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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
一章 英雄を目指す者
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英雄を目指す男 ー3ー

 窓からは日差しが溢れ、仄暗い室内を照らしている。相変わらずそこかしらに本やら何やらが散らばっている師匠の研究室。師匠は不在で、いつもは香る甘い匂いもなりを潜めていた。


 そんな家主不在の場所で、何をしているのかというと。


「ーー"身体強化"(レイズ)!」


 詠唱と同時。

 幾何学模様の魔法陣が俺の身を包み、事象を起こして消えていく。

 唱えた魔法は、その名の通り身体強化の魔法。

 俺が普段からよく使う無属性の強化魔法であり、自信をもって使用できる魔法の一つ。

 二、三度手を開いては閉じてと、効果を確認してみるが……うん、問題なし。普段通り確かな性能を発揮してくれている。身体全体の膂力が向上している実感がひしひしと伝わって来ている。


 これなら、目の前で不機嫌そうに腕を組む先生も納得してくれるだろう。……多分。


「……どうだノイン?」


「無駄が多い、効率が悪い、出力が低い。言い出したらキリがないわ。これで良く実戦で使えたわね?」


「……へ。」


 そう言って額に手をやるノインは、わざとらしく息を吐いた。あんまりな物言いに固まってしまう俺。これが俺の魔法、しかも渾身の一つの感想なのだから当然。

 結構自信あったし、今まで実戦で使いまくって来たんだけどなぁ……。


 ついでに正しく言うなら、上から順に。

 魔力の無駄が多い、術式の効率が悪い、威力の出力が低い、だ。何とも好き勝手に言ってくれる。

 

 さて、もうすでにお察しかと思うが、改めて何をしているかというと。

 俺の厄日から四日もたった今日、師匠の研究室を使い、ノインに魔法を見てもらっていた。

 あの日、魔法を鍛えろ、と言った彼女は、俺の身体が癒えたと見るやいなや、こうしてテストの場を設けてきたのだ。こうなっては俺も腹を括るしかなし。せっかくなら、多少とはいえ成長した姿を見せて、お褒めの言葉の一つでももらってやろう、と思っていた。のだが、開始数分で俺の心には彼女の鋭利な言葉が突き刺さっていた。


「そんなにか…?」


「そんなによ。アリーゼを師匠と呼ばないほうがいいんじゃない?主にアリーゼの為に。」


 誰が誰の看板に泥を塗っているというのか。

 これでも、彼女の教えの下に磨きをかけてきているというのに。寧ろ、師匠の弟子と公言すれば、被害の一つや二つは襲ってくるし、それを宥めてすらいるというに、何て言い草だ。


「はぁ……貴方、私が言ったことを理解していなかったのね。頭は悪くないと思っていたのだけど。」


「悪かった、悪かったから、手心を加えてくれ。出ないと決壊する。」


「脆いわね。いつもそうだと少しは可愛げが生まれるんじゃないかしら?」


「泣きそうだよ、ほんと。勘弁してください。」


 冷徹な瞳で見上げているのに見下げてくる彼女の腰を折っての嘆願。これ以上は心が砕けてしまいます……。それに何度も言うが、いま見せた魔法は俺の中でも最上に慣れたもの。こうも無惨に切り捨てられて多大なショックが襲ってきているのだが……。


 学園の才女、次代の賢者、氷の魔女。様々な異名を冠する彼女、ノイン・クランその才に自惚れる事なく、魔法に関して一切の妥協を許さない。最適、最高、最上を模索し続け、それを実際に扱ってみせる魔法師として理想の道を進む。

 だからか、人に教える時にも情けや容赦が全くないのだ。教えは的確で知識も豊富。これ以上無い教師役で俺としてもいつも非常に有難いと思っているのだが、俺の心が耐えられるかは別の話。


「嫌よ。恨むなら自分の怠慢を恨みなさい。」


「……はい。」


 鬱陶しげにこちらに目をやるノイン。どうやら、本格的にお怒りらしい。本当に今日で心が砕けてしまわないか心配になってきた。一体何がここまで彼女の機嫌を損ねてしまったのか。……さっき言われた事全部だろうな。……どうしようもないのでは?


