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④ 新生活スタート

 クアンさんに連れてきてもらった家の中には、おばあさんが座っていた。


 彼の祖母で、この人に育ててもらったのだそうだ。


 扉を開けたらすぐに食卓のあるつくりの家で、そこの椅子に腰かけ、編み物をしている姿はとても温和に見えた。


 とはいえ、私は身元の証明もできない、しかも刑務所から出てきたばかりの身。不審な人物だと思われてしまうかもしれない。恐る恐る、彼の背後から少し身をずらし、お辞儀をする。


 クアンさんが紹介してくれる。


「おばあさん。彼女が前から話していたマユさん。今日からおばあさんと二人で暮らしてもらうことになると思う」


 え、なに? そんな話聞いていない。わたしがそう驚きつつクアンさんを見上げると、振り向いた彼が頭を少し下げる。


「マユさん。ここに来るまでにちゃんと話せていなくてごめんなさい。ここで預かってもらうことを条件に、署長に無罪の処置で進めてもらう話が進められたんです」


「そうなんですね」


「気に入らなかったら別の場所を用意します。でも、申し訳ないが、しばらくはこの家で我慢してほしいです」


「申し訳ないのはこちらの方です」


 あそこで私が過ごしている間、裏側でそんなやり取りをしていてくれたとは。やはり異世界でも前科が付いてしまうのは嫌だ。知りようがなかったとはいえ、何も知らずに随分と呑気に過ごしていた気がする。


「早くお上がり」


 おばあさんがそう言う。


 玄関の戸を閉め、家に上がらせてもらった。そして改めて挨拶をする。


 のっそりと緩慢な動きでこちらを見るおばあさん。その目は……とても鋭かった。


 ドキッとするどころの話ではない。ひゅっとのどが鳴った気がする。蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった私を、おばあさんはゆっくりと見つめていた。


「ああ、言い忘れていた。彼女は鬼の教官と呼ばれいた元刑務署長で、今も現役で指導員をしているんです。とても厳しい人です。だからこそ彼女の監視……見守りの下ならと、出所許可が出たわけなんですが。理不尽なことはしない方ですから、安心してください」


 少し前から思っていたけれど、この人、言葉が足りない傾向にない? 聞けば丁寧に説明してくれるけれど、後出し情報が多すぎて頭が追い付かない。


 ありがたい申し出なことに変わりはないし、このおばあさんも善い人なのだろう。厳しそうだけれど。


 できる限り丁寧に、もう一度頭を下げる。それからしっかり前を向いて、


「突然のお話なのに受け入れていただきありがとうございます。正直、今の状況も今までの状況も何もわかっていないので、多大なご迷惑をおかけするかもしれません。それも最小限で済むように努力いたします。これからしばらくよろしくお願いいたします」


 息切れしながらも、なんとかそうお願いをした。


 失礼の無いよう、怒られないよう、細心の注意を払って何とか紡ぎだした言葉。ここしばらくで最大に頭を使った気さえする。たいしたことは言えていないけど。


 王族のパレードを邪魔してしまった時はそれどころじゃなかったし、牢屋でも戸惑うばかりだったけれど、その時点では周りは敵ばかりに見えていた。


 でも、ここはちがう。私を助けてくれる人に対して、精一杯対応したつもりだ。


 ここまで連れてきてくれた彼に対しては何のお礼も言っていなかったなと思い至るも、彼は二階に上がっていってしまい、言うタイミングを逃してしまった。彼はおばあさんに「お願いしますね」と一言(ひとこと)言ったのみ。彼の行動は全く読めないので困ってしまう。


 二人きりにされ途方に暮れていると、おばあさんが手招きをしてきた。きっと空いている椅子に座りなさいということだろう。けれど、無断で座るのも違う気がして、おばあさんのそばに立ち、待つ。緊張しすぎて声も出ない。面接に来ている気分だ。


 あまり間も空けず二、三回うなずいた後で「お座りなさい」と言ってくれるおばあさん。


 彼の言う通り、理不尽なことはしない人のようだ。


 ここまで来るに至った経緯を聞かれる。


 厳しさもあるけれど優しさもある。そんな話し方だ。ここに来て初めて親身にしてもらったようで、少し涙が出てきそうになる。


 刑務施設でも待遇は悪かったわけではないけれど、それでも職員はみな立場があるのだろう、少々威圧的だった。クアンさんは怖くはなかったけれど、距離を保った対応だった。


 でも、おばあさんは時折相槌を打ちながら、話を聞いてくれる。机の上にきつく組んだ私の両手を、そっと撫でながら。


 気が付いたら日本にいた時の話やそこでの悩み事。そして残してきた家族はいないか? という流れの中で恋人の有無まで聞かれ、素直に吐き出している途中ふと気が付いた。


 これってマイルド尋問では?


 このおばあさん、かつての鬼教官で今も現役指導員。つまり尋問なども一流だろう。余計なことを言ってしまったのではないかと、だらだら冷や汗が流れ始める。


 ここで不審な行動を取ってはいけないと、それまで通りに話し続けようとするも、それもそれで変ではないかと、よくわからなくなってきている時に、クアンさんが下りてきた。


 そちらに気を取られた隙に、おばあさんに手をポンポンと叩かれる。


「大丈夫だよ。あんたは大丈夫だ」


 そう言うおばあさんの言葉の意味ははっきりとはわからないが、何かを認められたようだ。


 おばあさんが振り返り、孫であるクアンさんと目で何やら会話をする。クアンさんはうなずいて両手に抱えていたお布団を部屋の隅に下ろす。


「マユさん。あなたに頼みたいことがあるんです」


 彼が話してくれた。ここで過ごさせてもらうことの交換条件なのだという。それは、おばあさんの、介護。


「別にオシメを替えてもらおうとかは言わないよ。ただね、私も重たい物が持てなくなってきているんだ。そういうちょっとしたことを手伝って欲しい」


 ここでただで住まわせてもらうのも気がひけると思っていたので、役に立てるならかえってありがたかった。


「日中は、そのニホン?と言うところに帰る方法を探していてもらってもいいし、好きに過ごしていていいです。特に今は囚人でもないですし、監視……保護下と言っても行動制限もありません。危ない区域があるので、どこに行くのかはおばあさんに相談してから行ってください。どうしても遠方に行きたいなどと言う場合は、私に相談してもらえればできる限りお連れします」


 青年もそう言ってくれる。ありがたい話に涙が出そうになった。改めて二人に、


「よろしくお願いします」


 そう言ってお辞儀をする。お辞儀が長くなってしまったのは、こぼれそうになった涙をこらえるためだとは、知られていないといいな。

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