星の導きは望みを見ゆ ー2ー
ミューズの町をを駆け抜けていく。
すれ違い様に、ぶつかりかけた人々から非難の声があがるが、今は謝っている暇も無い。
クオンの下を飛び出しての鬼ごっこはまだ続いていた。相手に気づかれたのか、逃げるように駆けていくので、どうにも捕まられない。
速い、というよりは、道を知っている感じで、後手をいってるのが原因だ。
面倒くせぇ。
だが、逃げるという事は、俺に捕まると不味いということ。早とちりの考えも、意外に正解だったか。嬉しい誤算だ。
ますます、取り逃す訳にはいかない。
絶対にとっ捕まえてやる。
滾る気持ちをのせて、足の回転数を上げていく。
鬼ごっこしていて分かったが、純粋な身体能力では勝っている。
付かず離れずの距離を保たれているが、後一押しあれば追いつける。と、なれば、一押しを持ってこればいい。
「"敏捷強化"!」
唱えた魔法の効果が発揮され、俊敏性が増して、詰める速度が上がっていく。
よし、これなら、問題なく追いつく事が出来る。
短い間だったが、楽しい鬼ごっこだったぞ。
「……っ。」
「……やっぱり、紅い。」
前をいく女が振り返り、視線が交差する。
フードの下から覗く瞳は、間違いなく紅い色で、いつか見た瞳と酷似していた。
ノインから聞いていた特徴では、魔人男は白髪に紅眼。一緒にいた女の方は違ったらしいが、どうなっているのか。
姿を変える手段をもっているのか、はたまた別人なのか。出来れば、面倒じゃないほうだと嬉しいところだ。
どちらにしろ、後少しで答えがわかる。
既にもう少しで手が届く所まで来ている。
加えて、逃げる女が曲がった先は。
「…………終わりだな。観念しろ。」
「…………。」
行き止まりだった。
店か、家かは分からないが、建物に囲まれた路地裏。有難い事に人気が無い。
この辺りの地理に詳しいようだが、焦ったのか?
どうでもいいが、好都合だ。これなら、多少荒事になっても騒ぎは起きなさそうだ。
剣を抜いて、切先を目前の相手へ向ける。
目的の奴なら魔法師と聞いている。
この距離なら俺のほうが先手を取れるだろう。
「まずは、フードを取れ。」
「……なんじゃ、えらく物騒な奴が仲間になったもんじゃな。それにしつこい。お主、女に嫌われる性質じゃろう。」
「よく喋るな。いいからさっさとしろ。」
はいはい、と見るからに余裕そうな女がゆっくりと頭を覆っていたフードを取った。隠されていた容姿が露わになって、剣を握る手に力が入る。
腰まで届く長い髪は、色素を失ったかのような白髪。こちらを見やる瞳は、血のような真紅。
肌は黒く無く、俺達と同じ肌色をしているが、違うところも多い。
目元には鱗があって、耳は尖ってヒレが付いている。衣服に覆われた腕や、脚も恐らく、鱗やヒレがあることだろう。
魚人族。
人の姿でありながら、水中での生活が可能な種族の特徴だ。
さて、どっちだ。
魔魚とやらが出て来ている以上、魚人族の関係者がいても可笑しくない。
それか、姿を変えた本人か。
あの髪と瞳は間違いなく同じ。無関係、という事は無いはずだ。
「名前は。」
「礼儀のなっていない小僧じゃ。まずは、自分から名乗るのが礼儀じゃろうて。」
「もう一度聞くぞ、名前は。」
「ふん。……ミスティアじゃ。これでよいか?」
俺と同年代でも疑いようぐらい若く、愛嬌のある顔の割には古風な話し方だ。そのせいで、年齢の判別が難しい。
にしても、ミスティア、ね。
軽く記憶を辿るが、覚えは無い。
魔人ディシードと居た女の名前は、クレアだったはず。……別人、と見たほうがいいのか?
「…………何者だ、お前。」
「?なんじゃ、お主、妾の事を知らんのか?」
問いかけたら、何故か怪訝そうに首を捻られてしまった。まるで、俺が知っていると思っていたかのような感じだ。
どういうことだ?
