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第2話  庶民が背伸びをした場合





 最新型のセクサロイドを購入した後。

 30億ENを受け取ったラウラは、意気揚々と仕事をしに向かった。


『それではマスター。わたくしはマスターの資産を管理するという大切な仕事ができましたので、これにて失礼させてもらいます!』


 そして踵を翻し、


『――よっしゃあ! マネーゲームのはじまりじゃあああああっ!』


 と、キャラを崩壊させながら去っていく美少女メイドを追いかけるため、女教師もハルキチと別行動することになった。


『いいですか~? 残りのお金は自分で使い道を考えるんですよ~? お金を使うというのも社会勉強のひとつなんですから~……あっ!? ちょっ! ラウラさんっ!? 初手で金融機関の立ち上げは反則ですって!? ま、待ちやがってくださ~いっ!!』


 ハルキチとしては残りの60億ENも人工知性に丸投げしたかったのだが、レイシア少佐の強固な反対によって、残りはハルキチが自分で使い道を考えることになった。


 二人の人工知性と別れたハルキチは顎に手を当て思案する。


「とりあえず……必要なものから買っていくか」


 せっかく商業区画に来ているのだから、まずは普通に買い物をしてみようとハルキチは新生活に必要な物を揃えることにした。


 まずは近場で目についた大型家電量販店に入り、生活家電から探していく。


 現在の貯金なら最高級の家電を揃えても余裕なので、1番いいやつを買ってやろうとハルキチは肩で風を切りながら入店して、


「あっ!? まとめ売りのセール品が安いっ!!」


 入口のすぐ近くに並べられていた『新生活応援セット』に心を惹かれた。

 テレビ、冷蔵庫、洗濯機に電子レンジとオーブントースター、さらには掃除機とドライヤーまで付いて、お値段たったの5万EN。


 現実では考えられない破格の値段に、庶民なハルキチはフラフラと引き寄せられていく。


 そんなカモに店員の制服を着た【レイシア伍長】は、意気揚々とセールストークした。


『どうですか? 今ならサービスで乾電池の詰め合わせも付けさせていただきますよ?』


 様々なサイズの乾電池が入ったプラスチックケースを見せてくる伍長。


 そうそう、意外と乾電池って使うんだよ。

 リモコンとか電動歯ブラシとか懐中電灯とか。


『さらにさらにっ! 今ここで購入していただけましたら、ご自宅への配送料も無料にさせていただきます!』


 さらにお得になった商品を前に、ハルキチは即決した。


「買います」

『ありがとうございま~っす!』


 やり手の伍長にまんまと買わされて、配送手続きまでしてから店を出たハルキチは冷や汗を流す。


 ……ちゃうねん。


 お得な買い物がしたいんじゃなくて、セレブな買い物がしたいねん。

 いや、でも、ワンルームのアパートにはちょうどいいサイズの家電だったし……今のはしょうがないよね?


 気を取り直してハルキチが次に向かったのはドラッグストア。

 ここに来て買い物カゴを手にした庶民は今度こそ本気を出すことにした。


「くっくっく……値段を見ずにぶち込んでやるぜぇ!」


 歯ブラシに各種洗剤、シャンプー、リンス、ボディーソープ。

 トイレットペーパーなんてダブルを選んでやった!

 ティッシュはもちろん保湿ティッシュだ!!


 夢のような時間を過ごしたハルキチは、少しだけドキドキしながらレジへと向かう。

 学生風の店員【レイシア見習い士官】は手早くカゴの中身をスキャンした。


『8312ENです。ポイントカードはお作りしますか?』

「あ、お願いします」


 アイテムボックスがあるから有料のレジ袋に関しては聞かれないらしい。

 そしてさっそく83ポイントも溜まったことにホクホクしながら店を出て、そこでハルキチは道路に膝をついた。


「ダメだぁああああああっ……俺には豪遊するセンスがまったくないっ!!」


 8312ENて。

 ポイントカードて。


 罪悪感を覚えるレベルで買い物した結果がこれとか、ハルキチは本当にセレブとして生きるセンスが皆無だった。


 もういっそのこと60億持って戦闘フィールドに突撃しようかな……なんて蛮行も脳裏をよぎるが……流石にそれをやったらレイシア先生からガチ説教を食らいそうだったので、ハルキチは自分で考えることを早急に諦めて、まずは信頼できる嫁に相談することにする。


