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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
一章 英雄を目指す者
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英雄を目指した男 ー3ー

 エイデン学園、屋上。

 眼下の景色を見渡せば、人から違うナニカへと変貌を遂げた少年が歓喜に震える姿が良く見える。 


「ほう。興味深いですねぇ。不完全では有りますが、成功したんですかぁ。」


 言葉を発したのは、黒い礼服に身を包んだ一人の男。

 言葉通りの表情を浮かべ顎に手をやる姿からは、子供のような無邪気さが漂っていた。

 紅い瞳をギラつかせ楽しそうに景色を見やる様子は、正しく子どもが新しい玩具を手に入れた時と変わらない。


「なぁるほど。純度の高いモノを呑み込んで代用した訳ですかぁ。なんとも、まぁ、運がいいことでぇ」


 ククク、と静かな笑い声を溢して楽しそうにする男は、愉快で仕方ないといったところか。

 視界の先では、変貌した少年と黒髪の少年が再びの攻防を開始したところ。

 隠す事も無く感情を振り撒いてしまっても仕方がない。

 なんせ、彼の大好きな人間が欲望と夢をぶつけ合っているのだから。


「良いですねぇ、良いですよぉ」


 片方は夢の為に他者を捨てて、己を偽ってでも、破滅の道へと進もうとしている。

 片方は夢の為に自分を捨てて、己を偽ってでも、

栄光の道へと進もうとしている。

 もっと楽に生きれば良いのに、憧れを捨てる事が出来ないが故に、自ら茨の道へと突き進む。 


「これだからぁ、私は貴方達が好きで堪らないぃ」 


 感極まれり、とでも言えばいいのか。

 肩を震わせて顔を歪ませる男は見るものがいれば、咄嗟に顔を背けるぐらいに気色が悪い。


「しかし、あの少年。面白いですねぇ。」


 紅い瞳に映るのは、剣を振るい喰らい付いている黒髪の少年のほう。

 歳の割には仕上がっている強さにも惹かれるが、何よりもその心持ちが面白い。

 目の前で偽りざる事実として、進化を見たというのに全く惹かれていない。 

 彼も強さに執着していて、才能を欲しているというのに。


「諦めているのにぃ、諦めていなぁい。」


 ギョロリと瞳が蠢き、口元が三日月を描く。

 男は実のところ既にカイル・ヴェルモンドという個体に興味を失っている。

 擬似的な進化にこそ関心を惹いたが、それ以外は搾りかす程度の面白味もない。


 彼が愛しているのは、抗い続ける人間だ。

 馬鹿げた大言を抱きながら、膝を折った者にその触手は伸びない。


 だからこそ、今一番、興味があるのは瞳に映る少年。


「面ぉ白い。貴方もそう思いませんか、クレア。」


「きょ、興味ないわ。わ、わたしが見たかったのは作ったモノがどうなるか、だけ、よ。」 

 

 問いかけに答えたのは薄茶色のローブに身を包み、灰を被ったような髪の毛を腰ほど迄に伸ばした女。

 目には酷い隈を作り、身嗜みにも無頓着であろうその姿は歳よりも老けた印象が目立つ。


「つまらないですねぇ。」


 答えに不満があったのか口を尖らせながらそう言う男に対して、クレアと呼ばれた女は何処か怯えた様子で言葉を返した。


「み、見たかったのは、け、結果がどうなるか、だけだもの。」


魔力喰らい(マナ・イーター)とかいう、実験体のことですかぁ?期待以下でしたよぉ、アレ。」

 