 そうして項垂れる俺を見てノインが再び口を開いた。


「まず大前提、リオンが魔法を疎かにしていないのはわかるわよ。前より良くはなっているもの。」


「ノイン……。」


 ぶっきらぼうに呟かれた言葉だが、荒んだ心に染み渡る。こと魔法においては嘘などつかないノインの言葉だ。彼女に言われると自分の成長が確かなものだと実感できる。それに何より嬉しい、自分の顔が喜んでいくのがわかる。


「ただ、本質的な欠点が変わってないから言っているのよ。なのに変に手を加えているから目もあてらないのよ。」


 急転直下、綻んだ顔がそのまま固まった。

 半端に上がった口角がひくついているの感じる。

 癒された心を再び破壊するなんて……少し上げてから叩き落とすなんて酷い女だ…………。

 

 しかし心外だ。これでも頑張ってきたんだ。幾ら相手がノインといえども、このまま言われっぱなしでは良くない。

 この一年、俺なりにも魔法の修練はやって来ているのだ。その証拠に教えられた知識も一切の漏れなく把握している。


 魔法。

 誰もが有する魔力を術式を介して、放出する事で効果を発揮する技の総称。


 火、水、雷、風、土の五元素が基本的なベースで、他に、強化などが主体の無属性。ちなみに、回復魔法は回復魔法という別枠で捉えるらしい。まぁ、感覚的には無属性と一緒の枠組みだ。


 魔法は現代において、学問としての側面がかなり強く、術式を含め魔法についての知識は広く布教されている。


 実際、術式の多くが共有されているので、魔力を使うという感覚が分かれば、どの術もそう難しくない。ただし、固有魔法という特異な例は別。アレは与えられたものだけが使える特別なもので、一種の才能だ。もちろん俺には無い。ノインや師匠が羨ましいもんだ。


 ともあれ、通常の術式に絞れば、後は属性ぐらいだろうか。単純に得意な属性で魔法を使ったほうが、効率が良いという簡単な話だけど。

 

 で、他に大事な事と言えば魔力量がそれ。魔力量は生まれながらにして許容量が決まっていて、術式とは違って後天的に鍛える事ができない。

 明確な基準があるわけでは無いが、まぁ、多いやつとかは肌感覚でわかるもんだ。もっと深く魔法に精通してる人らなら詳細にわかるだろうが、俺だと魔力量が高い奴は、相応の圧を感じるぐらいかな。

 無理矢理、数値化すれば、俺は甘く見積もって四十ぐらいで、ザ・平均。ノインだと……八十とかそれぐらい。

 魔法は便利で有能だが、同時に壊せない壁が明確に存在すると実感したのは、今となっては懐かしい。


 さて、少し嫌な記憶と共に自分の知識を洗い出してみたが、思いつく限りでは問題なさそう。


「俺もそれなりに使えてるはずなんだけどなぁ。」


 思わず出てしまった言葉にハッとするが、もう遅い。氷の魔女が一切の感情を削ぎ落とした顔でこちらを見ている。言うまでもなくやらかした。


「ツ、カ、エ、テ、ナ、イ。」


「あっはい、すいませんでした。」


 一音一音をワザと区切って圧をかけて来た。

 心を込めて謝るのでその顔で見ないでください。

 そして、ゆっくりと距離を詰めないでください。


「魔法は学問よ。理論を考えて、式を組み替えて、自分にとっての最善・最良を構築する。その意味がわかって、かつ、実行できてようやくスタートライン。なのに貴方も貴方以外も揃いも揃って与えられた術式に魔力通して満足して、それでいて魔法師だって吹聴してるのだから、これが怠慢でなくて何と言えばいいのよ。」


 ノインは凍りついた顔のまま捲し立てるようにそう言った。ちなみに魔法師とは、魔法を主体とする人らの事だ。騎士と一区切りにはされているが、その中でも魔法に特化した人材と思えばいい。


 至近距離で整った顔を見てるのに、ちっとも嬉しくない。なんなら、身の危険しか感じていない。無意識とはいえ、丸見えだった地雷を踏み抜いた自分の愚かさが恨めしい。


 堪らず目線を逸らした俺が意味を理解していないと判断したのか、ノインは少し距離をとり自分の右手をこちらへと突き出した。


「"水弾(アクアショット)"。」


「べぶっ!」


 そして、俺の顔面にボールぐらいの水玉が直撃した。痛い。壁に頭をぶつけたぐらいの衝撃が来た。鼻にも入った。

 魔法はこんな簡単に人に撃っていいもんじゃないだろ!


