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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
二章 最強を目指す者
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星の導きは望みを見ゆ ー7ー

 魔魚。魚の魔物。呼称を聞いた時は、もっと他の呼び名があったのでは、と疑問を抱いたが、この目で姿を見た後ではその疑問も薄れた。


 見た目は俺を横に倒せば同じぐらいのでかい魚。口元からは鋭利な牙がギラついて、額には尖角。体表にも棘が散乱していて、見える範囲だけも尖りが多い。


 そんな魚が、浮いていた。いや、泳いでいた。刃にも見えるヒレを動かし、水中を泳ぐかのように軽やかに宙を泳いでいる。魔法に見えるが陣は浮かんでいない。なら、これは奴等の特性なんだろう。


 ……なるほど。確かに、魔物で魚だ。魔魚と呼んで違いない化け物だ。魔力喰らい(マナ・イーター)のような異形感は薄く、まだ魚として認識できる。…………馬鹿げた話だと思うが。魚は魚らしく水辺で活き活きとしておいてほしい。どこの不思議魚が空を泳いで、森を荒らして、大地で吠えるというのか。……それが魔物なんだけどさ。


「こんな時に厄介やねぇ……。偶然、やと思うんは楽観的すぎるやんな?」

 

「……だな。どう考えても仕込みだろ。」


「やんねぇ……。」


 頬に手を当て、耳をぺたんと折るクオン。可愛らしい姿だが、胸中は俺と同じく、面倒、って気持ちで一杯だろう。

 元々の話では、魔魚(こいつら)は海辺で暴れていたはず。それが、偶然に俺達の元に現れたと考えるのは間抜けすぎる。


 見られていた。

 そう考えるべきだ。


 狙いは……ニコライ、だろうか。使い捨ての駒かと思ったが、意外にも大事にされていたらしい。それとも、何かを見出したか。

 どっちだろうと興味はないが、タイミングは最悪だ。


 合計で十五体。叫びを上げながら揺蕩う魔物。対して、俺はというと満身創痍もいいところ。全身に赤い染みを咲かせ、微かに震える手は身体の状態を知らせている。

 腕は触れる。視界も霞んじゃいない。まだ戦えはする。だが、いつまで持つのかがわからない。戦闘を避けたいのが本音だが……。


「キシャャャァ!」


「……やる気満々やねぇ。」


「こっちと違ってなっ!」


 逃げる、なんて事は許さないとばかりに、気勢良く吠える魔魚達。余りにも分が悪い。が、やるしかない。いっその事、まだ余裕が見えるクオンに丸投げしたいところなのだが、流石のクオンもこの数を一人守りながらは厳しいだろう。


「来るでっ!」


「キシャァァァア!!」


 警告と同時。俺達を目掛けて飛来する魔魚。放たれた矢のように一直線に単純な動き。だが。


「っ、ちっ!意外と!」


「んー、なんや前に見たやつより速い……?」


 言う通り速い。空を泳ぐ、というよりも、突き抜けてくる。直進だけなら助かるが、ちらと後ろを見やれば、突撃してきた魔魚は反転してこちらに狙いを定めなおしている。厄介極まり無い。


