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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
二章 最強を目指す者
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星の導きは望みを見ゆ ー3ー

 ニコライ・レヴァノフ。

 出身はグラトニアで、人間の恰幅の良い中年男性。

 活動拠点は世界各地に散らばっているらしいが、現在はミューズでの商いが中心。

 内容は魚人族(マーフォーク)、特に見目麗しい人魚の奴隷売買。当然ながら、非合法かつ裏取引によるもの。元々は真っ当な商人だったらしいが、どういう訳か華麗に悪徳商人へと大変身したらしい人物。

 

「それが、あの人っていうワケ。いっぱい護衛も連れて、対策はばっちしやねぇ。」


「ですね。二十人ぐらい……か。聞いていたよりは多いな。」


 ミューズ郊外。

 港がある都心部とは違い、素朴な家屋が散見する人気の少ない場所で彼らは陣取っていた。

 少し距離を空けた木陰から見やれば、クオンさんのいう通り。

 一人だけ煌びやかな衣服を纏っている男を囲うようにして、武器を持った連中が辺りを警戒している。彼らの近くには大きな家屋があるので、そこが拠点なのだろう。

 

 どう考えても、あの派手な男がニコライだ。

 体型もミスティアから聞いていたものと一致する。

 本人の戦闘能力は低そう。周りの傭兵だか用心棒だかを蹴散らせばどうとでもなりそうだな。


「で、ノインちゃんには言わんで良かったん?」


「……まぁ、行き先がわからないので、仕方無いかと。」


「ほんまに?……占い師の言う事、信じたんがバレるの怖いんちゃうやんね?」


「……それも、無くは、無いですけど。」

 

 真面目な顔して、痛いところをついて来ないで欲しい。怖く無いかと言われれば、怖いに決まっている。

 ミスティアとの出会いから現状まで、その全てがまともに説明して良いかといえば、そうじゃないのは確かだ。

 なにせ、一般人に剣を向けた挙句、占いをしてもらう為に大立ち回りをしようというのだから。

 ノインに言えば、多少の小言はいただく事にはなっただろう。ただ、別にそれが理由でノインを待たなかった訳では無い。


 手が無い現状を動かす為には、どんな可能性も見過ごせない。そこはノインも同じくように考えているはずだ。

 一応、ニコライに関してもこちらでも調べて、ミスティアの話が嘘でないのは確認済み。

 

 であれば、この行動自体は咎めてはこないだろうし、本当なら手伝ってもらうつもりだった。

 のだが、絶賛一人行動中のノインを待つのは、時間がかかり過ぎる。


 相手が奴隷商人だと言うのなら、一刻でも早く動いたほうが良いと勝手ながら判断した。

 ミスティアにも早ければ早いほどいい、とは言われているし、戦力的には痛いが仕方が無いのだ。


「ふーん。まぁ、ええ判断やとは思うよ?行動起こすなら早い方がええのは確かやしね。」


「そういうことです。兎に角、今回は俺達は二人でやるってことで。」


「ええね。ほな、ちゃっちゃっと終わらせて、ノインちゃんにお土産持っていてあげよか。」


「いっても、占いですけどね。」

 

「それもそうやねぇ。」


 尻尾を揺らし、上品に笑うクオンさん。

 ほんと良く付き合ってくれてるもんだ。

 

 彼女はミスティアには会っていない。あの後戻ってきた俺の話を聞いて、その足でこうして手伝ってくれているのだから余計に。


 占いで、事件の手掛かりが見つかるかも知れない、なんて言われたら、誰だって呆れるというのに。一言、ええよぉ、とだけ。

 大物過ぎる気もするが、今は感謝しかない。

 

 これが終われば、何かしらの礼でも考えておこうか。多分だけど、美味しい食べ物をあげれば喜んでくれるはず。


「リオ君、作戦はどうする?」


「そう……ですね……、ちなみに、クオンさんの得物は?」


「ウチは刀一本やね。魔法とか、遠距離は期待せんといて。」


 刀、とは腰に佩いてる剣のことか。

 ちらっと見せてくれたが、両刃ではなく片刃で俺の剣よりも刃が薄い。見慣れない剣だが、立ち回りは俺と変わらないだろう。


 当然、俺も遠距離からの攻撃手段など持っていない。ここにいるのは、前衛二人。となると、自然と取れる手段が限られてくるな。


「……片方が陽動にでて、その隙にもう片方が奴隷に救出って感じですかね。」


「異論無し。ほな、それでいこか。」


 相変わらず判断が早いな……。結構、無茶苦茶な作戦なんだが、一考すらしないとは。まぁ、今は助かるからいいけど。 

 

「じゃあ、陽動は俺が――」


「ウチがやるわ。救助とか、あんまり性に合わんのよ。」


「え、ちょ、まってくださいっ!」


 即断、即実行、とはまさにクオンさんの事。

 発言すると同時に、踊り出ようとする彼女の肩を掴んで静止する。


 流石に即実行が過ぎる……。

 今出ていかれても対応に困るし、何より、巻き込んでおいて危険な役割もお願いします、では立つ瀬がない。

 流石に陽動は俺がやるべきだ。苦手かも知れないが、救助に回ってもらう。


 そう思って、声を掛けようとすると、掴んでいたいたはずのクオンさんは綺麗さっぱり居なくなっていて。代わりに聞こえてきたのは。


「こんにちは。ニコライはんやんね?ちょっと、ウチと遊ばへん?」


「なんだ、テメェ。……へぇ、獣人か。取引にゃ含まれてねぇが、悪くねぇ。……おい、こいつも捕まえて、牢にぶちこんどけ。」


「こないな美女に誘われてんのに、えらい物騒な物言いやねぇ。」


「はっ、悪りぃが亜人は趣味じゃねぇんだよ。」

 

 あぁ、くっそ頭が痛ぇ。

 何だって、そんな勝手に行くかなぁ!


