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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
二章 最強を目指す者
31/38

波と潮風、狐の呼ぶ方へ ー5ー

 さて、突然だが、俺は自他ともに認める優等生である。決して、優秀とはいえないが、それなりな評判は確立している。


 加えて、人柄も悪くはないと思っている。

 少なくとも、ノインや師匠と比べるとまともな感性で、面倒見も良いので接しやすい人間だ。

 まぁ、大体はレオの影響ではあるが、今は関係ない事なので置いておく。

 

 そんな、俺がブチギレそうなのである。


「はっ、アイゼルの坊ちゃんは昼間っから、女と一緒にご飯かい!」


「騎士様は、いいご身分で羨ましいな!」


「見ろよ、あのひ弱な肉体。やっぱ、アイゼルの奴らは軟弱者だな!」 


 口々に(わめ)かれているのは、益荒男達から俺に向けて。

 さっきまで、楽しく魚料理に舌鼓を打っていたというのに台無しだ。


「おいっ!お前ら言い過ぎだ!リオンの兄ちゃんは俺らを助けに来てくれたんだぞ!」


「いーや、いくら頭目からのお願いでも、納得出来ないね!」


「そうだっ!そんな軟弱野郎に俺達が助けられるわけねぇ!」


 ダゴンが止めようとしてくれるたが、意味は無く男共の勢いは更に増していく。


 理由など真っ赤に染まった男達の顔を見てれば、一目でわかる。どいつこいつも酔っ払ってる。

 朝に一仕事を終えて、楽しくやっていたってところだろう。


 屈強な肉体に、強靭な精神が、益荒男の条件じゃなかったのかな、ダゴンさんよ。


「どーせ、人魚の宴(ローレライ・フェスタ)で良い思いがしたいだけの小僧だろ!」


「隣の別嬪さんには振られちまったのかぁ?」


 理性など酒に流されきっている彼らは、皆揃って下品な笑い声を上げるばかり。

 ダゴンが羞恥と怒りの余り、震えてきているが、気にしてる奴は一人として居ないみたいだ。


 酒を嗜む知り合いが周りにいないので、基準が良くわからないが、揃いも揃って酷い酔い方だと思う。

 ……そろそろ、限界なのだが。 


「今日はえらいご機嫌やねぇ。なんかあったん?」


「狙ってた大物が獲れたんでさぁ。こんな状況なもんで、漁が失敗続きだったもんで。ちと、ハメを外しすぎたみたいですわ。」


「なるほどなぁ。大っきいの獲ってきたら、祭りでご褒美貰えるらしいもんなぁ。」


 理性とせめぎ合いをしていたら、そんな会話が耳に入ってきた。

 全く、どっちがフェスタとやらで、いい思いをしたいだけの奴なんだか。


「…………リオン、貴方、人魚の宴(ローレライ・フェスタ)とやらで、何をするつもり?」


「いや、俺も詳しくは知らねぇよ。男が喜ぶ何があるって事ぐらいはわかったけど。」


 ほら見ろ、ノインが変な誤解をしているじゃないか。同輩の少女からジトっとした、良くない視線が向けられてしまった。


 事実無根だというのに、勘弁して欲しい。

 ……いや、まぁ、船員の話を聞いて、少しも期待していなかったといえば、嘘にはなるが、それとこれは別。


「あぁー、その人魚の宴(ローレライ・フェスタ)ではな、国一番の美女を決めるんだわ。んでだ、何かしらの功績で選ばれた男共は、その美女と過ごせる機会が貰えるって訳だ。」


「ここにいる人らは、大物を獲ってきて、選ばれたいわけやねぇ。」


 会話を聞いていた二人が教えてくれた。

 なるほど、それで今日に目的が達成出来て大騒ぎしていた訳だ。

 そりゃ、羨ましいこって。何で、こんなに言われてるのかは理解不明だが。


「その、なんだ、ちょいと前の話なんだが、アイゼルから来た騎士さんが、見事に美女(ローレライ)を射止めてな。偶々ミューズで盗賊を捕まえてくれた人だったんだが……。」


「……そう。…………で、どうなのかしら、リオン。」

 

「狙ってねぇよ!本当に偶然だ!」


 人魚の宴(ローレライ・フェスタ)の事なんて初めて知ったし、そもそも師匠の代わりに来たって知ってるよな!?


 疑惑的な目を投げかけて来る水色魔法師は、この際、無視だ無視。横から冷たく鋭い圧がきているが我慢するしかない。

 

