第20話 血戦前夜
「――さあ、みんなで全校生徒をぶっ殺そうぜ? 楽しいオリエンテーションの始まりだ!」
ハルキチの唐突な宣言に、仲間たちは困惑した。
これから始まるのは、まごうことなき人類の存亡を賭したゲームだ。
そんな戦いに自分たちのようなただの学生が参加して、いったいなにができるというのか?
「……どうやってそれを実現するっていうんだい?」
思わず質問したリコリスに、ハルキチは断言する。
「それを考えるのはリコさんの仕事です! 俺は頭が良くありませんので!」
きっぱりと言い切る新入生の姿に、リコリスは恐怖を忘れて苦笑した。
「まったく……キミってやつは…………」
自信に満ちたハルキチの瞳が、リコリスの冷え切った身体を温める。
鼓動を忘れていたように心臓がドクンと跳ね、そこから送られた熱が手足を経由して脳まで運ばれ、【恋旗殲滅団】の司令塔は普段の聡明さを取り戻した。
「カンナ師っ!」
「はひっ!?」
暗黒騎士に手を借りて起き上がったバニーガールは、さっそく鬼娘へと指示を出す。
「午前4時までに車を描き上げて! 小さくてもいいからスピード重視で!」
「デスマーチのお知らせです! 本当にありがとうございましたっ!」
徹夜しないと達成できない任務を言い渡されたカンナは、さっそく床に大きな紙を広げて車の絵を描き始める。
「ハルハルとあん子っ!」
「はいっ!」
「応っ!」
「キミたちは武器の調達だ。使えそうな物はなんでもかき集めて!」
「「イエス、マム!」」
敬礼して外へと走り出す二人を見送って、最後にリコリスはラウラへと振り返る。
「ラウラちゃん、キミが計画していた作戦を教えてくれるかい?」
情報共有を促すバニーガールに、メイドはキリッと背筋を伸ばした。
『はい、リコリス様。エキドナと装備の大半を失った今、皆さまの脅威度は大きく削がれました。この状態で熟練のスナイパーであるわたくしが単騎でタケゾウを狙う行動を取れば、根が真面目で臆病な【屍蠅魔王】は安パイを選んで新入生の防御に徹するでしょう。これがわたくしの優秀な演算回路が導き出した勝利への道筋です!』
「なるほど……確かにそれなら敵の戦力を割けそうだ……」
ラウラの作戦を聞いたリコリスは思案する。
タケゾウとハルキチの関係を聞いたとき、リコリスは彼らが自分たちを狙ってくることを確信した。
常軌を逸した戦闘能力を持つハルキチを、優れた敵が放っておくはずがない。
「……好戦的な【宴刃魔王】との決戦は避けられないだろうけど……ボクとあん子で押さえれば、勝ちの目は残るか……」
今回の切り札はハルキチと、そしてカンナだ。
「カンナ師、例のアレは無事だよね?」
リコリスに訊ねられたカンナは、紙から顔を上げて親指を立てた。
「無問題っす! 先輩へのサプライズで隠しといたのが功を奏しました!」
秘密兵器その2の無事を確認したリコリスは、ネトゲの夫婦に人類の未来を託す。
「ハルハルのこと頼んだよ。キミの愛情パワーで勝たせてあげて」
「もちろんですよ!」
そして鬼娘の満面の笑顔に癒されたリコリスは、自分も武器を調達するために、夜の高天原へと駆け出した。
◆◆◆
リコリスの命令を受けて駆け出したハルキチとあん子は、近場にある深夜営業の店舗を回って使えそうな武器を探していた。
「あー……やはりろくな武器がないか……」
いくら高天原といえどコンビニで銃は売ってないようで、あん子は使えそうな物を探しながら雑貨の棚を冷やかしていく。
「なんか変なのが売ってるんだけど……光虫って潰すと光るやつ?」
特売品の棚にあった虫かごを見て悩むハルキチに、暗黒騎士は「とりあえず買っとけ」と適当にアドバイスした。
