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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
一章 英雄を目指す者
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英雄を目指す男 ー5ー

 本日は快晴なり。雲一つない空で自由を謳歌する太陽が、嫌というほど俺の身体を焼いてくる。

 ちりちりと音でも聞こえそうな程の熱が、全身を照りつけてくるのだから堪らない。心頭滅却すれば何とやら、とは言うが、未だ若輩のこの身では及ばず。暑いもの暑い。本当に暑い。

 

 天気が良いのは非常に好ましいが、ここまでだと逆に気分も下がるというもの。随分と急に気温が上がったなぁ……。

 

 こんな日こそ、室内で存分に魔法の修練に精を出すべきだと、思うのだけど。


 何故か。

 俺は一人悲しく草むしりに精をだしていた。


 あほみたいに広い学園の修練場。ちらと辺りを見渡せば、ご飯を食べたり、剣だの魔法だの鍛えたりと多くの生徒で賑わっている。そんな中、皆と同じく白を基調とした制服に身を包みながらも、たった独りで草むしりに興じる俺。

 きっと哀愁漂う背中をしていることだろう。 


「いや、ほんと、なんでこうなったかなぁ、、、。」


 空しい気持ちを吐き出すように空を見上げても、対照的にキラキラと眩しい太陽が日差しで応えるのみ。お互い一人ぼっちだというのに、向こうは煌びやかで羨ましいもんだ。


 何でこんな事になっているのかと言うと。

 発端は、先日の模擬戦だ。あの後、それはもう嫌味ったらしく師匠からお叱りを受けた。何故か、いつもより三割り増しで機嫌の悪い師匠の言葉は棘だらけ。

 

 殺し合いにも見えた俺達の模擬戦は、見物人からすれば見かねたものだったらしく、苦情が出たらしい。それが巡って師匠の元へ。そりゃ、機嫌も悪くなるだろうさ。

 何とも的外れで迷惑な事をしてくれたと、心の底から思ってしまう。ちょっと気合が入っていただけなのに。

 

 結果的に、俺ら二人にはそれぞれ罰が下った。

 ノインは師匠の仕事と研究の手伝い。そして俺は校内の清掃活動。…………扱いの差が酷すぎやしないだろうか?

 ただ、下された沙汰に反論できる訳もなく。


「こんなくっそ広い学校を独りで出来るわけないだろ……。」


 千人以上がゆとりをもって過ごせる規模。それを独りでやってこい、と言うのだから、文句の一つや二つは出てくる。ノインはノインで死ぬほど嫌がっていたが、今頃涼しい室内で好きな事をできていると思うと楽なもんだ。


 師匠曰く、あの試合はノインが勝っていたのだから、貴様がよりきつい方でいいだろう?との事。


「はぁ…………負け越し記録更新、だなぁ。」

 

 俺の勝利で幕を閉じたように思っていた一戦。

 師匠の介入によって有耶無耶になったと思っていたが、その実は違っていて。

 最後に俺の身体を雁字搦めにしてくれた鎖。てっきり師匠がやったと思っていたが、ノインの魔法だったのだ。よくもまぁ、詠唱破棄した魔法をあんな速度と強度で行使できるもんだ。

 

 流石としか言いようがない。

 対して、俺の情け無いこと。勝ったと思っていたのは自分だけで、正解は真逆だというのだから。


 まぁ、そんな訳で文句を言いつつも罰を甘んじて受け入れた訳だ。んでもって、ここ数日はこうして清掃員の真似事をして働いている。

 残念ながらモチベーションはゼロに近いが。 

 

「いや、まじで、終わりが見えねぇ……。」


 連日、雑草を抜いては燃やして、抜いては燃やして。汗水流して繰り返しても綺麗なったのは微々たる範囲。これで期限が決まってないのだから、やる気は下がる一方。

 

 周囲の生徒が憐れみの目を向けてくるのも大変辛い。どうみても、罰を受けてるのが丸分かりだから仕方ないけど。

 模擬戦の時に見せモノの気分だと思ったが、今はそれよりも酷い。何が悲しくて朝から晩まで草毟りをしてる姿を、学友達に見られなければいけないというのか。


「あぁー、まじで終わらねぇ……。」

 

