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⑧ 囚われたのは

 ⑧

「ただいま戻りました。シチューはありますか?」


 クアンさんがそんなことを言うもんだから、先程まで震えていたのも忘れて「あ、今日はまだ作っていません。買い物に行かなきゃ」と慌てて出かける支度をする。ここでの日常にあっという間に空気が戻ってしまった。


 そこからは、いつもより早くこちらに顔を出した彼と珍しく一緒に買い物をし、戻ってからも一緒に台所に立ち、私の指示を素直に聞いてくれる彼とシチューを作った。


 彼の空気感に飲まれ、あれよあれよというまに通常の食卓に着き、キツネにつままれた気持ちのままいただきますをした私とは違い、おばあちゃんは「それで? どういうことだい?」とここで彼を問い詰める。


 ここまで待っていてくれたのは、きっと私が落ち着くまで様子を見ていてくれたのだろう。


「ああ。マユさんの出自を調べていましたら、隣国から送り込まれた人なのだと分かりました。隣国にとっての救世主らしいです。つまり私たちの国を打ち倒すための人ですね。本来なら隣国の王宮に召喚される予定だったのですが、とある人物の手によって誤送されたということがわかりました。とある人と言うのは私もよく知らないのですが、戦争反対派らしく、戦争を止めるべくマユさんの召喚を妨げるために敢えて誤送にしたそうです。方法はわかりません。魔法使いの考えることは難しいですね。

 とにかく、隣国が勝手に他の世界から一般人をなぜか召喚したらしいです。マユさん自身は無害だということが分かったのですけれどね。うちの国の一部の人間が騒ぎ始めたんですよ。『それならマユさんはスパイなのではないか?』と。

 でも、うちで預かっていたことが功を奏しました。おばあさんの真実の目から逃れられる人はいない。ここでおばあさんに認められたのだから悪人ではないと証明できました。でも、一部の人間はそれでも言い出したことを引っ込められないのか、まだ主張するので。王族から承認を得らるようルートを探って今朝ようやく認可状を得ることができました。ちょうどよかった」


「王族会」


 怒涛のクアンさんの解説。刑務施設から出た時もそうだったけれど、クアンさんは普段言葉が少ないのに時折こうやって丁寧に話してくれる。突然の内容に一言しか返せなかった。


「以前マユさんが言っていたのを思い出しまして」


 普通王族には会えない。しかし、無理だとは決めつけず方法を探していたのだそうだ。会うことはできなくても書状に印は貰う方法があることが判明し、認可状をもらうことに何とかこぎつけたらしい。さすがおばあちゃんの孫。優秀だ。


 そして珍しくたくさん話してくれたクワンさんは、お預けから解放されたかのようにシチューを口にし始めた。


 私の知らない間にめちゃくちゃ働いてくれていたようだ。知らぬ間に知らない情報がたくさん判明していて、知らない間に問題のいくつかが解決していたらしい。相変わらずこの人は言葉が少ない。


「まだ帰る方法はわからないですけど」


 クアンさんが付け足した言葉に、残念な気持ち半分、ほっとする気持ち半分。


「なぜここまでしてくれるのですか?」


「言っていませんでしたね。あなたのことが好きだからですよ」


 そう自然な流れで告白された。おばあちゃんもむせている。誤嚥してしまう。おばあちゃんの背中を慌ててなでながら、話の続きも気になって聞く。


「あの、差し支えなければ、私のどこが好きなのか教えてください」


「最初はただ保護してあげなきゃと思っただけなんです。迷子の子猫のような眼をして、不安そうにして。でも好奇心旺盛にきょろきょろ辺りを見回して。表情がくるくる変わる人だなと思いました。そして、おばあさんのことを丁寧に健気に支えてくれているのを見て、いい人だなと思いました。私がご飯をいただくとき、最初は不安そうな顔をして。そして私が食事に口をつけると少し好奇心をのぞかせた顔をして。おいしいと思いながら食べると安心した顔をして。こちらの様子をちらちらと見ているのに、こっちが目線を上げるとそっぽ向いて『見ていませんよ』と言う顔をするのも面白かったですね」


 こちらが様子を見ているつもりだったけれど、逆に見られていたとは。そしてそんなに顔に出ているとは思わなかった。


「初めてここでご飯を食べた時、そんな様子を見てかわいい子だな、好感が持てる子だなと思いました。その時から好きだったのだと思います」


 さらりとそう言われて、「そんなに前から好きだったんだ」と変に納得してしまった。


 それからその言葉を反芻し、ようやく頭で理解した。私今、告白されているわ。


「それは……気が付きませんでした。親切な人だと思っていました。よく言葉が少ないと言われませんか?」


「言われますね」


「うれしいです。私もクアンさんのことが……でも、私はいつまでこの世界にいられるかわかりません」


「構いません。死がふたりを分かつまでという言葉があります。私たちの場合、死がふたりを分かつまで、そしてマイさんが元の世界に戻るまで。その時まで共に過ごしていけたらと思います。もちろんその後もあなたを想い続けます。ここにいる間、一人でいたらきっとあなたは不安を感じたまま過ごすことになるでしょう。でも、そんな必要はないのです。この世界にいるのがあとわずかだとしても、とても長い時間だとしても、私がそばにいます。この世界で安心できる場所を与えてあげたいのです。一緒にいてくれますか?」


 これは愛の告白ではない。違った。プロポーズだ。


 真剣に見つめてくる深緑の瞳から目がそらせない。私がいつかここからいなくなってしまう、そんな可能性すらも想定に入れて、この先一緒にいてくれると言ってくれる。


 この先何が起こるかわからない。いつ帰れるのか、そもそも帰れるのかもわからないし、もはや帰りたいのかもわからなくなってきた。でも先がわからないのって、どんなところにいても同じだ。そんな中ひとつ、わかることがある。


 この人のそばは安心する。


 それが私の今の気持ち。そしてこの先も変わらないだろう。私の答えを聞いたクアンさんは嬉しそうに破顔した。





 牢屋から始まったこの異世界。私の心は今なおクアンさんにとらわれたまま。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クアンさんの上げる「良い所」が、ものすごく可愛かったです。可愛い、という言葉を使わないで「可愛い」が表現されてて、クアンさんが好きになるのもやむなしっ、と自然に思えました。 [気になる点]…
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