たいした収穫もなく再び店の外に出た二人は、あーでもない、こーでもない、と意見を交わしながら夜道を歩く。
「いっそのこと今からでもダンジョンに潜るか? 私とハルキチならそれなりの難易度でも行けるだろ」
「流石に時間がないって、オリエンテーション前に少しは寝ておきたいし」
「ああっ! こんなことなら私のホームにも武器を残しておくんだった! 鎧なら腐るほどあるのだが……どうして私は武器をストックしておかなかったのだ!」
「いや、なんで鎧が腐るほどあるんだよ……」
「お気に入りの装備はいくらあってもいいだろう! バカウサギに勝手に改造されることもあるし、資金が許す限り鎧を集めるのが私の趣味で……そのせいか倉庫の中身が防具だらけになっている」
「まあ、そう都合良くいかないのが人生――って!?」
「どうした?」
雑談の途中でなにかに気付いて立ち止まったハルキチに、あん子も歩みを止めて振り返る。
倉庫と聞いて過去の所業を思い出したハルキチは、暗黒騎士に向けてとてもいい笑顔を浮かべた。
「――武器のストックあったかも!」
そうしてやってきた学生協会。
レイシア少尉から引き出し、カウンターの上にズラリと並んだ武器弾薬を見て、あん子は感心を通り越して呆れかえる。
「……貴様の貧乏性もここまでくると美徳だな」
「素直に褒めてくれてもいいんだぞ?」
入学初日にハルキチが新入生狩りから巻き上げた大量の武器。
いつか売りさばこうと貯め込んでいたそれが、ここに来て値千金の価値を持った。
「ランクはほとんど特別の安物だが、序盤を凌ぐくらいはできそうか……」
あん子は武器の状態をチェックして、使えると判断したものからアイテムボックスへと入れていく。
軍用バックを背負ったハルキチは、残った使えそうな物も手当たり次第に詰め込んで、そして二人はハルキチのアパートへと帰還した。
◆◆◆
二人が大量の成果を抱えてアパートに戻ると、ちょうど帰ってきたリコリスとアパートの前で出くわした。
「首尾はどうだい?」
「及第点といったところだ」
長年の相棒であるバニーガールと暗黒騎士は、阿吽の呼吸で成果を確認してハルキチの部屋へと入っていく。
「……仲いいなぁ」
あの二人はできてるんじゃないかとハルキチは思ったが、フレンドが絡み合う姿とか想像したくなかったので、早々に考えるのをやめて後を追った。
カンナが描いたのか、いつの間にかカーテンが敷かれてランタンの明かりに照らされた部屋の中で、ハルキチたちは持ち帰った武器の分配をする。
高天原のアパートは社会勉強のためなのか、ちゃんと電気会社や水道局に連絡を入れないとライフラインが使えなかった。
ひと通り銃火器の分配が終わったところで、今度はリコリスがハルキチへと二種類のアイテムを差し出す。
「――これは?」
手渡されたオモチャのニンジンみたいなアイテムと、合格祈願と書かれたお守りを見てハルキチは首を傾げた。
「ニンジンのほうはボクが作ったアイテムだ。葉っぱの部分を捻って投げると、3秒後にヌルヌルを撒き散らすローション爆弾。タケゾウたちには対策されてると思うけど、他の生徒には効くだろうから上手く使って」
「ローション爆弾……」
いくつかの【キャロットボム】をもらったハルキチは、使いどころがあるだろうかと考えながらアイテムボックスに入れておく。下手をすると自分の足場もヌルヌルになってしまうのだから、慎重に扱う必要がある。
「お守りのほうは……鑑定すれば効果がわかるよ♪」
パチッ、と可愛くウインクするバニーガールに促され、続けてハルキチはお守りを鑑定してみた。
【合格祈願のお守り】
分類:アクセサリ レア度:特別 耐久値:300/300
