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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
一章 英雄を目指す者
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英雄を目指す男 ー2ー

 エイデン学園から少し離れた男子生徒用の学生寮。流石は有名な学園といったところか、建物は少し古いが、内装は洒落ていて、設備も整えられている今の俺の居住地。他にも地方から来ている生徒も利用している場所だ。

 ちなみにだが、入学前に世話になっていた孤児院は学園から遠くはない。通おうと思えば通える距離ではある。ただ、いつまでも世話になるわけにはいかないと出てきた。


 と、まぁ、学園の寮ということもあり立派な建物な訳だが、俺がいるのは寮から少し離れた外れの小さな広場。

 そこには刻んだ樹齢を感じさせる大木がそびえ立っている。学園の設立と同時期に植えられたらしく、百の年を優に越える大木は見ているだけも心安らぐ隠れた名物。

 

 落ち着ける場所なのに人通りが少なく、男子寮からも近い最高の場所といえるここは、俺の鍛錬場所として活用させてもらっている。

 時折、他の人も見かけるが、ここ一年ずっとこの木の下で剣を振り続けているせいか、俺の姿を見ても驚きもしないのだから、随分と世話になっていることだ。

 

 あの後、師匠との話の後は特に何事もなく時間が過ぎ、気がついた頃には夕暮れ時。色々と不満は残るが、俺にも非があったので、大人しく日課をこなしている訳だ。


 「……ちょっと、聞こえてる?」

 

 幼少期から続けているなんら変哲の無いただの素振り。もう既に大した効果は得られないだろうが、それでも欠かす事は出来ない。


 以前、師匠に言われたことだが、俺には魔法の才能も無いらしい。

 辛うじて自己強化の類が上手いが、同じぐらい奴は探せばそこら中にいる。


 結局、俺の戦闘は基本的に剣を用いた接近戦が主体になってくる。

 だからこそ、怪我していようが、嵐の中だろうが

毎日飽きもせずに振り続けているわけだ。


「はぁ、聞こえてないわね。」

 

 数百を越える数をこなし腕が鉛のように重くなるが、質を落として剣を振ることは許されない。

 あらゆる場面で万全な一振りを繰り出す為に。

 そして、剣を自分の体の一部として扱う為に。

 

 残念ながら師匠は剣に精通しておらず、俺のコレは我流。

 指南書を読み漁り、剣を使う人達の動きを盗んで養ってきた為に型や技が無い。

 悲しいが知識ばっかりが増えていき、技術と肉体が追いついてこないのが現状だ。


 いつか見た舞のような剣戟も記憶しているが、俺の常はその対極で違いない。

 あくまで実戦で培い、実戦で使えるようにしただけの無骨な剣技。師匠曰く、泥臭くて嫌いではないが、微塵も品がない、との事。

 

 人が短い人生ながらも築いてきたというのに失礼な物言いだと思う。まったく。

 

「"水弾(アクアショット)"」

 

「!あっぶな!」


 突如、俺の頭部を狙って水の塊が飛来する。

 寸でのところで避けれたが、遅れていたら無防備な頭に直撃していだろう。

 

 こんな治安の悪いことをしてくる知り合いは一人しか知らない。訂正、師匠も入れて二人しか知らない。


「何すんだよ、ノイン。」


「当たっても濡れるだけよ。それより、返事しないリオンが悪いでしょ。」


「相変わらずだな、おい。」


 素振りを止めて振り返ると、思った通りの奴がいた。


 名をノイン・クラン。


 ウェーブがかった水色の長髪に、こちらを射抜くかのように鋭い目付きの女生徒。

 目付きの為か、それとも言動からか。

 少なからず冷たい印象を感じるが、それを差し置いても誰もが美しいと評するといって過言ではないエイデン学園きっての才女。


 単独での依頼遂行が多い俺だが、同じくアリーゼ・クランを師と煽ぐ彼女とは何かと縁がある。


 ちなみに、師匠と家名が一緒ではあるが血の繋がりはなく他人との事。

 その割には、似ている箇所が多いとは俺の感想。

 主に悪いところばっかだけど。


「貴方こそ、相変わらず巫山戯た日課ね。」


「……?ただの素振りだろ?」


「そうね。量と貴方の身体の事を差し引けば、ね。」


 はっと小さく鼻を鳴らして、こちらを半目で睨んでくるノイン。

 随分と様になっている睨み顔だこと。

 学園の男子諸君の何人がこの眼差しで撃沈した事だろうか。

 キツい言動と合わせて、氷の魔女、と学園で揶揄されている事は彼女は知らないのだろう。

 

 さて、彼女が呆れている理由はわかっている。


 先日の討伐依頼で瀕死になった俺を治療したのは他でもないノイン。

 彼女からすれば、治療したばかりの男が剣を振る光景は理解出来ないのだ。

 要はさっさと休めと言いにきたのだろう。


「心配しすぎだ。言ってもニ日前の事だし、もう充分回復してるよ。」


「あら、そう。」


 微塵も聞いてないなこいつ。

 どうやら俺の言葉には信用が無いとみた。

 完治したと表現する為に、力瘤まで作ってみせたのに。

 

「私、回復系統の魔法はそこまで上手く無いのよ。」


 だから、と一度言葉を途切らせたと彼女は、俺の二の腕を白く細い手でそっと握って。


「"筋力増加(レイズ)"。」


「いだだだだだだだ!!」


 思いっきり握り潰してきた。


「傷が塞がってても完治してない事が多いのよ。重症なら特にね。」


 この女、ご丁寧に筋力強化魔法使って握ってきやがった。

 二の腕にノインの指がめり込んで来ている。

 普段ならいざ知らず、今は洒落にならない痛みに情けない声が出てしまった。


「自分の身体のことぐらい把握してる!って痛い痛い!今なんで力強めた!?」


「アリーゼが馬鹿は口では覚えない、と言っていたのよ。」


「師弟揃ってロクでもないなっ!」


「貴方も同門よ。」


「なら、本人の問題だな!ってわかった、わかったから!もう辞めるからいい加減離してくれ!」

 

