プロローグ ー0ー
益荒男。
それは、大いなる自然に立ち向かう勇気ある者達。
益荒男。
それは、屈強な肉体と、強靭な精神を持つ唯一無二の存在。
益荒男。
それはまさしく、漢のなかの漢にのみ許された称号。
「よーしっ!やるぞ、益荒男共っ!リオンの兄ちゃん、音頭は任せたっ!!腹から声出してけっ!!!」
頭目から野太い檄が飛ぶ。
どうやら仕切りを任せてくれるらしい。
なんと、名誉なことだろうか。
ここは、負けじと声を張り上げて、俺の気持ちを教えておくべきだろう。
「あいよぉ!!!!!」
「よく言った!」「良いぞ兄ちゃん!」「しっかり気合いいれてけ!」「アイゼル男子の力見せてやれ!」
次々とかかる激励の言葉の何と気持ちのいいことか。昂って仕方がない。
揺れる足下は自然の脅威を教えてくれる。
握る綱からは生命の鼓動を感じる。
背中には信頼と期待が降り注ぐ。
では、答えねばなるまい。
力を込めて、大きく息を吸って、いざ!
「そーーーいやっ、さぁーーーせっっっ!!」
「「「そーーいや、さぁーーせっ!!!」」」」
俺の怒号に男達が続く。
重なる声は、鼓膜を痛いほど震わせて、それ以上に、心と身体を燃やしてくれる。
「ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!」
「「「ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!」」」
「声が足らねぇぞっ!!!!」
「「「ソイヤッ!ソイヤッ!ソイヤッ!ソイヤッ!!」」」
「よーしっ!もういっちょ!ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!」
「「「ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!」」」
あぁ、素晴らしい。
今日という日を俺は絶対に忘れない。
掛け声を交わすごとに、後ろの仲間達との絆が生まれ、そして育っていくのをひしひしと感じる。
雄大な自然に共に立ち向かい、一本の綱を握りしめて、心と身体を一つにする。
思い出すのは、最初に彼等と出会った時のこと。
軟弱者と罵られて、話すら聞いてもらえなかった、ほろ苦い思い出達。
憤りを感じ、苦しさを感じ、感情のままに握った拳をぶつけ合ったこともあった。
だが、それも全て今日という日を輝かせてくれる彩りにしかならないっ。
そう、我らは、皆、益荒男なのだからっ!
「……リオ君、えらい馴染んだなぁ……。」
「……馬鹿ばっかね、ほんと。」
視界の端ではノイン達が話しているが、羨ましいのだろう。
気持ちはわかる。だが残念ながら、益荒男はその名の通り、男にしか与えられぬ称号なのだ。
心苦しいが許してくれ、ノイン。
この至上の喜びを俺だけ楽しんでしまうことを。
出来ることなら、ノインとも共有したかったよ…。
「……なんや、申し訳なさそうにこっち見てはるけど、ええの?」
「ほっときなさい。見てるだけで、頭が痛くなってきたわ……。」
拝啓、師匠。
帰ったら良い報告が出来そうです。
どんな魔法よりも素晴らしいものを見つけました。
心と身体が昂っていくこの高揚感は癖になる。
きっと師匠も気にいると確信しています。
「……急に泣き出したんやけど……?」
「ほっときなさい!」
ノインが荒ぶっているのが見える。
そうか。例え綱を握らずとも、同じ船にいるだけで、気持ちは繋がっていくのか。
あの冷静なノインですら、この熱狂には抗えないのだろう。
「どうだ、リオンの兄ちゃん。ミューズは良いとこだろ?」
歓喜に震えていると、バンダナを巻いた男が声をかけてきた。
この船の頭目にして、国一番の益荒男。
そんな素晴らしい人が、目の前にいる彼だ。
「はい!こんな熱いのは始めてです!」
「はっはっはっ!そうか、そうかっ!……けど、まだ満足するには、早ぇぞ?」
何と。まだ、先があるというのですか、頭目!
「この荒波を共に乗り越えた後は、獲った魚をつまみに酒を交わすのさ。」
「なっ!?」
そんな事がまだ待っているのか。
残念ながら俺は酒を飲めない。けど、力を合わせて獲った魚を、皆で食すだけでも充分だ。
きっと、それだけで俺はまた昂りをを感じられる事だろう。
そうと分かれば、やる事は一つ。
半袖の上着を肩口まで捲りあげて、肩を日の下に晒す。額に巻いた手拭いを強く結びなおせば、準備は完了。
――後は、ただこの益荒男達と共に綱を引くだけだ。
「いい目をするようなったじゃねぇか!……リオンの兄ちゃん、アンタはもう立派な益荒男だぁ!」
頭目の宣言を皮切りに、あちらこちらから祝いの言葉が飛び交っていく。
鼓膜を震わすのは、新たな仲間の誕生を喜ぶ歓喜の声。
向けられたのならば、応えねばなるまい。
この偉大な大海原を相手に、胸をはって宣言してやらねばなるまい!
あぁ、そうだ。そうさ、俺が、俺達が。
「益荒男だぁぁぁぁぁあ!!!」
「…………なぁ、アレ、ウチのせいとちゃうよな?」
「知らないわよっ!……あぁ、もう!何だってこんな事にっ!」
潮風が頬を撫でる、波の上。
大海原を揺蕩う船の上で、俺は高らかに声をあげたのだった。




