英雄を目指した男 ー2ー
ギィン甲高い音を立てながら互いの剣が弾かれる。
隙を与えぬようにすぐさま斬り返すが、添わされた剣に上手く威力を流されてしまう。お返しとばかりに迫る刃を身を捻って何とか回避して、小さく息を吐く。
……上手い、し、やりづれぇ。
気の抜けない一進一退の攻防を続け、浮かんだ感想に知らず顔が歪む。受けきれず、流しきれなかった傷が互いに刻まれており、見た目だけは均衡が保たれてはいるが…………ずっと、攻めさせられている。
グリードのような速さや、ノインのような必殺、師匠のような理不尽は確かに無い。だが、流れを創るのが上手い。圧倒的な強さでは無く、同じ尺度で測れてしまうが故に強く感じる嫌な感覚。
狂気的なまでに繰り返してきた修練の賜物。思考と同時に繰り出される反射的な動きが、俺にとって一番嫌な瞬間にこちらの動きを止めにくる。
修練で何度も打ち合ってきたが、やはり底は見せてくれてなかった。記憶にあるカイルとは動きが別人のように違う。剣の厄介さと扱う技量が段違いだ。
…………このままじゃ、面倒だな。先に綻びが出るのは確実に俺の方だ。――――なら。
「全く。学びが無いのは良く無いよっ!」
「お互い様だろっ!」
「ははっ、冗談はやめて欲しいね。」
「っ!……まっだッ!」
強く踏み込みながら一閃。は、変わらず受け止められてしまうが、続け様に斬撃を二、三、と重ねていく。
「らァ!」
「苛烈、だねっ!隙だらけだよ!!」
「っ。言っ、てろっ!!」
「くっ。」
連撃を重ねていく。二、で駄目なら、三で。三で駄目なら、四で。捌かれるよりも多くの剣を放ち続ける。代わりに返しに受ける傷も増えていくが、これでいい。というより、これしかない。
カイルが受けを徹底してくるのなら、こちらは休む暇なく攻め続けるしかない。隙が見えないなら綻びを創り出す。強引に支配権を奪い取るっ!
「――ッ速いねッ!」
「どう、もっ!」
「っ、ちっ!面倒、だねっ!」
模倣するはグリード卿の加速する剣戟。一撃を繰り出す事に、剣戟の速さを増していく彼の剣技。
あの二刀と比べれば手慰めも良いところだが、カイルの様子を見るに脅威にはなっている。
いつもの余裕面が剥がれて、苦悶の表情を浮かべているのだから充分。それでも的確に弾かれてしまうのは、カイルの技量を賞賛するしかない。
……勿体無い。その技量を手にする為には、想像出来ないほどの時間と労力を費やしてきたろうに。その全てを自らの手で裏切ったのだ。勿体無いと思ってしまう。
「シィッ……!」
「くっ!甘い……よっ!」
「そっちこそっ、なっ!!」
「っう!!」
剣戟は苛烈さを増しお互いの身体に紅を刻みながら加速していく。均衡は崩れ、揺れる天稟がどちらに傾くかの勝負。……この流れを制されれば、後が無いとお互いが肌で感じているが故に、苛烈さは更に激しくなっていく。
そうだ。後は無い。この場でカイルと対峙するのは、俺一人だけ。抜かれる訳にはいかない。ノインにも無理を言った手前、情け無い結果は許されない。
今頃、彼女は他の連中と一緒に周辺に湧き出た魔力喰らいの相手をしているはず。面子を考えると過剰戦力とも言えるが、カイルは俺一人で相手をするべきなのだと、彼女には理解してもらった。そんなノインに尻拭いをさせていい訳がない。
それに、俺が勝たなきゃ意味が無い。カイルの苦悩や選択は、ノインや、レオでは受け止めてやれない。
積み上げた成果を一足飛びで抜かされる感覚と、そんな彼等に抱いてしまう感情。…………悲しい事に、俺なら理解できる。出来てしまう。
だからこそ、俺の手で決着をつけてやるべきなんだッ!!!
