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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
一章 英雄を目指す者
22/38

英雄を目指した男 ー5ー

 二色の交差した光が粒子となって消えていく。

 土煙がはれて残るのは、戦いの跡を色濃く残す地面と互いに凄惨な傷を負った俺達二人。

 片方は荒く息を吐き膝をつき、もう片方は空を見上げて地に伏していた。


 後ろからは何かが崩れる音が微かに聞こえてくる。

 この時間で良かった。

 おかげで巻き込まれた人間はいないだろう。

 もし時間が違えば、また無関係な犠牲者が増えるところだった。


「…………僕の、負け、か……。」


 光の乏しい暗い空を瞳に映したカイルが静かに呟いた。

 全身にはしっていた魔力は消え失せ、罅割れたような跡が黒い肌に刻まれている。

 胸元で存在を主張していた赤い核は割れ、彼から理外の力が失われた事を物語っていた。


「……言ったろ、次も、同じだって……。」


 何とか呼吸を整えて言葉を返す。

 衣服は焼け、身体は至るところから血を流している。短時間とはいえ魔力の奔流に身を晒した代償を俺の身体はしっかりと払っていた。


 勝算はあったつもりだが、間に合って良かった。

 俺の一手が届くのが少しでも遅ければ、今頃空を見上げていたのはこっちだった。


「……リオン君は強いね。」


「少なくとも、カイルよりは強いみたいだな。」


「ははっ、その通りだね。先輩なのに情けないや。」


 憑き物が落ちたような表情で笑うカイル。

 彼が普段よくしていた柔らかい笑顔だ。


 時間が戻る事は無く、彼の罪が消える事も薄れる事も無い。それでも、この顔が見れて良かったと思ってしまう。


「ねぇ、リオン君。僕は何処で間違ったんだろうね……。」


 掠れた声が紡いだのは悔恨にも聞こえる言葉。


「家族に、仲間に、皆に、認められるだけで、それだけで良かったのに。」


 ――何でこうなったんだろう。

 

 そう言い終える頃には黒ずんだ肌に透明な雫が流れていた。


 貴族に生まれて、期待されてきたのだろう。

 それに応える為に努力して、努力して、努力して。そうして積み上げたきた自分を、いつの間にか見失ってしまったのだろう。

 少し振り返れば、歩んだきた道のりが誇っていいものだと気づけたのに。

 

 きっと、止まる事が出来なかった故に見えなくなったんだ。


「別に全部が全部間違ってた、とは思わねぇよ。」


 身体から聞こえる悲鳴に従って、地面に腰をつけながらそう答える。

 実際、壊せない壁をそれでも壊すと言うのなら、無茶を通さなければ切欠の一つすら得られない。

 薄っぺらい経験則だろうが、俺もそれを痛感してきている。


 ただ、それでも違ってはいけないものがある。

 どれだけ無茶をしようとも、絶対に見失ってはいけないものがある。


「ただ、見失ったんだろうよ。目指していた(なにか)を。」


 叶える為に強さを求めていたのに、いつの間にか強さを求めることに執着してしまうようになった。

 次第に最初に目指していた景色が見えなくなって、照らされた足元だけが道標に為り変わる。


 気づいた時には引き返す道は崩れ去っていて、突き進むしか無くなった。

 行く先が二度と戻れない場所に辿り着くとわかっていても。


「そっか……うん、そうだね。ずっと、忘れていたんだろうね。」


「おう。」


「……リオン君は忘れないようにね。」


「忘れねぇよ。……絶対にな。」


 生きる意味も分からず彷徨っていた俺に、目的を与えてくれた過去の憧憬。

 今は輪郭すら見えなくなってしまったが、それでも目を閉じればあの日が脳裏に蘇る。


 "英雄になろうぜ、リオン。"


 あの言葉も、景色も、風の匂いでさえも鮮明に思い出せる。俺が俺である以上、決して忘れる事はないだろう。


「まぁ、もし道を間違えでもしたら、背中に魔法をぶっ放してくる奴らもいるしな。」

 

