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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
一章 英雄を目指す者
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英雄を目指した男 ー2ー

 ギィン甲高い音を立てながら互いの剣が弾かれる。

 隙を与えぬようにすぐさま斬り返すが、添わされた剣に上手く威力を流されてしまう。お返しとばかりに迫る刃を身を捻って何とか回避して、小さく息を吐く。


 ……上手い、し、やりづれぇ。 

 気の抜けない一進一退の攻防を続け、浮かんだ感想に知らず顔が歪む。受けきれず、流しきれなかった傷が互いに刻まれており、見た目だけは均衡が保たれてはいるが…………ずっと、攻めさせられている。

 グリードのような速さや、ノインのような必殺、師匠のような理不尽は確かに無い。だが、流れを創るのが上手い。圧倒的な強さでは無く、同じ尺度で測れてしまうが故に強く感じる嫌な感覚。

 

 狂気的なまでに繰り返してきた修練の賜物。思考と同時に繰り出される反射的な動きが、俺にとって一番嫌な瞬間にこちらの動きを止めにくる。


 修練で何度も打ち合ってきたが、やはり底は見せてくれてなかった。記憶にあるカイルとは動きが別人のように違う。剣の厄介さと扱う技量が段違いだ。


 …………このままじゃ、面倒だな。先に綻びが出るのは確実に俺の方だ。――――なら。


「全く。学びが無いのは良く無いよっ!」


「お互い様だろっ!」


「ははっ、冗談はやめて欲しいね。」


「っ!……まっだッ!」


 強く踏み込みながら一閃。は、変わらず受け止められてしまうが、続け様に斬撃を二、三、と重ねていく。


「らァ!」


「苛烈、だねっ!隙だらけだよ!!」


「っ。言っ、てろっ!!」


「くっ。」


 連撃を重ねていく。二、で駄目なら、三で。三で駄目なら、四で。捌かれるよりも多くの剣を放ち続ける。代わりに返しに受ける傷も増えていくが、これでいい。というより、これしかない。

 カイルが受けを徹底してくるのなら、こちらは休む暇なく攻め続けるしかない。隙が見えないなら綻びを創り出す。強引に支配権を奪い取るっ!


「――ッ速いねッ!」


「どう、もっ!」


「っ、ちっ!面倒、だねっ!」


 模倣するはグリード卿の加速する剣戟。一撃を繰り出す事に、剣戟の速さを増していく彼の剣技。

 あの二刀と比べれば手慰めも良いところだが、カイルの様子を見るに脅威にはなっている。


 いつもの余裕面が剥がれて、苦悶の表情を浮かべているのだから充分。それでも的確に弾かれてしまうのは、カイルの技量を賞賛するしかない。

 

 ……勿体無い。その技量を手にする為には、想像出来ないほどの時間と労力を費やしてきたろうに。その全てを自らの手で裏切ったのだ。勿体無いと思ってしまう。


「シィッ……!」


「くっ!甘い……よっ!」


「そっちこそっ、なっ!!」


「っう!!」


 剣戟は苛烈さを増しお互いの身体に紅を刻みながら加速していく。均衡は崩れ、揺れる天稟がどちらに傾くかの勝負。……この流れを制されれば、後が無いとお互いが肌で感じているが故に、苛烈さは更に激しくなっていく。


 そうだ。後は無い。この場でカイルと対峙するのは、俺一人だけ。抜かれる訳にはいかない。ノインにも無理を言った手前、情け無い結果は許されない。

 今頃、彼女は他の連中と一緒に周辺に湧き出た魔力喰らい(マナ・イーター)の相手をしているはず。面子を考えると過剰戦力とも言えるが、カイルは俺一人で相手をするべきなのだと、彼女には理解してもらった。そんなノインに尻拭いをさせていい訳がない。


 それに、俺が勝たなきゃ意味が無い。カイルの苦悩や選択は、ノインや、レオでは受け止めてやれない。

 積み上げた成果を一足飛びで抜かされる感覚と、そんな彼等に抱いてしまう感情。…………悲しい事に、俺なら理解できる。出来てしまう。

 

 だからこそ、俺の手で決着をつけてやるべきなんだッ!!!

