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遥かに遠き、英雄譚  作者: 鈴汐 タキ
一章 英雄を目指す者
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嵐の前、一時の安らぎ ー3ー

 馴染みの大木の下。風に誘われて深い緑が舞い落ちていく。二枚、三枚、と空中を泳ぐ緑を捉えながら、 瞑目し、深く息を吐く。

 静まり返る心と思考を動かし、慣れた動作で剣へと手を運び、重心を前へ。不規則に揺れる対象の行き先を予測し。

 

 半歩、踏込み。――抜刀。


 大木から舞い落ちた木の葉を真っ二つに切り裂いたのを捉えながら、素早く剣を鞘へと納める。動作に違和感は……感じない。……よし、次だ。


 納めた剣を抜き、体を半身(はんみ)へと傾ける。右肩を前へと突き出すような形。重心の位置は、前傾をとった先の動きとは真逆、頭の頂点から身体に一本の芯を通すように。


 ひらひらと木の葉が宙を舞っていく。揺れながら大地を目指す木の葉に今度は近づく事はしない。ただ待つのみ。ピタリと身体を静止させ、背景の一部に溶け込むかのように自然体。


 刃と葉が触れる、その一瞬。――――今。


 ハラリと二つに別れた葉が地に落ちる。脈に従って綺麗に割かれた葉が落ちていく。慣れない動きと、剣の振るい方のせいか、こちらはまだ違和感を感じる。少し動きが硬かったか、次の動作に繋げけうに無い。


 目の使い方、思考の在り方、身体の動かし方。同じ剣振りでも、型が違えば作り直す部分も多い。モノにするには、もう少しかかりそうだ。 


「……けど、身体は大丈夫そうだな。」


「みたいね。アリーゼの魔法もちゃんと消えてるわ。」


 木陰から俺の動きを見ていたノインからだ。重傷を負った俺が無理をしないか、またお目付け役をしに来た彼女。ついでに、件の無許可魔法が残っていないかの検査も。本当に便利な眼をしていること。

 

 額から汗を流すこちらとは違って、涼しげな彼女は瞼をそっと閉じると、影からを出て近づいてきた。


「……今のは、カイルとかいう人の剣技かしら?」

 

「その通り。最近落ち着いてるからな。教えてもらってる。」


「そう。……早めに習得できるといいわね。」


「……動きを繰り返す、これ以上に近道はねぇよ。」


 冷めた会話の応酬の中、涼しげな風が通り過ぎていく。火照った体を冷ましてくれて、気持ちがいい。


 ノインは何も言ってこない。だから、俺も何も言わない。聞きたい答えじゃ無いとわかっていながら、汲み取るつもりは無い。


 あの夜以降、不思議なくらいに平穏が続いている。もちろん、グリード卿や、ノインの尽力があってのものだが、それでも、全部終わったかのように思えるぐらいには穏やかな日々が続いている。


 グリード卿の力と、ノインの眼によって、隠れる暇なく、吊し上げられた奴らには、多少の同情を覚えるが、まぁ、因果応報だ。


 一時とはいえ、平和なのは良い事だ。それは間違いない。出来れば、このまま終わってほしいが、そうもいかないのが現実だ。


「捕まえた奴らはどうだった?」


「収穫無しよ。全部、操り人形。趣味の悪い魔法の産物だったわ。」


「まーた、固有魔法かよ……。流石に多すぎないか?」


「私に言われても知らないわよ。」


 風に煽られて髪を抑えるノインは、ふん、と小さく鼻を鳴らした。


 数日前にグリード卿から手渡されたリスト。中でもバツ印が付いていた奴等から、何か情報でも得たかと思っていたが、そんな簡単にいくわけも無く。

 洗脳魔法が使われていたのはグリード卿と、アルト・ウォルターと行動していた騎士だけ。その他の候補者は動く死体。人攫いの正体も未だ不明。

 敵側には現時点でも固有魔法の使い手が三人。新たな情報を手に入れる度に、余計な気苦労が増えていってる気がする。


「思っているより規模がでかいのかねぇ……。」


「そう、ね。確定しているのは二人だけど、それ以上はいると考えていいと思うわ。」


「はぁ…………。考えるだけでも、嫌になってきた……。」


「……気持ちはわかるわ。」

 

 固有魔法持ちは、珍しいはずなんだけどなぁ。悪人とはいえ羨ましい限りだ。こっちは願っても、触ることすら出来ないモノだってのに。 

 

 洗脳魔法に、死体を動かす魔法。暫定で、人攫いも。初見殺しの相手ばっかりに対して、こっちは剣一本、体一つ。何だってこんなにも不利なのか……。どれか一つでも分けてくれたら、代わりに何倍も有効活用してやるのに。


「全部放り投げて、グラトニアにでも行きてぇ……。」


「私だけ働き詰めなのは嫌よ。身体が治ったなら、貴方も働きなさい。」


「分かってるよ…………。」


 冗談半分で口にした言葉は、案の定ノインにとがめられる。本気では怒っていないだろうが、込められた念は本物。ノインの働きぶりを思えば、言いたくもなるだろう。

 内通者の特定、魔力喰らい(マナ・イーター)の解析、師匠の手伝い、グリード卿との対策会議、俺の監視、相手の分析。

 

