わっているのだ。満足いく改良が出来た段階で、及ぼす効果も性能も充分に精査済み。試す必要など無かった。なのに、わざわざ嘘をついてまで、重い腰をあげた理由。その最たるものこそが、先の会話だった。


 ノインはただ止めたかった。

 暴走する親しき同輩を。

 だから、あれほど高火力の魔法を使い倒したのだ。無茶をするだけではどうしようもない事もあると、伝えたくて。


「(越えられた、と言えば聞こえは良いのでしょうけど。)」


 氷柱の雨に身を晒して、傷だらけになりながらも笑っていたリオン。思い返しても狂気的に他ならない。それも、ついこの間まで重症だったというのだから殊更に。


「( ()()()()()()()。もしくは、()()()()()()()()。)」


 特にここ最近のリオンはそうだ、とノインは半ば確信をもって思う。リオンが英雄になりたい、と願っているのは知っている。その為には、命を賭けて邁進している事も。

 ただ、それでも。最近は、特に半年程前からは酷過ぎる、とそう思ってしまう。

 

「(無意識に意識してる、のでしょうね。……自覚が無い、いや、有るのに無いのが厄介だわ…。)」


 何を意識しているかなんて、一つしか無い。

 リオンが無茶をし始める時の原因なんてソレしか無いのだから。そこは本人の問題で、ノインもとやかく言うつもりは無かった。

 問題はリオンの意識。本人からは自殺願望は無いと、つい最近聞いたばかりだが、それも怪しいものだろう。(はた)から見れば特に。


「(無いだけで、死んだら仕方無いと思っている。ってところかしら。)」


 そう独り結論づけたノインは、自分の予想が間違っていないという確信と、そんな事を平気て思っていそうなリオンがどうにも不愉快で、苛立たしげに息を吐くのだった。

  

「そう憤るな。……アレもそこまで馬鹿ではない。そのうち何とかなる。」


「別に憤ってなんかいないわよ。……少し腹が立っただけよ。」


「ふむ。一緒だと思うが……?」


「…………違うわよ。」


「そうかぁ?」

 

 否定するノインを見て、ニヤニヤと面白そうに口角を上げるアリーゼ。一応弁明しておくが、アリーゼとてリオンが危うい事は理解しているし、彼女なりにある程度の予防策も用意しているのだ。なので、ノインの気持ちも分かっている。

 

 ただ、それはそれとして。

 いつもは悪態ばかりつく弟子が分かりやすく弄れそうなのだ。存分に茶化してやろうというのがアリーゼの魂胆。こういうところが、ノインがアリーゼを苦手な一因なのだろう。


「……それで?わざわざ私だけ残した用は何かしら?」


「悪かったからそう無下にしてくれるな。」


「だったら、その愉快そうな顔を今すぐ辞めて欲しいわね。」


 変わらず愉快そうなアリーゼと不機嫌を隠さないノイン。


 狭い部屋でこれ以上無いぐらい真反対の二人。相性は最悪なので仕方が無いことだ。もし、ここにリオンがいれば、全力で景色に溶け込んでいた事だろう。

 

 流石にこれ以上は話が拗れると判断したのかアリーゼは咳払いを一つすると、その表情を正して一枚の紙を取り出すとノインに渡した。


「最近、王都を騒がしている件についての報告書だ。騎士団から奪っ……譲ってもらった。」


 随分と勝手な言葉が聞こえた気がするが、アリーゼはこういう人間なのだ。少しでも彼女と関われば嫌でも理解する。

 その証拠にノインも何も言わず報告書を受け取っている。……向ける目は明らかに非難の意を含んではいるが。ただそれを声にする事は無い。どうせ無駄だと分かっているからだ。


 雑念を取り払い再び手元の紙に目を落とすノイン。流石は騎士団のものといったところか、要点が細かに纏められて読みやすいそれに記載されていたのは。アリーゼの言う通り怪奇事件の仔細。数日後にはノインも調査に駆り出される事件。

 

 曰く、王都内に蠢く黒い影の異形。

 曰く、剣も魔法も通じなかった。

 曰く、その影は魔力を奪う。

 人呼んで、魔力喰らい(マナ・イーター)

 

「行方不明者40名、重症者10名……ね。生徒や一般人も含め犠牲者は増える一方、ってとこかしら。」


「情けない話だがな。未だに大した進展が無い。……騎士団が聞いて呆れる。」


 言葉の割には常と変わらず落ち着いた様子のアリーゼがそう溢す。基本的には研究、探求が行動指針の彼女にとって、今回の件で気になるのは魔力喰らい(マナ・イーター)の正体のみ。

 騎士団の面子やら、犠牲者の数などには然程興味がないのだろう。

 

 対照的に今回の事件を危険視しているのがノインだ。ついその手に掴む報告書に皺を作ってしまう程には思うところがあると言っていい。

  

 根が善良な彼女としては、騎士はともかく一般人にまで被害が及んでいるのは見過ごせないのだ。加えて魔力を奪うという所業。魔法という事象を好き好んでいる身からすれば、黙っていられないのも一因だ。 


