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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
一章 英雄を目指す者
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英雄を目指す男 ー1ー

 昼下がり、窓から見下ろせば学園の同輩達が談笑でもしながら昼食に舌鼓をうっていた。天気も良くて日差しが気持ちの良いのどかな時間だ。


 ここは、エイデン学園。

 我らがアイゼル国の誇る騎士見習いが通う世界有数の学園だ。最も俺はアイゼル国以外を知らないので、本当かは知らないが。


 ただ、武術や、魔法に加えて、教養も学べるこの学園の人気が高いの事実。

 訓練代わりに多様な依頼も受けれるので、稼ぐこともできるのも要因の一つだろう。

 確か設立のきっかけは、英雄ユウリと当時の大賢者エイデンがその時のアイゼル王に進言した、とかなんとか。


 他の生徒のように木漏れ日の下で、身体を休めていたいところだがそうはいかない。


 学舎の一画。

 雑多に本が積まれた、少し甘い草木の匂いがする誰ぞの研究室。日差しとは無縁のそこが現在地。


 少し埃の被った姿見には、少し長めの黒髪を後ろで束ねた目尻の吊り上がった俺の姿が映し出されている。相変わらず人相の悪い顔だなぁ、と現実逃避がてら思っていると、直立する俺の前で優雅に足を組んでいる女性が、ひらひらと手元の紙を揺らしながら口を開いた。


「さて、まずは言い訳を聞こうか、馬鹿弟子(リオン)?」

 

 そう言うと、我が麗しき師匠アリーゼ・クランはにっこりと顔を綻ばしたのだった。


 切れ長の目に、気品を感じる深い紫紺の長髪、女性にしては高い身長とそのスレンダーな体型も合い余って、理想のお姉様とでも言うべき女性。


 そんな彼女と二人きりで昼をすごした、とでも言えば男女問わず学園の生徒からは羨望と嫉妬の目を向けられることだろう。


 この妙な圧迫感が無ければの話だが。

 ちなみに手元で揺れているのは、依頼達成の際に学園に提出する報告書。被害状況や、遂行時における発見などを記して提出するもので、間違いなく俺が書いたものだ。

 本来は学園が保管するので、いくら俺の魔法の師匠とはいえど、肩書きは一教師な彼女が杜撰に扱って良いものでは無いのだが、言っても無駄だろう。

 こんなのは今日に始まったことではないし。


「……その手元にある報告書の通りデス。」


「依頼完了の報告書は見た。優秀な弟子を持って私も鼻が高い。」


 ただし。


「また瀕死手前の重症で帰って来た事を除いては、だがな。」


 相変わらず妙な凄み纏っている師匠が、貼り付けた笑みをより一層濃くした。怒る時に笑うのは本当に辞めて欲しい。独特の恐ろしさを感じてついつい顔を背けそうになる。

 というか、何でバレてんだ…。先日の一件は上手く誤魔化したはずだったのに。


「別に何かあったわけじゃないですよ。前と同じく討伐依頼中に怪我しただけです。」


「なるほど、前と同じね。つまり、討伐依頼を数件、単独で無理矢理に敢行した訳か。そして、瀕死のところを助けられた、と。」


「うっ。」


 ほんと一から十までバレてるなぁ…、これ。

 つい最近瀕死になった俺はまさしく師匠の言う通り。荒くれ者共の相手から始まり、魔狼達の討伐に終わった一連の出来事は、正規の手順を踏んだとはいえ、俺が個人的な理由で無理矢理に単独で敢行したものだった。

 

 目尻を細めて笑みを強める師匠の顔が怖い。

 美人が怒れば圧があるとは言うが、それにしても心臓に悪い。ぎゅっと直接掴まれでもしているみたいだ。もし、美人の笑顔がトラウマになったら原因は師匠だ。絶対。


「スミマセンデシタ。」

 

「そう思っているのであれば、もう少し改善するべきだろう。」


 彼女は嘆息すると立ち上がり、俺の報告書を乱雑に丸めて捨てると、本棚から使い古した一冊の冊子を投げ付けてきた。


 表紙に書かれている文字は、エイデン学園の規律。


 はて、何でいまさらこんなものを?


