第14話 模擬戦闘と昼休み
それからハルキチたちは5回ほどダンジョンを周回して、ひとりずつ戦車でモンスターを轢き潰す快楽を堪能した。
3回ほどダンジョンを周回したころにはエキドナの素材回収ボックスは満杯になっていたのだが、
「ボクたちも遊びたいから」と余計に2回もペッタンコにされたオバケたちは泣いていい。
ダンジョンで試運転という名目の無双ゲーを楽しんだハルキチたちは天空旧校舎の屋上へと移動して、そこで模擬戦闘の準備を始める。
「それじゃ先輩、がんばってくださいね! まず間違いなくぶっ殺されるでしょうけど!」
「うむ、死にまくって負け方を覚えるのも、上達への近道だからな!」
『ご安心ください。マスターの勇姿(笑)はわたくしが録画しておきますので』
「まだ負けるとは決まってないから!」
カンナとあん子とラウラが屋上の隅に移動して見守る中、ハルキチはコルトと初心のナイフで武装して、魔法の杖を構えるリコリスと対峙した。
「対戦モードでやろう。ルールはなんでもありで、どちらかのHPが全損したら決着ね。3回勝負くらいでいいかな?」
「おーけー」
リコリスの提案にハルキチは手足を振って準備運動をしながら応じる。
《――【鯖兔リコリス】との対戦を開始しますか? YES/NO》
対戦モードは学生同士が気軽に戦闘できる便利機能のひとつで、やろうと思えばお金やアイテムを賭けて戦うこともできるが、今回は模擬戦なので何も賭けずに二人は戦う。
ウィンドウの確認にハルキチがYESを選択すると、10秒前からカウントダウンが始まった。
「リコさんは相変わらずウィザードなんですね」
「そうだよー」
カウントダウンの間にハルキチは雑談をしながら、戦闘方法を考える。
とはいえ相手が魔法使いならば、初手は接近戦と相場は決まっていた。
《――READY――FIGHT!》
カウントがゼロになると同時にハルキチは駆け出し、まずは小手調べとリコリスに接近し、
「――ぐっ!?」
見えない棘に喉を貫かれて一瞬でHPが全損した。
スタート地点に死に戻ったハルキチへと、最初の体勢から全く変わっていないリコリスがアドバイスする。
「魔力も見えないのに魔法使いに突っ込んじゃダメだよ。魔法障壁を置いてカウンターにするのはボクたちの十八番だから」
「…………うっす」
殺気も空気の流れすらも感じない初見殺しにハルキチは実力差を痛感した。
先ほどまでは爪の先くらい勝利の可能性があるのではないかと思っていたが、早々にこれは無理ゲーだと気持ちを切り替える。
高天原で長いこと暮らしてきた生徒の強さを正しく認識したハルキチは、負けることから学ぶために再び構えを取った。
《――2nd ROUND――FIGHT!》
今度は無駄に動かず、その場でコルトを抜いて、悠然と立つバニーガールの額に弾丸を叩き込む。
必殺の威力を持つはずの45口径弾は、しかしリコリスの前で魔法障壁に逸らされて、あさっての方向へと飛んで行った。
「……ずるくね?」
動いてもダメ、遠距離攻撃も無効化される。
こんなのどうしろと言うんだとジト目を向けるハルキチに、リコリスはハンデキャップを提案した。
「じゃあ、今からは魔法障壁を使わないであげるよ」
「よっしゃあ!」
先輩からの慈悲に速攻でハルキチは殴りに行こうとするが、走り出そうとしたハルキチにリコリスが杖を向ける。
「――【ムラムラス】」
バニーガールが呪文を唱えると、ハルキチは先ほどまでの威勢が嘘のように動きを止めて前かがみになった。
「……な、なんですか? その呪文は?!」
ハルキチからの質問に、リコリスは丁寧に杖を掲げて解説を入れる。
「ボクが持つこの神器【性なる精霊杖】には【色欲魔法】という特殊スキルがあってね。簡単に言うと、ボクはエロゲみたいな魔法が使えるんだ」
「エロゲ魔法……だと!?」