 ……うん、働きすぎ。もし自分だったらと思うと、ゾッとする……。ノイン個人の能力が突出しているのはわかるが……。

 何が酷いって、魔法関連に関しては師匠も参加出来るのに、任せるばかりか、お手伝いは減らさないのだから可哀想。この件が落ち着いたら俺だけでも労ってやろう……。

 

「何よ、その目は。」


「いんにゃ、別に。俺も自分の役割を果たそうと思ってな。」


「そうして頂戴。」


「ん。」


 特に非難される事は無く、淡々とした会話が続く。ノインも俺の働きぶりは見たところだし、特に言いたい事も無いのだろう。俺も仕事量での文句は受け付けないし。そこは適材適所と諦めてもらうしかない。


 俺に貸せる力といえば、部屋に避難してきたノインに文句を言わないぐらい。ここ最近、俺の部屋に良く訪れていたのが、見舞いを兼ねた避難と分かって以降は放置するようにした。

 まぁ、休める場所ぐらいは提供してあげようという優しさだ。直にそんな日々も終わりを告げるだろうけど。


「……グリード卿と師匠は、あの話でいくって?」 


「そうね。現状が膠着状態だし、喰いついて来る可能性が高いとは言ってたわ。」


「結構雑な作戦だと思うんだけどなぁ。」


「……だとしても、機会は逃せないでしょうね。」


「機会、ね。乗ってくるといいけどな。」


「どちらにせよ、アリーゼが動くならどうにかするでしょ。」


 攻勢に出る。グリード卿が告げたあの言葉通り、次に仕掛けていったのはこちら側。相手の戦力を削り、今の所、表面上優位には立っている。不明瞭な所は依然多いがそれは事実だ。残すは大詰め。

 ただ、聞いた話が割と杜撰なのだ。それに、敵の本丸も不明瞭な点が多い。上手くいくのか、と不安は当然ある。

 

 ただノインの言う通り、師匠が動くというのが、その不安を消して余りある信頼にはなっている。やろうと思えば、殆ど何だって出来るのが、師匠にして大賢者、アリーゼ・クランという存在。

 この騒ぎには飽きてきた頃だろうし、それなりの勝算はあるのだと勝手に思っている。


「何かあっても師匠のせいにすれば良いか。」


「そうね。そうした方が楽だわ、色々と。」


「師匠が何処までやる気があるか次第、ってところかな……。」


「…………魔力喰らい(マナ・イーター)には興味があるみたいだし、それなりに本気だとは思うわよ。」


「だと良いけど。」


 信頼は出来るが、信用は出来ない。俺達の気持ちを言葉にすればこんなところか。好奇心を優先しすぎな師匠には妥当な評価だ。 

 この件にしたってノインに任せすぎなのだ。何かしら琴線に触れたのだろうが、魔力喰らい(マナ・イーター)の解析にお熱過ぎる。

 人の事を言えた義理では無いが、もう少し働くべきだろう師匠は。


 と、面と向かっては言えないので、こうして希望的な意見で祈るばかりなのが情け無いが仕方無し。やる時はやる人なので、信じても裏切られるような事は無い。はず。

 上手く事態が動けば、俺の出番もやってくる。その時は覚悟を決めて、きっちりと成せばいいだけだ。 


「…………そういや、ありがとな。俺の無理を聞いてくれて。」


 これからの展望を考えていて、ふと思い出して口にした。ノインにはある事をお願いして、他の皆を説得するのを手伝ってもらったからだ。

 無茶な事を言ったな、と思っていたのだが、彼女は何も言わず肯定してくれた。

 俺の思惑や心情。その辺りを機敏に察しての行動。色々と足らぬ俺を手伝ってくれるのはいつもの事だが、今回ばかりは改めて言葉にしておくべきだ。


「別にいいわよ。ただ、言ったからにはケジメはつけなさいよ。私達は手伝え無いでしょうから。」

 

「……理解してるよ。こっちも失敗するつもりは無いよ。」


 言い放つような言葉に(おど)けながら返す。腰にある剣を叩けば、意味がわかったのかノインは、何も言わずに後ろを向いた。


「そう。……かけた時間が無駄にならない様、祈っておくわ。」


「ならねぇから、安心して任せとけ。」


 返事は返ってくる事はなく、お馴染みの大木に俺を残して、彼女は歩いて行ってしまった。

 その後ろ姿を見送った俺はというと、もう剣を振る気分でも無く、ただ赤みが差した空を見上げて佇むばかり。


「……遠いな、ほんと……。」


 夕焼けに染まる空が、少しだけ元気な親友の思い出させてきて、やるせなさが湧いてくる。吐き出した言葉は誰に届くでも無く消えていくだけ。

 理性では甘ったるい考えを捨てるべきと分かっている。これは現実で御伽話のような全員が幸せになれる結末は選べないと。

 だから、俺はノインに頭を下げてまで頼み込んだのに。当に覚悟は決めたはずだったが、思っていたより踏ん切りが付いていない事に気付かされる。


 英雄なら。

 ――――――レオ、なら。


 俺じゃなくてアイツなら、もっと良い結末を選べたんじゃないか。


 なんて。下らない想いが頭をよぎる。それは無理だと誰よりも俺が知っているのに。


 俺の内情など関係無しに、雲は流れていき、そうかからない内に日は沈む。どれだけ悩もうと時間が待ってくれる事は無い。


 時期に、決着は訪れる。なら、俺も覚悟を決めるしか無い。

 凪いだ風が、冷ましてくれる火照りはもう何処にも残っていなかった。

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