「筋力強化ッ!」
「――っ、ぐっぁ!!」
剣戟の間。創り出した一瞬の隙を活かし切る。強化による威力の変化を殺しきれず、カイルが体勢を崩して転がっていく。
俺の魔法は瞬間強化に特化しているため、持続力は無いが火力は底上げされる。力の流れを操り、勢いを殺そうとするカイルにとっては嬉しく無い魔法だろう。
慣れられてしまえば次は無いからこそ、今の一瞬が絶好の機会だった。
「…………はは、は。」
「…………。」
舞う砂埃の中、立ち上がる影から乾いた笑みが聞こえてくる。カイルの笑い声は何度も聞いたが、そのどれとも違う。思わず耳を塞ぎたくなるような、悲壮感に満ちた声。
「君は僕と同じだ、同じなんだよ。」
「否定はしねぇよ。」
「未だ知らないだけだっ!いつか自分の限界に気がつく!決して壊せない壁に直面するっ!」
「……だろうな。」
額から血を流しながら叫ぶ彼を否定する事はない。言ってる事は正しいと理解しているから。…………訂正するとしたら、もう既に知っているというところだろうか。
自分の限界も、壊せない壁も。
そんなのは、とうの昔に知っているとも。俺の幼馴染は現実を否応無しに教えてくれる男なのだから。
「なら、わかるだろうっ!?」
「………………。」
あぁ、わかるさ。思考を簡単に辿れるぐらいには、な。けど、一緒の所にはいない。居るつもりもない。
俺はまだ見失ってなどいない。抱いた理想はこの手で溢さず握り締めている。そして、その道に人に仇なす選択肢は浮かぶ事は無い。
「僕達ような踏み台は同じじゃ駄目なんだよっ!それじゃ、食い物にされて終わる!」
必死の形相から繰り出された混ざり物の無い心からの本音は、ノインがいれば聴くことが出来なかっただろう。そんな揺るぎない確信がある。
「そんな人生に納得できるか?僕は認めない。認められる訳がない!」
「だから、人から奪った力で成り上がるって?」
「それが唯一の方法だったからだっ!半年前、君の友達のおかげで決心がついたよ!」
「笑わせるなよ。アンタが選んだだけだ!」
決してレオのせいなんかじゃない。それだけは断言出来る。半年前にあいつが王女に見初められたのは、アンタの選択に何の関係も無い。
「そうさ、選んだ答えがこれなんだ!」
「だったら、人のせいにしてんじゃねぇよ!!」
「事実を言って何が悪いっ!!」
「見たいものだけ見てんじゃねぇ!!」
再び交わされる剣戟は高まる感情に呼応して、より激しさが増していく。互いに譲れないから、折れれば相手を正解だと認めてしまうからこそ、握る剣にはいつもより力が込められていく。
ここで終わらせてやる。自分では無理だと諦めたくせに、それでも、手にしたいと願った成れの果てを。
もはや自分では気づけないんだ。その汚れてしまった手で掴めるものは、かつて見た理想では無い事に。…………例え、気づいていあとしても、もう戻れる事はない。
「死体で化け物つくって、何か出来ると思うのかよ!」
「出来るさっ!!…………それに、高魔力の威張った奴らが咽び泣く姿は傑作だったよ!!」
「……もう、いい。筋力強化ッ!」
「ぐぅっ!!」
距離を詰めて斬りかかる。膂力が上がった俺に対応しきれず、カイルが苦しげな声をあげる。変わらず剣を合わせては来るし、要所で威力を流してくるが捉えきれていない。
もういい。もうこれ以上は見たくない。似ている存在だからこそ、余計に思ってしまう。縋りついた糸が間違っていないと思う為に、振る舞っているだけだ。
「ぐぁ……つっぅ、!」
「……敏捷強化ッ!」
体勢を崩したカイルを視界に捉えながら、剣戟を更に加速させる。対応しきる前に押し切って終わらせてやる。
流れをもっていかれると厄介なのは、先刻の打ち合いでわかっている。時間をかけるのは無駄にしかならない。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「くっ、つっ!――――がぁっ!」
絶え間無い連撃に、揺らぐ天秤がついに傾く。威力と速度に対応しきれなかったカイルが、大きく体勢を崩した。
――――――――絶好の好機。
「――――――シィッ!」
「――――――ッ!な、め、るなぁ!」
瞬間。鞘に納めた剣を振り抜き、抜き打ちの一刀。合わせて構えを取ったのは見事だが、崩れた姿勢では完全に捉えることは出来ねぇだろっ!!!