【ハルキチ:今ひま?】

【カンナ:うぃ……ちょうど起きたとこっす】


 すでに昼前なのに寝起きだったらしく、眠そうな反応に申し訳なく思いながらもハルキチはフレンドチャットを続けた。


【ハルキチ:お金の使い道を相談したいんだけど、どこかで会えないかな?】

【カンナ:優勝の賞金ですか? 確かに大金ですもんね】

【ハルキチ:いや、料理の売り上げが凄いことになってて……】

【カンナ:あー……それじゃあ私はシャワーを浴びとくんで、先輩は私のホームまで来てもらえますか?】

【ハルキチ:カンナのホームってどこよ?】

【カンナ:あれ? 教えてませんでしたっけ? 私のホームはロンドンです】


「……ロンドン?」


 いきなり出てきた海外の都市名に、ハルキチは首を傾げた。


【ハルキチ:……飛行機に乗る感じ?】

【カンナ:いえ、オリエンテーションが終わった今なら新入生にもワープポータルが開放されていますので、まずは近くの神社まで行ってください】

【ハルキチ:おk】


 言われるがままハルキチが神社を探して散策すると、ものの5分で小さな神社が見つかった。

 シャッ、シャッ、と境内を竹箒で掃除している巫女服姿の【レイシア中佐】がいたので、ハルキチはさっそく訊ねてみる。


「あの、すみません……ロンドンまで行きたいんですけど?」


 どう考えても神社の巫女さんにするような質問ではないが、中佐はお淑やかに微笑んで、迷える新入生に石造りの鳥居を示した。


『ワープポータルをご利用でしたら、入口の鳥居に触れてくださいませ。そうして行きたい場所を告げれば、ツクヨミ様が道を開いてくださいます』

「ありがとうございます」


 神秘的な雰囲気にペコリとハルキチが頭を下げると、


『あなた様の旅路に、神々の祝福がありますように』


 巫女さんもしゃなりと礼を返す。

 そんな美しい所作にハルキチが見惚れていると、巫女さんは続けて頬を赤く染めて、ハルキチへと右手を差し出した。


『……ところで、あなた様は私の下着を持っているのではありませんか?』

「えっ……」


 青褪めたハルキチがアイテムボックスから【洗濯袋】を取り出すと、レイシア中佐はその中から一枚の下着を取り上げる。

 彼女が手にしたのは黒のTバックだった。


『わ、忘れてくださいませ……これは偶然……偶然だったのでございます……』


 Tバックを握りしめたままアワアワ弁明する美女のせいで、ハルキチの性癖に『巫女萌え』が追加された。


「なるほど……これがラブコメイベントか……」


 鼻血を流した学生が、巫女さんに鼻ティッシュを詰めてもらうまでがセットだ。

 ちなみに鼻ティッシュをしてもらっている最中にも、巫女服の胸元から慌てて突っ込まれた黒い布地がチラ見えしていた。


 悪くない、これは本当に悪くない。

 今なら知り合いのバニーガールがこのイベントをコンプリートした理由がわかる気がした。


『……思い出したら、メッ、ですよ?』


 最後にそんなお見送りをしてくるあたり、レイシア中佐は魔性の女である。

 しかも追加で渡されたポケットティッシュには、彼女の連絡先が書かれたメモ用紙が……。

 いちおう彼女が連絡先をくれるのは総資産が10億ENを超えている爪が短い男だけなのだが、幼気なハルキチはそんな情報を知る由もない。


「レイシア中佐……恐ろしい子っ!」


 仕事する姿は聖なる巫女さんなのに、裏ではいったいどれだけ爛れた性活をしているのだろうかと、男子高校生の脳裏でイケナイ妄想が捗った。


 しかしこれから嫁と会いに行くハルキチは、自分の顔をパンと叩いて魅了状態を解除する。

さらに鼻ティッシュもフンっと気合を入れて吹き飛ばし、メモ用紙が挟まったポケットティッシュは……丁寧にジャージのポケットへとしまっておいた。


 いや、違うよ?