少なくとも、俺の記憶には彼女の顔も名前も存在していないのだが。……そんな相手を追いかけ回して、剣を向けていると思うと、間違いなくやばい奴だな、俺。
いや、大丈夫だ。相手が魔族に連なる者なら、俺の行いも問題にならない。何と無く、漂い始めた違和感が不安でしか無いが。
「…………ちよっと待て、お主、何で追って来た?」
「…………気になった事があるからだ。」
何だろうか。
こう不安な感じが余計に濃くなった。
馬鹿正直に答えてしまうと、万が一の時もあるし。濁して答えたのだが、どうにも先行きが怪しい。
「…………妾の鱗が欲しいのでは?」
「?違うが。」
「…………妾の髪の毛は?」
「いらん。」
なんだ、その偏った質問は。
悪趣味過ぎるだろう。
いや、人の思考を馬鹿にするつもりはないが、俺にはそんな趣味はない。
「…あぁ!そうかそうか!ふむ、何処で聞いたのかは知らんが、若い割には耳聡いのう。」
「っ!」
呆けた顔から一転して、悪どい笑みを浮かべたミスティアに、自然と警戒が高まる。
空気もピリつき始めてきた。
どうやら、本題に入れそうだ。
そうだ。俺はお前の正体を――、
「――占い、じゃろう?」
「は?」
「全く。ちと、熱心すぎないかお主。まぁ、いい。その努力に免じて特別にしてやろう。ほれ、なんじゃ、恋占いか?恋占いじゃろ?」
……………………すぅ。
これは、どういう感じだぁ。
おっと、懐から手のひらサイズの水晶玉を取り出したぞぉ。
よく、剣を向けられて、平然としていられるな、この人……。
「お主のような年頃の奴はほんっとうに、恋愛事が好きじゃのう。そういうのは占いに頼らずに頑張るほうがというに……。」
「あー、うん、すまん、ちょっと待ってくれ。」
「ほっ?」
にやにやと水晶玉をこねくり始めだした、ミスティアに待ったをかける。頼むから、本気で占いを始めようとしないでくれ。
自分の恋愛なんて、聞きたくはない。結果が最悪、一生独り身とかだったら悲しいだろ。
どうにも、話が変な方向に向かっている。
敵意や、悪意は感じないし、なんなんだ一体。
もしかして、もしかするのか。
これは、俺が大いにやらかしてしまった感じなのか。いや、でも、彼女の見た目はカイルと一緒だと断言出来るし。
あぁ、くそ!
面倒だ、もういっその事、全部ぶちまけてやる。
「ミスティア、お前は魔族か?」
下がっていた切先を再び向けて、眼光鋭く問いかける。馬鹿な質問の仕方だが、見極め方は心得てる。
瞳の動き、息遣い、身体の機微。どれか一つでも見受けられたら、悪いが捕えさせてもらう。
何一つも見逃さないように集中する俺を前に、ミスティアがゆっくりと言葉を繋いだ。
「お主……………歴史の勉強は不得手なのか?魔族はとっくに滅んどるじゃろうが。」
瞳は揺らがず、こちらを見据えてる。
不自然な息遣いはなく、自然体。
可哀想なものを見る目が向けられている以外は、変な所は見当たらない。
ふむ。魔族に反応は無しか。
「ち、ちなみに、魔魚って知ってるか?」
「あれじゃろ?最近、ここらを荒らしとる魔物共。鬱陶しいからどうにかして欲しいもんじゃ。」
……特に異変はない。魔魚も不発、か。
ふむ。これは、どうしたもんか。
とりあえず。一旦、剣は収めるとしよう。
走ったせいで、乱れた服を整えて、と。
大きく息を吸ったら、覚悟を決めて。
「すいませんでしたっ!!!!人違いでしたぁ!!!」
「うぉわ、いきなり、おっきな声を出すでない!びっくりするじゃろが!」
平身低頭、精一杯の謝罪を伝える俺に、ミスティアは、全く可愛くない叫びをあげたのだった。
――――――――――――――――――――――――――
「ほーん。つまり、お主は妾の髪と瞳を見て、探し人と勘違いして、追いかけ回して、終いには、剣を向けてきた、と。」
「はい。そうです。」
状況変わって、地面に膝をつく俺と、それを腕を組み見下ろすミスティア。
事情を説明する事に、どんどん冷たい目を向けられてしまい、気付けば膝をおってしまった。
バツが悪くて、顔を上げられないが、今はより恐ろしい顔をしている事だろう。
