第4話 かわいい鬼嫁に貢ぐ場合 その2
ベスパに乗ってパリの観光を楽しんだ二人は、続けてカンナの希望でオーストラリア大陸に向かうことになった。
「昼ご飯はハンバーガーの気分なので、竜肉を仕入れてからアメリカに向かいましょう」
どうやらオーストラリア大陸では竜肉が採れるらしい。
バイクを押して広場に輝くクリスタルに触れれば、転移ポータルが軌道する。
《――転移ポータルを起動しました》
《――行き先を選択してください》
「シドニーへ!」
《――シドニーへの転移には14000ENが必要です》
《――転移料金を支払いますか? YES/NO》
ハルキチが料金を支払うと転移魔法陣が現れて、その上にバイクごと乗れば、二人はオースラリア大陸まで転移した。
「おー……なんというか、ひと狩り行きたくなる街並みだ!」
シドニーの街はドラゴンスレイヤーたちの街だった。
有名なオペラハウスがある場所には、オペラハウスの代わりに巨大な古龍の頭蓋骨が聳えている。
オーストラリア大陸の中央にはエアーズロックの上に世界樹が生えており、そこを住処とするドラゴンを狩るためにハンターたちが集まってくるのだ。
竜の素材でできた大剣やランスを持つ狩人たちの姿に、ハルキチは男心をくすぐられた。
瞳を輝かせるハルキチにカンナは苦笑して、三度目となる着替えを提案する。
「この衣装のままだと浮きますし、私たちもハンターファッションに着替えましょうか?」
「おおっ!」
この街でかっこいい防具を作るためには大量に竜の素材が必要になるらしいので、今回も衣装はカンナがサラサラと描いた。
全身に赤い竜鱗を使用したフルフェイスの装備を想像していたハルキチは、しかしカンナが描いたメイド服を前に硬直する。
「……これはカンナが着る分だよね?」
「いやですねー、これは先輩の分に決まってるじゃないですかー」
そう言って自分は【フリュフリュ】と呼ばれる竜種の素材から作られる白い軽鎧を装着するカンナ。
頭には包帯と眼帯がセットになったキャップを付けて、ブヨブヨした皮の感触を楽しむスタイル。
腰には英雄が持ってそうな片手剣と盾まで装備した。
「さあ、先輩も受付嬢になってください」
「……スケイルメイルではダメなのでしょうか?」
メイド服を持って涙するハルキチに、カンナはぶっちゃける。
「……いえ、描くのがめんどくさいんですよ。主に鱗の部分が」
納得の理屈にハルキチは、泣く泣く受付嬢的なメイド服を装着した。
カンナは『チョロいな』と思った。
着替えを終えた受付メイドと美少女ハンターはベスパに跨りカンナの指示でお肉屋さんへと向かう。
そうして訪れたのは露天市場。
布で作られた屋根の下を歩いて回り、やがてカンナは全長15メートルもありそうな黒竜を解体するロボっぽい店主へと声をかけた。
「炭さんチーッス!」
カンナに呼ばれた店主は腕から出していた単分子ブレードをカシュッと収納すると、静かに振り返って接客する。
「鬼絵師と……姉さんじゃねえか!?」
メイド服を着てプルプルするハルキチを見てギョッとした店主に、カンナは笑顔で自慢する。
「デートしてるんす! いいでしょ~!」
「……羞恥プレイの間違いじゃねえか?」
ずいぶん特殊なデートをしている二人に店主は呆れたが、すぐに職人の顔になって自己紹介をする。
「【焼肉ロボ】こと『炭火焼肉大好き』だ。気軽に炭火とでも呼んでくれ」
差し出された右手を握りながら、市場の注目を集める受付メイドも自己紹介を返した。
「お料理男子配信者のハルキチです。新入生オリエンテーションではお世話になりました」
男子と強調するハルキチだが、見た目はどう見ても紅顔の美少女。
変な扉をこじ開けられそうになった焼肉ロボは、グッと堪えてハルキチの姿に目の焦点を合わせないようにする。
「ご高名はかねがね……あんたの鳥の解体は良い勉強になったぜ」
「……ありがとうございます!」
やめろ、その姿で微笑むな!
