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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
二章 最強を目指す者
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波と潮風、狐の呼ぶ方へ  ー1ー

「ミューズに、ですか?」


「そうだ。貴様とノインの二人で向かってほしい。」


 王都を騒がした魔力喰らい(マナ・イーター)事件。その影響も薄れてきた今日この頃。

 師匠の研究室に呼び出され、部屋の主にそう言われた。それも、なぜだが随分と機嫌の悪い様子で。


「それは、別に構いませんけど……。また、急な話ですね……?」


 海洋貿易国家ミューズ。

 西の隣国であるグラトニアとは反対方向へと位置する国家であり、アイゼル国からは海路で四日ほど。

 人間と魚人族(マーフォーク)が共存する海に囲まれた美しい国だ。

 その名が示す通り、海洋品を中心とした貿易が盛んな国家で、芸術にも造脂(ぞうし)が深い、別名、水と芸術の国。


 個人的には好感が持てる国である事は間違いないが、師匠が興味を持つような国ではないはずだ。

 この人は芸術に興味が無ければ、食にも無頓着だったと思うのだが。


「……これを読め。」


「へっ?って、あっぶな!」


 勢い良く投げつけられたのは筒状の書簡。

 巻き物、と呼ばれる緑色の物が、顔面を叩く前に何とか手で受け止める。


 危うく余計な怪我を負うところだった。

 この距離感では全く必要無い行動だろ、今の。


 抗議の目を向けるが、残念、師匠には届かない。

 それどころか、鬱陶しげに、読め、と催促が返ってくるばかり。


 慣れた傍若無人ぶりに辟易するが、逆らう事は出来ないので、言われた通りに、紐を解いて巻き物に目を通す。


 …………ふむ。……うん?


「……師匠、なんですか、これ?」


「……知るか。書かれている通りだ。」


「はぁ。」


 それが理解出来なかったから聞いたと言うのに。

 甘い匂いが漂う茶を口に運ぶ師匠は、苛立ちを隠そうとしていない事が良くわかる。


 再び手元に目を落としても、やっぱり理解が追いつかない。いや、書かれている内容はこの上なく理解出来ているのだが。


 文字は綺麗で、簡潔な内容なのは違いない。

 問題なのは、簡潔すぎる、という一点。


「『ミューズにて、貴重な魔法見つけたり。』って……いや、やっぱり、わからないのですが。」


 紐解いて一番最初にでかでかと書かれた内容がこれ。その他には何もなくて、大きな余白が残るのみ。差出人の名前も無ければ、もちろん詳細も記載されていない。


 はっきり言って、巻き物の無駄遣いだ。

 何だこれ。


「差出人はわかっている。そんな阿呆な物を送りつけてくる奴を一人知っている。」


 まぁ、それは予想通り。でないと、こんなものは捨てているだろうし。少なくとも、俺ならそうする。

 

 とはいえ、なるほど多少の納得はいった。

 魔法の情報が送られてきたから、俺達に見て来い、という事なのだろう。

 

 ただ、師匠の機嫌が悪いのがわからない。

 普通なら自分で行きたがるだろうし、もっと嬉々としているだろうに。


「問題は、だな。その内容が信頼できないところだ。」


「はい?」


 吐き捨てられたような言葉に、良く理解出来ず聞き返してしまった。


 知り合いから嘘の情報が送られてきた、と?

 そんなこと有り得るのだろうか。

 わざわざ、巻き物(こんなもの)まで送ってきるというのに。


「経験上、五回に四回は嘘だ。久々に会いたくなった、とか、そんな理由だった。」


「……それは、何というか……。」


 こめかみを抑えて話す師匠に、初めて同情の念を覚えてしまった。


 面倒くさ過ぎないだろうか、その知り合いの方。

 厄介なのは、五回に一回は本当に貴重な魔法の情報というところだ。

 そんな情報を師匠としては、逃す訳にはいかないだろう。……師匠の性格を良くわかってるから、余計に厄介だな、この送り主。


「貴様が思うように、本当の場合がある以上、反応せざるを得ん。だが、違った場合に今は理性を保てる気がせん。」


「それで代わりに行って来い、と。」


 そうだ、と肯定する師匠は、ゆっくりと茶を口に運んだ。

 優雅な装いなのに、苛立ちが見てとれるのは、今までの経験を思い出したからなのだろう。


 しかし、なるほど。大体は理解した。


 師匠は魔力喰らい(マナ・イーター)事件の後も、騎士団に助力を請われ渋々ながらも力を貸している。

 その疲労に加えて、あの一件で魔族の男を捉え損ね、不機嫌が続いている師匠の理性の枷は今すごく脆い。

 その解消の為の実験に何度も付き合わされた俺が証人である。


 師匠の理性が失われた結果など、考え無くともわかる。最悪、ミューズが消える可能性すらある。 

 その為、どう転んでもいいように俺達に白羽の矢がだったのだろう。


 まぁ、妥当な経緯(いきさつ)だと思う。

 師匠の代わりにノインがいれば何とかなるだろうし。俺は護衛として、ついでにといった感じだけど、悪くはない選択肢だ。


 ただ、俺が行きたくない事を除けば。

 