「……え、お主、イカれてるじゃろ。普通、かも、ぐらいの人に剣を向けるか?」
「ぐっ。」
「一応、騎士、なんじゃろお主……?アイゼル国の治安悪すぎんか?」
「……普通はもっと、慎重なんです……。」
あまりのど正論に耐えきれず、言い訳を溢してしまう。全くもって意味を成さないけど。
本当にミスティアの言う通りだ。
見た目の他にも、直感的な所も訴えてきていたので、行動したが違っていたのだから、面目ない。
「信じられる要素が一つも無いのう……。」
仰る通りで……。全面的に俺が悪い。
呆れが多分に含まれたミスティアの言葉は、甘んじて受け止めるしかほかない。
「はぁ、まぁ、理由はわかったのじゃ。で、その探し人とやらは危険な奴なのか?」
「えっ、あぁ。さっきの魔魚とやらに関わってるかもしれないんだよ。」
答えてやると、ふむ、と何やら顎に手を当て考えるような仕草をするミスティア。
今のところ無関係そうな彼女に、教えていいものか悩んだが、魔魚騒動については、ダゴン達も動いているし、問題ないだろう。多分。
暫くすると、ミスティアがポンと掌を叩いた。
「ええぞ、妾も探すのを手伝ってやろう。」
「は?えと、どういう事だ?」
「なに、妾に似とる奴が暴れておったら、お主のような輩がまた現れるやもしれんじゃろ。」
当然のように言ってのけるミスティア。
まぁ、理屈はわかる。過程は違えど、ノインや師匠も彼女を見れば、多少なりとも警戒はするだろうし。もしそうなったら、面倒なのは間違い無い。
ただ、流石に危険すぎる。
簡単に巻き込んでいいような内容では無い。
話してる感じ、戦闘が得意という訳でも無さそうだし。悪いが、断ったほうがお互いの為だ。
「気持ちは有難いが……」
「本当に良いのか?主ら、見かけ一つで逸るぐらいには、情報が不足しておるのじゃろ?」
放たれた言葉に、閉口してしまう。
……その通りだ。図星も図星。
ミューズに来てから、一切新しい情報が回ってきていない。
本当なら猫の手でも借りたいぐらいの実情ではある。
どうするべきか。巻き込見たく無いのは本心。だが、少しでも進展が望めるなら手を借りたいのもまた本音。
「一つ言っておくが、妾は表には出んぞ。使うのはコレじゃ。」
「水晶玉?」
言葉と共に見せられたのは、ミスティアの手の中にある透明な玉。
そういえば、さっきも占いがどうのと言っていた。まさか、それで居場所を見つけるとでもいうのか?
「察しの通り、占いじゃ。心配するな、妾の占いはよく当たると評判でな。探し物を見つけるぐらいは、朝飯前じゃて。」
「…………。」
下らない、と捨てるのは簡単だが、一考の余地はある。例えば、固有魔法なんかが絡んでいた場合、信憑性も増してくる。
たかが占い、されど占いといったところか。
まさしく、猫の手程度の助力だが、表立って動くのが俺達な以上、彼女に危害が及ぶ危険も少ない。
見れば、随分と自信があるようだし、これぐらいの助力なら受けても問題はなさそうだ。
「ふむ。どうやら、決心はついたようじゃな。では、占ってやろう。ただ、交換条件がある。」
「なるほど。タダじゃないのな。」
「当たり前じゃろうが。こちとら、いきなり剣を向けられてとるんじゃ、対等に話してやるだけ有難いと思うんじゃな。」
半目で睨まれるが、返す言葉も無い。
状況だけ見れば、軍に突き出されても文句は言えないからなぁ。
「で、条件は?」
「簡単じゃ。とある一味を潰してほしい。お主それなりに強いじゃろ?」
まぁ、思ってた通り荒事だわな。
初対面の怪しい奴の力を借りたいぐらい、って事は相当まいってるんだろう。
それか、この短時間で俺の何かしらがミスティアの琴線に触れたか。
「どんな相手か聞いても?」
悪人や、非人道的な組織が相手なら、問題なく力を貸すのだが、違うのなら残念ながら手は出せない。
出来れば、前者だと助かるのだが、どうか。
そう思い問いかけると、考えを見透かしたかのように、小さく笑うとミスティアは答えを教えてくれた。
「奴隷商人、じゃよ。」