 反応は両者ともに真反対。だが共通の思いを抱いてる部分もあるのだ。だから、こうして意見が合わないなりにも話を重ねている。


「このままでは不味いわね。」


「だろうな。目的如何にせよ厄介な事になるだろう。」


「……でしょうね。明らかに魔力と人を集めているわ。」


「それもわざわざ王都でな。」


 ――自然発生ではなく。裏に糸を引いてる人物がいる。二人の会話は言外にそう告げていた。 


 世界基準で見てもアイゼルの騎士団は優秀と名高い。人類最強と名高い騎士団長を筆頭に、優秀な人材を多く抱える彼の騎士団は一国の戦力としてはこれ以上なく脅威的。


 そんな事は他国も含めて、大多数が知っている。

 なのに、わざわざお膝元である王都で企みを起こす相手。余程自信があるのか、それとも。


 結果的に騎士達が成す術ないというのだから、どちらにせよ相手は相応の力を持っているのだろう。

 それにここまで大々的に知られている割に、魔力を奪う手法も含めて不明点が多過ぎるのが現状。上手く隠しているのかは知らないが、二人が警戒度を高めるのも自然なことだ。

 

「それで、ここ数日はアリーゼも出向いたのでしょ?何かしら掴めなかったの?」


「残念ながら何も。」


 少し期待が含まれたノインの言葉に返ってきたのは、二度と三度首を振る仕草。その様子に小さく無い緊張がノインの胸中に生まれた。


「……冗談でしょ。貴方で何も分からなかったというの?」


 アリーゼは魔法において規格外の化け物である。同じ畑であるが故に、ノインは常々それを感じている。アリーゼの実力だけは無二の信頼を寄せていると言っていい。

 

 そんな彼女が分からない。

 そう断言するのであれば、はっきり言って他の誰にも手に負えない。


 そんなノインの思考が伝わったのか、アリーゼはつまらなそうに口を尖らせた。

 

「正確には、避けられた、というのが正しいがな。」


「どう言う事かしら?」


「……私が出向いた日は悉くハズレ。平和な夜ばかりだった、と言う事だ。」


「…………そう。そういう事。」


「あぁ、そう言う事、だ。」


 アリーゼの言葉に何事かを確信したような雰囲気を纏うノイン。それを察したアリーゼも何処か楽しそうにしていた。


 アリーゼが手入れた情報は言う通りに一切無いのだろう。だが、そのおかげで得られたものもある。


 アリーゼ・クランが来る日には、魔力喰らい(マナ・イーター)は現れない。


 この情報こそ、不明瞭な現状の中、二人にとっては大きな手掛かりになりえた。


「……それで私が代役、って事かしら?」


「その通りだ。話が早くて助かる。」 


「仕事量が多くないかしら?」


「さて、なぁ?……もしかしたら、私と同じように避けられるかもしれんぞ?」


「それはそれで癪ね。」


 軽やかに進んでいく二人の会話は、互いにその意図がわかるからこそのものだ。

 口では文句を言いつつも、ノインも拒否する素振りは見せていない所をみると、彼女もそれが最適だと思っているのだろう。


 アリーゼが出れないのなら、その意図を読み取れて、かつ、同じような働きが出来る人材が必要。そこに一番近いのは自分だという自覚は辛うじてノインにもある。……彼女からすれば、認知したくない事でもあるが事実なのでどうしようもない。


「どうせ、魔力喰らい(マナ・イーター)のほうも見てこい、と言うのでしょう?」


「当然だろう。生捕りにして来いと言わないだけマシだと思え。」


「そう。嫌な役目ね……。」


「課外授業としては申し分ないだろう?」


 本気でそんな事を宣うのだから、ノインのアリーゼ嫌いは加速する一方。ぎりぎりノイン個人としても、魔力喰らい(マナ・イーター)の正体は気になっていたのが幸いだろうか。


「まっ、リオンも貸してやるから好きに動けばいい。一応こっちでも手引きはしといてやる。」


「そうさせてもらうわ。……ちなみにリオンには言ってるのかしら。」


「うん?言ってないが、別に何とかなるだろ。」


「はぁ……。」


 呆気からんと言い放ったアリーゼは本当に気にして無いのだろう。そもそも貸してやる、と言ってる時点でアリーゼにとってのリオンの扱いが滲み出ている。本人がいれば、猛抗議していた事だろう。口では無く視線で。


 変わりに皺寄せが来るであろうノインからすればたまったものじゃない。漏れ出た吐息が彼女の心情を何よりも映し出していた。


 ただまぁ直ぐに、面倒だしそのままでいいかしら、とか思っている時点で彼女も少なかれアリーゼと同じ穴の(むじな)な訳だが。……結局のところ、いつも被害に遭うのはリオンで、それは変えられる定めなのだろう。今頃言いつけ通りに雑草と戦っているというのに、どこまでも不憫なものだ。


「あぁ、そうだ。グリードにあったら伝えておいてくれ。"相変わらず背中ががら空きだな"と。」


「……?どういう意味かしら?」


「……言えばわかる。多分な。」


「…………まぁ、いいわ。気が向いたら伝えておくわ。」


「そうしてくれ。」


 何と無く碌な事では無いのだろうと、察したノインだが、深掘りする事は無かった。代わりに、本当に気が向いたら伝えておこう、と小さな決意をしたのはノインだけの秘密だ。

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