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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
二章 最強を目指す者
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波と潮風、狐の呼ぶ方へ ー4ー

「一月ほど前、浜辺で見た事の無い魔物が打ち上げられていたのが始まりだ。」


 組合本部の二階。

 一階とは違い、定期的な清掃が為されていることがわかる一室で、俺達は丸い机を囲むように席に着いていた。


「最初はどっかしらから流れ着いたのかと思っていたが、その日を境に近隣の海で見かけるようになってな。」


「……それが、魔魚って奴か。」


「その通りだ、リオンの兄ちゃん。」


 バンダナに手をやり苦々しげ気にダゴンが肯定してくれた。その様子だけでも、相当困っているのがよくわかる。

 発着場で簡単に話を聞いた時も似たような反応だったので間違いない。


 ミューズ近郊で急に出現した、魚のような見た目をした魔物達。

 続く彼の話では、漁に影響があるだけでなく、街へと行動範囲が拡大しており、住民や街にも被害が出ているとの事だった。

 

 当然、ミューズでも対策をしているが、騎士団などと比べると、お国柄、軍の練度が低いミューズでは後手に回ってしまってるという状況。

 さらには、数も増加する一方で、被害が増え続けているというのが、今この国を取り巻く現状らしい。

 

「なるほど、な。そんで、師匠ならどうにか出来ないか、って事で、この巻き物を送ってきた訳だ。」


「あっ!ウチが書いた手紙!リオ君がもってたんやねぇ。凄い分かり易かったやろ?」


 取り出したのは、簡潔過ぎる内容が書かれた巻き物。どうやら、クオンさんは手紙のつもりだったらしい。

 師匠がキレるぐらいには薄い内容だったと思うが、誇らしく胸を張っている彼女には伝えても無駄なんだろう。

 

 にしても、厄介な状況な事だ。

 魔物の討伐は何度も経験しているが、急に出てきた新種を相手にした、ってのは記憶に無い。

 ミューズからしたら、迷惑極まり無いだろうな。


 俺としては、力を貸す事はやぶさかではない。

 良い経験にもなって、ミューズの人々も助けられる。双方に利があって、万々歳だからだ。

 ただ、隣の子は別だろうけど。

 

 案の定、ここまでじっと話を聞いていたノインが、疑うような眼差しと共に口を開いた。

  

「それで、その魔魚とやらが、どう魔法に繋がるのかしら。」


 余りにも冷たい物言いに少し呆れてしまうが、間違ってはいないので止めはしない。

 俺達がまだミューズにいる理由は、彼女の言葉そのままだからだ。

  

 気の毒だが、突然変異で強靭な魔物が産まれる事も無くは無い。

 もしこれが魔法が関わっていない件であれば、俺達よりも正式に騎士団に依頼したほうが、解決の近道になる。


 大変な現状なのはわかるが、確認はしておかないといけない。

  

「そんな疑わんでも、嘘はつけへんよ。ちゃーんと、今から教えたるさかい。ウチが見つけた、貴重な魔法について。…………正確には、おそらく魔法な何かやけど……。」


「……おそらく?」


 したり顔で返してきたと思ったら、最後に余計なおまけがついてきた。

 怖くなって、聞き返してみたが、クオンさんは視線を合わせてくれない。


「いや、ほら、ウチは魔法はよぉわからんから、そうちゃうかなぁ、ってぐらいにしかならんのよ。」


「…………とりあえず、聞かせてもらえるかしら?」


 目が泳いでしまっているぞ、クオンさん。

 合わせて、どんどんノインが無機質になっているのだが、大丈夫だろうか……。

 

「うっ、うん!ま、まず、ウチはこの国の生まれやない。……偶々、居合わせただけの旅人。せやから、今の状況とかは、ダゴンはんが言うた事ぐらいしかわからへん。」


 まぁ、それは何と無く知っていた。

 立派な耳と尻尾があるし、言動もそんな感じがしていた。

 その割には、ダゴンからの信頼が厚いようにも思うが、魔物の排除を手伝っていたと言うし、それが理由なのだろうな。


「けど、魔物を斬ってる内に見つけたもんがあってな?」


「なっ、これ……。」


 袖口から取り出された数個の小さい何か。

 コロン、と音を立てて、机に置かれたそれは、俺たちにとっては、見覚えのあり過ぎる物で。

 そして、ここにはあるはずの無い物だった。


魔力喰らい(マナ・イーター)の核……。」


 鈍い紅色の輝きを放つ丸い真珠。

 アイゼルを襲った異形達の核として見慣れた物だった。


「やっぱり、これが何かわかるんやね!?良かったわぁ。この紅いの魔法由来なんちゃうの?」


 喜色が金茶色の尻尾に現れているクオンさんとは違って、俺達の気持ちは暗くなる一方。

 

 なるほど、これは確かに貴重だ。

 魔法として、というより、情報としての価値だが。俺達にとっては、喉が手が出るほどには欲しいもので間違いない。


 意図せずだろうけど、感謝をしないといけない。

 問題は入手経路だが。

 