「持ってますよ、これ?」

 

「持っているだけだろう?」


「ちゃんと内容も知ってますがっ!」


「そうか。その割には活かせていないようだが?」


 弟子に向かって言いたい放題だ……。

 本気で不思議そうにしているのが、余計に腹が立つ。というか、少なくとも逸脱したような行動をした記憶はないっ。こう見えても、真面目で優等生なんですがっ!

 

 ここは平和な学園ではあるが名目はアイゼル国の軍でもある騎士団の下部組織。なので、騎士団に倣って幾つかの規則が設けられている。

 基本的には騎士の心構えのような内容。後は、しょうもない喧嘩をするな、とか、盗みをするな、とか、簡単な内容だった筈。


 改めて鑑みても、この冊子に記されていた事は守っていると思うが…?

 

「その本によれば、貴様も含め生徒は騎士見習いとして扱うらしい。実際に騎士になるかはどうかは別としてな。」


「えぇ、そうでしょうけど…?」


 厳かに告げられる内容が上手く読み取れず、疑問符が浮かんでしまう。


 確かに師匠の言う通りだろう。

 在学中に怪我をしてしまったり、単純に実力不足で騎士になれなかったり。理由は何にせよ騎士に為らない者もいるが、生徒でいる内は下っ端騎士で違いない。

 

「騎士とは護る者、とも書いてあるな。わざと無茶をして瀕死になるような奴が誰かを護れると?」

 

「…………依頼達成率は高いらしいですよ、俺。」


「偶然だ、馬鹿弟子。いつ死んでも可笑しくないと自覚しろ馬鹿弟子。」


 苦し紛れに返事したがにべもなし。

 あまりに正論すぎて返せる手札が無い。師匠はそれをわかってか、機嫌良さげにお茶の準備をし始めやがった。こいつぅ…。


 自分は騎士とは真反対の傍若無人の振る舞いが常の癖に。あと二回目の馬鹿を強調したの聞こえてるからな。


「さて、そんな貴様は果たして規律を守っていると言えるのだろうか。」


「ぐっ……。」


「自覚があるようで何よりだ。」

 

 トドメの一撃で俺を叩きのめした師匠は、満足そうに湯気が立つカップに口をつけた。


 部屋を漂う甘い草木の香りが一層強くなった気がする。師匠の研究室に来ると偶にこの香りが漂っているのだが、まさかお茶の匂いとは知らなかった。

 よくもまぁ、そんな匂いだけで咽そうなものを口に入れれる。

 

 個人的にこの甘い匂いは好きじゃない。匂いに絆されて、余計な事まで口から出そうで何となく苦手、ってぐらいだが。


「………。」


 師匠の言わんとする事は、よく分かった。概ね正しいとも思う。確かに俺の行いは落第点なのだとも。言ってる本人が騎士道精神とやらに真っ向から叛逆してる人物で無ければ、もっと素直に頷けたのに。この人は助けを求める手に見返りが見い出せ無ければ、高確率を無視するような人なので余計に。