 該当者は役二名。

 紫と水色の魔法師師弟だ。


「あははは!確かにそうだね。君の場合はそうなりそうだ。」


「笑い事、なのかねぇ……。」


 ほーんと、時折あり得ないぐらい破茶滅茶をするからなぁ。……片方は時折じゃなくて常日頃だけど。


「もう少し早くリオン君と会ってたら、僕も変わってたのかなぁ……。」


「さぁな。」


 カイルに倣って空を見上げれば、何の感慨も浮かばない真っ黒な夜空が広がるばかり。

 傷だらけの男が二人、ぼんやりと空を眺める様は何処までも普通で、命のやり取りをしていた事をすっかり忘れてしまいそうになる。


「………………後で、僕の部屋の引き出しをさぐるといいよ。そこに奴らとのやり取りが残ってるから。」


「嫌だね。自分で持ってこい。」


 奴ら、とは何処かで師匠達が相手をしているはずの共犯者達の事だろう。

 グリード卿と師匠を相手にして原型を留めておけるかは疑問だが。


「そうしたいのは、やまやまだけどね。そうもいかないみたいだ。」

 

「カイル、それ……。」


 言葉と共に震えながらこちらに向けられたカイルの手は、指先から崩れ始めていた。

 罅割れがパキパキと音を立てて、砕け落ちた肉体だったものが粒子となって舞っていく。


「代償だよ。不完全な進化だったからね。魔力と核を失えば、こうなるのも仕方ないさ。」


 そうか、と簡素な返事を返しておいた。

 元より殺すつもりで剣を握って、彼と対峙したのだ。そんな俺が今更、死ぬな、なんて言う権利は無い。

 ただ責任をもって、カイルの最後を見届けてやるのが許される唯一の行動だろう。


「うん、それでいい。」


 どこか満足気な声でカイルがそう告げる。

 短い時間だったが、いい出会いだった。

 最後に救ってやれたなら、それで良い。


 無機質だった空間に白い光の粒子がふわふわと舞って、少しだけ華やかな景色へと変わっていく。

 直にカイルの身体の全てが消えてしまうだろう。


「最……後に、一つ……だけ、お願い、し……ても、良い…かな?」 

 

「……どーぞ。」


 弱々しい声で、途切れ途切れに紡がれた言葉に耳を傾ける。

 草むしり分ぐらいのお願いなら叶えてやろう。


「り、おん……くんは、ぁきら……め、なぃ、で……ね……。」


 薄れゆく声が終わり、白い粒子が立ち昇る。

 一人の男の犠牲に出来上がった景色は、魔力喰らい(マナ・イーター)の散り際と嫌というほど酷似していて、それがどうにも虚しい気持ちにさせてくる。


 言われなくても諦めるつもりなんて無い。

 そんな選択肢はとっくの昔に捨て去っている。

 だから、悪いけど、そのお願いは無効だ。

 その代わりに。


「……理由がまた増えたなぁ。」


 勝手にカイルの想いも背負ってやる。

 俺がいつか果てに辿り着いた時に、強敵だったと名を挙げてやろう。

 何年先の話かは知ったこっちゃないが、随分な名誉になることだろう。


「じゃあな、カイル・ヴェルモンド。ちゃんと死後の世界で罪を償ってこい。」


 そしたら、また先輩って呼んでやる。


 最後の粒子が消えるのを見送って背をバタッと地面につけた。身体が怠い。もう起き上がるのも億劫で、瞼もいつに無く重く感じる。


「あぁ、限界だ。後は頼んだぞー、ノイン。」


 何処にいるかも、何をしているかも分からないが、何と無くノインなら聞こえてる気がするので大丈夫だろう。

 というより、ノイン以外は何をされるか分かったもんじゃ無いので遠慮願いたい。

 特に師匠と、元気な幼馴染の二人。


 とにかく今日の俺の出番はここで終わりだ。

 他の場所が如何なっているかは全く読めないが、あいつらなら問題ないだろう。


 どこか確信めいた予感を抱いて、俺は意識を手放した。

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