「どこで、コレを手に入れたのかしら?」


「……?魔魚の中からやけど……?」


 その答えに、ノインの纏う雰囲気が鋭く冷たいものへと変わった。きっと、俺も同じぐらい険しい顔をしている事だろう。


 残念な事に、あの件の主犯格は無事だったらしい。それに飽き足らず、懲りずにクソみたいな事をしているのだがら、心の底から反吐が出る。


 今度はスライム擬きの異形じゃなくて、魚擬きの異形から魔人を創ろうってか。

 もし、魔魚の中身が前と同じく人なのだとしたら、一体どれほどの犠牲が出ているのか。

 ……想像しただけでも、苛立ってきた。


「なんや二人揃って怖い顔してはるけど、どないしたん……?」


「そんなに不味いものなのか?」


 俺達の様子を見て異変に気付いたミューズ組が首を傾げていた。

 向こうからすれば、突然俺達が嫌悪感を露わにし始めたのだから、当然の反応だ。


 少し躊躇っているようなノインの目を見て、一度頷く。言いづらいが、黙っている訳にもいかない。


 前と同じだと言うのなら、恐らく犠牲になっているのは、ミューズの人々のはずだ。


「…………そう、ね。碌でも無いものよ。それは、――」


―――――――――――――――――――――――――――― 


「――ってことで、行方不明になってる奴を出来る限り調べてくれ。組合全体で動きながら、国にも要請を出してな。……大変だろうが、頼むぞ。」


「まかせてくだせぇ、頭目!」


 扉の外からダゴンの声が聞こえてきて、それに野太い返事が返されていた。

 下にいた益荒男の誰かなのだろう、声の主はドタドタと大きな足音を立てて何処かへ向かって行った。


 ノインからの話を聞いて、ダゴンは即座に行動を起こした。感嘆すら覚える迅速な行動だ。

 

 上手く伏せながら事情を話していたのも、良くやっていると思う。元が人だとわかれば、混乱が広がってしまう。


 とにかく、行方不明者が出ている地域や、時間帯、被害者層で、何かしらの情報が掴めるといいのだが。


「アイゼルでそないことがあったんやね……。堪忍な、知らんかったとはいえ、無粋な真似してもたなぁ。」


「いや、知らなかったんですし、気にしないで下さい。」


 耳をぺたりと折って、頭を下げるクオンさん。

 先程、核を嬉々として取り出した事を言ってるのだろう。

 彼女が気にする必要は無いと思うのだが、存外に律儀な人だ。


 ……これだけでも師匠よりは何倍もまともな感性だと思ってしまうのは、毒され過ぎているのではなかろうか。


 クオンさんに関しては、かなり気を許しているけど、まだ、引っかかっているのがあるんだよなぁ。

 大部分は、ノインの反応だけど。


「……リゼちゃんが、前におうた時に言うてくれてたら、こないな事にはなってへんのに……。」


「最近、師匠と会ってたんですか?」


「言うても一月ぐらい前やけどね。…………その時は、嘘バレて直ぐに帰られてしもたんよ。」


 なーるほど。確かに、一月前に一度だけ師匠が遠出した事があった。そして、直ぐに帰ってきて、俺達の企みが潰れた。


 やけに機嫌が悪いとは思っていたが、この人のせいだったのか。思わぬところで、繋がってるもんだな。

 ちなみに、その時点では流石の師匠も解明出来ていないはずなので、結果は変わらなかったと思います。


「それで、結局のところお二人さんは力を貸してくれんのかい?……俺らとしては、是非借りたいところなんだが……。」


「えぇ。当然。念の為、アリーゼにも状況は伝えておくわ。」


「おぉ、有難ぇ。思っていたより大事(おおごと)になったもんで、どうしたもんかと。」


 ノインの返事に、ダゴンはほっと肩を撫で下ろした。

 他国である以上、騎士団は簡単に動けないし、師匠も忙しい今、俺達が動かない理由は無い。特にノインは必須級だろう。


 返答の速さには、彼女の個人的なモノが多分に含まれていただろうが、俺としても反対する理由はない。


「……ヨシ、そうと決まれば話は早ぇ。お礼代わりにはちと安いだろうが、ご馳走させてくれ!」


「あ、ええなぁ!腹が減っては何とやら。まずは、みんなでご飯にしよか!……ミューズの魚は絶品なんよぉ。」


「おうさ!姉御の言う通り!」


 頬に手を当てて破顔させるクオンさんと、豪快に笑うダゴン。さっきまでの重っ苦しい空気が一掃されていくのが感じられる。

 

 言われて見れば、確かに腹が減っている。

 焦っても良い事無いのはそうだし、悪く無い提案だ。

 それに、ここまで言われたら、ミューズの飯が気になってきた。


「うん……良いよな、ノイン?」


「えぇ。」


 どうやら問題無いみたいだ。

 素っ気ない返事だったが、否定はされなかった。


「よしっ!なら、今朝獲れたモンで作るとするか!一階に降りて、ちょいと待っててくれや!」


 言うや否や、騒がしく部屋を後にするダゴン。

 思った以上に張り切ってくれているが、有難い限りだ。


 残された面々の誰が切欠か。

 溢れた笑い声を残して、俺達も彼の後に続いたのだった。 

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