 誰でもいいから手伝ってはくれないだろうか。揃いも揃って見て見ぬフリばかりとは、全く良くない根性の奴ばかりだ。

 仮にも全員騎士見習い。虐げられてる者に手を貸そうとは思わないのか。ほら、騎士道精神とやらで。……まぁ、俺は手伝いなんてしないだろうけどさぁ……。


「集めたモノはこっちでいいのかな?」


「おう。あっちの山になってるところでいい。後で纏めて燃やす。」


「了解だよ。」


 ほら、こんな感じで。一人より二人。しんどい時こそ分かちあうべき。騎士とはこうあるべきだ。

 

 心優しき助っ人は、綺麗な長い金髪を風で泳がせている男子生徒。白い制服が汚れるのも厭わず、せっせっと集めた雑草を纏めてくれていた。


 こんな善人がいるなら、エイデン学園もまだまだ捨てたもんじゃない。ほら、見てただけの奴らは彼を見習って……くれ、よ?

 

「…………って、どちら様です?」


 なんとなしに感慨にふけっていたが、よく見たら全く知らない人だ。騎士道精神とか考えていたけど、まさか本当に見知らぬ人が来るとは思っていなかった。辛うじてノインが暇つぶしにに来るかなー、としか思っていなかったぞ。誰だこの人。

 

「あ、ほんとだ。先に体が動いちゃったよ。」


 助っ人さんはそのどこか知性を感じる優しげな顔を崩しながら、カラカラと笑う。日に反射して金髪がキラキラと輝いているせいか、随分と快活な印象を受ける。

 良い人そうだなぁ。学園で関わるのが、師匠やノインが主なせいか余計に輝いてみえるよ。


「改めて、僕はカイル・ヴェルモンド。噂は常々聞いているよリオン君。」


「なんの噂だよ……えと、初めまして、で良いんだよな?知っているようだけどリオンだ。よろしくカイル。」


「うん。初めまして、で間違いないよ。僕の方こそよろしく。」


 さっと差し出された手を握り返すと、笑顔を崩さずカイルはそう言ってくれた。丁寧な言葉遣いもあって、育ちが良さそうな印象が強い。

 

 それに……うん。印象とは裏腹にしっかりと鍛えられている。背丈は俺と同じく百八十ぐらい。握られている手は固く、相当振り込んでいる。間違いなく印象通りの優男、では無いだろう。いや、今はそんなことは置いといて。


 俺は差し出したを手を引いて、とりあえず一番の疑問を尋ねてみた。


「えぇーと、カイル。何で手伝ってくれてんの?」

 

「偶々通りがかってね。殊勝な生徒だなぁ、って見ていたら、自分もやりたくなってね。」


 迷惑だったかな?と笑うカイルに、首をニ、三度横に振って、そんなことない、と伝える。

 偶々通りがかって、見てたら手伝いたくなった、だと?……どんだけ良い奴なんだ、こいつ……。


「強制的にやらされてるだけだからなぁ。殊勝、ではないぞ?」


「大事なのは過程ではなく結果だと思うよ。ちなみに、僕は四年も過ごしていながら一度したことがないね。」

 

「四年……って事は、先輩だったんですね……。」


 大人びた雰囲気だな、とは思っていたが、なるほど先輩だったか。俺の謝るような仕草に、気にしなくていいと、本人は楽しそうにしているが礼儀は大事。しっかりと敬わせてもらおう。

 

 というか、この全員同じ制服なのどうにか出来ないものか?この学園は全生徒が同じ制服を着てるもんだから、年齢が判断しづらくて困る。

 色だの装飾品で判別できるようにして欲しい。


「うーん。意外にしっかり線引きするタイプなんだね……。」


「そりゃ、礼儀ぐらいは……って、意外って何ですか……。」


「あははっ、ごめんよ。ほら聞いていた話だけだと、ね。……それに、あのアリーゼさんの弟子だし……。」


「あぁー……。まぁ、はい……。」


 いや、どんな噂が流れてんだよ……。

 ただ悲しきかな。否定は出来ない……。まぁ噂に関しちゃどうとでも出来るが。問題はもう一つのほう。師匠関連は無理。すっごい風評被害だが、この悪評は消せない。何故なら師匠が師匠だから。もう言われ慣れてしまった……。

