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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
二章 最強を目指す者
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波と潮風、狐の呼ぶ方へ ー3ー

 揺れている。

 歩きながら視界の前を右へ、左へ、揺れている。

 何がって。ふっくらとした毛並みの良い金茶色の尻尾が。何故か、自然と目が尻尾を追いかけてしまう。

 

 俺の意思などでは無い。断じて違う。何というか、本能的に追っかけてしまうだけで、決して俺の嗜好によるものではない。

 

 ……獣人のこういう大きめな尻尾を見ると、無性に抱き着きたくなるのは、きっと俺だけじゃ無いはずだし。


「堪忍なぁ。リゼちゃん呼んだ時は、いっつもああしてたから。」


「……そう。良く無事でいられてるわね。」


「そら、ウチはリゼちゃんの大親友やからなぁ。」


 そう言って、確かな胸の膨らみを自慢気に主張してくる獣人の女性。


 なんでも、リゼちゃんとは師匠の愛称らしい。そんな呼び方をしているところをみると、大親友というのも嘘ではなさそうだ。

 師匠に友人がいるなんて俄かには信じ難いけど。


「改めて、ウチはクオン・ヤエガキ。よろしゅうな、ノインちゃん、リオくん。」


「自分はダゴンっつうもんだ!ここじゃ、頭目、って呼ばれることの方が多いけどなっ!」


「こっちこそ、宜しく、です。」


 朗らかに笑いかけてくる二人に、俺も笑顔で挨拶を返す。

 

 クオンさんは置いといて、ダゴンさんは何処かレオと似てる気がする。

 底無しの元気というか、この人がいるだけで場が明るくなったような、そんな感じ。

 人との距離感の近さも、そう。今もバシバシと叩かれている背中が痛いぐらいだ。

  

「何や、リゼちゃんのお弟子さんの割には、真面目やねぇ、リオくんは。……もっと、楽にしてくれてええんよ?ノインちゃんみたいに。」


「あはは……。」


 不満気に眉根を押せてくるが、曖昧な反応で濁しておく。

 俺だって、別に全員に丁寧に話す訳ではない。が、普通、初対面や、仲良く無い人には敬語ぐらい使うだろう。


 とはいえ、気を許していい相手なら喜んで口調を崩す訳だが。堅っ苦しい話し方は俺の目つきが鋭いせいもあって、印象がよろしく無いからだ。

 

 その点、ダゴンさんは見た限り良い人そうだし、早めに慣れる事が出来そうだ。

 問題は不満を声にしていたクオンさんのほう。


 一種の予防線、のようなモノで、あまりお近付きになりたく無い人にはこのまま接した方が後々楽だと思っている。

 確かに現状はクオンさんも良い人、のように思える。朗らかで愛嬌もあるし、柔らかい口調も大人の余裕が感じられる。

 ただ、なぁ……。

 あの師匠の、人類最高峰のロクデナシの親友だというのがどうにも不安なんだよなぁ。


 それに、ノインの仲良くできそうね、発言が聞こえてきていない。師匠の被害者には、彼女が必ず言うお決まりの台詞が聞けていない。


 よって、クオンさんはまだ怪しいのだ。

 もし、師匠と同じ側、碌でも無い人であれば、深く関わるのはご遠慮したい。


「そんな事より、どこに向かっているのかしら。」 

「この先にある俺らの拠点だ!つっても、俺ら益荒男の溜まり場みてぇなもんで、綺麗な所ではねぇけどな!」


 朗らかに答えてくれたのはダゴンさん。

 聞けば、一階が酒場で、二階には泊まれる場所があるとのことで、確かに俺達の活動拠点としては悪く無い。

 一度、彼等の話を聞く為にも腰を落ち着けたいと思っていたし、助かる提案だ。


 けど、何やら聞きなれない単語があったのが気になる。


「益荒男、って何ですか?」


 どうやらノインも同じだったみたいで、俺達の二人の視線がダゴンさんへと注がれた。

 

 視線を受けた彼は、少しだけ目を伏せると、突然逞しい両腕の筋肉をお腹の前で交差させた。


 そして。


「漢の中の漢、のことさ!」


「よっ!益荒男!」


 煌めく笑顔と共に、高らかな声をあげたのだった。クオンさんの合いの手と一緒に撒かれる花びら付きで。


 ……さて、何から突っ込めばいいのか。

 とりあえず、どこから出したんだろうか。このピンク色の花びら。魔法ではなさそうだし、袖にでも仕込んでいたのだろうか。

 

 案の定、ノインは冷めた目を向けているし、これは俺が対応しなきゃいけない。


「えと、強い男とか、鍛えてる人、って事ですかね?」


「ふっ。それだけじゃあ、益荒男は名乗れねぇ。」


 絞り出した言葉は、どうやら足りなかったらしく、ダゴンさんは握った拳で自分の胸をドンと叩くと言葉を続けた。


「心だ。強大な世界に抗い続ける、その心意気があってこそ、益荒男ってもんだ、リオンの兄ちゃん。」


 こちらに向けた表情は真剣そのもので。

 意味は深くはわからないが、本心からの言葉だという事が伝わってきた。


 良くはわからないが、凄く格好良い。

 自信溢れる姿も、告げられた言葉も。

 確かに、これは漢の中の漢と言っても良いのかもしれない。


 益荒男とは、心身共に鍛えられた猛者達の別名なのだろう。

 そんな猛者達が集う場所に向かっていると思うと、自然と身が引き締まってきた。


 ついつい手に力が入ってしまう。

 誰でも良いから、その強さの一端を教えてもらえると嬉しいのだが、頼めばいけるだろうか。


 そんな風に思っていると、楽しそうにしていたクオンさんから俺達に声がかけられた。

  