「う、うぐぅ。し、知ってるわよ。け、けれど得られる事も、あ、あったのよ。つ、次は上手く行く、わ。」


 しどろもどろ話すクレアをちらっと見て、男は大きな溜め息を零した。


「まぁ別に、何でもいいですがぁ。私、貴方とはこれっきりにするつもりですのでぇ。」


「こ、こっちこそ、貴方みたいなのと、い、いるのは願い下げ、よ。」


「それはそれはぁ。」


 有難い、と微かに繋がれる言葉は、女には聞こえたのか、聞こえていないのか。

 内容だけ見やると仲間にも見えるが、会話からはお互いに嫌悪感を隠そうともしていない。

 お互いの利害が一致しただけの関係というのが、容易に読み取れる。


「も、もう、わたしはいくわ。く、傀儡もバレたし、見つかるまえに、に、逃げないと。」


「そういえばぁ、騎士団に潜ませていた貴方の人形が全部潰されていましたねぇ。」


 数日前、グリード・ヴェインが正気に戻った後に、驚異的な速さで粛清が行われていった。

 その時に、潜り込ませていた彼等の手も全てが排除されていった。

 その結果、カイルという少年の正体が見破られてしまったのだが、彼等にとってはどうでも良い事だ。


 とはいえ、噂に違わず優秀な騎士団に感心したのは男の記憶に新しい。異常なまでに辺りを警戒している女もその影響なのだろう。


 男としては、勝手にしてくれ、というのが本音だが、万が一ということも有り得るのは確か。

 せっかく面白いモノを見つけたのに、余計な苦労を背負う必要もない。


 そう結論づけると、惜しむように景色を焼き付けてながら振り向いた。


「仕方ありませんねぇ。もう少し見ていたいところでしたが、引き上げましょうかぁ。」


「え、えぇ。」


 引き攣った笑みながら、どこか嬉しそうに答える女に辟易とした表情を隠さない男。


「残念ね。もう少しゆっくりしていけば良いのに。」


 そんな対照的な二人組に新たな声がかかる。


「おやぁ。」「あ、ぁ。」


 白の制服に水色の長髪。

 凛とした冷たい声を響かせながら、ノインは彼のらの前に降り立った。


「貴方がアルト・ウォルターでいいのよね?」


「そういえばぁ、そんな名前も名乗りましたねぇ。」


「そう。良かったわ。そっちも共犯で間違い無いみたいね。」


 ノインの凍てつくような眼差しが二人組へと向けられる。

 男はにへらと笑い、女は怯えたように肩を震わせた。


「聞きしに勝る何とやらぁ。見つけられるとはぁ、随分と眼が良いみたいですねぇ、貴方。羨ましいのをお持ちでぇ。」


「の、ノイン・クラン……!あの、あ、阿婆擦れの弟子!!」


 それぞれ反応をする二人からノインに向けられるのは好奇心と敵意。

 察するにどちらもノインの存在は知っていたのだろう。


「鬱陶しい目を向けないで貰えるかしら?」


 対してノインはぶっきらぼうにそう言い放った。

 彼女の心情も言葉通りなのだろう。

 凍りついた表情からもその様子が伝わってくる。

 

「な、なんで、こっちにいるのよ。ま、魔力喰らい(マナ・イーター)は、ど、どうしたのよ!」


「今頃騒がしい二人組が相手してるわ。」


 激情したかのように叫んでくる女に、適当に答えるノイン。

 急に魔力喰らい(マナ・イーター)が消えたかと思えば、代わりにどこからとも無く現れた黒い騎士。

 これまでと違う面倒な相手だと一瞬構えたが、元気に騒ぐ主従が楽しそうに向かっていったので内容は嘘ではない。


「来るところ間違っていませんかぁ?あちらに行ったほうがよろしいのでは?」


 続けて口を開いた男が指差す先は、熾烈な戦いを続けている地上の景色。

 見たところ黒髪の少年が押されているが、ノインが気にする様子は無い。


「あの程度なら助ける必要無いわよ。」


「へぇ。」


 彼女の態度から感じられるのは圧倒的な信頼。

 微塵も疑っていないその姿に、思わず男も声を漏らしてしまう。


 実際のところは信頼とは少し違うのだが、感じるものは変わり無いだろう。

 ノインはただそうなると思っているだけなのだ。

 彼が―リオンが、自分で決着をつける、と言ったのだから、それ以上でもそれ以下でも無いのだと思っているだけ。


「な、生意気な奴ね。あ、あの女に、そ、そっくりだわ。」


「次、同じ事を言ったら二度と口が開けないようにしてあげるわ。」


「ひ、ひぃん。」


 ギロリと視線だけでも殺せそうな眼をむけるノイン。

 怯えた態度の割に敵意はしっかりと向けてくる女に理解が追いつかないが、告げられた言葉が鬱陶しい事には変わりはない。


「その方が鬱陶しいのは同意ですがぁ、一部は同意ですねぇ。貴方一人で私達を止められるとでもぉ?」


「そ、そうよ。」


 白髪を弄りながら告げられた言葉には純粋な疑問が込められていた。

 同調している女は流れに身を任せているだけなのが丸わかりだが。 


「……そうね。少し面倒ね、本当に――」 


「「「―――一人ならね(な)」」」


「…………これはぁ、少しぃ、困りましたねぇ。」


 一瞬の瞑目。

 その後にノインに重なり二人の声が響いた。


「存分に暴れろ。こちらで膜を張っておいてやる。」


 一人は大賢者、アリーゼ・クラン。

 宙に浮かび好戦的な笑みを浮かべた彼女は、パチッと指を鳴らした。


「感謝する、賢者。……借りを返しに来たぞ賊。」


 もう一人は迅雷、グリード・ヴェイン。

 迸る雷を宿した双剣を手に、大きな威圧感を放ち歩を進めていく。


「な、なんでっ!?きょ、今日はいないんじゃ!わ、わたし達も、か、確認したのにっ!」


「…………アリーゼ・クランの結界、ですかぁ。」


「ご明察だ。どうやら私の固有魔法も少しは知っているようだな。」


 周囲を覆う膜を見ながら男が言った言葉は正解だった。

 

 アリーゼ・クランの誇る固有魔法は、時空結界(カイス・クロノス)

 指を鳴らす事を発動条件として、彼女の周辺に世界から隔絶された結界を張る圧倒的な魔法。

 彼女の許可が無ければ、見る事も、入る事も、出る事も不可能な不可視にして絶対の領域。


 アリーゼ達不在の嘘を見抜けなかった理由は間違いなくこの魔法のせいだろう。


「流石は()()といったところか。」


「……私、貴方達(にんげん)は好きですが、どうにも貴方は対象外かもしれませんねぇ。」


 ふぅ、と息を吐く姿からは、飄々としているいつもの姿と違い僅かな敵意を含んでいた。

 意趣返しとばかりに返されたアリーゼの言葉は、彼にとっては触れられたく無いモノだったのだろう。もしくは、触れられたという事実そのものが。


「賢者、騎士ノイン。後ろは任せたぞ。」

 

「ひっ!く、来る!」


「さて、どうしましょうかねぇ。」


 彼ら二人に迫るのは、雷撃を纏う最優の騎士。

 その後ろには稀代の魔法師が二人。

 ただでさえ厄介な相手なのに、絶対的な領域に引き込まれている状況。


 乗り越えるのは容易ではない。

 というより、まず覆すことが出来ない盤上だ。

 だというのに、礼服の男はにやりと気味の悪い笑みを浮かべた。


「私は、魔人ディシード。以後、お見知り置きを皆皆様。」


「そうか。ここで消えろ、魔人。」


 場違いにも名乗りをあげると、恭しく一礼までしてみせる礼服の男。

 まるで緊張感を感じない名乗りに、返されたのは雷光を伴った斬撃の雨。


 夜闇が照らす学園で、三つ目の争いが幕を開けた。

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