 

 しかし、先輩、か。それに、四年、ね。

 カイルの実力は俺の予想よりも高いかもなぁ。

 

 この学園は四年制。

 カイルは最上級生で二つ上の先輩。

 その身体も精神も鍛えあげられている事だろう。なんせ、順当に行けば来年からは騎士団の一員になるのだから。


「残念ながらちゃんとしてますよ、先輩。」


「いやいや、気にしなくていいよ!騎士団に入れば実力主義なんだし。学園でも同じで問題ないでしょ?」


 そう言ってカイルが手慣れた様子で片目を閉じるが、苦笑して返す他ない。

 確かに騎士団ではそうかもしれない。強い奴が上にいく以上、年齢よりも実力が評価される。ただ下っ端の俺がそれに倣って良いかと言われれば……微妙なところだ。


「……とりあえず今はこのままで。それに、実力で見てもそうでしょ。」


「残念……。というか、そんなに謙遜しないで欲しいな。煽てても何もでないよ?」


「いや、本心でそう言ってるんですけど…。」


「そうなのかい?……そんな事は無いと思うけど……。」


「そんな事ありますよ……。」


 不思議そうにしているところ悪いが、偽り無い本音だ。

 重心のブレ無ささや、単純な経験値。俺よりも優れてる部分は多いだろうし。その分実力も上だろうて。

 実際、戦ってみないと結果はわからないが……少なくとも圧勝ってわけにはいかないだろうな。


「うーん。嬉しいけど、流石に剣鬼と呼ばれる君に言われても、ね?」


「何それ……知らないんですけど……?」


「おや、そうだったのかい?てっきり周知の事実かと。」


「聞いた事無いですよっ!無相応過ぎるでしょ……。」

 

 驚いたと言わんばかりにぱちくりと目を開く先輩。一度も耳にしたことのない異名なんだが、そんなに有名なのか?滅茶苦茶な異名だろ……何だ剣鬼って……。


「そうかな?個人的には格好良いし似合ってると思うけど?」


「辞めてください、恥ずかしい。というか、何で俺なんかが噂になってるのかすら意味不明です。」


「まぁ、君達の代は有名所が多いからね。ほら、何かと有名なレオ・アレクシア君に、才媛ノイン・クランさん。その他にも君を含めてちらほらと。リオン君も依頼遂行数が高いんでしょ?」


「それは、そうかもしれないですけど……。」


 丁寧に指を立てて説明してくれたが、うーむ。腑に落ちんし、何より小っ恥ずかしい。前者二人と他の有才達はまだ理解できるが、俺は場違いすぎるだろ。

 依頼遂行数って言われてもなぁ……。そもそも母数が多いだけだし、何とも。他の奴らと並べるにしては、鈍い輝きすぎないか……?


 首を捻り訝しげにする俺の気持ちを察したのかカイルは小さく笑うと続けて口を開いた。


「アリーゼさんのの弟子、っていうのが目立つ原因でもあるかもね。リオン君、彼女の一番弟子でしょ?」


「なるほど。それは関係ありそうですね……。」

 

「だよね。昔、僕もお願いした事があったけど、悩む暇も無く断られたよ。」


「ウチの師匠がすいません……。」


 気にしてないとばかりに、たはは、と楽しそうに笑う先輩。昔、というのが何時なのかは知らないが、カイル先輩にとっては、過ぎた経験なんだろう。

 にしても、学園には似たような経験をしている人は何人もいるだろうなぁ。同じような話を過去に何度も聞いたし。

 どうやってアリーゼ・クランを落としたのか、一時期はしつこいぐらい聞かれたのが懐かしい……。


 とはいえ、ある程度は得心がいった。

 アリーゼ・クランの弟子、というところから始まって、何かしらで盛り上げた結果。剣鬼とかいう不釣り合いな異名が付いたんだろう。名前負けしているので今すぐ返却したいが……どうしようもないんだろう。