戦慄するハルキチに、リコリスは説明を続けた。
「ちなみに【ムラムラス】はその名の通り、ムラムラする魔法だよ。男の子に使うと、今ハルハルが体感しているみたいに、特定の部位が元気になる!」
特定の部位を押えて内股になったハルキチは、恥を承知で懇願する。
「今回も俺の負けでいいので、その魔法もなしでお願いします!」
「いいよー」
男子を一発で行動不能にする、とても恐ろしい魔法だった。
そして時間を置いて【ムラムラス】が抜けるまで待ったハルキチは、気を取り直して本気でリコリスを殺りに行くことにした。
べつに恥ずかしい思いをさせられたから仕返しをしたいわけではない。
カンナとあん子に腹筋が崩壊するほど笑われて、ラウラにも恥ずかしい動画を撮られてしまったが、これは決して八つ当たりとかではないのだ。
流石に二つもハンデキャップを貰えば、一撃くらい入れられるだろう。
その一撃で仕留める、とハルキチは殺気を漲らせて、最後の勝負を開始する。
《――3rd ROUND――FIGHT!》
問答無用でコルトを早抜きするハルキチに、リコリスはアイテムボックスにあった秘密兵器を取り出して対応した。
「エキドナ」
ハルキチとリコリスの間に現れた戦車は、その分厚い装甲で拳銃の弾を跳ね返し、慌てて接近しようとしたハルキチへと、リコリスは戦車の裏から呪文を唱える。
「――【ヌルガ】!」
謎の呪文によって屋上の床がヌルヌルとなり、靴が滑ったハルキチは慌てて体勢を整えた。
どうにかバランスをとって全身ヌルヌルになることを避けたハルキチに、戦車の裏から顔だけ出したリコリスが悪戯っぽく笑う。
「ちなみに【ヌルガ】はローションを発生させる魔法だよ! 食らった対象は問答無用でヌルヌルになる」
「見ればわかるわ!」
ふざけた魔法で自分を圧倒するリコリスに、敬意を忘れてハルキチは叫ぶ。
そんな後輩を指導するために、魔王と呼ばれるバニーガールはさらに笑みを深めた。
「それじゃ、そろそろ本気出すから。最後にボクが【変態魔王】と呼ばれる由縁を見せてあげるね!」
「変態!?」
ろくでもない呼び名を暴露して、リコリスは二つ目の神器を使用する。
「――【生体融合機関】起動!」
胸元に移動させた歯車の神紋からエキドナを吸い込んだリコリスは、ハルキチの前でガチャガチャとトランスフォームして、最終的に全長5メートルのバニーガール型ロボットへと変形した。
足元をヌルヌルにされて、重厚な装甲を持つロボと対峙したハルキチは呆然と呟く。
「………………ずるくね?」
圧倒的な力を見せてハルキチを完封したリコリスは、ロボの右手の平を光らせてエネルギー砲の準備をしながら新人教育を続けた。
「これでわかっただろう? 確かにハルハルのプレイヤースキルはこの世界でもトップクラスだけど、高天原には高天原の戦い方があって、ボクたち【魔王】と呼ばれる生徒は独自にそれを磨き上げているんだ」
高天原にレベルは存在しないが、知識を積み上げることで強くなれることは他のゲームと変わらない。多くのゲームで古参のプレイヤーに新人が勝てないように、ハルキチはこの世界にも今の自分では絶対に敵わない存在がいることを認識する。
「魔王と会ったらボクたちを盾にして全力で逃げる。それが新入生オリエンテーションにおける最善の選択だよ?」
そして最後に最も重要なアドバイスをして、リコリスの右手から放たれた極光がハルキチの体力を消し飛ばした。
◆◆◆
「あんなのチートだ……」
模擬戦を終えたハルキチは完敗したことに不貞腐れながら、天空旧校舎の屋上で焼きおにぎりを焼いていた。
時刻は昼の12時過ぎ。
ふくれ面で野外調理セットで焚き火を起こし、ハルキチは朝ごはんの残りで作ったおにぎりに醤油を塗りたくる。
わかりやすくブーたれる後輩に、金網に寄りかかったリコリスは苦笑して頬を掻いた。