   

筋力強化(レイズ)ッ!」


「――っ、ぐっぁ!!」


 剣戟の間。創り出した一瞬の隙を活かし切る。強化による威力の変化を殺しきれず、カイルが体勢を崩して転がっていく。

 俺の魔法は瞬間強化に特化しているため、持続力は無いが火力は底上げされる。力の流れを操り、勢いを殺そうとするカイルにとっては嬉しく無い魔法だろう。

 慣れられてしまえば次は無いからこそ、今の一瞬が絶好の機会だった。


「…………はは、は。」


「…………。」


 舞う砂埃の中、立ち上がる影から乾いた笑みが聞こえてくる。カイルの笑い声は何度も聞いたが、そのどれとも違う。思わず耳を塞ぎたくなるような、悲壮感に満ちた声。

 

「君は僕と同じだ、同じなんだよ。」


「否定はしねぇよ。」


「未だ知らないだけだっ!いつか自分の限界に気がつく!決して壊せない壁に直面するっ!」


「……だろうな。」


 額から血を流しながら叫ぶ彼を否定する事はない。言ってる事は正しいと理解しているから。…………訂正するとしたら、もう既に知っているというところだろうか。

 

 自分の限界も、壊せない壁も。

 

 そんなのは、とうの昔に知っているとも。俺の幼馴染は現実を否応無しに教えてくれる男なのだから。


「なら、わかるだろうっ!?」


「………………。」

 

 あぁ、わかるさ。思考を簡単に辿れるぐらいには、な。けど、一緒の所にはいない。居るつもりもない。

 

 俺はまだ見失ってなどいない。抱いた理想(もの)はこの手で溢さず握り締めている。そして、その道に人に仇なす選択肢は浮かぶ事は無い。 

 

「僕達ような踏み台は同じじゃ駄目なんだよっ!それじゃ、食い物にされて終わる!」


 必死の形相から繰り出された混ざり物の無い心からの本音は、ノインがいれば聴くことが出来なかっただろう。そんな揺るぎない確信がある。


「そんな人生に納得できるか?僕は認めない。認められる訳がない!」


「だから、人から奪った力で成り上がるって?」


「それが唯一の方法だったからだっ!半年前、君の友達のおかげで決心がついたよ!」


「笑わせるなよ。アンタが選んだだけだ!」


 決してレオのせいなんかじゃない。それだけは断言出来る。半年前にあいつが王女に見初められたのは、アンタの選択に何の関係も無い。


「そうさ、選んだ答えがこれなんだ!」


「だったら、人のせいにしてんじゃねぇよ!!」


「事実を言って何が悪いっ!!」


「見たいものだけ見てんじゃねぇ!!」


 再び交わされる剣戟は高まる感情に呼応して、より激しさが増していく。互いに譲れないから、折れれば相手を正解だと認めてしまうからこそ、握る剣にはいつもより力が込められていく。

  

 ここで終わらせてやる。自分では無理だと諦めたくせに、それでも、手にしたいと願った成れの果てを。


 もはや自分では気づけないんだ。その汚れてしまった手で掴めるものは、かつて見た理想(なにか)では無い事に。…………例え、気づいていあとしても、もう戻れる事はない。


「死体で化け物つくって、何か出来ると思うのかよ!」


「出来るさっ!!…………それに、高魔力の威張った奴らが咽び泣く姿は傑作だったよ!!」


「……もう、いい。筋力強化(レイズ)ッ!」


「ぐぅっ!!」


 距離を詰めて斬りかかる。膂力が上がった俺に対応しきれず、カイルが苦しげな声をあげる。変わらず剣を合わせては来るし、要所で威力を流してくるが捉えきれていない。

  

 もういい。もうこれ以上は見たくない。似ている存在だからこそ、余計に思ってしまう。縋りついた糸が間違っていないと思う為に、振る舞っているだけだ。


「ぐぁ……つっぅ、!」


「……敏捷強化(クイックネス)ッ!」


 体勢を崩したカイルを視界に捉えながら、剣戟を更に加速させる。対応しきる前に押し切って終わらせてやる。

 流れをもっていかれると厄介なのは、先刻の打ち合いでわかっている。時間をかけるのは無駄にしかならない。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「くっ、つっ!――――がぁっ!」

  

 絶え間無い連撃に、揺らぐ天秤がついに傾く。威力と速度に対応しきれなかったカイルが、大きく体勢を崩した。


 ――――――――絶好の好機。

  

「――――――シィッ!」


「――――――ッ!な、め、るなぁ!」


 瞬間。鞘に納めた剣を振り抜き、抜き打ちの一刀。合わせて構えを取ったのは見事だが、崩れた姿勢では完全に捉えることは出来ねぇだろっ!!!


