嵐の前、一時の安らぎ ー4ー
昼下がりの王都。夜とは違って賑わいが目立つ中心地。道の両端には武具に魔導書、雑貨に服と、様々な店が立ち並ぶ。行き交う人々も思い思いの店に寄っては、荷物を増やして店を出ていく。
余り物に拘りがないので、こうして王都に買い物に出掛けたのは少ないが、いざ出向いてみると目を惹かれる店が多い。
依頼をこなして得たお金は学費に啄まれてはいるが、それでも懐の余裕はある。食事ぐらいでしか、散財をしてこなかったが、もう少し王都を楽しんでもいいのかも知れないな。
「あっ!あそこの店。小さいけど、品揃えが良いんだよ。僕の武具は昔からあの店で買ってるんだ。」
「良い事聞きました。行ってみましょうか。……俺も昔から王都にはいるんですけど、店巡りはした事無くて教えて貰えるのは助かります。」
「そんな大した事じゃないんだけどね。でも、任せて。ここら辺は昔から良く来ていたから。」
「頼りにしてます。」
現地人らしからぬ挙動できょろきょろと辺りを見回していたら、隣を歩くカイル先輩から有難い話が飛んできた。
話しながら歩いているせいか、眩しい金髪が言葉の弾みと一緒に揺れていて、通りで騒ぐ子ども達と同じ無邪気さを全身から溢れさせている。
こんな風にされると、こちらも自然と楽しくなるというもの。本当にこの街が好きなんだな。
「けど、確かにリオン君はあんまり興味無さそうだね。そんなことより、一秒でも長く剣を振るんだっ、って感じがするよ。」
「あぁ、いや、それも間違ってないんですけど。どっちかっていうと、親友、レオのお目付け役をしてたから、って方が大きいです。」
思い出すのは幼少期。
外れにある孤児院から抜け出しては、王都のあっちこっちを駆け回っていた。
厄介事を拾ってくる親友と、無し崩し的に手伝いをしていく俺。泥だらけ、傷だらけ、時間通りに帰ってこない、なんてのは日常茶飯事で、マザーには毎回二人で叱られていた。
懐かしい日々で、輝かしい時間。あの過ごした日々と、親友との約束、どちらかが欠けていれば、今の俺はここに居なかった。
……そういや、学園に入ってからは孤児院には顔を出していないが、マザー達は元気だろうか。何となく気まずくて避けていたが、時間を見つけて今度寄ってみようかな。…………きっと、また、叱られるだろうけどさ。
「へぇ。そういえば、二人は幼馴染なんだってね。知らなかったから、びっくりしたよ。」
「幼馴染、って言っても、同じ孤児院で育った、ってだけなんですけどね。年齢が近くて、一緒にいたんですよ。」
「それは……普通に幼馴染でいいと思うよ……?」
「……まぁ、そうですね。」
どちらとも無く、苦笑が溢れて何とも言えない空気が漂い出す。先輩の言う通り、普通に幼馴染で間違いない。不味ったなぁ。変な事を口走ってしまった。
繋がりを断ちたいわけでもないし、嫌な思い出という訳でも無い。なのに、意図せずしょうもない感情が顔を出してきたもんだ。それに、こんな事を言ってしまうと。
「…………リオン君は、レオ君のことが苦手、なのかい?」
「あー、いや、そういう訳じゃ無いんですけど……。」
ほら、先輩が勘違いしてしまった。誰だって、関係を否定しようとすれば、こんな反応になる。本当に、余計な事を言ったなぁ……。
何より厄介なのは、俺自身、その答えを持ち合わせていないこと。
レオの事は嫌いでは無い。寧ろ、性格や、人間性は好ましいし、信頼しているといっていい。何ならその思考も簡単に予想出来るし、合わせるとしたら1番楽な相手だ。
だが、同時に濁った感情があるのは否定出来ない。俺の一方的な感情でしか無いけど。レオと仲良く肩を並べる事が出来るか、と言われると頷き難い。
ほんっと、どう答えるのが正解なのか。自分の事ながら、難しい問題だよ。
「…………答えづらい質問だったみたいだね、申し訳ない。」
「こっちこそ、すいません。自分でも良く分かってなくて。」
悩みと共に難しい顔をしていく俺にカイルが気を使ってくれる。先輩には一切非が無いのに、余計な心労をかけてしまって申し訳ない。
ただ、これ以上は返しようがないので、勘弁して欲しい。まぁ、喧嘩してる訳でも無し。いつかは昔と同じく駆ける事もあるはずだ。
「……何となく気持ちはわかるよ」
「…………。」
溢れた声は、悲しい音色で、同意も否定も出来ず、返すのを躊躇ってしまう。強ち勘違いです、と強く否定出来ないのも理由だけど。
せっかく騒がしい王都なのに、俺のせいで似合わない空気が漂い始めて嫌になる。 この話はここで切り上げるのがお互いの為だ。
「……そんなことより、他に良い店知らないですか?飯屋でも、服屋でも。」
「……ん。もちろん、とびっきりの店を知ってるよ。それこそ、装飾品なんてどうかな?贈り物にはピッタリのところがあるんだ。」
どうやらお互いに意見が合致してくれたらしい。差していた陰を消し去り、先輩は朗らかに笑う。察してくれて良かった。折角なら楽しい話題の方がいい。
「贈り者、ね…。そういう相手は居ないんですけど…………。」
「おや、アリーゼさんや、ノインさんは違うのかい?」
「…………先輩、その手の冗談は実害が出ますよ。お互いに。」
