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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
二章 最強を目指す者
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星の導きは望みを見ゆ ー5ー

 最初に浮かんだのは、綺麗だ、という純粋な称賛だった。そうして目にした景色に呆けていると、首を失ったニコライの身体が重力に従って地に倒れた。

 見える範囲では同じような何十とくたばっていてる。辺り一面に広がる惨状を前に、普段なら疑問の一つや二つは浮かんでいただろう。

 ただ今は、そんな事はどうでも良くなる程に、意識を奪われていた。


 美しいと、一種の芸術にすら見える、クオンの放った一太刀に。


 見事、なんて言葉じゃ生ぬるい。

 剣を振るう最適解、これが正解だと教えつけられた気分になる。

 抜刀から納刀までの洗練された所作。

 初めから斬ってあった疑うぐらい綺麗な太刀筋でありながら、目で追うのがやっとの神速の振り。


 適当に振られたような一刀が、あまりにも出来すぎていて。同時に、今の俺では到底届かない頂きを見せつけられたような。

 そんな、感動と、敗北感が混ぜ合わさった感情が、俺の中に渦巻いていた。


 初めて、だ。

 人の剣を見て、模倣をする気すら起きてこないのは。グリード卿の剣技でさえ、自分の型に落としこまんと息巻いたというのに。

 クオンの剣技、その抜き打ちに近しい技を愛用しているというのに。……彼女の技は俺一人では確実に辿り着けない境地に有る。心底悔しいが認めるしかない。


 獣人は人間よりも、身体能力が高い。

 だから、彼等の技術を模倣しきれない事は確か。

 ただ、クオンの剣技はそういう身体能力任せのモノではなく、歴とした技に由来するもの。

 なのに、称賛の気持ちしか沸かないというのだから、悔しさも倍増だ。

 単に、剣を扱う者として技量と経験の差が如実に出てしまった結果なのだから。 

 

「リオ君!無事にいったんやね!……ってあれ、捕まってた人らは?」


「あ、あぁ。ミスティア、例の占い師が来てくれたんで、任して、こっちを手伝いに来たんだけど……。」


「ふーん?なんやよう分からんけど、問題なさそうなん?」


「おう。ミスティアは信用できると思う。……こっちの助けは要らなかったみたいだけど。」


 俺の心境など露知らず、朗らかに声を掛けてくるクオンに何とか言葉を返す。気持ちの整理がついていないし、何よりクオンの正体が気になる所だが、後にするしか無い。


 クオンはクオンでミスティアを警戒しているみたいだが、俺の反応を見て問題無いと判断してくれたみたいだった。会った事の無いクオンからすれば当然だろう。

 

 にしても、この状態を見れば、ミスティアに任せてきた俺は無駄足だった訳だが。ミスティアが面倒事だなんて言うから、急いだというのに、着いてみれば後の祭り。

 傭兵とニコライはクオンによって片付けられた後で、彼女の実力も俺の遥か上ときた。一体何の為に急いで来たのだか。


「堪忍な。ホンマやったら、もーちょいニコライはんの話を聞くつもりやってんけど……。」


「?」


「……なるほど、なぁ。その反応って事は、リオ君の方では何も見つけてないんやね。」


「そう……だな。特に気になる事は無かったが……何かあったのか?」


 両手を合わせて何やら謝ってきたと思えば、直ぐに解いて思案顔を浮かべるクオン。

 何やら俺の方に期待をしていたみたいだが、言った通り話せるような収穫は無かった。

 単純に捕まってた人達を解放したぐらいで、他に目に留まりそうな物は…………うん、恐らく無かったと思うが。


「いや、なぁ。ニコライはんが持ってたんよ。」


「何を?」


「あっかい核。」


「……は?」


「やっぱり知らんかったんやね。」


 金茶の尾をゆっくりと揺らしクオンが語った内容は、予想外すぎる事で。

 というか、知るわけが無い。そもそもここに来たのだって、元を辿れば核の出所を知る為だ。

 だというのに、ニコライが持っていた、だと?

 どこでどう繋がればそんな事になる。


 ……いや、関連性が無くはないか。

 核の素材が人間だったのが魔力喰らい(マナ・イーター)。なら、魔魚の素材に魚人族(マーフォーク)が使われていても可笑しくない。

 調達役を担っていたのが、ニコライ率いる奴隷商だったとすれば、繋がらん事も無い。

 判断材料が乏し過ぎて断定は出来ないが、一考の余地はある。


 となれば、ニコライが持っていたという紅い核を回収してノインに見てもらうべきだな。少なからず情報が得られるだろう。

 

 道理でクオンがミスティアを警戒してた訳だ。立ち振る舞いや言動で問題無いと判断したが、ミスティアを信用したのは悪手だったか……?

