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第8話  庶民が現実逃避を続けた場合




 リコリスから倉庫を購入した翌日。

 ハルキチはさっそく購入した倉庫の下見に来ていた。

 海側についているドアの鍵を開けて中へと入れば、ガランとした大型倉庫の内側に男心がくすぐられる。


 ここには何を置こうか?

 乗り物を置いてもいいし、武器を飾ってもいい。


 大きな棚を置くべきか、それとも木箱を重ねて雰囲気を出すかと思案しつつ、ハルキチは奥にある中型ガレージのほうを覗いた。


 ガレージへと続くドアを抜けると、そちらには車の整備に使う工具とリフトが放置されていて、電気さえ通せば今すぐ使えそうだった。

 いちおうこの倉庫は現状引き渡しで購入しているため、中にある物はハルキチの好きにしていい契約となっている。


「せっかくだから自分で弄ってみるか……」


 あとでゾンビランドから放置車両をパクッてきて、自分で直してみようと計画し、ハルキチはガレージ奥の扉から外に出た。


 ガレージの外は周囲を松林に囲まれた小さな広場になっていて、広場の向こうには田園地帯へと続く道まで敷かれている。

 車やバイクでかっ飛ばしたら気持ちよさそうな道に満足し、ハルキチはガレージの中へと戻って今度は地下室を見に行く。


 ガレージの横に付けられた扉から階段を使って地下まで降りると、そこにはただっ広いコンクリートの空間が広がっていた。

 高さ30メートル、奥行きと横幅は200メートル。

 どう考えても倉庫の大きさよりも広い空間だが、この地下室には【空間魔法】を用いた拡張処理が施されているらしい。

 なんとも秘密基地っぽくて素敵な仕様である。

 試しに地下室の真ん中に宇宙船を浮かべてみると、さらに秘密基地っぽくなってハルキチは大満足した。


 これはすごくいい。


 やはり宇宙船は海底から発進できるように倉庫を改造するべきだろう。

 地下室の下見を終えたハルキチは、最後に大型倉庫の横に小型倉庫もあったことを思い出して地上へと戻る。


 ガレージ側から大型倉庫に出て、右手にある扉をくぐれば、小型倉庫の中には本棚がズラリと並べられており、小さな図書館みたいになっていた。

 空の本棚の間を通って奥まで歩くと、奥には本棚で囲まれた執務机の置かれたスペースがあり、その机の上に置かれたボタンにハルキチは首を傾げる。


「……なんだこれ?」


 ボタンの横にはポップな文字でリコリスの物と思われるメモが残されていた。


『ボクからの入居祝いだよ! 押してみて!』


 流石に自爆装置ってことはないだろうとボタンを押してみると、執務机の奥にあった本棚が割れて、その奥から隠し本棚が現れた。

 隠し本棚にはすでに数十冊の薄い本が置かれており、そのうちの一冊を取り上げて表紙を確認すると、そこには肌色の割合が多いムラムラするイラストが描かれている。


「性癖が把握されている!?」


 あまりにもジャストミートな内容にハルキチは戦慄した。

 どうやらこの隠し棚は保健体育の教科書用らしい。

 まあ、先輩からのプレゼントなのだから捨てるのも悪いと、ハルキチはホクホクしながら隠し棚を元に戻し、スイッチを執務机の引き出しに隠した。

 せっかくだから保健体育の教科書も集めてみようかな……なんてことは決して思っていない。

 ゾンビランドにそれらが落ちていたとしても、拾いに行くつもりなどまったく無いのだ。



 そうして何かを決意したハルキチが倉庫の下見を終えて外に出ると、そこではラウラとレイシア少佐とレイシア兵長が揃ってハルキチのことを待っていた。

 ピシリと固まるハルキチに、レイシア少佐が代表して声を掛ける。


『ハルキチくん……そろそろ現実逃避はやめましょうか~?』

「な、なんのことですか?」


 キョドって視線を泳がせるハルキチに、ラウラが確信を突く。


『この数日間でマスターが行った飯テロ配信のことですよ。【フレンチジャンキーパニック】に【性癖ミンチバーガーアポカリプス】、【砂糖噴出チーズフォンデュ】に【覚醒バゲットサンド】……そして極めつけは【天上のバーベキューカタストロフ】です』

「……人の配信に変な名前つけるのやめてくれる?」


 いちおう文句は言ってみたものの、だけどハルキチにはしっかり心当たりがあった。

 特に昨日の夜に行った配信は酷かったと思う。

 2500万ENもかけたバーベキューということで、ハルキチたちはフォロワーたちへと大々的に告知を行い、食材は刺身ウオ、スウィーツウィッチ、焼肉ロボ、農耕忍者のお料理配信四天王から購入。

 さらにはリコリスが新入生オリエンテーションでお世話になった四天王をバーベキューに誘ったことで、いよいよフラグブレイカーズ企画のバーベキュー大会はSNSでトレンド1位をかっさらった。