メイド服を着たハルキチは無駄に攻撃力が高かった。
「そ、それで? 今日は何の用だ?」
性癖がグラつく店主に、カンナは笑顔で用件を告げる。
「お昼ごはんに先輩のハンバーガーを食べたいので【竜肉】のいいところが欲しいんです」
「姉さんの竜肉ハンバーガーだとっ!? それは配信されるんだろうな!?」
いきなり食いつきが良くなった店主にカンナはニヤリと笑って交渉した。
「最高のお肉を用意してくれるなら、私が責任を持って撮影しましょう!」
「逆鱗の裏の極上肉を持っていけ! 金はいらねえ!」
ガシッと手を組む鬼娘と焼肉ロボ。
お財布の用意をしていたハルキチは遠い目になった。
嫁がやりくり上手すぎて財布がまったく軽くならないことに悩む日が来るとは……。
「さあ次はアメリカに行きますよ! なぜならハンバーガーと言えばアメリカだからです!」
転移となればお金がかかるので、ハルキチは元気良く応えた。
「了解!」
そうして目的の肉を手に入れた二人はベスパに跨って、世界旅行を再開する。
シドニーの転移ポータルは肉球のハンマーみたいな形をしており、それにプニッと触れて二人はポータルを起動した。
《――転移ポータルを起動しました》
《――行き先を選択してください》
「テキサス州、ガーランド!」
カンナが発した聞きなれない地名にハルキチは首を傾げたが、行けばわかると思ってガイダンスの続きを聞く。
《――テキサス州、ガーランドへの転移には13000ENが必要です》
《――転移先は戦闘フィールドです。ご注意ください》
《――転移料金を支払いますか? YES/NO》
「……戦闘フィールドみたいだけど、大丈夫?」
念のため確認するハルキチに、カンナは頷いて解説する。
「北アメリカ大陸はゾンビランドでして、国土全体が戦闘フィールドになっているんです」
「ああ、それでガーランド」
テキサス州のガーランドは、とある名作ゾンビ映画の出発地となった場所である。
カンナに勧められてその映画を見たことのあるハルキチは映画の舞台に行くことにテンションを上げて、自分のアイテムボックスに10億くらいのお金が入っていることにドキドキしながら転移料金を支払った。
嫁に貢ぐために財布は重くしてあったのだ。
死んだら10億をロストするので、緊張感がMAXである。
そして最低限の装備を整えて肉球のエフェクトに包まれた二人が転移を完了させると、そこには荒廃したアメリカの街並みが広がっていた。
さっそく目の前にゾンビが現れて噛み付こうとしてきたので、ハルキチは冷静にコルトを引き抜いてゾンビの頭を吹き飛ばす。
カンナは自分で描いたサブマシンガンのセーフティーを解除して、ハルキチが跨るベスパの後ろに飛び乗った。
「それじゃあショッピングモールを探しましょう! 道中でバーベキューセットが転がっていたら確保していきますよ!」
ゾンビが溢れる世界ではまずショッピングモールへと向かう。
嫁と解釈が一致したハルキチはメイド服姿でニヤリと微笑む。
「他の生存者がいたらどうする?」
生徒と出会った時の対応方法を聞かれて、カンナは空に向かって、パララ、とサブマシンガンを威嚇射撃する。
「人間はみんなゾンビ予備軍です! だからゾンビになる前に頭を吹き飛ばしてしまえばいいのです!」
「うーん、世紀末っ!」
嫁の野蛮な考えに、ハルキチはベスパを爆走させて応えた。
「「ひゃっは~っ!!!」」
◆◆◆
それからアメリカによくありそうな庭付きの一軒家で、ハルキチとカンナは物資調達に勤しんだ。
ショッピングモールに行けばだいたいの物資は揃いそうだが、ゾンビランドに来たからにはそこらへんの民家を漁ってみるのが礼儀というもの。
そこらへんで拾ったダクトテープを悪用して静かに民家のガラスを割り、武装した二人が窓から家の中に侵入する。