 とにかく、この連中が俺を目の敵にして騒ぎ立てているのは、そんな過去があったからな訳だ。

 そりゃ、必死こいてる身からすれば、横から掻っ攫われるのは面白くないだろう。


 そこにお酒の力も入って大爆発ってところか。

 本当に勘弁してほしい。ただの八つ当たりじゃないか。

 ローレライとやらに気が無い事を伝えて、とっとと誤解を解くとしよう。酔った相手に真面目になるのは馬鹿だろうが、仕方ない。


 立ち上がり、手拍子を一つ。

 渇いた音が鳴ると、騒いでいた連中の目が一斉にこちらに向いた。

 よし、上手く注目を引けたみたいだ。 


「あー、いいか?…俺は、ローレライとかいう美女には興味ねぇから、安心してくれ。」


 よし。簡潔でわかりやすい内容だ。

 これで充分だろう。少しは頭が冷えてくれるといいが。


 そう思って、辺りを一瞥すると何やら空気がおかしい。やけに、静まり返っている。

 ダゴンは気まずそうに頭を掻いているし、クオンさんは愉快そうに目を輝かせている。

 ノインには、何故か呆れたように嘆息された。


 え、いや、何でだ。

 俺の意思はこの上なく伝わったと思うのだが。


「…………ぶっ。」


「へ?」


 暫くして、ようやく聞こえてきたのは、空気が破裂した音。まるで、我慢出来なかった音が、漏れ出てしまったかのような。


 そして、一際大きな声で笑いが響いた。

 笑い声の合唱の後に続いたのは、全く予想していなかった反応達。


「ぶっははははっ!おい、聞いたか?"俺は興味ねぇから、安心しろ"だってよ!」


「聞こえた聞こえた!寧ろお前みたいな軟弱者は、ローレライ様の方からお断りだっての!」


「誰も盗られることなんて心配してないっての!それを、ぶっはは!あんな顔して!」


 …………………………よーし。


 すぅ、と息を吸い込み、上体を前へと傾ける。

 伸ばした手には、使い慣れた愛剣の柄。


 ちょうど、グリード卿との鍛錬の成果が、人で見たかったところだ。丈夫そうだし、多少力んでも大丈夫だろう。


「ちょ、ちょ、リオ君?リオ君!?洒落にならへんよっ!相手は漁師さんなんよ!?」


「だっー!!リオンの兄ちゃん落ち着いてくれ!酔ってる連中の戯言(たわごと)だって!……ほらっ!おめぇらもいい加減にしやがれっ!!」


 気づいたクオンさんと、ダゴンさんが焦って止めにきて、少しだけ頭が冷える。


 そうだ、そうだった。危ない。

 相手は酔った漁師の連中だった。

 言動はムカついて仕方ないが、俺が大人の対応してあげるべきだ。


「お?なんだ、辞めんのか?……まぁ、かっこ悪いとこ見せたくねぇもんなぁ?」


 そう思って、手を引こうとしたのだが。


「おら、かかってこいよ!丸腰相手に刃物を使う騎士さんよぉ。」


「剣がないと何もできませんー、ってか!ぶっはははははっ!」


 酒の入ったグラスを片手で煽りながら、近づいてくる男達。面白いぐらいに、放たれる言葉は同じようなもので。


 いかん。いかんぞ。

 ついさっき大人の対応をすると決めたんだ俺。

 落ち着け。落ち着いて、行動するんだ。

 …………いや、無理。


「ほーら、俺はここですよー、騎士の坊ちゃ――」


「――上等だ、コラっ!!!ステゴロでやってやらぁ!!!」


 近づいて来た男の鼻っ柱目掛けて、拳を振り抜くと見事直撃。真っ赤な鼻を捉えた一撃は、男を後ろの仲間達のへと連れていってくれた。


 酔っているとか、もう関係無い。

 ここまで煽り散らかされて我慢するほうか馬鹿だ。

 そもそもの理由が、くっそほど下らない理由なのに、俺が大人になってやる必要がある訳が無い。


「やりやがったな!クソガキ!」


「てめぇ、それでも騎士かよ!」


「売られた喧嘩は買う主義なんでなぁ!どうしたよ、威勢良いのは口だけかぁ?とっととかかってこいやぁ!」

 

「上等だ、てめぇらやっちまうぞ!」


「「「おぉ!!」」」


 売り言葉に買い言葉。

 こうなってしまったら、どちらかが倒れる迄は終わらない争いの始まりである。


 迫る拳を避けて、一撃を入れる、その繰り返し。

 数は確かに多いが、相手は酩酊していて、かつ本業は漁師なのだ、流石に遅れはとるまい。


 ふっ。ざまぁみやがれ!

 剣なんて使わなくても圧勝も圧勝よ!


「はっ、揃いも揃って一撃も入れれねぇのかよ!……そりゃ、ローレライさんとやらも、アイゼルの方が良いよなっ!」


「この野郎!やっぱり、それが狙いか!絶対に許さねぇ!!!」


 地にひれ伏した益荒男達から、怨嗟と怒りの声が上がるが、残念、俺には届きません。


 もう、何とでも言うがいい!

 先に喧嘩をふっかけてきたのはそっちで、俺は勝っただけ。ついでに、勝者の褒美を頂いても何にも悪くは無い!

 ……いや、ほんとローレライとかには興味はないけどっ!!


「…………はぁ。貴方、止めなくていいの?」


「いやぁ、剣は抜いてへんしなぁ。煽った方も悪いから、ウチからは何とも言えへんよぉ。」


 ほれ聞いたからお前ら。クオンさんからのお墨付きだ。

 遠慮無しで、二度と同じような事が言えないよう一人残らずボッコボッコにしてやる!