「キシャァァァア!」「キシャァァァア!」「キシャァァァア!」 


「っ、待ったは無しかよ!」


「丘やのに元気やねぇ……。」


「魚らしく、丘では跳ねてくれればっ、楽なんだがなっ!」


「それはそれで目に悪そうやね。」


 矢継ぎ早に迫る魔魚。ひらりひらりと読んでいるかのように躱すクオンと、剣で逸らし流す俺。

 どいつもこいつも揃って動きは単純で読みやすい。のだが、常ならまだしも、今の状態ではクオンのように綺麗に避けれない。


 ヒレ、牙、角。気を付けなければならない箇所が多すぎる。剣と交錯した時の鈍い音、手に伝わる感覚。そのどちらもが危険を教えてくれていた。


「っ、くっそ、きりがねぇ……!」


「う〜ん。やっぱり、前の奴とちょっとちゃうなぁ……。」


 前後左右。気づけば魔魚達は俺達の周りを囲み隙を創らず突進してくる。

 角で突き刺すように。

 ヒレで切り裂くように。

 牙で喰らいつくように。

 明確な殺意と脅威をもって、矢継ぎ早に襲ってくる。


 弾いて、流して。剣を振るい魔魚の飛来を遠ざけ続けるが…………正直、きつい。

 柔な追突ならまだしも、一体一体がそれなりの膂力。受ける度にかかる負担も少なく無い。

 弾く度に、流しきれない度に、手を伝い身体に衝撃が残されていく。流暢に付き合っては居られない。けど……、こうも、連鎖的にこられると、どうにも攻勢に出れないっ。


「ん〜。なんや、やっぱり硬なっとる?」


「キシャ…ァァ…」


「まじ……か……。」


 防戦一方。必死な俺の耳に呑気なクオンの声が届き、次いでドシャと何が崩れ落ちる音。見れば、刃を赤に光らすクオンと、首を両断された魔魚の姿。

 まじか……。角に限らず、そんな簡単に斬れるような硬さをしていないだろ、こいつら。それを、たった一振りって……。さっきの一戦といい、ほんと何者なんだよ……。


「なんや、よぉわからんなぁ。見た目は変わってへんけど、中身がちゃうんかなぁ?」


「…………俺に聞かれてもわかんないって」


「ふふふ、そらそうや。堪忍な。」


 穏やかな笑みを浮かべながらもクオンの振るう刃はその勢い止まる事なく。ニの太刀を必要とする事なく、次々と魔魚の首を落としていく。同じ相手をしているとは思えない程に簡単に。

 武器の性能でも、先に見た固有魔法でもなく、単純な技術で突進してくる魔魚を踊る様に斬り捨てていくクオン。


「…………コツでもあんの?」


「ん?……筋の動きとか見てたら、刃を当てる場所とかわかるやろ?そこをズバッ!と、やね。」


「さいで。」


 魔魚の解体ショーを眺める事、暫く。七、八体が地に伏した時に、クオンに聞いてみたが……さっぱりわからん。

 いや、筋の動きや、刃の当てる箇所とかはわかる。剛力を持たない身であれば、技術として刃の入り方にも隙を見つけて斬るというのは、俺もやっている。けど、それだけで、こんな簡単に水を斬るように斬れるわけではない。

 まだ俺に見えてないモノがあるのか、それとも、技術が足らないのか。……どっちも、だろうなぁ……。


「さて、よぉわからんけど、斬れるなら問題無し。ちゃちゃっとやろか。」


「……俺もやられっぱなしで終わるつもりはないぞ。」


「ん、ほな、二、三体はリオ君に任せるで?」


「了解っ。」


 音を鳴らして獲物を構える俺達二人。クオンは一人で片付けようとしていたみたいだが、そうはさせない。不思議な魔物だろうが、このままじゃ不完全燃焼もいいとこ。

 幸いクオンのおかげで魔魚達の勢いは落ち着いている。残り半数、こちらを窺うようにふわふわと滞留する彼等からは先程までの脅威的な連撃は鳴りを潜めている。


「すぅ――――。」


 息を吐く。

 剣を正眼に構え、魔魚の全体を余す事なく両の目で捉える。

 僅かな動きですら見逃さない。筋の動きを見極める。動きに生じる斬り目、刃を振るう箇所を見紛うな。


「キシャァァァア!」


「………………。」


「えらい集中力やね。ほんまに勿体無いわぁ。」


 五感の全てを研ぎ澄ましていく。どこまでも感覚を鋭敏に、注ぐ先は魔魚のみ。それ以外は全てを遮断する。

 自分の呼吸音ですら遠くに感じるほどに、深く深く沈み込ませていく。


 右足を半歩、前へ。

 合わせて重心を傾ける。


「キシャァァァア!!」


 奇声。そして、飛来する魔魚。自慢の尖角を光らせ一直線に向かってくる。


 …………まだ。まだ遠い。


 相変わらず油断ならない速度。隙を見せれば貫かれる、その予想は強ち間違っていないはず。それぐらいには脅威的だ。

 だが、見ているのはあちらも同じ。俺が手を早めれば、魔魚だって防御に反撃に、対抗手を与えてしまう。……そんな思考が出来るかは置いといて、だが。

 狙うのは際まで引き付けて、不可避の一撃のみ。さっきまでの様な防戦一方で無くなったおかげで、出来る事。多数相手に造作も無くやってのけたクオンは本当に格が違う。

 たった一体、魔魚を斬るだけでその他を捨てねば今の俺には見きれ無い。


「キシャァァァア!!」


 まだ、間合いには入っていない。


「キシャァァァア!!」


 ……まだ、遠い。


「キシャァァァ――」


 切先と角が交錯する――――、一瞬。


「い、まっ!!!」


「ッッャァァ!」


「っ、!」


 ズブリと、肉を断つ感覚が剣を通して伝わってくる。角に弾かれる事なく、翻して首元に叩きつけた刃は、魔魚の身体から紅い液体を生み出した。


 ――――――失敗、した。


「キシャ、ァァァ」

 