「まっ、そんな話はさておいて。僕個人としてもリオン君とは一度話してみたかったんだ。」


「俺と、ですか?」


 打って変わって真剣な顔を浮かべた先輩。何やら用があるみたいだが、あいにくと思い当たる節がない。何かしたっけな。


「あれ、ノインさんや、アリーゼさんから聞かされていない?」


「?……特には聞いてないですね。」


「そ、そっか。えぇーと、ここ最近、王都内で不審な事件が多発しているのは知ってる?」


「……?……知らないです、ね……。」


「えと、本当に聞いてないんだね…………。一応、次の調査隊にはリオン君も参加するって話何だけど……あ、はは。」


「初耳ですね、はぁ……。」

 

 困ったように乾いた笑みをこぼす先輩を尻目に、俺は溜息をついた。ここ数日、どっちかとは一緒に居たと思うが、そんな話は聞いていないぞ…………。

 何だ不審な事件って。何だ調査隊って。伝え忘れるような事じゃないだろ……。

 

 というか師匠はともかく、ノインが伝え忘れてるなんて珍しいな。後で、しっかり問い詰めに行ってやろう。


「も、ってことは先輩も?」


「う、うん。僕は一番最初から駆り出されてるよ。次で……五回目、かな。」


「それは、なんというか。お疲れ様です?」


「ありがとう。……何の成果もあげれていないけどね。恥ずかしい話だよ……。」


 しまった。変に突いてしまったか。カイル先輩の表情が暗くなってしまった。にしても、五回もやってるのか。思っているより大事っぽいぞ。ますますノインに問い詰めにいかなくては。


「あぁー。それで人員を増やす為に俺らもって事ですか?」


「うん。それもあるよ。元々は僕らの代が中心だったんだけど……。あまりに進展が無くてね……。次は騎士団からも増援と合わせてって感じ。」


「へぇ……。騎士団からも。」


「確か三番隊が来るって話だね。」


「隊一個丸々?……それは、凄いですね……。」 

 

 先輩の話が本当なら随分と大掛かりだ。

 学生と王都の警邏隊なら良く聞く話だが……。まさか隊一個がわざわざ来るとは。学生も合わせれば数百人を優に越える規模になるぞ。

 それに三番隊の隊長といえば、アイゼル屈指の強者。まるで戦争するみたいな戦力だな。


 つか、そこまでやばい事件があって何で聞き覚えが無いんだ俺。……あ、そっか。俺この間まで死にかけてたんだ。その前は依頼で王都離れてたし。帰ってきてからは、学園内に軟禁されてたんだった。

 うん。俺が悪いわけじゃないな、これ。伝え忘れてた魔法師師弟が悪いんだ!

 

「おや、不安そうだね?」


「へ?」


「気持ちはわかるよ。大規模な作戦になるだろうし、不安になってもおかしくないさ。」


「そ、そうです、ね?」


「けど何かあったら僕も全力でサポートするから安心してくれて良いよ!……これでも、学年首席だしね。」


 そう言うと自信満々に胸を叩いたカイル先輩。急に黙ったせいで余計な心配をかけてしまったみたいだ。考えていたのは別の事だったが……。こうも嬉しそうにされると、わざわざ否定するのもなぁ……。

 

 というか。この人主席なのかよ……。

 良く自分は強くない、なんて言えたな……。充分、実力者じゃねぇーか……。


 まっ、折角だし、首席とやらの胸をお借りしておくとしよう。んでもって、どっかで手合わせでもしてもらおう。うん、絶対してもらう。


「そんじゃ、頼りにしてますよ、カイル先輩。」


「まっかせて!……まぁ、指揮を取るのは騎士の方々何だけどね……。僕ら成果無しだし…。」


 俺からの言葉に、今日一番の元気さで返事をしたと思ったら、尻すぼみなっていくカイル先輩。

 うん。そうなんだろうけどさ。……頼りねぇ背中だなぁ……。

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