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エピローグ 2





 和風の庭園が美しい道場の板の間で、タケゾウとマキナは向かい会っていた。

 上座に座るタケゾウと下座で正座するマキナ。

 静寂に満たされた道場に、庭からシシオドシの音がカコンと響く。


「――約束は覚えているな?」


 目の前に正座している孫へと白髪の老人が訊ねると、マキナは真剣に首肯した。


「はい、すでに心も決めました」


 孫の覚悟にタケゾウも頷き、口の端を僅かに上げる。

 そして暗殺一族の棟梁は、後継ぎへと厳かに命令した。



「それではマキナよ、この世の安寧のため――【(やたから)の血】を手に入れて来い」





     ◆◆◆





 いつも通りボロアパートで目を覚ましたハルキチは、顔を洗って、鏡に映る自分の顔をなんとなく見つめた。

 相変わらずそこらの美少女よりもかわいい顔をしているが、それを悲しむ気持ちは薄くなってきている。


 それは周りが美男美女だらけの環境にいるせいなのか、かわいい嫁のおかげで心の傷が癒やされたのか、はたまた女装させられまくったせいで感覚が麻痺しているだけなのか。

 どれが原因なのかハルキチにはわからないが、ただ体感型オンラインスクールで過ごす毎日が充実していることだけは確かだった。


 飛空艇と倉庫の改造に、クランハウスの建築、今日もまたフラグブレイカーズの面々と遊びに行く予定があるし、おそらく悩んでいるヒマがないというのが1番の理由だろう。

 微笑を浮かべた自分の顔は充足感に溢れていた。



 身だしなみを軽く整え、ハルキチは集合場所である修繕された桃兔堂へと向かうため軍用バックパックを背負って家を出る。

 天気は快晴、絶好の冒険日和。

 深呼吸して春の爽やかな空気を吸い込んだハルキチは、意気揚々とアパートの外階段を降りて、その先で待っていた美少女の姿に硬直した。


「久しぶりね」

「うおっ!? マキナ!??」


 黒髪碧眼に女の魅力に溢れたダイナマイトボディ。

 腰に刀を差したその美少女は、つい先日に殺し合いをした幼馴染だった。


「……お、お礼参りにでもきたのか?」


 彼女からぶつけられた殺気を思い出し手刀を構えるハルキチに、マキナは嘆息して落ち着いた声を出す。


「そんな旧時代のヤンキーみたいなことしないわよ……言いたいことがあるのだけれど、少し時間をもらえないかしら?」


 殺気の欠片もないマキナの様子に、ハルキチは構えを解いてどうしたものかと後頭部をかく。


「あー……このあとクランの集まりがあるんだけど……」


 ハルキチが告げた予定に、マキナはあっさり頷いた。


「それならちょうど良かったわ。私が話をしたいのは、主にあなたのクランメンバーたちだから」

「?」


 なにが目的なのかはわからないが、特に悪い予感もしない。

 もとは敵同士だが顔合わせを仲介するくらいはいいだろうと、ハルキチはマキナを桃兔堂まで案内することにした。


「タケゾウの爺さんはどうしてる?」


 道すがら世間話を振ってみると、マキナは以前のツンケンした様子もなく、普通に答えた。


「お爺様なら政府のエージェントを引退したわ」

「……もしかして責任とらされた?」


 自分のせいかと心配するハルキチに、マキナは首を横に振る。


「もともと先日の任務が終わったら引退する予定だったのよ……成否に関わらず。その後は新入生オリエンテーションの準優勝賞金で5千万ENももらえたから、お爺様は道場を購入して学生たちに剣術を教えているわ」