 とにかくさっさとミスティアの後を追った方がいいな。さっき離れたばかりでそう遠くには行ってないはずだ。


「クオン、核を回収して戻るぞ。」


「うん?……せやね、そうしよか。……というかリオ君、急に懐いた?なんか話しやすなった?」


「今は良いだろ!そんな事!ほらさっさと行くぞ!」


「えぇー、大事よぉ?……まぁ、ええけど。後でゆっくり聞かせてな!」


「だぁー、わかったよ!ほら、早く核渡してくれ。」


 本当に変なところが大事なようで……。

 話し方一つで良くこの殺伐とした景色の中で、そんなに元気に尻尾を振れるもんだ。

 ちなみに話し方は意図的に変えた。あんな剣技を持つ武人、一時の縁で終わらすわけにはいかないだろ?


 どこか気の抜けた会話をしながら、核を受け取る為に手を伸ばす。だが、待てども待てども核が手渡される事がない。

 不思議に思ってクオンを見やると、どこか罰が悪そうに頬をかいている。どういう事だ……?


「……クオン、核は?」


「それが、手元には無いんよ……。」


「?…じゃあどこに?」


「……有るのは、あそこやね。」


 そう言って指差した方に目を向けると、あったのはニコライの体。

 彼の懐にでもあるのだろうか。それなら、とっとと取り出せばいい。そう思い、ニコライの方に向かおうとすると、クオンから続けて声がかけられた。


「あー、辞めといた方がいいと思うで?有るのは、体の中やしね。」


「なっ!?マジかよ!」


 聞くと同時に剣を抜いて、ニコライから距離をとる。核を飲んだのが本当なら、前のカイルのように魔族化する。

 ……はずなんだが、剣の先にはピクリとも動かぬ姿となったニコライ。咄嗟に動いたのだが、もしや、それすらも終わった後か?

 にしては、見える範囲では変化が無さそうなんだが……。


「クオン、ニコライは魔族とやらになったんじゃ?」


「ん?……いや、取り出して飲みはったから、なんか起こる前に斬ったんよ。」


 気になって聞いてみれば、斜め上の返答が聞こえてきた。なるほど、俺が出会(でくわ)した場面がそこだったというわけか。

 

「やから、情報とかは何も聞けてへんのよ……。堪忍な?」


「い、いや、それは良いけど……。」


 片目を閉じて、小さく頭を下げるクオン。

 愛らしい一杯だが、その実、危険だと判断して有無を言わさず首を刎ねたというのだから、口元が引き攣ってしまう。

 見かけで判断してはいけない、と良くいうが正にその通りだ。


 ともあれ、そういう事なら核では無くニコライの身体を(あらた)めるしかない。

 問題はどうやって持っていくかだが……。


「……クオン、悪いが暫くここにいてもらって良いか?」


「良いけど、リオ君はどないするん?」


「ミスティアと助けた人達を追う。問題なさそうなら、ノインに伝言だけ届けて戻ってくるつもりだ。」


「なぁーるほど。まぁ、ノインちゃんぐらいしか分からんもんね。ええよ、任せとき。」


「助かる。なるべく早く戻ってくる。」


 流石に死体を担いで動くわけにはいかない。

 なので、提案したのが今の役割分担。

 俺が残っても良かったが、ミスティアとの面識や、ノインへの伝言を考えると動くべきなのは俺のだ。


 こんな殺風景なところに一人残していくのは忍びないが、甘えさせてもらおう。

 まぁ、この血みどろの景色を作り上げた張本人が彼女なわけだが、それは別として。

 本当に見れば見るほど酷い光景だこと…………いや、ちょっと待て、おかしい。どうなってる。確かにさっきまではそこら中にあったはずなのに。


「……、いなく、なってる……。」


「……ほんまやね……。」


 首を回し、視界を前後左右に揺らしても見当たらない。クオンも気づいて辺りを見回しているが、俺と同じ異変に気がついた。


「死体が消えてる……。」


「綺麗さっぱり無くなってるなぁ。」


 何十もそこらに散らばっていた傭兵達の死体が無くなっていたのだ。音も気配も感じなかったというのに、最初からそこに無かったかのように消えていた。

 残っているのは広がった血溜まりと、ずっと視界に捉えていたニコライ。何が起こってる……?

 

「クオン、何か感じたか?」


「んー。まぁ、ほんのりと。……ほら、あれちゃうの?」


 念の為と思い聞いてみたが、あっさりと原因を指差すクオン。気づいていたなら教えてほしいんだが。

 多少の非難をクオンに送りながら、続けて指されたほうへと視線を向けると。


「動き出してへん?ニコライはん。」


「……冗談だろ……!」


 そこにあったのは確かにさっきまで死体となっていたニコライ。ソレがクオンの言う通り再び動き出していた。

 胸が規則的に上下し、全身が痺れているかのように痙攣している。

 はっきり言って小さい子達には余り見せられない光景だ。なんせ、首無し死体が悶えるように動いているのだから。


「首刎ねても動く人は初めてやなぁ。」

 

「言ってる場合かっ!」


「えぇー、せやけど珍しない?」


 珍しいに決まってるだろ!