 ――――――。交錯する一瞬。勝敗が決まる。 


「――――――流石だな。」


「くっ、そっ………………。」


 ギィンと一際高い音が鳴り響いた。身体に届いていれば決して聞こえない音だ。

 ……凄い、と言うしかない。不利な体勢だというのに、カイルはほぼ完璧にこちらの一撃を捉えてきた。そのお陰で、彼は致命傷を負わずにいる。


 ――――だが、決着はついた。


「終わりだ、カイル・ヴェルモンド。」


「…………っ!」


 地に伏せ睨みつけてくるカイルの手元に剣は無い。咄嗟に合わせたところは見事だった。

 だが、無理をして合わせた代償に、手が耐えきれず剣は弾け飛んでいったのだ。目を逸らさず周囲に注意を向けると、手の届かないところに剣が転がっていたのを捉えた。


「何故なんだ、何故分かってくれない!」


「…………分かるわけがないだろ。言ったはずだ、俺はアンタとは違う。」


 首元に剣を突き付ける。少しでも動けば首を刎ねると言外に伝えながら。

 

「変えられるんだよ、この世界を!才能なんてものに縛られず、真に平等にできるんだ!」


「笑わせるな。その方法が化け物を作ることだって?」


「そうだ。…………あれは、未完成なんだ。」


 理解し難い。あの魔力の塊が世界を平等にするだと。苦し紛れの冗談にしては出来が悪い。

  

「未完成、ね。どちらにしろ、あんなものじゃ何も変わらねぇよ。」


「変わるさ…………!進化するんだよ、魔力喰らい(マナ・イーター)は。素体は何でも良い。魔力が充分に溜まった時に、彼等は進化する。」


「……進化、だと…………?」


「そうさ。上位種族――――」


 ――――()()に。


 出鱈目な内容だ。有り得ない。知ってる事が正しければ、魔族は出生が不明で他種族全てに害をもたらす害悪な存在だ。

 

 だから、討伐された。英雄ユウリと他の全ての種族によって滅ぼされた。少なく無い犠牲を払い、長い年月をかけて。

 そんな魔族があのスライム擬きから生まれる。信じられる訳がない。


「信じなくて当然だよ。だけど、事実だ。」

 

 こちらの考えを見透かしたようにカイルがそう言ってくる。


「全ての人間を魔族に変える。そうすれば、誰もが有能で才ある存在になれるっ。悲観することも、諦観することも無くなる!」


 聞くに耐えないホラ話だ。魔族が創り出せるってだけでも充分なのに、全ての人間を作り替えるなんて。…………万が一、話が本当だというのなら、師匠が分からない筈が無い。

 

 ――――そう思っているのに。いるのに、カイルの必死の形相が、声が、完全な否定を拒んでくる。思考が矛盾して頭が混乱して、考えるほどに乱されてしまう。……いや、いい。今は切り替えろ。確かめる手段は後で幾らでもある。

 

「大した話だな。その為に多くの騎士や、生徒を、何の関係の無い人達を利用したのか。」


「…………必要な犠牲だよ。」


「アンタ達にとっては、な。」


 その答えが聞ければ充分だ。カイル・ヴェルモンドは自分の為に、多くを犠牲にしてきた悪人。

 操られていた訳でもなく、自分で選んでそうした男。それが分かれば、やる事は変わらない。

 下らない妄言が間違っていた事を最後に教えて終わりにしてやる。

 

「……さよならだ、カイル。」


 首に添えていた剣を押し込むように力を込める。カイルが抵抗するように刃を握り押し返してくるが、力は弱く邪魔にはならない。


「…………そう、か、君は、分かってくれないのか……!」


「もう、諦めろカイル!」


「諦める!?馬鹿にするなっ!ソレを捨てる為に僕は選んだんだっ!」


 両手から夥しい量の血が流れている。なのに、痛みなど感じてないかのようにカイルが叫びを上げた。

 火事場の馬鹿力とでもいうのか。抵抗する圧が増していく。引き金を引いたのは間違い無く俺の言葉だ。

  

