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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
二章 最強を目指す者
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星の導きは望みを見ゆ ー4ー

「――よし、これで全員だな?……大丈夫だ、助けに来たんだ、安心してくれ。」


「う、うん。」


 屋敷地下。

 照明が乏しく、薄暗い階層に設置されている牢屋の鍵を壊して、囚われていた魚人族(マーフォーク)の女性に声をかける。

 不安があるようで恐る恐るといった様子だが、牢から出てきてくれた。


 捕えられていたのは、総勢二十名程。

 屋敷を彷徨いていた奴から聞いたので、恐らくこれで全員。

 女性が殆どだが中には男性もいて、全員がそこまで衰弱していない事から、最近連れてこられたのだとわかる。ニコライの取引がいつ頃から始まっていたのかは知らないが、既にここから離れている人達はどうしようもないのだろう。


「取り残しは……いなさそうだな。今からここを裏口から出て組合本部に避難する。途中までは先導するから、逸れずについて来い。」


 反応して首を振ってくれたのを確認して行き先を伝える。助けたから各自解散、なんて事は出来ない。この後の事を考えても、ダゴンを始め信頼できる人の多いところに一旦居てもらうべきだ。


 幸いにして屋敷に残ってる敵が皆無と言っていいほどいない。侵入直後はちらほら見かけたのだが、どうやらクオンさんが大立ち回りしているみたいで、残っていた人員もそちらに向かっていった。

 本当に、陽動としては完璧すぎる働きぶりだ。


 とはいえ、油断は出来ない。

 この人数を守りながら戦う、となれば流石に自信が無い。慎重に動いて損にはならない。


 警戒を緩めず裏口を目指して通路を進んでいく。

 後ろが付いてきているかを確認するが、問題なさそう。やはり全員しっかりと歩けているようだ。


 地下から上がり、上の階へ。

 ここまで来れば、俺が侵入した裏口から出て、組合本部を目指すだけ。短い距離だが、接敵しなかったのは本当に良かった。

 

 一応まだ屋敷の中ではあるが、もぬけの殻といったところか、ニコライは愚か、傭兵の一人も見当たらない。見る限りは安全で間違いなさそうだ。

 その分、相手をしているクオンさんに心配が募るが、問題は彼等をどうするか、という点だ。

 ここから組合本部があるミューズ都心部まではそれなりに距離がある。彼等だけにしていいものか……。

 

「……この通路を真っ直ぐいった裏口から出て、組合本部を目指すつもりだが、誰か地理がわかるやつはいるか?」


 ……残念だが、反応は芳しく無い。

 自分で言っておきながら何だが、当然か。

 連れて来られた場所もわからないだろうし、何より不安が大きいはずだ。

 …………どうしたもんか。クオンさんに連絡手段が無い以上、最後まで連れ添えば置いていく事になる。彼女は自信があるようだったが、万が一という事もある……。


「お困りのようじゃの。手を貸してやろうか?」


「――っ!……ミスティア!?何でここに?」


 突然の声に振り返れば、そこにいたのはミスティア。全く気配を感じられ無かった……。

 いや、そんなことより、表には出て来ないんじゃ無かったのか?


「なに、ちと面倒になるところが見えたのでな。妾が出向いてやったのじゃ。」


「面倒事だと?」


「外におる狐と合流すれば嫌でもわかる。……こやつらは妾が引き受けてやる。」


「あっ、おい!……ったく。」


 話は終わり、とばかりに背を向けたミスティア。

 何というか要領を得ないが、クオンさんの方で何かあったと思っていいのだろう。それこそ、俺が助力したほうが良いような事が。

 色々と不満はあるが、人手が欲しかったのは確か。ミスティアの助けを素直に受け取るとしよう。


「大丈夫だ。彼女は俺達の仲間だ。……聞いていたと思うが、ここからは彼女に付いて行ってくれ。」


「…………わかり、ました。……ありがとうございます。」 


 不安げにする魚人族(マーフォーク)の人達に声をかけて、ミスティアを追うように促す。

 躊躇いの色が浮かんでいたが、納得してくれたのか、ペコリと頭を下げると、全員がそちらに向かっていってくれた。

 彼女達は大丈夫だろう。後の事はミスティア、それにダゴンに任せるとしよう。


「うしっ。行くか。」


 足を向けるのは正面玄関。

 クオンさんが傭兵、そして、ニコライを相手にしている場所。……面倒事、ね。何でもいいが、とっとと終わらせるとしようじゃないか。


――――――――――――――――――――――――――――


 リオンがニコライに捕まっていた人達を救出する数刻前。正面玄関は凄惨な光景が繰り広げられていた。


「――――あ、」


「――――――ひぃ。」


「ほんま数だけは多いなぁ。」


 一呼吸、いや、瞬きの間に、振るわれた刀が傭兵の首を飛ばし、物言わぬ骸がまた一つ地に伏せる。

 辺りを見渡せば地を転がる首無しの死体が二十程。赤色が地面を染め池を作る光景は対峙する傭兵達にとって、地獄の光景に他ならないだろう。

 そんな光景を目の当たりにしながらも、彼等が逃げ出さないのは、仇討の精神でも無ければ、蛮勇でも無い。単に、逃げる事が出来ないからだった。


 クオンによって殺された傭兵達。

 当然、その中には命惜しさに逃げ出した者も居た。だが、結果は実らず。その誰もが首を飛ばされた。

 刀が届かぬ範囲にいたと言うのにも関わらず、クオンが振るった刃は彼等を切り裂いた。

 原理不明にして、対処法もわからず。

 逃げれば死ぬ、という事実だけが、彼等をこの場所に留めている。


「これで全員なん?……もしまだおるんなら、早よ出したほうがええよ、ニコライはん?」


「化け物がっ!」


「失礼なこと言うんやね……。ウチ泣いてまう……。」


 飄々とした態度のクオンとは違い、額に脂汗を浮かべ苦々しげに叫ぶニコライ。 

 