「くっそ……!」


 断ち切れなかった。感触は悪くなかったし、緩い部分を斬りつけた。だが、半ば程で剣の動きが止まってしまった。

 膂力も、速さも足りず、中途半端な一撃になったせいだ。視るほうに思考が囚われすぎたか……。 


「惜しいなぁ〜。六割って感じやね。」


「……悪りぃ、助かった。」


 ええよ、と簡単に言葉を返したクオンが仕留め損ねた魔魚の息の根を止める。

 掠れた断末魔をあげて魔魚が沈黙したのを尻目に辺りを見回すと、残りの魔魚も同じく。

 足手纏い、どころか、おんぶに抱っこ。情けねぇ……。


「そないに落ち込まんでもええのに。贔屓目無しで上出来やよ。前の魔魚なら斬れとったと思うわ。」

 

「…………どうも。」


「ふふふ、ええね。向上心があるんはええ事やわ。」


 向上心、ね。俺の胸にある気持ちがそんな気持ちの良いものであれば、どれほど良かったか。

 ニコライとの戦いから今の一戦まで、何も出来なかった。クオンが開いた道を横から侵入しただけ。

 情け無い現実に、足りない実力に、ただただ焦りが募るだけ。理想には程遠く、思考の端には赤毛がちらつく。…………あぁ、くそ。


 切り替えろ。俺が弱いのなんて、足りないのなんて今更だろ。百で足りないから千を。千で足りないから万を。そうして繰り返して、半歩でも近づく。それを再認識出来ただけでも収穫だった。


「………………こら、本格的にリゼちゃんと喧嘩かもしれへんなぁ……。」


「?何か言ったか?」


「いいや、何も。」


 確かにクオンの声が聞こえたと思ったのだが……?


「そんな事より、や。……どうもウチら一杯食わされたみたいやね。」


「どういう事だ?」


「周り、見てみ?」


 ふぁさと音を立て揺れる尾から視線を外して、辺りに再度目を配る。

 鮮血が地に映え、その上では骸になった魔魚。喧騒から静かさを取り戻し、微かに風が吹く離れの土地。…………………………、なるほど、やられた。


「ニコライが、いねぇ。」


「盗られてもたねぇ……。」


 魔魚と同じく横たわっていたはずのニコライが見当たらない。魔魚とのドタバタに紛れて回収されたか、ご自慢の回復能力で逃げ仰せたのか。どちらかはわからないが、クオンの言う通り、してやられた。


「……クオンでも気づけなかったのか?」


「ん。違う事に気とられてたからなぁ……。」


 クオンなら何かしら気付いていたかと思い聞いてみたが残念。しっかし、こうなってくると。


「骨折り損、ってやつやねぇ」


「全くだ…………。」


 クオンの言う通り。苦労した割に得た物は無し。情報という得難いものは手入れはしたが、それ以上繋がるものが何一つ無し。どっと疲れが襲ってくる。ニコライをみすみす逃したのは痛手すぎるなぁ……。


「疲れとるところ悪いけど、まだ一仕事残っとるで?」


「……?……あぁ、そうか。ミスティアの件か。」


「そうそう。まぁ、問題無いとは思いたいけど……こんな事なっとるし、もう一回ぐらい骨折ってもええやろ。」


「杞憂で済めば一番だな…………。」


 すっかり忘れそうになっていたが、助けた人達を引き連れていったミスティア。あちらが無事なのかも気になるし、なにより、ミスティアに再び疑わしさが出てしまっている以上、放置が出来ない。

 個人的にはミスティアの言っていた通り面倒な事にはなっていたし、彼女は大丈夫だと思いたいが……。確かめる他ないだろう。


「ほら、へばってへんと行くでっ!」


「……すぅ、はぁ……。おうっ!」


 疲れた身体に一呼吸で活力を戻す。傷だらけで紅を全身に纏う俺とは違い、華やかさを損なわず、戦いの跡を感じ取れないクオンを後を追いかけるように駆け出した。


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