⑤ 介護生活
牢屋生活から始まったこの異世界生活。そして、続いて始まった介護生活。でも思ったよりも苦労はなかった。
おばあちゃんが基本的に苦労しているのは、階段の上り下り。手すりを使えば何とか上り下りできるのだが、以前転んだことがあってクアンさんが心配しているとのこと。
ここ最近はおばあさんも二階に上がる回数を控え、布団を二階に干すのもクアンさんがやってくれている。
ベッドは一階だし、水回りも一階にあるので生活には困らない。だが、やはり様子は気になるので、孫のいない間に二階に上がれないのは悩みどころだったのだそうだ。
おばあさんの腕を取り、肘を支えながら、でも関節に負担が掛からないよう注意しつつ、テンポをあわせて二階に上る。一回一回に驚くほど時間がかかるが、大変というほどではない。ささやかな労働だろう。
見知らぬ土地で働いていることを考えたらとても楽をさせてもらっていると思う。ちなみに私も外で働けないかと尋ねてみたが、そもそも滞在資格もないのだから就労資格もないのだそうだ。
二階には日当たりのいい部屋が二つと物置部屋が一つ。あまり管理できないので二階には物を置かないようにしているが、それでもこまめに掃除がしたいらしく、二階に行くたびに『しばらくは二階にいるので自由にしていていい』と言われる。
そう言われてもすることもないので初めは掃除を手伝っていたが、次第におばあさんのペースに慣れ、食事の支度をその隙にするようになった。
そんな食事の手伝いも大事な役目だとおばあさんは言ってくれる。
大鍋を好んで使っているのだが、さすがに持ち上げるのがしんどくなってきたとのことで、その鍋を火からおろしたり、洗ったりするのが私に期待されている仕事だ。
だけれど、思ったよりもこの鍋、重い。おばあさんはしんどいと言いつつも持てるらしいけれど、私はもちあげることすら難しい。
そういえば田舎のおばあさんもそうだったと思いだす。意外とその地での環境に筋肉が適応するのだろうか、重たいものも案外簡単に持ち上げていた。
実家では特に料理もせず、その後も一人暮らし用の小鍋しか持ち上げていなかった私にとって衝撃的だったが、おばあさんにとっても衝撃的だったようで「あんたはどこぞのお嬢様だったのかね」とつぶやいていた。
鍋は結局おばあさんと一緒に持ち上げることになった。異世界での初めての共同作業はおばあさんとともに、ということだなとなんとなく自嘲する。
ちなみにコンロにはガスが通っているらしく、お水も上下水道が完備だ。異世界味がない。
だが、思いがけないことに私の料理は好評だった。丁寧に灰汁取りをしたり、臭みけしをしたり、キノコや海藻類からだしを取った調理法がよかったみたいだ。
たまに来るクアンさんも、無表情ながらもひたすらに食べてくれる。その様子は何か胸に来るものがあった。なんだろう。番犬の餌付けに成功したような……?
ある日そんな失礼なことを考えていると、ふと顔を上げていた彼と目があった。
深い落ち着いた緑色をしている。
そういえばまじまじと目を合わせたのは初めてかもしれない。この世界に来た初日からずっと世話になっているというのに初めて瞳の色を知った。
(私、この人について何も知らない)
そう思った。おばあさんについては階段を上がる歩調、掃除用の雑巾を絞る硬さ、煮物のゆで時間、もう色々と知っているのに。
(きっとこの話、小説にしたら恋愛ジャンルじゃない)
ちなみにもう一つ大切な役目がある。それは入浴介助。湯船に入るときにも転んだことがあるらしく、クアンさんが心配して『手伝ってやってほしい』とお願いしてきた。
初めて入るときは、どうすればいいのか分からずとりあえず薄着になって浴室にいたら、
「何してるんだい。あんたもお脱ぎ」
そう言われたものだった。二度に分けて入るなんて風呂を沸かす効率が悪い。そもそも服を着たまま手伝いなんてして濡れたらあんたが風邪をひくだろうと言われた。口調はきついけれど、言っていることは優しい。
同性とはいえ他人と一緒にお風呂と言うのはやはり気恥ずかしかったけれど、入ってしまうとてんやわんやであっという間に入浴時間は過ぎた。
一度目は二人して戸惑いながら入ったけれど、二回目からは先に私がお風呂に入って体を洗い、湯船に浸かって待っていろと指示されるようになった。
その後適宜おばあさんを手伝うけれど、私は基本的に湯船の中。この家の主人を差し置いて私が一番風呂になることに後ろめたさを感じつつ、やはり湯船は気持ちいいので一日の疲れを癒せる時間になっていった。この世界にも湯船があったことにとても感謝した。
そして思う。
(お風呂イベントがおばあさんとって。やっぱりこの世界、恋愛ジャンルじゃない!)