 日本最強が教える剣術道場とは、なんとも豪勢である。

 ハルキチも習いに行こうかと思案していると、マキナに服の袖を引っ張られて、ハルキチはそちらへと顔を向けた。


「……なんだよ?」


 珍しくモジモジするマキナに訊ねると、彼女は頬を赤らめて謝罪してくる。


「その……先日はあなたと敵対してしまったこと、謝りたくて……斬り殺そうとしてごめんなさい」


 殊勝な態度の幼馴染に、ハルキチは謝罪を受け入れる。


「……気にしてないって」


 その言葉にマキナは表情を明るくして、続けてハルキチへと微笑んだ。


「ありがとう……そ、それと、これからは同期として、仲良くしてもらえないかしら?」


 そうしてマキナから飛んできたフレンド登録を了承し、ハルキチは笑みを返す。


「友達ってことでいいか?」


 頬を赤く染めるハルキチに、マキナは満面の笑みを浮かべた。


「ええ、()()()それで充分よ」





     ◆◆◆





 そうして訪れた桃兔堂の2階。

 事前にハルキチがマキナを連れて行くことを連絡しておいたため、あっさり彼女はリビングまで通された。


「先輩、先輩……ちょっとこちらへ!」


 マキナとあん子がソファに着席し、リコリスとラウラが人数分のお茶を用意する中、ハルキチはカンナに廊下まで引っ張られる。


「? どうかした?」


 顔を青褪めさせるカンナにハルキチが訊ねると、彼女はアイテムボックスから一冊の薄い本を取り出した。


「!? ……これはっ!」


 本のタイトルは【ムラムラ娘と空き教室】。

 ここ最近、妄想を爆発させたカンナは、ずっとこの同人誌を制作していた。


「やっちゃったんだ……」

「はい……この右手が止まらなくて……まだ発売はしていませんが、マキにゃんの用事ってこのことですかね?」


 よほど気合いが入っていたのか、薄い本のクオリティは凄まじいものだった。

 表紙のイラストだけでも、暗殺一族の末裔であるマキナが持つ色気が克明に表現されている。

 ごくり……と生唾を呑んだハルキチが中身を覗くと、カンナはそんな夫にジト目を向けた。


「……読んだからには、先輩も共犯ですからね?」

「……うっす」


 読めば罪を背負うことになるけれど、しかしこれは一読の価値がある。

 そう判断したハルキチはアイテムボックスに薄い本を収納してカンナとリビングに戻った。


「どうかしたの?」


 マキナのとなりに座ろうとしたとき、彼女から話しかけられて、ハルキチは先ほど覗き見た薄い本の内容を必死で頭から追い出した。


「い、いや……やましいことはなにも――ぐっ!?」


 余計なことを言うハルキチに、となりに座ったカンナが肘鉄を入れる。


「そ、それじゃあみんな集まったことですし! さっそくマキちゃんのお話を聞きましょうか!」


 慌てて仕切りだしたカンナにリコリスとあん子は首を傾げたが、マキナは構わず話し出した。


「本日は貴重な時間をいただきありがとうございます。まずは先日の新入生オリエンテーションでの数々の非礼をお詫びさせていただきます」


 深々と頭を下げるマキナを、リコリスとあん子は止めた。


「そんなのボクたちは気にしてないよ」

「うむ、終わったことだしな」


 あっさりした先輩たちにマキナは再び礼を言い、頭を上げる。


「ありがとうございます……そして今日は重ねて非礼を働いてしまうのですが、私は皆さんに『宣戦布告』をしに来ました」

「へえ」

「ほう」


 マキナの発言に嬉しそうに笑うリコリスとあん子。

 しかし穏やかではない発言にカンナとハルキチはビクリと震えた。


 ……もしかしてバレてる?


 急激に乾いた喉を潤すため、ハルキチはテーブルからコーヒーを持ち上げて口を付ける。

 そしてマキナは宣戦布告の内容を語った。



「――このたび私は、そこにいるハルキチの子供を産むことにしました」



 ブハッ!??

 もちろんハルキチは盛大にコーヒーを吹き出した。


「な、なに言ってんだ!??」


 大金のおかげでデキるメイドモードになっているラウラが静かにハルキチの周りを片付ける中、マキナは冷静に続ける。


「もともとお爺様――タケゾウはそのつもりだったのよ。新入生オリエンテーションで私たちが敵対したのも、ハルキチに流れる血の価値を確かめるため……私はもしもあなたが勝ち残ったら、あなたの子供を産むことを約束させられていたの」