 爽快。気分爽快だ。

 さっきまで口々に俺に罵詈雑言を浴びせていた奴らを拳で一つで、千切っては投げ千切っては投げ。

 その度に聞こえるのは、益荒男共の、ぐあっ、とか、うぎゃぁ、とか痛々しい悲鳴。

 

 ふはは、幾ら鍛えていようとも、迅雷と比べたら緩いもんよ! 

 何度やられても立ち上がってくる執念だけは認めてやるけどな!


「――――そ、っこまでだっ!」


「――っ!」


 益荒男相手に無双していた俺の拳が止められた。

 万力のような力で拳が握り締められ、完全に勢いを殺されてしまった。


「……リオンの兄ちゃん、気持ちはわかるが、ここらで勘弁してやってくれや。」


「…………わかったよ。悪ぃ、やり過ぎた。」


 目の前に立ちはだかったのはダゴン。

 こうドスの効いた声で言われると、続けようがない。……というか、一気に冷静になった。


 周りを見渡せば、屈強な男達が体を抑えてうずくまっている。

 仮にも一般人相手に、流石にやり過ぎだ。

 ……いや、ほんと、何してんだ。


「良いってことよ、悪いのはコイツらだしなっ!…………ほら、オメェらもここらで終いだ!」


「け、けど、けどよ頭目……。」


「そうだぜ、このままじゃ、騎士の野郎に益荒男が舐められちまう!」


 そんなつもりは無い。

 寧ろ、本気で殴りまくってたのに、ダゴンの声一つで立ち上がる君達に、戦々恐々としている真っ最中だ。

 これは一般人の枠組みで見なくて正解だったのでは。


「……安心しろ、俺に良い考えがある。……なぁ、リオンの兄ちゃん。」

 

「はい?」


 突然ダゴンからお呼びがかかった。

 何だろうか。手打ちの条件とかだろうか。

 彼のぎらついた目から、そんな優しいものじゃ無いって事はわかるが。

 

「いや、な。仮にも頭目の俺としちゃ、コイツらの気持ちも汲んでやりたい訳だ。」 


 まぁ、部下がボコボコにされたとなれば、その上の人間は黙ってはおけないだろうけど。

 俺としては、結構反省しているので、謝罪ぐらいなら幾らでもするのだが。


「この勝負は兄ちゃんの勝ちだ。けどこれは、兄ちゃんの土俵での勝負だ。……それだけでローレライへの切符を渡すのはどうかと思うんだわ」


「なるほど…………はい?」


 何を言ってるのだろうか。

 俺はただ我慢の限界で、手を出してしまっただけで、そんなモノを欲した訳では…………あ、言ったかも。

 なんか昂って、それっぽい事は言ってしまったかも。

 

 まずい。ダゴンも一応、益荒男側の人間な訳で。

 何なら頭目、一番上の男の前で、堂々とローレライを貰っていくような発言をしている。


 だらだら、と冷や汗が顔を伝って全身を流れていく。

 

「つーわけで、だ。次は俺達の土俵、船の上の戦いで、勝負といこうや。リオンの兄ちゃん?」


「おぉー!流石は頭目!」


「乗った!逃げんじゃねぇぞ!騎士さんよぉ!」


「あ、いや、その、はい。」


 こ、断れない。めちゃくちゃ断って、誤解を解きたいのに。

 ダゴンからの圧と、その他益荒男達からの勢いが断る事を絶対許してくれない。


「勝敗は簡単だ。俺達が兄ちゃんを益荒男と認めるか、どうか。誓って、不正はしねぇ。………やるだろ?」


「…………はい。」


「よしっ!聞いたか野郎共!明日から、リオンの兄ちゃんも船に乗る!テメェらいい加減な事はすんじゃねぇぞ!」


 俺の返事に部屋中が沸き立ち、ダゴンの号令でさらに激しくなった。

 あぁ、しまった。本当にこんなつもりは無かったのに……!


 だいたい提案じゃなくて、脅迫だ!!

 

 話が進む事にどんどん俺の拳が悲鳴をあげている。断ってたら握り潰されでもしてたのではなかろうか。お願いだから、すぐに離して欲しい。


「……ちょっと、そんな暇は――」


「まぁまぁ、ええやんかノインちゃん。それに魔魚は海から来るし、あながち無駄とはいえんのちゃうかな?」


「…………本当に?」


「…………うん、まぁ、半分ぐらいは好奇心やけど……。せやけど、情報待つにしても、海辺に出た方がええのはホンマやろ?」


「…………はぁ。日にちは区切るわよ。」

 

 くそう。頼みの綱のノインも折れてしまった。

 そんな簡単に説得されるなよ!

 クオンさんの顔を見ればわかるだろう。全面に、面白そうって書いてあるぞ、その人。

 いや,自業自得なのは分かっているのだけど。


「よーし、明日から頼むぜ、リオンの兄ちゃん?」


 手を離したかと思えば、そのまま肩に腕を回してきたダゴンが、恐ろしさすら感じる声でそう言ってきた。

 当然、肯定する以外の選択肢なんて無くて。


 …………あぁーあ、明日からずっと嵐にでもなんねぇかなっ!

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