「いきなり何すんだよっ!」


「今の簡単な魔法でも、詠唱の省力による威力の減退、手での方向指定による速度の上昇、術式を再構築して殺傷力を削ぐ代わりに使用魔力の軽減。これだけの改良が入ってるわ。」


 濡れて騒ぐ俺などお構いなし。そんな事より彼女にとっては、魔法を説くことが大事なのだ。


「リオンの魔力量、多くはないでしょう。」


「そりゃ、まぁ。」


「えぇ。平均も平均。魔法師としては、補欠も補欠よ。」


「……へぇへぇ。」


 嫌味、では無いのだろう。あくまで事実を述べただけで、言いたい事は別にある事ぐらいわかる。ただ、少しだけ癪なだけ。魔法主体で戦わないからいいけどさ。

 

 不貞腐れる俺は無視して、予想通りにノインの言葉は続く。


「術式は誰かを基本として出来ているわ。消費される魔力も、術式の思考性もその誰かが基準値になるのよ。そんな術式を全部模倣したところで無駄だわ。」


 水色の瞳が俺を捉えて離さない。怠慢は許さないと、その瞳が如実に訴えてくる。逸らす事は出来ず、ただただ黙って頷くしか出来ない。 


「だから、術式を再構築するのよ。状況に合わせて結果を変えれるように。必要な部分を残して、不必要を切り捨てて、自分にとって最善で最高の魔法に仕上げるのよ。」


 そこまで言うと喋り疲れたのか、ノインは軽く息を整えながら近くの椅子に腰掛けた。彼女にしては一方的に話していたので思わぬ疲労に襲われたのだろう。

 

 言ってる事は理解できるし、正しい。誰かの模倣では立ち回りに限界がくるだろうし。流石は学園きっての才女といったところか。魔法に対しての解釈が並々ならない。

 

 要は、術式の基盤だけ使って、自分専用に作り直せ、という事。

 

 術式は本来、詠唱と魔法陣の構成によって成り立っている。頭の中で陣を構成して、詠唱によってそれを引き出す感覚。厄介なのは一度でも術式を使うと、その形で定着するところ。


 初めて式を記憶するのには膨大な時間と集中力が必要になる。そして、その代わりに一度定着させると、息をするように使える。


 手間を考えると彼女のように一度形にした魔法を調整しながら再構築する人は少ない。ともすれば、苦労して覚えた魔法が崩れてしまう恐れもあるのだから。右利きの奴が、わざわざ左利きで文字を書こうとしないのと一緒。

 まぁ、単純に難易度が高いというのが、忌避される理由だとも思うが。どうせ魔法は使えるんだ、楽な選択肢を選ぶのは普通だろう。


「貴方が使う、詠唱を破棄した即効性の強化。その方向性は間違ってないわ。ただ、削ぎ落とせる部分はまだあるはずよ。」


「例えば?」


「……効果時間、かしら。そもそも瞬間強化に特化させるなら、もっと尖らせばいいじゃない。効果時間だけ元の術式ベースのせいで、使用魔力も効果も無駄が多いわ。」


「なるほど、ね。」


 言われた事に思い当たる節が無いかと言われると否。

 こ術式は試行を繰り返して一番基本形だったものが大半。ある程度の魔力さえあれば問題なく扱うことが出来る。事実、俺でも問題なく扱えるものが多い。だから、そこに甘えてしまっていたのだろう。

 

 ノインの言う通り、特化できる部分、改良できる部分はあって、怠慢と言われても否定出来ない。

 ただ、なぁ……。なんというか……。

 俺もそこまで魔法を軽視しているわけではなくてだなぁ…………。 


「………………一応、その方向での改良したんだけど?」


「………………まさか、実行した上であの杜撰な強化魔法だったわけ?」


 予想外の解答だったのか、口元を引くつかせるノインに向かって、俺は大きく頷いた。

 事実は事実。伝えるべき事は伝えねばなるまい。

 ノインからみて穴が多いのは認めよう。ただ、俺も使いながら、そこらへんの改良はしている。

 

 というか、ノインから初めて魔法を教わった時に、同じ話を彼女の口から聞いているし。なんなら、アリーゼからも教わった。なので、俺の魔法は既に彼女達の理論に基づいて最適化させているのだが。


 「そう…………そんなことになるのね……。」


 どうやら俺の努力は実っていなかったらしい。

 学園きっての才女にして、魔法の天才と謳われる少女はきつく目を閉じると、ただただ天を仰いでいた。やっぱり、魔法よりも剣のほうが好きだなぁ……。

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