 それにそもそも。俺がこの学園に来たのは、騎士団に入るためでは無くてー、


 と、そこまで考えて頭を振りかぶる。生徒である以上は騎士団見習い。さっき言われたばかりだというのに、我ながらアホすぎる。

 どうにもここ最近は心が乱れる事が多い。


「という訳で今の貴様は規律違反者というワケだ。」


「違反者って、そこまでいいますかっ!?」


「行いの愚かさも加味すれば、そこいらの魔物ほうがまだ賢いとすら思える。」


「ま、まもの以下…。」


 なんだか、前回のお叱りの時より言葉が厳しい。

 心にチクチクと言葉が刺さって痛い。こうなるとわかって色々と誤魔化していたのに!主に報告書の偽造と口封じとかで。


「と、言うわけで罰として暫くは学園で足りない頭を磨いておけ。ついでに私の研究も手伝え。」


「前半は辛うじて理解できますが、後半は違うのでは?「ん?」……喜んで手伝います、師匠。」


「物分かりが良くて助かるよ。」


 わかっていない。脅迫に屈しただけだ。

 少し追求しただけで睨んで来やがった。

 師匠相手に逆らっても、余計に痛い目を見るだけなのは身を持って知っている。


「あぁそうだ。ノインにも礼を言っておけよ。貴様が五体満足なのは、あいつのおかげだからな。」


 それだけ告げると師匠は乱雑に積まれていた本の一冊を手にとって俺から視線を外したのだった。

 言いたい事は言って要は済んだ、ということなんだろう。こちらも留まる理由も無く、簡単に返事をして逃げるように研究室を後にする。


 扉を閉め、足早に廊下を通り行き、師匠の研究室が見えなくなった頃、項垂れるように肩を落として一息。重圧からの解放に全身が喜びの声を上げているのが聞こえる聞こえる。


「師匠の実験、かぁ……。気が乗らねぇ………。」


 一つ前は、攻撃魔法の実験体にされ。

 その一つ前は、洗脳魔法の実験体にされ。

 そのもう一つ前は、と、とにかく碌な思いをした試しがない。


「つか、これって、最初からそれが目的で呼び出されたんじゃ……。」


 単に師匠の研究とやらに人手が足らないだけで、都合よく無賃労働を取り付けられただけな気がしてきた。いや、言われた事は間違ってないのだが。

 

「なんか納得いかねぇ、、。」


 まだ日も高いと言うのに、とんだ厄日だ。


 ――――――――――――――――――――


「全く。以前にも増して阿保になってきているなアイツは。」


 研究室に漂う鬱陶しい少し甘い匂いを簡単に魔法で消し去ると、彼女ーアリーゼ・クランは溜息を吐いた。脳裏に浮かぶのは手のかかる弟子の一人。


 確か今年で十七の歳になるリオンという少年のこと。少し長い黒髪を整えており、目付きは鋭いが整った容姿の少年。


 一年前、入学したてのリオンが弟子入りを懇願してきた事で始まった関係だ。色々と見所があって気紛れに許可したのも記憶に新しい。


 リオンは理知的である、とアリーゼは認識している。この一年見てきて抱いた素直な感想だ。

 規範に則り行動をするし、学業もそれなりに高い成績を叩きだしてる。

 抜きん出ているとは言えないが、実力もそこそこあって学生にしては強いといえる。鍛錬に関しては手を抜かず弱音も吐かない。人間性も悪くはない。


 それに自身のことに関してはどこまでも純粋で、残酷なまでに現実的な男だ、とも。過信することなく、また卑下することもない。あくまでも等身大で自分を見ている少年。


 それ故か、アリーゼが一目置くぐらいには彼の観察眼は鋭い。まぁ彼女は、リオンが油断するところもよく見ているが。


 ともあれ。

 そんな男が偶に問題を起こして帰ってくる。


 許容範囲を越えた訓練を行ったり、今回のようにわざと死地に向かったり、と。他の有象ならどうでといいが、弟子となるといくら傍若無人のアリーゼでもそうはいかない。


 理由など分かりきっているが。


「レオ・アレクシア、ね」


 一緒にいるところはあまり見かけないが、リオンとは同郷と聞く生徒の一人。まだ学園の生徒でありながらも、第一王女の専属騎士となった赤毛の少年。

 アリーゼ自身は深い関わりはないが、授業では何度か見かけているので記憶はしている。

 

 故に、その異質さも十二分に承知している。

 あれは、理外の存在だと知っている。

 天に至上を与えられた、抜きん出たうちの一人。

 

「私の立場で言っていいことではないが、アレよりは何十倍も好感がもてるのだがな。」


 探究者であると自負しているアリーゼは未知を多いに好む。だが、そんな彼女からしてもレオという少年は理外の存在であり、同時に。

 測るだけ無駄な存在だと認識している。

 アレはそういう存在なのだと。


「全く持って面倒くさい。」


 自分で認めたとはいえ、辞めとけば良かったかと少し後悔するアリーゼ。眉根に寄った皺が何よりの証拠だろう。


 とはいえ、彼女にとってはたった二人しかいない弟子にして、人生で初の弟子。

 傍迷惑だが、面倒ぐらいは見てやるしかない。

 何より、アリーゼ個人としてもリオンの事は嫌いではないのだ。

 なにせ、英雄になりたい、なんて頭を額に擦り付けた大馬鹿。それも虚言では無いのだから、余計に。


「今度、人体実験でも手伝わすか。確か、回復魔法の時限発生がまだ手付かずだったはずだしな。」

 

 そう嘯くと、どこかで文句の一つでも言っているだろう馬鹿弟子を思い浮かべ、人類最高峰と謳われる大賢者は小さく笑ったのだった。

 

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