昇る暗雲、暗闇の王都にて ー4ー
間一髪だった、な。後少しでも遅れていれば、後ろでノインの治療を受けている騎士は確実に死んでいた。……偶然の産物でしかないが、我ながら良く間に合ったよ、ほんと。
あの後、待てども待てども一向に俺達の前に姿を現さない魔力喰らい。それに痺れを切らしたノインが王都全域に感知魔法を使ったお陰だ。
ブチギレながら荒技を使い出した時は、呆れを通り越して苦笑いを浮かべたものだったが、結果としては良かった。
魔力喰らい。
話し通りの異形の化け物、だな。知ってる魔物で近いのは…………粘液系等の魔物だが、球体に近い奴等と違って、人形だし別物、なんだろうな。
…………不確定要素だらけ。本来ならヒットアンドアウェイで手探りの戦闘。だが、幸いなことに先の騎士が命懸けで繋いでくれた情報がある。
「ノイン!」
「わかってるわよ!」
ノインによって再び剣に付与魔法がかけられる。各種強化魔法を掛けてもらっておいて良かったよ、本当に。
物理攻撃が効かない相手は天敵だが、対処法がわかっていればどうにか出来るはずだ。
ノインは動けない。
騎士の治療、加えて、魔力喰らいの解析。見る時間がどれぐらいにかは……、ノイン次第だな。
その時間を俺が繋ぐ。予定通りの動きだ。治療に支援に解析とノインに負担をかけるが、そこは諦めてもらうしかない。
その分、俺は俺でしっかりと役目を果たさねぇと。
「フゥゥゥ……。」
深く息を吐き、目の前の異形を見据える。
勝手が違うな。やっぱ。表情は読み取れないし、感情、思考があるかも不明。判断材料になりそうなものは、無し、と。
……どう攻めようか。
先程、首を刎ねたが意味は無く、人型はガワだけらしい。見れば、飛んだ首は既に元通り生えてきていた。さっき動きが止まったのは、別の理由……。付与魔法由来って感じか。
身体構造は不明だが、生きているのなら源があるはず。問題は、それが何処にあるか……。うん、見てもわからん。…………考えても、仕方がないな。
「…………とにかく、斬るッ!」
狙いは先と同じく首元。もう一度動きが止まれば万々歳って、事でっ!
距離を詰めながら、腰を前におり前傾姿勢へ。低く屈んだ姿勢から、剣を逆袈裟に一閃。
抜刀と同時に切り抜く、居合の一太刀。俺が持てる中での最速の一手ッ!
「…………っ、!」
「コォロロ」
「……ちっ。便利な手だ事。」
だったのだが、通じず。剣は首元に届く事無く。魔力喰らいの腕が傘の様に広がり、剣を受け止められてしまう。
人型に固定されてるわけではないのか。本当にガワだけの見た目な訳ね。
「コォロロロロ……」
「、!っ、面倒だなっ……!」
傘が枝分かれしたと思えば、俺を目掛けて飛来する異形の触手。当たればどうなるか分からない以上、易々と喰らってはいられない……なっ!