――――――。交錯する一瞬。勝敗が決まる。
「――――――流石だな。」
「くっ、そっ………………。」
ギィンと一際高い音が鳴り響いた。身体に届いていれば決して聞こえない音だ。
……凄い、と言うしかない。不利な体勢だというのに、カイルはほぼ完璧にこちらの一撃を捉えてきた。そのお陰で、彼は致命傷を負わずにいる。
――――だが、決着はついた。
「終わりだ、カイル・ヴェルモンド。」
「…………っ!」
地に伏せ睨みつけてくるカイルの手元に剣は無い。咄嗟に合わせたところは見事だった。
だが、無理をして合わせた代償に、手が耐えきれず剣は弾け飛んでいったのだ。目を逸らさず周囲に注意を向けると、手の届かないところに剣が転がっていたのを捉えた。
「何故なんだ、何故分かってくれない!」
「…………分かるわけがないだろ。言ったはずだ、俺はアンタとは違う。」
首元に剣を突き付ける。少しでも動けば首を刎ねると言外に伝えながら。
「変えられるんだよ、この世界を!才能なんてものに縛られず、真に平等にできるんだ!」
「笑わせるな。その方法が化け物を作ることだって?」
「そうだ。…………あれは、未完成なんだ。」
理解し難い。あの魔力の塊が世界を平等にするだと。苦し紛れの冗談にしては出来が悪い。
「未完成、ね。どちらにしろ、あんなものじゃ何も変わらねぇよ。」
「変わるさ…………!進化するんだよ、魔力喰らいは。素体は何でも良い。魔力が充分に溜まった時に、彼等は進化する。」
「……進化、だと…………?」
「そうさ。上位種族――――」
――――魔族に。
出鱈目な内容だ。有り得ない。知ってる事が正しければ、魔族は出生が不明で他種族全てに害をもたらす害悪な存在だ。
だから、討伐された。英雄ユウリと他の全ての種族によって滅ぼされた。少なく無い犠牲を払い、長い年月をかけて。
そんな魔族があのスライム擬きから生まれる。信じられる訳がない。
「信じなくて当然だよ。だけど、事実だ。」
こちらの考えを見透かしたようにカイルがそう言ってくる。
「全ての人間を魔族に変える。そうすれば、誰もが有能で才ある存在になれるっ。悲観することも、諦観することも無くなる!」
聞くに耐えないホラ話だ。魔族が創り出せるってだけでも充分なのに、全ての人間を作り替えるなんて。…………万が一、話が本当だというのなら、師匠が分からない筈が無い。
――――そう思っているのに。いるのに、カイルの必死の形相が、声が、完全な否定を拒んでくる。思考が矛盾して頭が混乱して、考えるほどに乱されてしまう。……いや、いい。今は切り替えろ。確かめる手段は後で幾らでもある。
「大した話だな。その為に多くの騎士や、生徒を、何の関係の無い人達を利用したのか。」
「…………必要な犠牲だよ。」
「アンタ達にとっては、な。」
その答えが聞ければ充分だ。カイル・ヴェルモンドは自分の為に、多くを犠牲にしてきた悪人。
操られていた訳でもなく、自分で選んでそうした男。それが分かれば、やる事は変わらない。
下らない妄言が間違っていた事を最後に教えて終わりにしてやる。
「……さよならだ、カイル。」
首に添えていた剣を押し込むように力を込める。カイルが抵抗するように刃を握り押し返してくるが、力は弱く邪魔にはならない。
「…………そう、か、君は、分かってくれないのか……!」
「もう、諦めろカイル!」
「諦める!?馬鹿にするなっ!ソレを捨てる為に僕は選んだんだっ!」
両手から夥しい量の血が流れている。なのに、痛みなど感じてないかのようにカイルが叫びを上げた。
火事場の馬鹿力とでもいうのか。抵抗する圧が増していく。引き金を引いたのは間違い無く俺の言葉だ。
「――――魔力喰らいッ!」
「――っ!?くそっ!」