ハルキチは廊下を歩いていた【ゾンビマザー】を包丁の投擲で仕留め、続けてリビングでパパの死体を貪っていた【ゾンビキッズ】と【ゾンビグランパ】をカンナがサブマシンガンで蜂の巣にすると、民家のリビングにカラフルなペンキが飛び散った(北アメリカ大陸では過激な表現が規制されています)。
もちろん倒れたゾンビとパパの死体の頭を撃ち抜いておくことも忘れない。
二度撃ちはゾンビランドを生き抜くためのルールなのだ。
台所を目指す強盗二人に、廊下の先からゾンビグランマが走ってくるが、ハルキチは飛びかかってきた巨漢ゾンビの頭を冷静に撃ち抜いた。
廊下にペンキの線を引きながら滑っていくゾンビに、カンナは道中でパトカーから失敬したショットガンを構えて頭を吹き飛ばす。
二度撃ちは(略)なのだ。
銃を思うがままにぶっ放して若者が抱える破壊衝動の解消と食前の運動を終えた二人は、お目当ての台所を漁ってハンバーガーに必要な食材を探した。
ゾンビランドと化している北アメリカ大陸だが、電気とガスと水道はまだ生きているらしく、冷蔵庫の中からレタスやトマトやバンズなどの食材をハルキチは発見する。
「ここで暮らせば生活費がかからないんじゃないかな?」
意外と充実した物資にハルキチが感心すると、カンナはコーラとビール(のような物)をアイテムボックスに入れながら頷いた。
「意外と北アメリカ大陸って新入生にオススメの土地なんですよね。マップが広いから他の生徒にも出会いにくいですし、アイテムも取り放題。家賃や光熱費もタダで、ゾンビの襲撃さえ気にならなければ天国ですよ」
かく言うカンナも、一時期アメリカで暮らしていたことがあるらしい。
「なによりゾンビ映画ファンにはロマンですし!」
「わかる」
ハルキチもしばらくアメリカで暮らそうかと思うくらいにはゾンビ映画が好きだった。
しかしその場合にはさらに貯蓄が進むので、レイシア先生から怒られそうだが。
台所の探索を終えた二人は最後に裏庭でバーベキューグリルを拝借し、銃声に集まってきたゾンビを射撃して遊びながらベスパでショッピングモールを目指す。
食事前に大量のゾンビを目にしたら挽き肉が食べられなくなりそうなものだが……この二人はそういうのが大丈夫なタイプだった。
しばらくバイクを走らせると大型ショッピングモールの看板を発見して、ハルキチとカンナは閑散としたハイウェイからショッピングモールの駐車場へとバイクを乗り入れた。
駐車場をうろついていた数体のゾンビを鉄パイプによる打撃で征圧し、バイクを収納してショッピングモールの内部へと侵入する。
そこからはもうやりたい放題だった。
残された商品を強奪したり、無意味に展示品をぶっ壊してみたり。
ささやかなことを楽しむのもゾンビランドを生き残るためのルールなのだ。
いや、二人は好きな映画を真似してみたかっただけだけど……。
そうして思う存分にソンビ世界を満喫したハルキチとカンナは、最後にショッピングモールの屋上で昼ご飯を食べることにした。
ハルキチはバーベキューグリルを用意する中、カンナはせっせと下で強奪したビーチパラソルや二つのビーチチェアをセットして、その横に大量の氷水が入ったクーラーボックスを設置した。
氷水の中にコーラとかスプライトとかビール(のようなもの)を突っ込めば、素敵なランチの準備は完了だ。
そこらで拾ったラジカセで洋楽なんか流しちゃったりして、浮かれたカンナは服装を星条旗柄のビキニとホットパンツのアメリカンスタイル(?)に切り替える。
仕上げにサングラスをかけてビーチチェアに寝そべったカンナは、コーラをゴキュゴキュ飲みながらハルキチの調理風景を撮影することにした。
召喚した羽付き目玉カメラを思念操作で動かして、まずは音に反応してショッピングモールの外に集まってきたゾンビの群れを撮影する。
「あー……あー……」
と太陽光に照らされながら低く唸るゾンビたちに、カンナ監督は大満足した。
うむ、素晴らしきドーン・○ブ・ザ・デッド感!