 何故って、決まっている。

 送り主が碌でも無さそうな奴だから。

 師匠の知り合い、加えて、話を聞く限りで抱いた感想。嫌な予感がしてならない。 

 

「…………ノインは何と?」


「行く、と言っていたぞ?………………貴重な魔法が見つかるといいな。」


 スッと顔を背ける師匠。

 沈黙の中、茶を啜る音だけが木霊(こだま)する。


 だ、騙してやがる。

 自分の弟子を騙しやがった、この女。

 ハズレの可能性を伝えず、アタリの経験だけを教えやがる。


 冷静が常なノインだが、魔法が絡めば割とアホの子になる。恐らく、話を聞いて快諾した事だろう。

 今も、うきうきで準備を整えているはずだ。


 そんな彼女がハズレに出会(でくわ)せばどうなるか。

 決まっている、機嫌は急降下、氷河期の到来だ。

 そして、被害を被るのは勿論、近くにいるであろう俺。


 よし。拒否しよう。

 そうだ、ノイン一人で行ってもらえばいいじゃないか。そうすれば、俺には被害が無くて済む。


「師匠、非常に残念なのですが――」


「おっと、よく考えてから口を開けよ、馬鹿弟子?」


 そう言って師匠が手にしたのは、一枚の乗船券。

 行き先は当然ながらミューズ。

 

 しかし、だから何だという話だ。券が用意されていようが、知った事では無い

 そう思って、再び口を開こうとした時、師匠がにやりと悪どい笑みを浮かべた。

 

「既にノインには貴様が同行する事は伝えてある。コレを手配した事も。なのに、貴様が不在となればアイツはどう思うだろうなぁ?」


「き、汚いですよっ!」


 当然、バレる。

 俺が状況を知って、ノインを生贄にした事が。

 そうなれば、彼女が怒髪天なのは避けようが無い。例え、貴重な魔法が見つかったとしても、小言を言われるのは違いない。


「貴様が考えそうな事などお見通しだ。大人しく行って来い。」


「ぐっ。」


 そうして受け渡されようとする乗船券。

 ただの紙切れが、何故か禍々しいものに見えてきた。


 受け取りたくねぇ…………。


 そんな思いが頭を埋め尽くすが、既に師匠の手によって退路を断たれている。

 この券を手に取る以外の手段が無いのだ。


 …………いや、待てよ。


「それで良い。では、しっかり頼んだぞ。」


 震える手で券を受け取った俺を見て、諦めたと思った師匠が勝ち誇った顔で茶を啜り出した。

 だが、甘い。俺がそう簡単に折れると思っているなら大間違いだ。


 そう。

 今からノインに事情を伝えにいけば良いのだ。

 万が一、それでも行く、と言うのであれば、そこからは俺の管轄外。一人で船旅を楽しんで来て貰えば良い。


 逸ったな、師匠。

 何でもかんでも、思い通りに行くと思ったら大間違いだと教えてやろう。


「……?何をにやにやしている。早く用意してこい。遅れるぞ。」


「あぁ、いや、ちょっと、これからの事を考えると――――って、遅れる?」


「何の事だか知らんが、手元の券をよく見ればどうだ?」


 まさか。


「師匠、コレの日付って。」


「今日だが?」


「だと、思ったよ!こんちくしょう!」


 再び券を確認すれば、そこに記載されているのは、間違いなく今日の日付。

 

 最悪だ。

 最初から逃げ道なんて用意されていなかった。

 この部屋に来た時点で、敗北が確定していた。


「ほら、急げよ。ノインはもう発着場にいるだろうよ。」


 弾むような声音で師匠が言ってきた。

 言っていたように、俺の考える事はすべて見通されていたのだろう。


 こうなっては、どうしようもない。

 俺も急いで船場へと向かうしか無い。


 くっそぅ。覚えていろよっ!


「良き船旅をな、馬鹿弟子。」


 足速と研究室を出ていく俺の背からは、そんな言葉が聞こえてきた。

 ……土産は絶対買ってきてやらないからなっ!

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