「――――魔力喰らい(マナ・イーター)ッ!」

 

「――っ!?くそっ!」


 咄嗟に剣を引いて身を翻す。と、同時。カイルの叫びに呼応して魔力喰らい(マナ・イーター)が彼の周りを取り囲むように現れた。鬱陶しい触手を蠢かせながら、六体がカイルを取り囲んでいる。

 

 …………くそ。良く見ていれば兆候に気付けただろ……。カイルの話に気を引かれて、時間をかけ過ぎた。 

  

「………………予想より数が少ない、か。」


「ざまぁみろ。」


 失敗した俺とは違って頼りになる相棒のおかげだ。……一緒にいる阿保の力もあっただろうけど。これは後で、手痛い小言が飛んでくるのは確定だな。


「……大した問題じゃないよ、今となってはね。」


 そう言うとカイルは懐から紅い真珠達を取り出して見せた。血と混じり鈍く怪しく光るソレは魔力喰らい(マナ・イーター)の核。 


 ………………嫌な予感が、やまない。ぞわりと背を虫が這ったような感覚。…………間違い無く、さっき仕留めきるべきだったっ。


「………………どうするつもりだ。」


 魔力喰らい(マナ・イーター)が居るせいでコチラから攻勢にでても阻まれてしまう。今、打って出ても何の解決もできない。


「こうするんだよ。」


「なにを!?」


 飲み、込んだ。手にしていた核を何の躊躇いも無く飲み込みやがった。


「言ったはずだよ、充分な魔力があれば進化すると!」


「なっ!?」

 

 驚愕する俺をよそに、叫びを上げるカイル。言葉の真偽は直ぐに出始めた。

 

 皮膚が剥がれていくかのように黒く変色し、全身を染め上げていく。煌めいていた金髪は輝きを失い、白髪へと。

 

「冗談……だろ……。」 


 さっきの話が本当だとでも言うのか。荒ぶるような魔力の高まりが俺の方まで届いてくる。

 …………本当に、有り得るのかよ。魔族に進化するなんていう出鱈目な話が。否定したいが、現に目の前のカイルはその姿を変貌させてみせた。……現実が否定を許してくれない。

 

「――――――あぁ、良い気分だね、コレは。」


 吹き荒ぶような力の奔流が収まり、眼を紅く光らせたカイルがそう言った。姿からは以前のカイルとは見分けが付かない。別人だと言われたほうが、まだ納得できる。


「…………あぁ、君達も変わろうか。」


 ぐにゃりと溶けるように歪み、囲っていた魔力喰らい(マナ・イーター)が混ざりあっていく。次第、出来上がったのは黒い騎士のような何か。


 悪い夢でも見ている気分だ。カイルだけじゃ無くて、魔力喰らい(マナ・イーター)まで変貌しやがった。アレが今までとは別物だということはわかる。 


「残念、足りないみたいだ。…………うん、君達は向こうを頼むよ。」


 微笑みを浮かべるカイルを一瞥すると、黒い騎士は地面に溶けるように消えていった。向こう…………恐らく、ノイン達のほうに向かったのだろう。ノイン達には悪いが、有難い。カイルとあの騎士を一人で相手するには無理があった。 


「本当はまだ成るつもりが無かった。」


 ゆったりとそう告げるカイル。貼り付けられたような笑みが気味悪さを増長させている。


「……本当にカイルなのか。」


「そうだよ。間違いなく、カイル・ヴェルモンドだ。もう人間ではないけど、ね。」


 見ればわかる。人間はこんな禍々しい気配を纏ったりはしない。

 対峙しているだけで背筋が凍るような気配。突き刺すように感じる鋭い圧は今までのカイルの比にならない。


「……………………もう君の事は諦めよう。僕らが相容れないのは理解したからね。」


「…………分かってくれて何よりだ。」


 目を逸らしてはいけない。未知数でしかないが、油断していい相手では無い。


「もう一度()り合おう。さっきは僕の負けだ。――――――次はどうなると思う?」


「………同じ結果だろうな。」


 俺の答えに口角を上げるカイル。いい気分になっているのかは知らないが、似合わない笑顔をするようになったものだ。


「仕切り直しと行こうか、リオン君!!!」


「上等だッ!!!」


 やる事は変わらねぇ。見た目通りに変わりきった性根ごと、叩っ斬ってやる。

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