咄嗟に剣を引いて身を翻す。と、同時。カイルの叫びに呼応して魔力喰らいが彼の周りを取り囲むように現れた。鬱陶しい触手を蠢かせながら、六体がカイルを取り囲んでいる。
…………くそ。良く見ていれば兆候に気付けただろ……。カイルの話に気を引かれて、時間をかけ過ぎた。
「………………予想より数が少ない、か。」
「ざまぁみろ。」
失敗した俺とは違って頼りになる相棒のおかげだ。……一緒にいる阿保の力もあっただろうけど。これは後で、手痛い小言が飛んでくるのは確定だな。
「……大した問題じゃないよ、今となってはね。」
そう言うとカイルは懐から紅い真珠達を取り出して見せた。血と混じり鈍く怪しく光るソレは魔力喰らいの核。
………………嫌な予感が、やまない。ぞわりと背を虫が這ったような感覚。…………間違い無く、さっき仕留めきるべきだったっ。
「………………どうするつもりだ。」
魔力喰らいが居るせいでコチラから攻勢にでても阻まれてしまう。今、打って出ても何の解決もできない。
「こうするんだよ。」
「なにを!?」
飲み、込んだ。手にしていた核を何の躊躇いも無く飲み込みやがった。
「言ったはずだよ、充分な魔力があれば進化すると!」
「なっ!?」
驚愕する俺をよそに、叫びを上げるカイル。言葉の真偽は直ぐに出始めた。
皮膚が剥がれていくかのように黒く変色し、全身を染め上げていく。煌めいていた金髪は輝きを失い、白髪へと。
「冗談……だろ……。」
さっきの話が本当だとでも言うのか。荒ぶるような魔力の高まりが俺の方まで届いてくる。
…………本当に、有り得るのかよ。魔族に進化するなんていう出鱈目な話が。否定したいが、現に目の前のカイルはその姿を変貌させてみせた。……現実が否定を許してくれない。
「――――――あぁ、良い気分だね、コレは。」
吹き荒ぶような力の奔流が収まり、眼を紅く光らせたカイルがそう言った。姿からは以前のカイルとは見分けが付かない。別人だと言われたほうが、まだ納得できる。
「…………あぁ、君達も変わろうか。」
ぐにゃりと溶けるように歪み、囲っていた魔力喰らいが混ざりあっていく。次第、出来上がったのは黒い騎士のような何か。
悪い夢でも見ている気分だ。カイルだけじゃ無くて、魔力喰らいまで変貌しやがった。アレが今までとは別物だということはわかる。
「残念、足りないみたいだ。…………うん、君達は向こうを頼むよ。」
微笑みを浮かべるカイルを一瞥すると、黒い騎士は地面に溶けるように消えていった。向こう…………恐らく、ノイン達のほうに向かったのだろう。ノイン達には悪いが、有難い。カイルとあの騎士を一人で相手するには無理があった。
「本当はまだ成るつもりが無かった。」
ゆったりとそう告げるカイル。貼り付けられたような笑みが気味悪さを増長させている。
「……本当にカイルなのか。」
「そうだよ。間違いなく、カイル・ヴェルモンドだ。もう人間ではないけど、ね。」
見ればわかる。人間はこんな禍々しい気配を纏ったりはしない。
対峙しているだけで背筋が凍るような気配。突き刺すように感じる鋭い圧は今までのカイルの比にならない。
「……………………もう君の事は諦めよう。僕らが相容れないのは理解したからね。」
「…………分かってくれて何よりだ。」
目を逸らしてはいけない。未知数でしかないが、油断していい相手では無い。
「もう一度戦り合おう。さっきは僕の負けだ。――――――次はどうなると思う?」
「………同じ結果だろうな。」
俺の答えに口角を上げるカイル。いい気分になっているのかは知らないが、似合わない笑顔をするようになったものだ。
「仕切り直しと行こうか、リオン君!!!」
「上等だッ!!!」
やる事は変わらねぇ。見た目通りに変わりきった性根ごと、叩っ斬ってやる。