「っ、ふっ!」
「……コォロロロ」
迫る触手に刃を合わせ斬り捨てる。……刃の通りは悪く無い。見た目よりは固い感触が手に伝わるが、軽く振っても問題無い程度。速さは有るが、見てからでも間に合わせられる。
……面倒なのは、魔力を奪う手段だけ、ってのが今の所の感想だな。
「コォロロロロ」
「……さっきから、耳障りな音だな。」
近いのは、粘着系魔物で間違いないが、奴等に音を出す機構は無い。変形する身体の性質は一緒だが……。果たして中身は何なのか。……まっ、そこら辺はノインに任せていい。
一丁前に威嚇?をしているコイツを、どうにかする事に専念だ。それに、この一瞬でも収穫はあった。
瞳を動かし、辺りを見ればその答えが散らばっている。斬り飛ばし四方に飛び散った奴の腕がそうだ。戻るのかと思っていたのだが、地面に落ちた奴の腕は溶けるように消えていく。
つまり、付与魔法でつけた傷は修復出来ない。
……さっきはよく見ていなかったが、恐らく飛ばした首も新しく生やしたものだったのだろう。有難い話だ。そうと分かれば、立ち回りも多少楽になる。
簡単な話、斬り刻み続ければいいだけなのだから。再生の限界が何処かは不明だが、永久に出来るわけじゃないはずだ。…………違っていた時は、潔く負けを認めて選手交代になるが、そのは今は考えずにいよう。
にしても、さっきの騎士。良くこんな情報を。相当優秀だぞ。剣が効かないと効いていた相手に、対抗策を生み出してみせるとは恐れ入る。
「コォロロロロ」
「…………腕が斬られて、お怒りです、ってか?」
漏れた音に合わせて再び触手が展開されていく数は先ほどの倍近く。全部合わせて、七、八、九。
当たれない、それが面倒なのは変わりない。数が増えるの確かに厄介。……だが、うん。
微塵も脅威を感じねぇ。
威力も、数も、全く足りない。俺に当てたきゃ、空を埋め尽くすぐらいの量は用意しやがれってんだ。それこそ、ノインの魔法と同じぐらいにな。
「コォロロロロ」
「……ほら、かかって来いよ。」
「……コォロロロロ」
くいくいと指を使って挑発すると、意外にも反応を見せる異形。知性があるのか、偶々か。
そんな事を考えながら、襲い来る触手達を、踊るように斬り捨てる。
避ける必要も無いなんて楽なもんだ。寄ってくる脆弱な触手に、剣を当てれば良いだけの簡単なお仕事。
繰り返される単調な攻撃を無心で斬り続ける。その度に飛び散っては消えていく異形の一部。
何度繰り返したか、そうして続けている内に、漸く異形の手が止まった。
肩透かし、だ。前情報があってのもの、なのは違い無いが、はっきり言って。
「相手にならねぇよ、魔力喰らい。」
「コォロロロロ」
斬られては治して、斬っては治されて。戦いにしては一方的な攻防を繰り返した結果。真っ先に浮かんだ感想だった。このまま続けても遅れはとらないと断言できる。
唯一、気になる事があるとすれば。魔力喰らいの姿に変化が無い事、だな。
結構な量の触手を分離させた。なのに、一向に見た目が変わってない。……多少の変化はあるかと思っていたのだが……当てが外れたのか……?
「コォロロロロ」
「……諦めてくれた、訳じゃなさそうだな。」
異形の触手が再びその形を変えていく。元の形と思ったが……違う。最初よりも、もっと人型にに近い。垂れ下がった両腕には五指も造られていた。
「させるかよ。」
「コォロロ」
瞬時に距離を詰め、二度目の居合いを放つ。今度の狙いはその変化していく腕。
何をするつもりかは知らんが、その前に叩き斬ってやる。丁度、多芸な手は忙しいみたいだしなっ!
「コォロロロ――」
「――――遅せぇ!」
居合一閃、振り抜いた刃は異形を捉え、斬り飛ばす。予想通りに今回は防がれる事は無く。奪った両腕は消え去っていく。
目に映るのは、無防備になった異形。
間違いなく好機。このまま、ガラ空きになった本体を――っ!
――、身体が動かない……っ。
振り上げた腕も。脚も、何もかもが。動かない。奇しくも前と同じく、地面から生え出た鎖が俺の身体を雁字搦めに捉えて離さないっ。
「……まじ、か。」
「コォロ、ロ、ロ」
「―――、魔法、使えんのかっ……!」
肢体縛鎖。誰でも使える拘束用の土魔法。
それが俺の身体を捉えて離さない鎖の正体。使い勝手の良い魔法だが、使用者の魔力や、技量に強度が依存する弱点のある魔法。