 ここで捨てるのは失礼だから、あとで処分するだけだよ?

 決してハルキチは初めて女性からもらった連絡先を大切に取っておこうなんて思っていないのだ。

 捨て忘れることはあるかもしれないけれど……。


 心の中で言い訳をして、嫁と会う準備を整えたハルキチは神社の入口にある鳥居へと触る。


《――転移ポータルを起動しました》

《――行き先を選択してください》


「ロンドンで」


《――ロンドンへの転移には12,000ENが必要です》

《――転移料金を支払いますか? YES/NO》


 お金がかかるのは知らなかったが、今のハルキチにとってはどうということはない。

ガイダンスに従いハルキチが転移料金を支払うと、鳥居の中に光り輝く波紋が現れる。

 くぐればいいのだろうと解釈したハルキチが鳥居を抜けると、そこには産業革命時代を彷彿とさせるロンドンの街並みが広がっていた。


 道を行き交う馬車や自動車。

 張り巡らされた鋼鉄のパイプと歯車。

 街中には水蒸気が噴き出す場所がいくつもあり、ときどき通行人が「熱っ!?」と火傷している。


 そんなスチームパンクと融合した古めかしいロンドンの街で、ハルキチはさっそく聞き込みをすることにした。


 ロンドンのワープポータルは広場にある銅像らしく、ハルキチが現れた広場にはスコットランドヤードの制服を着た【レイシア一等兵】が巡回している。

 道を尋ねるなら警察官が最適だろうと、ハルキチは一等兵に話しかけた。


「すみません、この住所まで行きたいんですけど?」


 カンナに聞いていた住所が記されたウィンドウを見せると、レイシア一等兵は『ふむ』と頷いて、続けてハルキチをエスコートするように手を差し出した。


『ついてきたまえ』


 なんとなくハルキチがその手を取ると、レイシア一等兵はその手を引いて近くのアパルトマンへと入って行く。


「え? あの……ちょっと!?」


 唐突に建物へと連れ込まれたことにハルキチが困惑していると、レイシア一等兵は嘆息交じりに新入生を注意した。


『君にはいささか警戒心が足りないみたいだな。飯テロ姉さんの配信を知っていて、それなりに頭の回る者ならば、君が巨万の富を得ていることは容易に想像が付く』


 お説教をしながら階段を上ったレイシア一等兵は、4階建ての建物の屋上までハルキチを案内した。


『ゆめゆめ注意することだ。今や君は生徒だけでなく、人工知性たちからも注目されているのだから』


 そうして屋上に付いたレイシア一等兵はハルキチの手を離し、遠くに見える小高い丘を指さす。


『あの丘に廃教会が見えるだろう? 君が探している住所はあそこだ』


 とっても面倒見のいいレイシア一等兵に道を示されたハルキチは、道案内と忠告に感謝した。


「ありがとうございます。気を付けます」

『うむ、廃教会までは屋根の上を行くといい。君ならば問題ないだろう』




 レイシア一等兵に再び礼を言ってから別れたハルキチは、屋根伝いに廃教会を目指した。

 移動しながら親切な警官に言われたことをハルキチは胸に刻む。


 なるほど確かに彼女の言う通りだ。

 自分はお金持ちになったのだから注意しなければならないだろう。


 そこで『もしや』と気付いたハルキチが、ポケットに入れていた二枚のレシートを取り出すと、その裏面には2枚とも連絡先が記載されていた。

 家電量販店の店員さんとドラッグストアの店員さんも、ハルキチに連絡先をくれていたらしい。


 なるほど……これが金持ちの力か……。


 次からは美人なお姉さんが相手でも気を付けよう、と決意を固めたハルキチは、2枚のレシートをポケットの中へと戻す。


 ……違うよ?

 これはただコルクボードに張ってニマニマしたいだけだから。

 ほんとに連絡する気はないんだよ?


