星の導きは望みを見ゆ ー1ー
と、まぁ、そんな事があって、漁師の真似事をすること早四日。驚くほどに、馴染んでしまった俺は、現在、項垂れながら街を歩いていた。
「リオ君、そない落ち込まんでも……。」
「……ノインにマジギレされたの久々で……。」
「まぁ、仕方あらへんよ。どう見ても、リオ君、目的忘れて楽しんでたしなぁ。」
あはは、と苦笑しながら隣を歩くのはクオンさん。
どうやら、彼女もノインと同じような意見だったらしい。安易には慰めてくれなかった。
あの船で過ごしていく内に、変な高揚感と一体感を感じてしまっていたせいだ。
完全に魔魚の事が頭から抜けて、認められる事に専念してしまった。
おかげで、最初では考えられないぐらいには、彼等と馴染む事が出来たが、冷静になると、最高に恥ずかしい。
「ウチはノリがええ人は好きやし、ああいう一面見れたんは好印象やで?」
「そりゃ、どうもです。」
可愛げたっぷりと目を細めるクオンさんに、多少なりとも癒される。美人にこう言われて悪い気はしない。
当然だが、ノインとは別行動中。
漁船での生活で、大した進捗が得られず、街に繰り出しての情報収集となったのだが、氷よりも冷たい態度で同行を拒否されてしまった。
代わりにクオンさんが来てくれたのは有難いが、早く機嫌を直しておかないと、面倒なのは間違いが無い。
一番は何とか有用な情報を持ってくることなのだが、残念ながら上手くはいっていない。
と、いうより、俺達がミューズに着いてからは、どうにも動きがない。魔魚の騒動なんて、作り話かのように穏やかな日が流れている。
「しっかし、あかんねぇ。誰に聞いてもここ最近は何もあらへんって。」
「可笑しいぐらいに、平和ですね。」
「やねぇ。」
本当に可笑しい。これまでは三日に一度は襲撃が必ずあったらしいのに、そんな素振りは見当たらない。
影すら見当たらないというのだから、返って不気味になってくる。
考えられるのは、二つ。
一つは、本当に偶々出会していない可能性。
向こうの準備中か、在庫切れかは知らないが、相手さんにとって都合が悪い時期だった。
もう一つは警戒された可能性。
俺達というより、ノインは顔が割れてるので、ミューズに来た事がバレて、動きが緩くなっているってのは大いに考えられる。
どちらかといえば、後者の方が可能性が高いだろうな。そうなれば、何かしらのノイン対策も講じてきそうなのが面倒だ。
「そないしても、人多いねぇ。やっぱり皆ローレライはん、目当てなんやろか。」
「……男はそうかもですね。他にもご飯目当ても多そうですけど。」
「あぁ、ほんまやね!ええ匂いしてるもんなぁ。」
見渡せば、道に並ぶ様々な露店と、行き交う人々が視界を埋め尽くす。
若干、男が多いようにも見えるが、まぁ理由は、言わずもがな。
露店からは良い匂いが立ち上っていて、気を抜けば釣られてしまいそうになる。
クオンさんを見れば、耳と尻尾が忙しなく揺れていて、今にも店に飛びつきそうだった。
そうしないのは、彼女なりに気を遣ってくれているからか、それとも、年上としての矜持なのか。
どちらにしろ、可愛らしい意地だと思う。
「……そういえば、俺、お腹空いたんですけど……軽く腹にいれません?」
そう言えば、ピンっ、と耳が縦に張り、分かりやすく反応してくれた。
感情表現が豊かで有難い。ノインにも付いてくれないだろうか。
「リオ君が、そういうなら仕方あらへんね。どうしてもいうなら、付き合うたるで。」
「じゃ、どうしても、なんで付き合ってください。」
「ふふふ、しゃーないなぁ。」
頬に手をやり微笑む姿は、如何にも、ゆとりのあるお姉さん、といった感じ。
だが、大きく左右に揺れる尻尾が彼女の尊厳も保たせてくれない。
ぶんぶんと音でも出そうな勢いで振れているので、こちらとしては微笑ましさが勝ってしまう。
ものすごっく、お腹すいてたんだなぁ。
匂いに釣られて、余計に増してたんだろうなぁ。
なんて、温かい目でクオンさんを見てしまうのも、仕方無い事だと思う。
「ほな、あの屋台いこかぁ!この通りで、一番美味しそうな匂い出してるわぁ。きっと、秘伝のタレとか使うてはる!」
「ははっ、りょーかいですっ!」
既にを目を付けていたのだろう、人の波に逆らいながらも、流れるように進んでいくクオンさん。
はぐれないように、俺もその後を追いかけていく。
鼻は確かなようで、確かに歩を進める事に食欲を唆る匂いが増していく。
焼き物の香ばしい匂いが、食欲を刺激して、俺の足も早くなっていく。
実際、朝から肉体労働をしていて、お腹は空いていたし、我ながら悪く無い提案だったな。
「ふふふ、他にも露店あるおかげで、そないに待ってる人おらんへんね!」
興奮冷めやらぬ、と言った様子で口元を拭う素振りを見せたクオンさんは、嬉々として四、五人が並んでる列に参加した。
遅れて俺も隣に並んだが、確かに思っていたより待ちの時間が少なく済みそうで嬉しい。
昼時とはいっても、大通りの両脇に並ぶように店が出ていれば、客足も散り散りになっているのだろう。