その為、程度の低いモノなら、壊せる、の、だがっ!……くそ。……動けねぇ…………。
力を入れて身体を揺らすが、成果は得られず。悔しいが、微動だに出来ない。
「コォロロロロロロ」
「………………嫌な音だな、それ。」
動けぬ獲物を前に、ゆったりと歩を進め始める魔力喰らい。歓喜の声にも聞こえる音が不快でしかない。
油断は、していなかった。確かに余裕はあったが、気は抜かず、寧ろ先手を打ったつもりだったのだが。……くそっ、魔法は考えて無かった………。
「"身体強化"っ!」
「コォロロロロロロ」
「……余裕、ぶっこき、やが、るっ!」
「コォロロロロ」
強化された身体で鎖を、と思ったが、結果は変わらず。身体は固定されたままで、異形もゆっくりと近づいてきている。……見誤った、俺の負けか……。
魔法には、詠唱、術式が必要になる。その過程がある以上、知性が無いと使えない。
魔物の中には、特性として魔法のような力を持つのもいるが、コイツは違う。……俺の足元には魔法陣がある。紛れもなく魔法を使った証拠。詠唱は聞こえ無かったはずなんだがなぁ…………。
黒い泥の集合体。粘着系の魔物に似た何か。魔物の一種。
そんな奇天烈な異形に、まさか知性があったとは、な。……………………。最悪な予想が、出来ちまった。
「コォロロロロロロ」
「……………………。」
異形は目の前に。頭部に開いた口、異形にある唯一の器官からは音が鳴り続けている。
近距離で見ても、理解は及ばない。こんな出来の悪い泥人形に魔法が使える知性があるって、悪い冗断だろ…………。
…………心底、悔しいが、俺は負け、だ。――けど、俺達はまだ負けじやない。
「"術式破壊"。」
頭上から凛とした声が路地裏に響きわたる。と、同時。足元に新たな魔法陣が刻まれ、硝子が砕けるような音と共に、拘束していた鎖が崩れていく。
自由になった身体を動かし後方へ。
飛ぶように跳ねて異形から距離をとると、頼れる相方がふわりと隣に降り立った。
「………………はぁ。リオン……貴方…………。」
「気持ちはわかるけど、せめて言葉にしてくれ!」
「掛ける言葉もないわよ。」
……何も言えない。完全に遅れを取った、へっぽこが俺ですね……。本当に呆れているのは顔と視線で伝わってきた。……ノイン、敵あっち。仲間の事そんなゴミを見る目で見ない!
「………………まぁ、いいわ。一応、解析は済んだもの。」
「…………任務達成!」
「もう一回、縛って放りだした方がいいのかしら?」
「スンマセン。油断しました。」
即座に謝罪。なぜなら、本気でやるから。
「………………で、本当に問題ないのか?」
目の前には飽きもせずコロコロいってる魔力喰らい。残念だったな、悠長にしてなけりゃ、俺の魔力をとれただろうに。
「……何処かの慢心騎士と一緒にしないで。」
………………問題なさそうで何よりだ。その不名誉な渾名は反省と共に刻んでおこう。悲しいけど。
「ところで、詠唱の時間稼ぎぐらいは出来るのよね……?」
「全力で努めさせていただきます。」
不安そうに言わないで欲しい。……確かに不安にもなるだろうけどさっ!……名誉挽回するしかねぇ。それに、俺も二度は遅れをとるつもりは無い。
見据える先では、異形が再び触手をこちらに向けている。準備は出来ているらしい。上等だ、第二ラウンドだ……!
「コォロロロロ」
「ノイン、任せた!」
「…………"付与魔法"。次も負けたら本当に捨て置くわよ。」
魔法と共に掛けられた言葉は本気も本気。捨てられる訳にはいかないので、気合いを入り直し剣を握る。
そして始まる再びの攻防。
ぶつかり合う触手と鉄剣。単調な攻撃が再度異形から放たれ、触手が俺を貫かんと襲いくる。膂力は増しているが、結果は先と同じく。斬った触手が辺りに飛び散っては消えていく。
――だが、さっきの繰り返しには成らなかった。
「コォロロロロロロ」
「最初っから、そうしてこいよっ!!」
触手に紛れて飛来する魔法達。火の矢、石の礫、水の弾丸。初級魔法の見本市だ。
異形の姿も枝分かれした触手とは別に、精密な人型の腕が二本と、新しい形態に変貌している。
魔力喰らいの本気。それが今の姿なのだろう。………………認識を改めてよう、魔力喰らい。確かに強い。
――だが、魔法が使えると分かっていれば、遅れは取らない!
