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⑥ クアンさん

 そんなことを思っていても、穏やかに日々は過ぎていく。


 もちろん日本に帰れる方法は探し続けていた。でも、解決の糸口さえ見つからない。


 おばあさんのお世話はそんなに大変じゃない。むしろ、赤の他人、突然転がり込んできた私が四六時中一緒にいるのは息が詰まるかな?と、なるべく出かけるようにもしていた。


 ありがちな図書館にも行ってみた。異世界に行って、古代から伝わる本なんか見つけちゃって『これは……!』となる展開を期待して。


 けれど、正直日本にいた頃でも図書館は使いこなせていなかった。目的の捜し物をこの膨大な書物の中から自力で探し当てるなんて不可能で、司書さんに頼ってみたけれど、別の世界に帰れる方法なんて聞いても絶対に怪訝な顔をされるだけ。


 この国に伝わる怪異とか不思議現象を調べてみたいと聞いてみたこともあるけれど、ホラー作品を紹介されてしまった。


 図書館で帰宅方法を探すのは早々に諦めた。趣味として、この地の風習を知るための勉強としては役立ちそうだったので、定期的には通うことにしたけれど、情報収集はここでは無理そうだった。






 情報収集の次の定番は(私の中では)酒場。


 これはクアンさんの許可がなければ行ってはいけないとのことだった。たしかに、異国の女性が一人夜の酒場になんて、何があるかわからない。


 そして、クアンさんを伴って何度か行ってみたけれど、酔っぱらいの戯言ざれごとしか聞くことができなかった。日本の酒場も仕事の愚痴とかしょうもない話しかないしなーと思ったものだ。唯一得た情報は、クアンさんがとてもお酒に強いということくらい。


 情報は国の中枢に集まる。それなら、国王様だとか王子様だとか、宰相だとかのお偉いさんが何かを知っているのではないかと思い、クアンさんになんとか王族とかと謁見する機会はないのかと聞いたら、「え……?」という反応をされてしまった。


 あれはきっと心の中で(正気か?)と聞いているような、そんな顔。その反応で我に返る。まあ、普通、一般市民は王様になんぞ会えない、よね。日本で『天皇に会わせて』と言われるようなものだろう。


 そんなこんなで、クアンさんに色々頼っては困らせることも多く申し訳なさともどかしさを感じる日々だった。


 クアンさんは、忙しいらしいけれど、定期的に様子を見に来てくれていた。主におばあさんの様子をだけれど。


 相変わらず布団の上げ下げだとか、重たいものを運んだりだとか、壊れたものを直したりとか細々と気の利くことをしてさっと帰っていってしまう。彼は職場近くの寮に住んでいるそうだ。


 おばあさんとの暮らしにも馴染んで、近所の人たちともなんとなく話せるようになったけれど、事情も知っていて一番気兼ねなく話せる相手はクアンさんだった。なので、さっさと帰ってしまうクアンさんを少しでも引き止めたくて、あれこれ用意するようになった。


 おばあちゃんに教えてもらって作った小物だとか、なぜかおばあちゃんからもらえるお小遣いで買った近所の雑貨だとかをクアンさんにプレゼントしてみたり。


 わざと難しい本を借りてきて、内容を教えてもらったり。


 中でも一番張り切ったのは料理。おばあちゃんからも好評で、なんならご近所さんからも評判がいい。得体のしれない人間が作ったものを食べてくれるここらへんの人たちはとても人がいい。もしくは、おばあちゃんの人徳のなせる業か。


「今日はいらっしゃる日だと思っていたので、ご飯を多めに作ってあります。食べていきますか?」とクアンさんを誘うと、大抵の場合控えめだけれど素直に頷いてくれる。


 本当に忙しいようで、慌ただしく、包めるご飯だけ持って帰ってしまうこともあるので勝率は半々だけれど。シチューの匂いがしていると残っていってくれるのが多いと気がついたのはいつからだろうか。忙しいだろうに引き止めてしまって申し訳なさ半分、嬉しさ、半分。


 相変わらず無心でご飯を食べてくれる。


 最近では日本に帰るための情報収集より、彼を引き止めるための情報収集を熱心にしてるような気さえする。


 彼の容姿は特に華やかなわけではない。


 この国の人々は目鼻立ちのはっきりした、いわゆる美男美女さんが多く、おばあちゃんも昔は相当なべっぴんさんだったのだろうという面影がある。今でも上品な老婦人といえる。


 クアンさんはそんな中でやや地味な顔立ちをしているのだが、なんと言えばいいのか、印象はいい。


 茶色の髪の毛と深い緑の瞳、スッキリとした顔立ち。そして物静かで凛とした佇まい。なんだか深い森を思わせるような人だ。


 彼に何となく惹かれているように思うのは、きっとこの尋常ではない状況、異世界に落ちてしまう状況の中私の味方に立ち続けてくれた人だから。だから、きっと気のせい。勘違い。


 そもそも初対面のときの印象はほぼない。どんな会話をしたのかも覚えていない。ただ、威圧的な職員が多い中、音もなく入ってきて、音も立てずにすっと優しく椅子を引いて座り、淡々と状況を訪ねてきたので安心したことだけは覚えている。


(……話した内容は覚えてないけど、意外と様子はおぼえてるわね)


 そう思いながらも、首を振ってその思いを断ち切ろうとする。こんなこと思われても、彼だって迷惑だ。ただの親切心で拾ってきたのに、思ったのとは違う方向で思われてしまうなんて。それに、彼女がいるかもしれない。そもそも妻帯者かもしれない。彼のことは、何も知らない。


 もしも。もしも恋人も奥さんもいなくて、私のことを悪からぬように思っていて、付き合えたとしても、私はいつ元の世界に帰れるかもわからない。帰れたら、永遠にお別れだ。そんな深い思いを残して帰らなければいけないなんてつらすぎる。


 だからきっと、この思いは勘違い。そう思った。






 なのに。


(これは気のせい。たとえば彼が日本にいたとして、恋に落ちたかしら?)


 ふとしたときに自分の思いが勘違いだと実証するべく、想像(妄想)をするようになった。


(地味なお顔だから日本でもきっとそんなに違和感はない、わね。そして、同じ職場で出会うの。彼は……そうね、出入りの業者さんとか提携先の人とかで、何となく顔を合わせるの。それで、最初はなんとも思わずに済みそうだわ。会話をしても、落ち着いているから聞いていて安心感はあるけどときめきはないわね)


 その妄想はとても捗って、職場であっても、学校であっても、幼馴染であっても、なんだかんだで恋に落ちるお話に展開してしまうのだった。


 そんなことをしてしまった以上、もうだめだった。止まらなくなってしまった。


 頭の中で何度も彼に恋に落ちた。

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