 どうする、俺も出て行って手伝うべきか?

 流石に二十人を相手にするのは危ないんじゃないか?


 見れば、ニコライの手下達は既にクオンさんを取り囲むように動き出している。

 当のニコライは余裕でもこいているのか、下卑た顔で成り行きを見守っていた。

 ……陽動としては、及第点以上。確かに、今なら建物への侵入は容易だが……。


 あぁ、もう!仕方ねぇ、作戦通りに俺は救出に向かうしかねぇ!さっさと救助して、クオンさんの手助けに行く!……頼むから、それまで無事にいてくれよ。


――――――――――――――――――――――――――――


「(うん、ちゃんと行ってくれたみたいやね。)」

 

視界の端では、リオンが低い姿勢のまま屋敷に向かっている。彼女―クオンからすると、出てこられるのが一番嫌な選択だった。

 多少不安はあったが、作戦通りに動いてくれたのは僥倖だったと言える。

 彼の実力はある程度は把握している、無事に助け出してくれる事だろう。


「(ほな、ウチはウチで、しっかり仕事せんとなぁ。……武装した連中が二十人、ね。)」


 剣に槍、無手の者は魔法師。荒事に慣れた連中がずらっと囲むように構えを取っている。

 多勢に無勢を絵に描いたような状況だが、クオンは平静そのもの。

 危機感を覚えてもいい場面だというのに、冷や汗の一つすらかいていない。


 だが、それも自然な事と言えるだろう。

 蟻が数百匹集まろうと、象が気にせず歩を進めるように。

 魚が群れていようとも、鯨が関係なく捕食するように。


 彼女にとって、周りの傭兵共は何の障害にもなり得ない。

 武を極めていけば、自ずと相手の力量も測れるようになる。そうして相手を見た結果、彼女はそう判断したのだ。


「……待たしてもアレやし、始めよか。」


「余裕じゃねぇか。面白ぇ。……おい、こいつを捕まえた奴に追加で金を払ってやる。」


「太っ腹やねぇ。儲けてるみたいで羨ましいわ。」


「商売上手なんでな。仕事の時間だ、働け傭兵共!」


 ニコライの声と同時、取り囲んでいた傭兵が一斉に動き始める。ギラついた目は、追加報酬によるものか、それとも彼等の生来のものか。

 どちらにしろ、揃いも揃って悪どい顔をしているのは間違いがない。


 安い仕事だ、とそう思っている者も多い事だろう。高そうな服を来た女一人を相手にするだけで、多額の報酬が貰えるのだから。


 ――それが事実かどうかは置いておいて。


「無粋、やね。」


 一瞬の瞑目。

 呟きと共に一線の光がはしり、遅れてキィンと甲高い音が鳴る。


 そして、駆け出した傭兵達から紅が咲く。

 力無く崩れ落ちた彼らは首から上を失い、ただ地に伏せるのみ。

  

「あ、え、なん、なにが、」


 声を上げたのは、傭兵の誰か。

 目の前の光景が信じられず、怯えた顔でそう発した。

 幸運にも声の主は魔法師だったのか、クオンからはまだ離れていた。だからこそ、異常な光景を余す事なく見れて、そして、首を失わずに済んだ。

 

 もし、他の傭兵と同じく近付いていれば。


 そう考えるだけで、彼の身体は震えが止まらなくなる。それもそうだろう。

 二十人にいた傭兵はいずれも、手練(てだれ)だった。そんな猛者達が、瞬きの間に五人もやられたのだから。 


「てめぇ、何者だ。」


「そういえば、名乗ってへんかったね。」


 同じく後方から眺めていたニコライが睨むように告げる。余裕そうな表情は崩れ、上げた声には驚愕、そして、恐怖が含まれていた。


 それでも強気な態度を貫いたのは、彼の矜持だ。

 誰にも嘗められてはいけない、奴隷商人になってから貫き続けてきた彼なりの信念の賜物。


 その矜持も、相対する彼女の正体を知れば、直ぐにでも崩れて去るだろうが。


「ウチはクオン・ヤエガキ。しがない旅人や、よろしゅうなニコライはん?」


 魔法師の頂点、大賢者。

 最強の称号、騎士王。

 人類の希望、勇者。

 そして、彼等と肩を並べる、もう一人の頂きの名を、武の頂点。


 剣聖、クオン・ヤエガキは尻尾を揺らし、柔和に答えたのだった。

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