 というか、そういう問題じゃないだろ、何でちょっと嬉しそうなんだこの人!


 十中八九、取り込んだ核の仕業だ。

 まさか、死んでも効果を発揮するなんて。


「クオン!奴は核を何個飲み込んだ!」


 カイルは覚えている限りでは三つ飲んでいた。

 その結果、肌や髪が変異し、短時間とはいえ、魔族化とやらを成功させていた。

 仕組みはわからないが、純度とやらが関係していても、一つ二つなら対処できる範囲だが果たして。


 んーと、と何処までも気楽な声をあげながら、指折り数えていたクオンが口を開いた。


「――、十個、ぐらいちゃうかなぁ……?あんまし覚えてへんけど……。」


「――――考え無し過ぎるだろっ!!」


「それにはウチも同意やね。」


 最悪すぎる……!

 以前と比べて、およそ三倍。

 単純に個数がそのまま反映されるなら、厄介なんてモノじゃない。

 前回ですら、虎の子の魔法を使っての辛勝だったっていうのに。


「――――――アァ、アァ、」


「首、消えてる思てたら、回収してたんやね。」


「どう見てもマトモじゃないけどな。」


 消えた死体は本当にニコライが回収していたようだった。血の沼から生え出たニコライの首が死体にはまり、元の姿を取り繕うと同時に、震えた身体がゆっくりと起き上がった。

 口からは言葉ではない音だけが漏れ、目はあらぬ方へと向いている。一連の動きだけで、軽くトラウマになりそうだ。


 それに見た目の気色悪さの他にも嫌な事がある。

 消えた四十近くの傭兵達の死体。それを今の首のように扱えるのだとしたら……その数がそのまま敵になって襲ってくる!


「――オレハ、オレハ、コンナ、トコロ、デ」 

 

「クオン!」


「承っ知!」


 先手必勝。

 声を出すと同時に、地を蹴り駆け出す。

 構えは前傾へ、狙いは胴体。

 今のニコライは核が主原動のはずだ。

 核の位置は分からないが、カイルの時は胸元に出てきていた。首は無駄なら、そこを狙ってみるしかない。

 

 幸いニコライは見るからに不完全、身体の変化は見られず魔力が爆ぜた様子も無い。出来の悪い人形に見える今、悪化する前に斬り捨てるっ!


「"身体強化"(レイズ)ッ!」


「――――シンデ、タマる、かヨォ!」


 抜き打つ一太刀。

 その刃がニコライを捉える寸前、

 ――濁った瞳が俺を捉えたのが見えた。


「――リオ君っ!!」


「っ!」


 爆発。ニコライから大きな魔力が爆ぜ、肉薄していた身体が弾き飛ばされる。受け身も取れず、地面を跳ねるように転がる。

 そうして転がる俺をクオンが受け止めてくれた。


「痛っぅ……!」


「大丈夫、とちゃうね……。動ける?」 


「……何とかな。助かった。」


 地が抉れる程の魔力の爆発。

 至近距離で叩き込まれたのは痛手過ぎる。

 クオンの声で咄嗟に動けたお陰で、被害を抑えられたがそれでもだ。身体のあちこちが痛ぇ。

 二、三度腕を振って感覚を確かめる。……良し、痛みはあるが支障は無い。


「――ァあ、いいジャねぇか。みなぎッテキやがる。」


「……ごめんやで、ウチのミスや。」


「仕方ねぇさ。……誰も残機があるとは思わねぇよ。」


 本心だ。クオンの行動は何一つ間違っていなかった。誤算だったのは、核の持つ力だ。

 

 見据える先には、変貌を遂げたニコライ。

 髪は真っ白に。

 瞳は赤く。

 肌は黒色へ。

 見覚えのあり過ぎる姿へと変わっていた。


 違いがあるとすれば、肌を覆うような鱗と、手足に現れた水掻き。魚人族(マーフォーク)とそっくりの特徴がある事。


 言うなら、魚人族(マーフォーク)版の魔族ってか。笑えねぇ。


「よぉ、オンなぁ。言ってたトオり、グチャグチャにしてやるよ。」


「流石は商人。言うた事守りにきたんやね、偉い偉い。……実行出来るかは別やけどね。」


「はっ!いつまで余裕面でいれるか見物だなぁ!」


「そらどうも。ほな、見物料もろてこか。」


 完全に成ったのだろう。

 言葉もどんどん聞きやすくなっていってる。

 どういう原理だか知らんが、聞く限りでは、記憶も意識もニコライ本人のままらしい。

 ミスティアの言ってた面倒事とは、コレの事だったのだろうか。だとすれば、疑って悪かった。

 確かに、死ぬほど面倒だ。


「リオ君、来るで。」


「応。」


「……なんだテメェ。……まぁいい。二人纏めてぶっ殺してやるよ!!」


 紅い瞳を鈍く光らせ、血染まる大地で、ニコライが叫びをあげた。

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