 噂を聞きつけて増え続けるリスナー、食材が焼けるたびに100ENで売りなさいと怒られるハルキチ、今がチャンスだと盛り上がったモグラーたちによって追加され続ける食材……そしてバーベキューが終わったころには、ハルキチは50品以上の料理を配信してしまっていた。


 最終的に30万人近くまで膨れ上がっていた同時接続者数も考えると、どれだけの売り上げを叩き出したのか想像するのも恐ろしい。


『そんなわけで~、ちょっとハルキチくんはいっしょに学生協会まで着てください~』


 現実にまったく視線を合わせようとしないハルキチに痺れを切らした女教師が指を鳴らすと、新入社員として雇われた兵長がハルキチを拘束する。


『申し訳ございません、ハルキチ様! 緊急事態ですので強制連行させていただきます!』

「はい……」


 昨日の今日で最高級セクサロイドのボディを与えられたレイシア兵長の力は強く、ハルキチは逃走を諦めてドナドナされて行く。



 そして訪れた学生協会にて、ハルキチは再び預金残高を見せられた。

 これまで絶対に見ないようにしようと頑張っていたのに、現実を突きつけるとは厳しい教師たちである。

 たび重なる飯テロ配信を行った結果、ハルキチの預金残高はこんな感じになっていた。



 お預かり金:124,884,327,520EN


 ゴシゴシと目を擦って現実を直視したハルキチは、ホッと嘆息する。


「なんだ120億なら10億も減ってるじゃないか……心配して損したよ」

『1200億ですよ、マスター。あなたの資産は爆増しています』


 ……ですよね。


 ほんとは数字をしっかり読めていたハルキチは、途方もない大金を遠い目で見つめる。


 1200億ってなんだよ?

 こんな大金を数日で稼ぐとか何をしたらそんなことができるの?

 ……飯テロ配信ですよねわかります。


 冷静にセルフツッコミをして、これはもう『詰んでるな』とハルキチは思った。

 昨日のバーベキュー配信はこれから更に金を生み出すだろうし、料理は毎日するのだからハルキチの収入源も雪だるま式に増えていく。

 配信をやめようものなら人工知性の親玉に人類を滅ぼされてしまううえ、フォロワーたちからも炎上させられる。


 つまりハルキチの資産は今後も膨れ上がっていくことが確定してしまったのだ。


 借金が膨れ上がるならまだしも、まさか現金が膨れ上がることに恐怖する日がくるとは思わなかった。

 もうお金の使い道なんて思いつかないよ……と真っ白になるハルキチに、女教師は優しく声をかける。


『大丈夫ですよ~、ハルキチくん……お金の使い道なら先生と兵長がいっしょに考えてあげますから~……まずはそうですね~、飛空艇を買ってみてはどうでしょうか~?』

「……それはもう買いました」

『あ~…………』


 ここ最近、ラウラに引っ張り回されて苦労していたレイシア少佐は、ハルキチの買い物を把握できていなかった。

 頼りの担任教師まで打つ手なしと判断したハルキチは、ひとつ頷いて、カウンターにいるレイシア少尉へと話しかける。


「あの……学生協会の口座って、二つ目を作ることとかできますか?」

『可能です』


 少尉の回答にハルキチは再び頷いて、新しい口座の開設手続きをした。


『ハルキチくん? なにをして……』


 女教師は悪い予感がしたが、生徒の暴走を止めることはもうできない。

 貧乏性なハルキチは、大金を前にして脳ミソが完全にバグってしまったのだ。


 新しく作った口座に最初にもらったおこづかいと同じ10万ENを入れて、ハルキチは数字がたくさん並ぶ古いほうの口座に、料理の報酬が振り込まれるように操作した。


 ……これでよし。

 俺は新入生オリエンテーションの優勝賞金で、飛空艇と倉庫を買ったんだ。

 脳ミソがバグっているハルキチは、異常を治すため自分の頭に暗示をかける。


「俺の貯金は10万EN。俺の貯金は10万EN! 俺の貯金は10万ENっ!」

『……ハルキチ様? なにをしているのですか?』


 ボスの奇行に困惑する兵長。

 そして全ての手続きを終えたハルキチは、背後でソワソワする専属メイドへと、振り返って命令を出した。


「ラウラ。こっちの口座の管理は、ぜんぶお前に任せる」

『ハルキチくんっ!??』


 生徒の決断に青褪める女教師。

 任せる口座はもちろん1200億が入ったほうである。

 主人からの命令に、お金が大好きなメイドは片膝を突いて応えた。


『ハッ! お任せください! このラウラ、身命を賭してマスターの資産を管理させていただきます!』


 頭を抱えるレイシア少佐と兵長。

 飯テロ配信の報酬を『全て無かったことにできた』と胸を撫でおろすハルキチ。

 多額の資金を獲得して満面の笑みを浮かべるラウラ。




 そしてその日、後に【春吉財閥】と呼ばれる超巨大複合企業の卵が生まれた。




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