「そう、懸命で良かったわ。」

 

 満足したのか彼女は俺の腕から手を離して、風で乱れた自分の髪を梳きはじめた。

 経験上、基本冷静なノインが実力行使にでたなら抗いようがない。

 そういう所は師匠そっくりですよ、貴方。


 残念ながら本日の日課はこれまで。

 実際、傷が癒えていないのは事実で万全とは程遠いのは確か。

 あと、単純に掴まれた腕が物凄い痛い。

 余計に悪化してるだろコレ。


「ふぅぅぅぅう。」


 抜き身だった剣を鞘に納めて、身体の熱を逃がすように深く息を吐く。


 日課終わりの合図のようなものだ。

 俺は時間を定めず納得が出来るまで数をこなす。

 明確な区切りを持たせないと、どうにも意識の切り替えが難しい。

 簡単に言うと、残心が続いてしまう。


 実戦を想定して振るう剣の為に起こってしまう弊害なのだろう。

 にしても、この状態で剣を振るのは良い訓練だったのだが残念。

 

「で、何か用か?わざわざ男子寮まできて。」


 一連の流れを終えて、少し冷めた身体を拭きながらノインに尋ねた。

 

 男子寮と女子寮がエイデン学園にはあるが、そこまで近いわけではない。

 なのに、彼女がわざわざ足を運んだということは、明確に用があってのことだろう。


「たった今終わったわ。馬鹿が阿保しないのように見に行ってこい、とアリーゼに言われたのよ。」


「お前らが俺をどう思ってるかは良くわかったよ。」


 ノインから酷い言葉が飛んできた。

 二人しかいない弟子に対して何て言い草だ。その言葉を聞いて俺の元に来た彼女も大概だと思うけど。


「まぁ、理由がなんであれ心配してくれてありがとよ。傷の治療も含めて助かった。」


「どういたしまして。ただ、そう思っているのなら、もう少し行動で見してもらえると助かるわ。」


「今日はいつにもまして辛辣だなっ!」


 相変わらず呆れ顔で淡々と棘を飛ばしてくる。

 師匠といい、ノインといい、少しは手心を加えても良いんじゃないだろうか。これでも療養中なのだが。原因はさておいて。


「ったく、最近ますます師匠に似てきてるぞ。」


「嫌よ。あんな化け物と一緒にしないでちょうだい。」


「同意はするが、仮にも師匠だぞ、あの人…。」


 正直な感想を伝えたのだがお気に召さなかったみたいだ。わかりやすく眉間に皺が出来た。


 ノインはアリーゼを嫌いというか、苦手にしている。かれこれ一年は一緒にいるが、当初から一貫しているので何かあったのだろう。

 

 ノインとアリーゼ。

 共に天賦の才を持つ魔法師同士、俺が知らない何かがあって不思議じゃない。

 ちなみに褒め言葉として言ってないので、正しい反応ではある。

 

「私にも譲れないものはあるのよ。そんなことより、暫くは学園内にいるのよね?」


「あぁ、師匠からも言われたし、身体もまだ治ってないしな。暫くは大人しくしてるつもりだぞ。」


「そう……悪くないわね。」


 苦虫を噛み潰したような表情から一転、ノインは俺の返事を聞くと口元に手をやり何事かを思案しだした。

 これまでも依頼が終えれば、師匠の手伝いとかで学園にいる事が多かったので珍しくは無いと思うが。


「?何かあるのか?」


「別に。自殺願望がないようで安心しただけよ。」

 

 本当に俺を何だと思っているのか。


「最初っから、そんなもん持ち合わせてねぇよ。」


「そう、残念だわ。」


「おい、適当に返事してんだろ。」


 違うというなら、その髪を梳く手をとめてもらおうか。それはそれで別の問題が発生してしまうけれど。


 とはいえ、そう思われても仕方ないとは思っている。


 時々、無茶をしてしまうのは自分でもわかっている。定期的に起こってしまう発作といって違いない。

 死ぬ気はないし、死にたくもないが、止め方を知らない。止めるつもりもない訳だが。


 我ながら難儀な思考だな、と他人事のように思ってしまっている時点でどうしようない。


「まぁ、良い機会でしょ。そろそろ魔法も本格的に鍛えなさいよ。」


「……………………はい。」


 考え事は終わったのか、ノインから嬉しく無い言葉が聞こえた。いや嬉しくはあるのだが、手放しに喜べないというだけ。

 魔法の鍛錬…ね…。

 確かにここ最近は以前よりも注ぐ熱量が減ってしまってはいる。とある技術が身についてからは、どうにもそれ以上の発展が見込めず、もっぱら剣の方に時間を割くようになったからだ。


「ふふっ。私も暫く予定はないし、きっちり教えてあげるわ。重症の身体に鞭を打つぐらいだもの。多少厳しくても問題ないでしょう?」


「…………モンダイナイデス。」


 楽しそうに笑顔を浮かべる彼女とは、真逆に冷や汗が止まらない。

 決定事項になってしまった魔法の才女によるスパルタ授業。どうにか手心を貰いたいところだが…状況も証拠を揃ってしまってるので反論する余地がない。

 確かにノインの言う通り良い機会なのは間違いない。それに、強くなれるのであれば万々歳ではある。あるのだが。


 どうか明日からの自分が無事なように祈るばかりだ。

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