「ハルハルにそう言われるとは光栄だね。魔王冥利に尽きるよ」
リアルチートの権化とも言える後輩からチート呼ばわりされることは相当に嬉しいらしく、リコリスの耳がピコピコと跳ねる。
「参考までに聞きたいんですけど、魔王ってどうやってなるんですか?」
「おっ? ハルハルも魔王を目指しちゃう? 魔王になるには毎年行われる武闘大会のフリースタイルの部で優勝すれば称号を貰えるよ。その前に神器を使いこなせるようになるのが先だろうけどね」
「神器か……」
指摘されたハルキチは左手から包丁を出現させて、しげしげと眺める。
ハルキチの神器には【即席料理】という作成したことのある料理を一瞬で作るスキルが付いているのだが、それを使ってどう戦えばいいのかハルキチには思いつかなかった。
そんな後輩の気持ちを察したリコリスはハルキチの横にしゃがんでアドバイスする。
「まあ、どんな神器も使いようだよ。ボクのエロ魔法だって本来は戦闘向きじゃないけど、こうして使うと効果覿面だろう? ……【ムラムラス】」
ムラムラする魔法を掛けられたハルキチは、となりにしゃがんで真っ白な横乳を見せてくるバニーガールのせいで特定の部位が元気になった。
「……やめてください」
赤面して膝を抱えるハルキチにリコリスは嬉しくなって距離を詰め、わざと肌をくっつける。
「これでボクがエッチな恰好をしている理由がわかったでしょ? まあ、コスプレは普通に趣味なんだけど」
リコリスの恰好が趣味と攻撃力を兼ねていることをその身に刻まれ、ハルキチは動けなくなるくらい元気になった。
……なんて恐ろしい能力だろうか。
バニーガールの恰好との相乗効果が半端ない。
そんな屋上の端でイチャつく二人に、遠くから鬼嫁が嫉妬の声を掛ける。
「そこっ! 私の先輩を誘惑しないでもらおうか!」
「定期健診だよ。男性機能の」
「ならば良しです!」
しかしリコリスが適当に返答すると、すぐに鬼嫁は戦車のほうへと戻って行った。
「あいつらはなにをやってるんですか?」
先ほどからエキドナの周りで騒ぐカンナとあん子とラウラを差してハルキチが言うと、リコリスはハルキチからちょっと離れて、焼きたてのおにぎりを頬張る。
「むぐっ、美味っ! ……なんかラウラちゃんとのコラボ配信を画策してるらしいよ? 新入生オリエンテーションが終わったら動画を流すんだって。たぶんラウラちゃんの配信を真似した動画を作りたいんじゃないかな?」
リスみたいに焼きおにぎりを齧りながらリコリスが表示したウィンドウには、ラウラの姿がサムネイルになった複数の動画が表示されていた。
「あの駄メイド……配信者だったのか…………」
「うん、ラウラちゃんは高天原でイチャつく恋人たちを狙撃する動画で有名な配信者さんだよ。ちなみにボクは彼氏の足を先に撃ち抜いて、助けようと近づいてきた彼女にヘッドショットをかます動画がお気に入り! 目の前で最愛の女性を失った彼氏くんの慟哭が真に迫っているんだ!」
そのろくでもない動画の内容にハルキチが愕然としていると、カンナとあん子に技術指導を終えたラウラが焼きおにぎりの香りに釣られて近づいてくる。
『マスター、わたくしのおにぎりは?』
「勝手に食え」
ダンボールの神棚におにぎりを奉納しながらハルキチが網の隅で保温しているおにぎりを示すと、ラウラは言われた通り勝手におにぎりを取って口にした。
『む! よき塩梅です! ついでに朝の残りのお味噌汁も温めましょう。これに汁物が加われば最強です!』
相変わらずマイペースなメイドに呆れながら、ハルキチはアイテムボックスから取り出した味噌汁の鍋を焚き火の上にセットする。
そんな後輩とメイドのやり取りを微笑ましく眺めながら、リコリスはラウラに動画の進展を問うた。
「技術指導のほうはどんな塩梅だい? いい動画が撮れそうかな?」
ラウラはおにぎりを吞み込んでエキドナへと視線を向ける。