 これまで女性から誘惑された経験が少ないハルキチは、ハニートラップにとても弱かった。


 そんな葛藤を抱えつつハルキチは廃教会がある丘のふもとまで辿り着き、屋根の上から地面に降りる。丘のふもとには簡素な石垣と小さな鉄柵の扉が付けられていて、そこから先はカンナのプライベートエリアになっているらしい。

 石垣のほうにチャイムがあったのでハルキチはそれを鳴らした。


 ――ブー、ブー。


 と渋い音がして、すぐにチャイムの横に付いたマイクから聞きなれた声が響いてくる。


『開いてますよー、どうぞー』


 家主の許可を得たハルキチは鉄柵の扉を開いて先へと進んだ。

 左右を草木に挟まれた道は緩やかな坂道となっており、あまり手入れをされていないせいか魔女でも出てきそうな雰囲気がある。


 なんとも芸術家っぽい住み家だと思いながら坂道を登っていくと、丘をグルリと周るように敷かれた道の左右には様々な物が置かれていた。


 草花に侵食された戦車とか、地面に刺さった錆びた剣とか、今にも動き出しそうな薄汚いマネキンとか……一見すると荒れ果てているだけにも見えるが、それらすべてに共通している点があるとすれば、道から眺めたとき『絵になる』ことだろう。


 どうやらこれらもカンナの作品らしいと判断したハルキチは、嫁の仕事をゆっくり眺めながら丘を登っていく。

 そして15分ほどかけて頂上まで昇ると、ハルキチは美術館を歩いた後のような清涼感を抱いた。


 自分の感覚が洗練されたような達成感。


 そんな気持ちに心を満たされながらハルキチがロンドンの街を見下ろしていると、上から声が降ってくる。


「せんぱーい!」


 振り返って声のほうを見上げると、石造りの立派な鐘楼の上からカンナが手を振っていた。

 手を振り返したハルキチに、カンナは教会の入口を指差す。


「入って左です! 上がってきてください!」


 言われてハルキチが教会の扉を開けると、正面には物がゴチャゴチャと置かれた礼拝堂が見えた。

 巨大な地球儀とか、恐竜の骨格標本とか、天井には1/1スケールで造られた零式艦上戦闘機の模型が吊るされている。


 男心をくすぐる空間に、ハルキチはそちらを見物しに行きたい衝動に駆られたが、グッと堪えて左手にある石階段へと進んだ。


 重厚な螺旋階段の途中にはキャンパスが並んだ部屋や、カンナの寝室と思われる天蓋付きのベッドが置かれた部屋があり、採光用に設置された石造りの窓には、必ず機関銃や火炎放射器などの武器が立てかけられていた。