「コォロロロロロロロロロロ」
「それに良いのか?……俺にそんなご執心でさ。」
苛烈になっていく異形の攻撃に、剣を振るって悉くを打ち払う。異形の注意はこちらに注ぎ込まれていて、後ろの天才には見向きもしていない。
――俺より何十倍も恐ろしい存在だというのに。
「”其は始まりの源流"。"是は非る事象の術"。"従えるは無の理"。」
紡がれる詠唱句。言葉に比例して、背から感じる存在感がより一層強くなっていく。
「”生でし異形を払う聖者の鐘"。」
その高まりに異形が反応し、俺の奥を狙って触手を伸ばしてくるが、一振りで切り落とす。そんな見え見えの攻撃、通すわけがないだろ。
それに、もう遅い。
「"福音をここに鳴らせ"。」
「コォロロロロッ!」
「……一勝はしたんだ、誇って逝け。」
焦って、いるのだろうか。初めて、異形が奏でる音に意思があるように感じた。気のせいかも知れないが、どうなんだろうな。……もしそうなら、その焦りは正解で、遅すぎるものだ。
「"救済の福音"!」
詠唱が完了し、感じていた圧が消え失せる。代わりに異形の足元に顕現する一つの魔法陣。幾何学模様の陣が一際眩く輝いて。
――――黒き異形に福音がもたらされる。
「コォロロロロ……コォ……ロ……コォロ……ロ……ロ…………。」
地上から天上へ。異形の身体を余す事なく包み込んだ光の柱が、その身を焼き焦がし貫く。黒い泥は溶け行き、身体が粒子となって舞い散る魔力喰らい。
断末魔のような不快な音が徐々に小さくなり。その身体を失っていく異形。王都を騒がし続けた魔物の呆気ない最期。
その光景を見ながら、俺は哀れむでも何でも無く、ただただノインの凄さに引いていた。
だって、これ多分だけど、既存の魔法じゃないい。……知る限りでは、聞いた事の無い魔法だ。加えて、魔法が効かないらしい魔力喰らいに通用しているという。
恐らく、この天才魔法師は今この瞬間に、対魔力喰らい用の魔法を開発したんだ。凄すぎて、ちょっと引いた。……師匠の事をとやかく言ってるみたいだが、ノインも充分すぎるほど化け物だ……。
引き攣った笑みを浮かべる俺を置いて、異形を焼いた光は徐々に小さくなり、消えていく。
光が晴れた後には、異形の姿もは塵一つ残ってはいなかった。だが、代わりに残っていたものがあった。
「何だこれ?」
罅割れた、紅い真珠。血のように濃い紅色をした、石ころサイズの謎の物。……近づいて良く見てみるが、見覚えは無く、こんなところにある理由も不明だ。
「……核でしょうね。丁度いい土産になるわ。」
同じように側まで来ていたノインがそう言って核を回収する。……詳細は分からず仕舞いだが、誰へのお土産にするかは理解した。……本当にご苦労です。
さて、それよりも、だ。
落ち着いたこのタイミングで、確認したい事が何個かある。
「……で、結局、魔力喰らいが何かわかったのか?」
気怠げな雰囲気を纏いながら、核とやらを回収するノインに声をかける。まだ、事態は続いている。けど、どうしても確認しておきたい事がある。
「……ある程度はね。」
「分かった範囲で教えてくれ。」
「……まず、魔力喰らいは魔力の集合体よ。魔法や、物理攻撃の通りが悪いのはそのせいね。」
「なるほど。」
斬っても斬っても見た目に変化が無かったのもそのせいか。魔力がある限りは再生し続けれるのだろう。
「付与魔法が有効なのは、純粋な魔力をぶつけらると、身体が分解されるから。……さっきの救済の福音も似たような原理よ。」
魔力の集合体で出来た身体に、こちらの魔力をぶつけ合って相殺。……理屈は分からんでも無いな。異形の魔力が尽きぬ限りは、千日手になるが、対抗策としては充分な発見だ。……やっぱり、あの騎士は凄い。この情報に確信を持って伝えてきたという事は、効果は実証済みだったのだろうし。
というか、さっきのやっぱり新魔法だったんだな。……付与魔法に似たモノらしいが……。……術式で指向性を与えず、魔力そのものを流し込んだって感じだろうか。良く分からないけど、改めて化け物だ、と思う。
何にせよ、聞きたい事はこれであと二つだ。
「魔力を奪ったり、人を攫う方法は?」
「……まだ不確定だけど、魔力を奪う方は、恐らく魔力喰らいの身体自体にその能力があるんじゃないかしら。」
「あの黒い泥みたいなのに?」
「えぇ。……彼の中にも見つかったもの。取り除いたけど。」