ノインにも買っていってやりたいが、彼女も彼女で行動しているせいで、合流する時間が良くわからない。
せっかく出来立ての物を買っても、渡す時には冷め切っている、なんて事になる可能性があるので諦めるしかない。
露店の焼き物一つで機嫌を取れるとは思っていなが、少しぐらいは足しになってくれただろうに。
皮算用で内心残念がっていると、相変わらず尻尾を左右に振っているクオンさんが、思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、リオ君って魔法師やないんやね。」
「そうですね、師匠やノインに習ってはいますけど、基本的にはこいつです。」
軽く体を揺らして、腰に下げてる剣を鳴らす。
ミューズに来ても素振りはしていたし、近くで見ていたクオンさんも察したのだろう。
まぁ、この人なら、重心や、筋肉のつき具合などから、最初から気づいていても可笑しくはないのだが。
同じく、数日ほど彼女を見ていて、相当な使い手だと俺も察している。
さっきの人波を進む時の動きもそうだが、全体的に足運びに無駄が無い。
カイル以上、グリード未満、ぐらいの実力は備えているんじゃなかろうか。
「ほな、剣もリゼちゃんに教えてもろたん?」
「いや俺の我流です。師匠は見てくれはするんですけど、教えてはくれなくて。」
何か気になった事でもあるのか、小首を傾げて聞いてくるクオンさんは少しだけ眉根を寄せていた。
師匠は魔法に関しては右に並ぶ者がいない猛者だが、剣に関しては手慰み程度に修めてるだけなので、講師役としては物足りない。
その割には目の付け所が鋭いので、助言は貰う事はあるけど。
師匠と浅く無い付き合いがあるみたいだし、そんな事は聞かなくても分かると思うのだが。
「……ふーん。相変わらずイケズやね、リゼちゃん。」
「?」
「何でもあらへんよ。気にせんといて!」
そう言われても、気になってしまう。
ふい、と顔を背けられてしまったので、答える気はないのだろうけど、むぅ。
なんか釈然としない。いや、師匠の性根がよろしくないのは知っているが、にしても、気になる言い方だ。
言い出した本人が、再び目を輝かせて露店の主を見つめてしまっているので、残念ながら続きは聞けそうにも無い。
師匠も何かしらの心得を習得しているのだろうか。貴族の出だし、無くは無い。
もしそうなら、教えてくれないのは確かにイケズだと思う。
突如として湧き出た疑問に頭を捻る事、数分。当然、答えが出るはずもなく、気づけば列の最前列になっていた。
既に支払いを済ましていたのか、クオンさんが数1十本の焼き串を受け取っている最中で、その手際の良さに少し呆れてしまう。
って、めちゃくちゃ買ってるな、おい。
二、三本ぐらいの間食のつもりだったんだが、しっかりとした昼食になりそうだ。
「おおきに!……リオ君、遠慮せず好きなだけ食べてやぁ。ウチの奢りやで!」
「あはは……有難うございます。それじゃあ、いただきます。」
満面の笑みと共に差し出された焼き串は、魚の身が全面に塗られたタレで輝いていた。
包みも貰えたらしく、差し出された一本以外はそこに収まっている。
せっかくの好意だし、言葉通り遠慮せずいただくとしよう。というか、本当に旨そうで俺も涎が止まらない。
「っ。……んまっ!」
「んんっ〜!堪らんわぁ!」
欲望のままに口に運べば、期待を裏切らない味に二人してついつい感想が口を出る。
ミューズの食べ物が美味しいとは聞いていたが、露店も、とは恐れ入った。
これなら、何本でも食べれそうだ。
「……っと、すいません!」
危ない。焼き串に気を取られて、人とぶつかる所だった。というか、少し肩が当たってしまった。
咄嗟に謝りはしたが、大丈夫だろうか。
相手を見ると、俺の胸元ぐらい、クオンさんやノインと同じぐらいの背丈のフードを被った女性で――――。
「…………っ。」
「……なんや、行ってもしもた。急いではったんかな?……リオ君も気をつけなあかんでー、って、リオ君?どないしたん?」
「――悪い!クオンさん、ちょっと用事が出来た!」
しまった。一瞬呆けている間に行ってしまった。
急いで追いかけねぇと、見知らぬ土地にこの人通りだと容易に見失う。
「へ?ちょ、どないしたん!?あ、待ち、待ちって!!」
後ろから静止の声が聞こえてくるが、構っていられない。後で、謝るんで許してください。
今は、さっきの人を追いかける事が最優先。人混みに紛れて見失う前に捕まえる。
ちらりと見えた、フードの中。
見間違いで無ければ、追いかける理由には充分すぎる。……違ってたら、精神誠意で謝るとして。
自分でも少し早計だという自覚はある。ノインから聞いていた特徴とは少し違っているし、女性だというのも該当しない。が、完全に捨ておけるものでも無い。
「カイル、それに、魔人とやらと同じっ!」
見えたのは、見て聞いた魔族達が持つ特徴と同じモノで。
「白い髪に紅い瞳っ!見逃すわけにはいかねぇ!」