『はい。せっかくの戦車ですから、わたくしからは小細工抜きに恋人たちを爆破することを提案させていただきました。もうすぐデート用の浮遊島が近づいてきますので、きっと素晴らしい映像が撮れることでしょう』
職人っぽい雰囲気を発したラウラは食べかけのおにぎりを金網の上に戻し、目玉カメラを呼び出して手招きするカンナたちの元へと戻っていく。
おそらくこれからオープニングを撮るのだろう。
そしてラウラがエキドナの元に到着すると、カンナは動画の撮影を開始して、カメラに向かってお決まりの挨拶をした。
「――どうも皆さん、鬼こんばんにちわ! 鬼灯神鳴ですっ! 今日はなんとスペシャルゲストにさすらいのメイドマスターさんを迎えて、高天原で浮かれる恋人たちに天誅をくだしていきたいと思います!」
動画の主旨を説明し、戦車に乗り込むカンナとあん子。
二人がエキドナに乗り込んだことを確認したラウラはカメラの位置を確認し、恰好良く映るように立ち位置を調整してから、右手を伸ばして号令を発した。
『――目標! 向かいの校舎でイチャつくバカップル!』
キュラキュラキュラと、鋼鉄の怪物が旋回し、車体の前面を近づいてくる浮遊島へと向ける。
砲身が回って高さが調整され、浮遊島の校舎で青春を謳歌する学生たちを吹き飛ばすために【120mm徹甲榴弾】が装填された。
砲撃の準備が整ったところで、エキドナのハッチからカンナが顔を出し、ラウラに向けて敬礼する。
「たいちょーっ! 爆撃の準備が整いました! 攻撃許可を願います!」
カンナ隊員の報告に、ラウラ隊長は鷹揚に頷いて偉そうに命令した。
『許可する。責任は全てわたくしが取りますので、存分にお殺りなさい!』
「ひゃっはーっ! これだから隊長は最高だぜーっ!」
しょーもない寸劇にハルキチは呆れ顔になるが、しかしリア充を爆撃することを止めようとは思わなかった。
だって面白そうなんだもの。
そして隊長の許可を得た戦車隊員たちは爆撃の威力を高めるために高天原に48あるネタ技のひとつを叫びながら攻撃しようとし、
「爆ぜろリア充っ! 【フラグブレ――」
ぬっ、と射線上に巨大な鬼神の顔が現れたことで言葉を失った。
ハルキチたちがいる浮遊島を覗き込むように現れた巨大ロボは、学園の平和を乱そうとする馬鹿どもを教育するために超合金製の右腕を振り上げる。
浮遊島ごとカチ割られそうな鉄拳制裁を前に、カンナとあん子は迅速に戦車の外に飛び出して、
「「すすす、すいませんっしたーーーっ!!!」」
見事なスライディング土下座を披露した。
馬鹿どもの土下座に頷いた巨大ロボは、ズシン、ズシンと、足元にいる生徒たちを踏み潰しながら背中を向けて去っていく。
エキドナのピンチに青褪めるリコリス。
巨大ロボの出現に唖然とするハルキチ。
二人が固まっているうちに、いつのまにかハルキチの近くまで退避していたラウラは、適度に温まった味噌汁の器を手に持ち解説を入れた。
『――御覧のように、高天原でド派手なテロ行為を行おうとすると【超合金決戦兵器・ギルガメシュ】が現れるのです。リア充を爆破する予定がある時は、こっそり爆破することが肝心ですよ、マスター』
「そんな予定はねえよ」
しかし巨大ロボの出現に「すごい映像が撮れましたね!」とか「危うく死ぬところだったけどな!」とか喜ぶカンナとあん子を見ていると、そういう馬鹿をやるのも悪くないと思えてくる。
早くも高天原のノリに染まってきた後輩の横顔に、リコリスは優しく問いかけた。
「どうだいハルハル? この学園でやっていけそうかい?」
尊敬する先輩からの温かい視線に、
「まだわかりませんけど……」
ハルキチは肩を竦めて答える。
「……現実の学校より、二兆倍くらいは面白そうです」
そうして【恋旗殲滅団】の面々は、自由でエキサイティングな楽しい昼休みを満喫した。