「まぁ、簡単にいうたら、漁師さん達の別称やけどね。」


「姉御……。そんな簡単に言わんでくだせぇ……。」


 …………よし。どうやら、これ以上ダゴンの話は聞かなくて良さそうだ。


 柄に伸びかけていた手を瞬時に引っ込める。

 危ない。クオンさんの言葉が無ければ、漁師相手に抜くところだった。


 強大な世界ってのは、海の事かよ……。

 てっきり、悪の親玉とか、傍若無人なヒトデナシを相手どってるのかと勘違いしそうなったぞ。


「せやけど、そのままやったら、リオ君が抜いてたかもしれんよ?」


 どうやらクオンさんにはバレていたらしい。

 チラとこちらをみて、茶目っ気たっぷりに微笑まれてしまった。


 ……そんな気を見したのは、ほんとに一瞬だったと思うのだが。腰に()いてる剣は飾りじゃないらしい。


「へぇ!騎士を目指してるわりには、血の気が多いんだな。リオンの兄ちゃんは、見た目通りって感じなのか。」 


「あー、いや、俺はどちらかというと、強さを求めて、って感じ何で……。」


 悪かったな、愛嬌の無い顔してて。

 グリード卿ほど(いか)つい顔はしてないだろうが、愛らしい(つら)では無い事は確かなので、否定出来ない無いのが悔しい。


 そんな俺の内面が顔に出てしまっていたのか、ダゴンは大きな笑い声を上げると、逞しい腕を俺の肩に回してきた。

 

「いや、いいじゃねぇかっ!やっぱ漢はそうでないとなっ!……ここだけの話、ウチの連中はアイゼルの騎士さんが苦手でな?」


「そうなのか?」 


「まぁ、なんだ。騎士っていうと、お堅い印象つうか、規範だとか規律だとかを守ってる奴らってのが強くてな?ウチの連中とは反りが合わねぇのよ。」


「なるほど……。」 

 

 まぁ、間違ってはいないんじゃないだろうか。

 人それぞれ、とは言うが、騎士団に入るような奴で規律・規範を蔑ろにするのは少ないと思う。

 例外は、一部の実力者達だろうが……彼等は彼等で、難しい性格をしてるだろうし。


 それを考えると、ダゴンのような自由に陽気に暮らしてる益荒男達とは、確かに合わないかも知れない。


「そういう訳で、リオンの兄ちゃんぐらいの方が、馴染み易いだろうさ。」


「なら、良かったよ。」


 現地の人達から印象が良いのであれば、越した事はない。

 実際、俺が騎士として模範かといえば違うし、それが活かせるというのなら楽でいい。


「それで、何時になったら着くのかしら?」


「焦らんでも、もう着くよ。……ほら、見えてきた。」


 会話に一切興味を示して無かったノインが口を開いたかと思えば、すぐに指差されたのは一件の家屋。

 見た目は綺麗ではないが趣きのあるそれが、目指していた場所という事だろう。


「到着だ。ようこそ組合本部へ。歓迎するぜ、賢者のお弟子さん達よっ!」


「ウチは漁師やないから、我が家ではないねんけどね。それでも、歓迎はさせてもらうわぁ。」


「おぉ。近くで見るとでかいな。」


 二人の後ろには先ほど見えていた大きな家屋。

 中を覗きに見れば、ダゴンと同じく健康的な肌をした屈強な男達が、酒を片手に楽しそうにしている様子が伺える。


 船場からも遠くないし、これだけ人が居れば情報にも困らない。見知らぬ土地の拠点としては、悪くない。

 少しだけ趣きが過ぎるのが気になるが、泊まる部屋のほうは整理されている事を願うとしよう。


「歓迎は後にしてもらえるかしら。そんな事より、貴方達がさっき言っていた事を詳しく聞きたいのよ。」


 ちょっと感動していた俺とは違って、ノインは仮宿には無関心だったようだ。

 いつも通り冷たい表情の彼女の頭は、ダゴン達から聞いた事で埋め尽くされているらしい。


「ノインちゃんはせっかちやねぇ。……ちゃんと話したるから、まずは中に入って座らへん?」

 

「姉御の言うとおり。俺達としても、早く解決はしたい。けど、焦っちゃいけねぇ。まずは、ちゃんと腰を据えて話をしねぇとなっ!」


「……無駄な時間を取らないなら、何でも良いわよ。」


 そんな無愛想な返事を聞いて、クオンさんは満足気に頷くと建物へと足を向け直した。

 再び目の前で揺れる尻尾に導かれるように、俺達もその後を追う。

 建物に踏み入れたと同時、益荒男達の視線が集まるが、今は気にしないようにする。


「心配せんでも、ウチらが知ってる事は全部教えたるよ。……せやから、リゼちゃんと同じぐらいには頼りにさせてもらうで?」


「そう。なら、存分に聞かせてもらうわ。その魔魚とやらについて。」


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