視線を送るのは後ろの物陰で静かに眠る騎士。戦闘に巻き込まないよう、ノインが遠ざけてくれていたのだろう。
黒い泥に魔力を奪う効果、か。我ながら当たらないように注意したのは正解だったな。お陰で魔力は無事なんだし。……けど、そうか。あの若い騎士は既に奪われてしまったのか……。
「……何を考えているかは見ていれば分かるけど、あの騎士はまだ無事よ。魔力を奪う、といっても完全に無くなるのには時間が掛かるみたいだもの。」
「どういう事だ?」
「どうも、魔力喰らいの一部が入り込んだら直ぐに奪われる、そういう訳じゃなさそうなのよ。そうね、分かりやすく言うと――」
段階一。異形の一部が体内に入り、対象の魔力を喰らい始める。この段階で対象はまだ魔法を使えて、魔力も感じられる。
段階ニ。入り込んだ一部が時間をかけ、魔力を喰らい尽くす。こうなると、魔法が使えなくなり、自分の魔力も感知できなくなる。が、まだ、魔力は本人の中にあるので失ってはいない。
段階三。魔力喰らいに、寄生していた一部が帰属する。こうなると、魔力を完全に奪われ、戻らない物になってしまう。
と、ノインの口から続けて語られた概要はこんなものだった。短時間で良くここまでと思うが、彼女の能力と頭脳があっての事だ。羨ましい。
今の説明に則ると、若い騎士は一かニの段階って事かな。魔力喰らいに追われていたのを考えると段階ニだろうか。何にせよ、助けられて良かった。
「…………可能性が有るってだけよ。過度な期待はしないことね。私の見立ても完璧とは言えないわ。」
「……可能性があるなら大丈夫だろ。」
「…………そう、ね。」
表情で思っていた事がわかったのか、ノインが軽く諌めてくるが、返事を聞くと直ぐに顔を歪めた。言いたい事が、伝わったみたいで何より。
「嫌そうだな。」
「…………アリーゼに身体を弄られるなら、死んだほうがマシね。私にとってはね。」
「言うと思った。」
予想通りの反応に苦笑してしまう。まぁ、彼女にとってはその通りなんだろう。けど、騎士からすれば、有難い話だろうさ。とりあえず、あの騎士については師匠に任せるしかない。
「人を攫うほうはどうなんだ?」
「…………わからないわ。正直、そんな能力が有るかすら怪しいわ。」
続けて疑問を呈してみると、意外にも答えは返ってこず。仮説を告げるでもなく、口元を抑えるような反応だけが返された。珍しい。ノインが答えに詰まるとは。
ただ確かに戦っている間もそんな素振りは無かったし、何より攫う方法があるなら、騎士を追いかけてた理由もわからない。……可能性があるとすれば。
「別の手段がある、とか。」
「…………現状では何とも言えないわ。」
「そか。」
反応を見る限りではあながち間違っていない気がするな。ノインもその線で考えていそうだ。じゃなきゃ、ノインは否定している。とりあえず、この話題は後回しにするしかない。
残る疑問は後一つ。……正直これが一番肝心なところで、戦う中で俺が抱いた嫌な予感。願わくば外れて欲しいがどうだろうな。
「……ラスト。……魔力喰らいは何で造られてる。」
これだ。この疑問が一番なんだ。戦っていて余計に思ったが、あいつは魔物とは似て非なる何かだ。……それも造られた何かで、決して自然に生まれた存在じゃない。
ノインの話を聞いても、その予想は強くなるばかり。魔力の集合体、そんなものがいきなり形付いて動く訳が無い。……そもそも、魔力は術式や、句を媒介にして形を作られる見えない力なんだし。
と、なれば。
魔力喰らいには元になっている素材が有る。そう考えれば、魔法を使える事にも説明がつく。
「……わかっている事まで聞かないで頂戴。……見た目通り、よ。」
「……そうか。」
ノインの言う通り、分かってはいた。ただ、違う可能性を信じたかった。……残念、だ。
「胸糞わりぃ。」
「同感ね。」
溢した悪態に間髪入れず同意が告げられる。態度とは裏腹に優しいノインの事だ。俺と同じく気づいた時に腑が煮えくり返ったはずだ。
対、魔力喰らいの魔法。その中に、救済の福音なんて名付けているのだから。
「……とにかく、他の場所に向かわねぇとな。」
「そうね。……予想通りなら、今頃王都は酷い事になってるはずよ。」
「だろうな。誰も予想だにしてなかったはずだしな。――魔力喰らいが何体もいる、なんて。」