高天原の神社で購入できる霊験あらたかなお守り。
合格祈願のお守りを持つ者は、氷の上でも、バナナを踏んでも、滑らなくなる。
なお、試験で滑らないかどうかは神も知らない。
「……なるほど」
リコリスの意図を理解したハルキチはひとつ頷いて、お守りを首に掛けた。
そうしてハルキチがひと通りの準備が済んだと思ったところで、あん子がガシッと拘束するように肩を組んでくる。
「と・こ・ろ・で、貴様の防具なんだが……流石に初心のジャージのままでは心許ないよなぁ?」
いまだに黒いジャージを愛用するハルキチに、防具にうるさいメインタンクはひとつのアイテムを押し付ける。
「喜べ! こいつは私たちで用意した高性能防具だ。貴様のためにデザインにもこだわってやったのだから、これを着て新入生オリエンテーションを戦い抜くといい!」
そして表示された防具のデータに、ハルキチは青褪め冷や汗を流す。
【春風の魔導セーラー服】
分類:防具 レア度:秘宝 耐久値:2500/2500
高品質の魔法生物素材を魔導工学の叡智によって加工した女子学生服。
編み込まれたミスリル線が全身を魔法障壁で防御し、装備者に不可視の守りを与える。
桜色のスカートの下にはスパッツが完備されているため、春一番が吹いても大丈夫。
制作:鯖兔リコリス
監修:黒峰・モニカ・あん子
デザイン:鬼灯神鳴
「これ……女物に見えるんだけど?」
青褪めるハルキチに4人の仲間たちが手をワキワキさせながらにじり寄る。
「自分の発言を忘れてはいないだろう? その胸に教訓を刻むためにも甘んじて罰を受けるがいい!」
「ベースは私が着ていた学生服ですから、嫁の温もりを全身で感じてください!」
「魔導士対策は重要だからね! ボクも気合いを入れて作ったよ!」
『ぶふーっ! き、きっとお似合いになりますよ、マスター!』
抵抗もむなしく、揉みくちゃにされてセーラー服を着せられるハルキチ。
「くっ……殺せぇ……っ!」
そして見た目が完璧な美少女と化したハルキチは、首に『私はホウレンソウができませんでした』というプレートを掛けられて、しばらくダブルピースで撮影会をやらされた。
全ての準備が終わった時刻は日付が変わって4月4日の0時27分。
いまだカンナは車の絵を描き続けているが、他のメンバーはギリギリまで休んでおいたほうがいいということで、カンナに謝罪して横になる。
しかしここでちょっとした問題が発生した。
「流石に狭いな……」
六畳間の部屋に4人が寝るのは無理がある。
おまけに部屋の半分はカンナが紙を広げて使っているのだから、ハルキチの部屋で横になれるのは、せいぜい一人か二人が限界だった。
どうにか暗黒騎士の上で寝られないかと試すバニーガールに、見かねたメイドがアイデアを出す。
『レイシア少佐に頼んでみてはどうでしょう? 確か隣の部屋に住んでいたはずですよね?』
「その手があった!」
優しく美人な担任教師なら夜中に叩き起こしても許してくれるだろうと、ハルキチは隣の205号室を訪れ……そしてチャイムを鳴らして開かれた扉の先の光景に絶句した。
『は、ハルキチくんっ!? ち、ちがうの! これはちがうのよ~っ!?』
色気の無い灰色のスウェット姿で現れた女教師の背後には、発泡酒の空き缶が転がるアルコール臭い部屋……。
「せ、先生……」
美人教師への幻想をガラガラと崩壊させる生徒の後ろで、ラウラはグッと親指を立ててレイシア少佐の仕事ぶりを称賛した。
これぞ残念美人教師。
レイシア少佐はとっても仕事ができるのだ。
『…………あ、あんまりですぅ~…………』
そして生温かい目で女教師の部屋を掃除したハルキチたちは、無事に寝床を確保して、翌朝の戦いに備えた。