ゾンビでショッピングモールと言えばこれだよな!
続けてカメラは飛翔して、今度は竜肉を神膳包丁でトントン叩いて挽き肉にするメイド美少女(男)の姿を映し出す。
肉の切れ端を軽く焼いて味を確かめたメイドさんは、竜肉100%でハンバーグを作るつもりなのか、ボウルに入れた挽き肉に強めに下味をつけて素手でコネコネし始める。
カンナはそんなメイドの姿に、そこはかとなくフェチズムを感じた。
これぞまさしく手料理である。
ゾンビと挽き肉とメイドさんの映像で視聴者たちの食欲も加速したことだろう。
そうしてパンパン整形したハンバーグとバンズと冷凍ポテトを、ハルキチは事前に温めておいたバーベキューグリルで焼いていく。
ジュワッと肉の焼けるいい香りが周囲に漂い、テンションを上げたカンナはコーラの空き瓶を屋上の外へと放り投げた。
空き瓶が命中したゾンビのうめき声が耳に心地いい。
気分がいいから自分のビキニ姿もカメラに収めてやろう。
そうして動画の素材を集めながらハンバーグが焼けるのを待つこと15分、
「できたよー」
ついにカンナのもとへとハルキチ印のハンバーガーが届けられた。
安っぽい紙皿に乗せられたのはレタスとトマトとチーズが入れられた巨大なハンバーガー
申し訳程度に添えられた焼きポテトに、ダラダラとハンバーグから垂れる肉汁がかかっている。
あまりにもジャンクで健康に悪そうな料理を前に、カンナは氷水でキンキンに冷えたビール(のようなもの)をセットして、お行儀悪く大口を開けてかぶりついた。
「~~~っ!!?」
口の中で弾ける肉汁に、脳ミソが喜ぶ。
そしてその肉汁を手元の炭酸飲料で流し込めば、カンナの喉は自ずと開いていた。
「か~~~っ! 最っ高ですね!」
どこぞのミサトさんみたいな笑顔を見せるカンナに、ハルキチも満足して自分の分のハンバーガーにかぶりつく。
もともと高品質の素材を神膳包丁でミンチにしたせいか、バンズに挟まれた肉からはガツンと脳を揺さぶる神の味を感じた。
【悦楽三昧のハンバーガー】
分類:料理 レア度:幻想 効果:生命力強化・極大 腕力強化・極大(12時間)
保食神の祝福を宿した高天原で初めての幻想級料理。
竜肉と神気とメイドの手料理、三種の美味しい要素がギュギュッと詰まっている。
しかしこれを口にする者は覚悟しなければならない、なぜならこれを作ったメイドは男なのだから。
※アマテラスちゃんの分はパテ倍でよろしく! ところでハルキチくんはそろそろお金を使おうか?
アマテラスからもお金を使えと催促されてしまったが、いま頑張って使っているところなのでもう少し待っていただきたい。
とりあえずそんな祈りを込めてパテ倍バーガーを奉納しておく。
そしてハルキチは周りにある物すべてを無料で手に入れたことから現実逃避して、カンナのとなりのビーチチェアに腰を下ろした。
傍らにはビキニ姿の美少女。
キンキンに冷えたコーラと豪華なハンバーガー。
ショッピングモールの屋上を貸し切りにして、こうしてくつろぐ姿はまさしく富豪の遊びではないか。
だからたぶん……方向性は間違ってないよね?
心の中でそんな言い訳をしながらコーラを飲むハルキチに、動画編集を終えたカンナが爽やかな笑顔を向ける。
「先輩、ハンバーガーの動画出していいっすか?」
「……無料で販売することってできるかな?」
「またまた~、先輩の料理は最高金額の100ENに決まってるじゃないですか!」
「…………ですよね」
そして全てを諦めたハルキチは動画投稿の許可を出し、後にお肉が大好きな学生たちから【性癖ミンチバーガーアポカリプス】と呼ばれる飯テロ動画が拡散された。
もうどうにでもなれである。