「アーティーしてんなぁ……」


 創作活動を満喫しているらしい嫁の生活空間に、ハルキチは苦笑する。

 そうして心躍るアトリエを眺めながら石階段を上り切ると、そこには八角形の空間があり、八つある石のアーチ窓のひとつにカンナが腰掛けてコーヒーを飲んでいた。



「ウエルカム・マイ・ハウス……我が城へようこそ、先輩」



 偉そうに足を組んで言う鬼娘は、お風呂上りらしく髪の毛がしっとりしている。

 アーチ窓の近くに置かれた小さな丸テーブルに湯気を立てるコーヒーポッドと食べかけの照り焼きチキンサンドが置かれているあたり、彼女は遅すぎる朝食を食べていたらしい。


「すごい家だな、正直嫉妬した」


 こんな家に住んでみたいとは思うものの、おそらく自分の美的センスではこんな家を作れないだろう。

 真似して作っても絶対おかしくなるやつだ。

 ハルキチが素直にカンナの家を褒めると、鬼娘はドヤ顔で胸を張った。


「まあ、それほどでもあります! この家は自信作ですからね!」


 そう言ってカンナは立ち上がると、赤いパーカーとホットパンツから伸びる生足を動かして移動し、丸テーブルからコーヒーポッドを取って掲げた。


「先輩も飲みますか?」


 コーヒーの香りに混ざって石鹸の香りが流れてくる。

 部屋着の嫁にドキドキしながら、ハルキチは御相伴に預かることにした。


「いただくよ」


 カンナにアーチ下の特等席を勧められて腰掛け、受け取ったブラックコーヒーをハルキチは啜る。

 チラリとアーチの外側へと目を向けると、そこからはスチームパンクなロンドンの街並みが一望できて、その場所が家主のお気に入りスポットであることがわかった。


 丸テーブルに腰掛けたカンナは、食べかけの照り焼きチキンサンドを頬張りながら、ハルキチへと訊ねる。


「今日はお金の相談をしたいってことでしたが、もしかしてレイシア先生から注意でもされましたか?」


 話が早い嫁に、ハルキチは頷いた。


「ジャブジャブお金を使いなさいって言われた」

「どんだけ稼いだんですか……」


 クリエイターとしてそれなりに稼いでいる自分でも言われたことのない言葉に、カンナはハルキチへとジト目を向ける。


「……ご想像にお任せします」


 流石に自分の収入を言うのは品が無いと思ったハルキチが言葉を濁すと、カンナは肩をすくめて追求するのをやめた。


「まあ、詳しい金額は聞きませんよ。先輩がたくさん稼いでいるなら、嫁としては嬉しいだけですし」


 口の中の照り焼きチキンサンドをコーヒーで流したカンナは、ティーカップを置いて続ける。


「それに、お金の使い道に困っているなら、私は最高の使い道を知っていますからね」

「ほんとに!?」


 そして欲しかった情報を待つ旦那へと、カンナは胸を張って親指で自分自身を指さした。



「お金をジャブジャブ使いたいなら、嫁に貢げばいいじゃないですか!」



 堂々と欲望を剥き出しにする鬼娘に、ハルキチは大きく頷いた。


「確かに!」


 もともと新入生オリエンテーションでお世話になったカンナたちにはお礼をしたいと思っていたのだ。

 だから『嫁に貢ぐ』という選択肢は、ハルキチとしてもアリだった。

 半分冗談で言った意見が採用されて、カンナは目を丸くして驚く。


「え? ほんとにいいんですか!? 私は遠慮とかしませんよ!?」

「遠慮なんていらないから、好きなだけ欲しいものを言ってくれ! 10個でも100個でもかまわない!」


 60億も資金があるから、ハルキチは気が大きくなっていた。


「先輩…………素敵っ!」


 ノリで頬を染めたカンナがハルキチの腕へと抱き着いてくる。


 ラブい雰囲気になる二人。

 嫁に男気を見せることができて旦那としては大満足だった。


 そんなこんなで嫁に貢ぐことが決まったところで、カンナはハルキチからパッと離れて、最高の笑顔を作る。


「それなら今からデートをしましょう! 二人でレッツ豪遊――へくちっ!」


 しかしカンナは最後まで可愛く言い切る前に、くしゃみして鼻水を垂らした。

 鐘楼で風に当たって身体が冷えたのだろう。


 鼻水を垂らしても可愛い嫁の姿に、ハルキチは苦笑して介護する。


「もー……風呂上りにそんな恰好でいるから……ほら、これでチーンして」


 ちょうどポケットにティッシュがあったから指し出して、そこでハルキチは固まった。


「うう……ご迷惑をおかけします……ん? なんかこのティッシュ、紙切れが入って…………」


 凍てつく空気。

 突き刺さる嫁の視線。


 先ほどまでのラブい雰囲気を嘘のように霧散させたカンナは、メモ用紙をビリビリ破って風に流しながら訪ねた。


「……他にも連絡先を貰いましたか?」

「………………い、いえ」


 震える声で思わず否定したハルキチは、自分の口から出た嘘に混乱してポケットを見てしまう。

 その視線を追ったカンナは無言で鐘楼から出て行き、すぐに火炎放射器を手にして戻ってきた。

 シュボッと、火炎放射器の先端に火を灯した鬼嫁は、とてもいい笑顔で旦那に告げる。


「先輩、やっぱりデートは明日からにしましょう。今日は家に帰って頭を冷やしてきてください……今から熱々にしてあげますから」

「…………ごめんなさい」


 そしてハルキチと二つの連絡先が書かれたレシートは、真っ赤な業火で燃やされた。


 塵も残らないくらい綺麗さっぱりと。


 無料ホームへと死に戻ったハルキチは独り寂しく体育座りして、静かに涙を流しながら本日の教訓を魂へと刻み込む。



 ……たとえお金持ちになったとしても、調子に乗ってはいけないのだ。




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