 突然のカミングアウトにハルキチは口をパクパクさせることしかできない。


「ああ……だからマキにゃんはあんなに必死だったんですか……」


 納得したカンナの呟きにマキナは首肯する。


「そんなわけだから、私は今日からハルキチにアプローチを仕掛けていくわ。私は男を堕とす英才教育を受けてきたその道のプロだから、いちおう事前に警告してあげる」


 自信満々のマキナを、カンナは鼻で笑って胸を張る。


「それは余計な気遣いありがとうございました! ですが先輩と私はすでにラブい関係ですので、マキにゃんのアプローチなど無駄に終わるでしょう!」


 つい先日にイチャイチャしまくった嫁には確固たる自信があった。

 そんな余裕をかますカンナへと、マキナは好戦的な笑みを浮かべる。


「あなたたちが相思相愛だったとしても関係ないわ。男は同時に複数の女性と愛し合える生き物……どうかしらハルキチ? むしろあなたも略奪愛のほうが燃えるでしょう?」


 後半の部分だけ、となりに座るハルキチの耳元で囁き、マキナはハルキチの頬へとキスをした。

 もちろんハルキチは耳まで真っ赤になる。

 ハルキチを挟んで反対側に座っていたカンナは、唐突な攻勢に混乱して墓穴を掘った。


「なっ!? き、貴様をエロ同人にしてやろうかっ!??」


 しかしそんなカンナの失言もスルーして、マキナは余裕の態度で席を立つ。


「私は本気だから……最初は友達からよろしくね、ハルキチ」

「ええ……」


 赤面したまま困惑するハルキチと、マキナに射殺すような視線を向けるクランメンバーたち。

 友情以上のなにかを視線に込める彼女たちに、マキナはクスリと笑う。


「ちゃんと警告はしたわよ? 無抵抗のまま私にこの男を盗られたくなければ、()()()()()()きっちり戦いなさい?」


 踵を返して颯爽と去っていくマキナに、リビングの空気は凍り付く。

 そして玄関の扉が閉まる音がしたあと、最初にラウラが口を開いた。


『これはいわゆる……修羅場というやつでしょうか?』


 肩身を狭くするハルキチへと女性陣の視線が注がれる。


「……どうなんですか? 先輩?」


 代表して脇腹をつねりながらカンナが訊くと、ハルキチの赤くなっていた顔も青褪めた。


「……あ、あいつはプロの工作員だから……【処女神の初夜権(アルテミス・プライド)】が狙いなんじゃないかな?」


 それっぽい言い訳をしてみたが、ハルキチの直感は間違いなく彼女は自分に流れる血を狙っているのだと告げていた。


「ふ~ん……」

「ほ~う……」

「へ~え……」


 あからさまにキョドるハルキチに、仲間たちの視線が突き刺さる。


「うう……」


 そんな針の筵にいる主人を救うため、従順なメイドは救いの手を差し伸べた。


『そういえばマスター、【処女神の初夜権(アルテミス・プライド)】はもう使ってみたのですか?』


 女神のようなメイドのカットインに、ハルキチはすかさずアイテムボックスから黄金の指輪を手の平の上に取り出した。


「い、いや……肌身離さず持ってはいるんだけど……なんか怖くて……まだ鑑定すらしてないというか……」

『ヘタレですねー』


 他人事のように主人をディスるメイドに、ハルキチはジト目を向ける。


 ……お前に気を使ってるんだよ!


 そんなやり取りを主人とメイドがしている間に、カンナとリコリスとあん子の三人はハルキチの手にある神器を鑑定して、その結果に顔を青褪めさせる。


「……な、なんですかこれ!?」

「……こんな神器……反則でしょ!?」

「……鎧を着けてれば大丈夫だよな?」


 三人の反応にハルキチはさらに鑑定するのが怖くなった。


「え? え!? どんな効果だったの!? テキスト見るだけで世界が滅んだりしないよね!?」


 慌てる主人に、ひとり冷静なメイドは嘆息した。


『ダメですよ、マスター。そのアイテムをまるで世界を滅ぼす力を持った呪いの指輪みたいに扱っては……アルテミス様に失礼でしょう?』


 そう言って、ひょいっ、と主人の手から指輪を摘まみ上げ、ラウラはそれをハルキチの指へと勝手に嵌める。



「「「――あっ!??」」」



 三人の仲間たちが悲鳴を上げる中、指輪を嵌められたハルキチが見る光景は一変した。


「ちょっ!? ダメだよハルハル! それを付けたらっ――」


 バニーガールが居た場所には黒髪ロングのスレンダーなお嬢様が座っており、全身からお淑やかな雰囲気を発する彼女はアワアワと可愛く慌てている。


「バカっ! ハルキチ! さっさと外せっ!!」


 暗黒騎士が座っていた場所にはセミロングの茶髪が似合う爆乳美少女が現れ、引き締まった身体にくっついたHカップの胸を揺らして怒っている。


「こ、こっち見ちゃダメです先輩っ! そのアイテムの効果はっ――……」


 そしてハルキチのとなりには、金髪碧眼の巨乳美少女が座っていて、カンナと同じ顔をした彼女は慌てて自分の顔を覆い隠した。


 恐る恐るハルキチが自分の指に光るアイテムを鑑定すると、こんなテキストが現れる。



処女神の初夜権(アルテミス・プライド)

 分類:神器  レア度:神話(ミソロジー)  耐久値:∞/∞

 所有者にハラスメント設定の管理者権限を与える黄金の指輪。

 この指輪を装着した者は学生たちの現実の姿を見通し、彼らの恋心が向かう先を『赤い糸』として視認することができる。

 真実の愛を探すこの学園において、至高のチートアイテム。



「え……」

『よかったですね、マスター。モテモテではありませんか』


 三人の仲間たちから伸びる赤い糸が自分に繋がっていることに気付いたハルキチは、茹でダコのように赤くなる。

 その視線に気づいた三人の顔色も、トマトのように赤くなった。


 互いに見つめ合う男女の間を、窓から入った爽やかな風が吹き抜けてゆく。


 季節は青春。

 心模様はハリケーン。




 そして恋する学生たちの、充実したスクールライフが始まった。





ここまでお読みいただきありがとうございました。

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