にやっ、と嫌らしい笑みを浮かべた先輩に、そう教えてやると、慌てて口を閉じて淀みない動きで辺りを見回し始めた。……言っといて何だけど、流石にこの会話が聞かれている事は無いと思いますよ……。
危険なのはこの手の浮ついた話は何処からか広まる事が多いって話だ。噂話は回る時は一瞬で、広まれば最後、師匠はさんざん弄ってくるだろうし、ノインからはこれ以上無い冷めた態度を取られるだろう。
そうなったら当然、出所なカイルにも責任を払ってもらう事になる。平和な暮らしをするには、藪蛇を突かないのが大事なのだ。
「と、とにかく、次のお店に行こうか。」
「それがいいですね。」
焦ったように足を早めたカイルの後を追いかける。まだ日は高くて、時間もある。沢山案内してもらうとしようじゃないか。
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「と、こんなものかな。どうだい?」
「助かりました。今度、時間がある時にゆっくり寄ってみます。」
時間は過ぎて、夕暮れ時。賑わっていた王都も少しずつ静かになってきている。切り上げるにはちょうど良い頃合いで、俺達も帰路へとついている。
一日といえど、色んな良い店を教えてもらえたので大満足。確かに案内役を買って出るほどには、豊富な知識だ。……結局、装飾品の店まで教えてきたのは、まぁ、彼なりの善意だと思って何も言わないでおこう。
「うん、そうしてもらえると嬉しいよ。どこも昔からの馴染みのお店だからね。」
「品質は保証します、って事ですよね?」
「あはは、これでも良いとこの出だからね。安心してくれていいよ。」
冗談のつもりだったが、意外にも真摯に返されてしまった。先輩の話し方や、剣技から、身分は察してはいたし驚きはしないが、彼にとっては本当に誇っている所を紹介してくれたのだろう。
自信あり、恥など無し、と胸を張って主張する先輩。……うん、ちょっとだけ意地悪してやろう。
「なら安心です。また、感想でも教えますね。」
「うん、楽しみにしておくよ。」
「ノインも連れていって、駄目そうだったら文句言いに行きますから。」
「………………ノインさんは辛口そうだなぁ。」
「大正解、です。」
「ははぁ…………。その場合も責任は僕?」
「勿論。ちゃんと名前出しますから。」
「う、うーん。ちょっと張り切り過ぎたかなぁ……。」
段々と肩を下げていく先輩。全くもってさっきまでの自信ある姿は何処にいったのやら。ちなみにノインは目の惹く者が無ければ、一言も発する事が有りません。紹介された店に連れて行ってそうなったら、直ぐに教えますね。
なんて、くだらない会話をしながら歩けば、気づけば寮の近く。カイルは寮じゃないので、ここでお別れ。楽しい時間だった。本当に心の底からそう思えるぐらいには穏やかな時間だった。
機会があれば是非ともまた一緒に行きたい。まだまだ店を知っている事だろうし。ノインの反応を伝えるのも、うん、楽しみだ。あぁ、本当に。
「…………それじゃ先輩、今日は有難う御座いました。また、学園で。」
「うん。……また、ね。」
もう時期、陽が沈む。カイルと次に会うのは、明日、修練場で。剣を教えてもらって、それで、いつも通り今日のような穏やかな日がやってくる。
………………あぁ、それが一番良い。
「…………リオン君、最後に一つだけ良いかな?」
「はい?」
背を向けて歩き出した俺に、カイルから声がかけられた。振り返ってみたが、少し離れた影響で、彼の表情が見えづらい。それでも、真っ直ぐにこちらを見ていることはわかる。
「君は、夢が自分の手で掴めないと知った時、どうする?」
投げられた疑問は、そんな脈絡もないも無いもので。人によっては困るようなものだった。
良かったのは、俺には違ったということ。
「……その時は、俺はいないんで、何とも。」
「………………そっか。……ごめんよ、変な事を聞いて。」
「気にしないでください。……ちなみに何でそんな事を?」
「いや、何となく、だよ。僕も来年からは騎士の一人だし、少しだけ不安に駆られたかな……。」
「…………先輩なら心配しなくても大丈夫だと思いますよ。」
混じりっけ無しの本心。実力も人柄も伴っている先輩は、騎士団でも一角の人物になれるだろう。
「リオン君にそう言ってもらえると、不思議と自信が出るね!」
「何ですかそれ…………。」
「本当、本当。それだけ僕は君を尊敬しているからね。」
「余計に意味不明になりましたよ……。」
全く意味がわからん……。先輩に尊敬される所なんて、無いと思うんだけど……。初対面の頃から、信頼が厚いんだよなぁ……。
「まぁ、損にはならないし、受け取っておいてよ。」
「…………腑には落ちませんけど……。」
「うん、僕がリオン君なら同じく気持ちかな?」
分かっているのなら辞めてほしいんですが。
「…………じゃ、帰ろうか。……変なこと言ってごめんね。」
「大丈夫ですよ。これぐらいならいつでも。」
「…………嬉しいね。また、不安になれば声をかけさせてもらうよ。……それじゃあ。」
「うす。」
今度こそ本当に終わり。振り向いた背からは離れていく足音だけが聞こえてくる。
離れていくカイルの足音。それが、どうしようも無い物だと分かっていながら,どこか好きにはなれなかった。