 雇っていた傭兵は全部で四十人。

 金に物を言わせて雇いに雇った腕っぷし。

 その半数がたった数刻を待たずして居なくなったのだから、ニコライが化け物と口を吐くのも当然の事だろう。


 彼はただの商人だ。正確には元々はただの商人だった。

 グラトニアで冒険者相手に彼等の迷宮探索の結果を買い取り、代わりに金銭や武器を売る。そんな普通の商人として生きていた。

 

 転機が訪れてしまったのは、グラトニアで治安が怪しくなり出した頃。利益を得る為に行った武具の買占め、それが仇となって彼は地位を落とされ、帰る国を失う事になった。

 全てを失ったニコライは、誘われるがままに人身売買を始めたのだ。今までの商売がアホらしく思えるぐらいの利益は、彼の少ない良心を失わせるには充分で。言われるがままに人を攫い続けた。

 アシはつかず、報酬は莫大。呆れるぐらいには全てが順調だった。

 ――――今日、この時までは。


「なん、で、なんで!テメェみたいなのが、急に現れたんだよっ!!」


 羽虫の如く散り行く傭兵達を見ながらニコライが叫ぶ。グラトニアにいれば、多少の荒事には機微が感じられるようになる。

 自分の生が途絶えるのも時間の問題だと、商人である彼でもわかる。


「そないな事ウチにいわれてもなぁ。……まぁ、因果応報が世の常なんやない?」


「くそ、あまがぁ!」


「……ほんまに口悪いね、ニコライはん。」


 佇まいを崩さず、自然体で刀を振り続ける女は、金には靡かないだろう。逃げる手立ても無ければ、抗う手段も無い。

 

「(考えろ、考えろっ!何か手は無いのか。俺はドン底にいようが這い上がって来た男だ!何か、何かっ!)」


 絶対絶命の中ニコライはそれでも、最善を探り思考を巡らすが、荒ぶる感情が邪魔をして、手繰れるものは何一つ見当たらない。

 思考すれどもすれども、沸き上がってくるのは恨み事のみ。


「(何でだよっ!あの女、絶対に足はつかないんじゃなかったのかよ!!)」


 リスクのある商売なのはわかっていた。下手をすれば、世界中が敵になる。それでも彼が動いたのは、安全だと感じたから。

 事実、今日に至るまでは不安要素はなかったのだ。

 自分の代わりに何故か他の奴が捕まった。

 見つかりそうになっても、何故か別の死体が罪を被ってくれた。

 稀に出てくる正義感を燃やした奴らは、莫大な支払から雇えた傭兵で一人残らず対処出来た。


 安全が保障された安い商売。それが、たった一瞬で崩された。


「(くそが、クソが、クソがぁ!)」


「えらい怖い顔して……。で、後は(あん)さんだけやけど、どないする?大人しくしてくれるなら、優しく斬ったるで?」


 焦燥するニコライが再び眼前の景色を捉える。

 立っているのは、足元を鮮血で染めた獣人の女だけ。自分の身を守る存在は消え、刈り取る存在だけが残っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ。」


「ニコライはん、聞いてはる?…………あかんね、聞こえてなさそうやわ。」


 直面する命の終わりに、呼吸は荒ぶり、思考が単純化される。ニコライを見て退屈そうな声を上げる、クオンの声すら今の彼には届かない。


 そんな状態のニコライが不意にゆったりと手を動かし、自らの懐へと運んだ。 


「そうだ、そうだった。俺にはコレがあったんだった……。」


 理性を感じぬ掠れた声を出しながら、懐から取り出したモノに、クオンの眉が歪み、抜こうとしていた刀が止まる。


「……先に話を聞かなあかんね、コレは。」


「はっ、ははは、はははは!」 


 半狂乱ニコライが取り出した最後の手段。

 それは、彼の手の上で鈍く光る紅い真珠。

 それはクオンにとっては見過ごせない物で。


 魔魚(まぎょ)魔力喰らい(マナ・イーター)の核になっている物だった。

 まさに渦中の品を持っているニコライをクオンはおいそれと斬る事が出来なくなったのだ。


「ニコライはん、何処で手に入れたん、それ。」


「うるせぇ、黙れ!!テメェだけは許さねぇ……!」


「あらら。嫌われてもたね。」


「ぐちゃぐちゃに引き裂いてやる!」


 咆哮を上げると、ニコライは紅い真珠達を自らの口に運び、それを飲み込ん―――。


「――残念。他になんか見つかるとええけど。」


 響いたクオンの声と併せて響く、鞘を擦る音。

 そして、間も無くどしゃりとニコライの身体が地に落ちた。 

 

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