③ 牢屋から追い出される
好青年がようやく話をしてくれたのは、町の雰囲気が変わってきてからのことだった。そもそも、彼の名前はクアンさんだということも、ここで初めて教えてもらった。
刑務施設のあった地域は大規模工業地帯のような、良くも悪くも整備された無機質な環境にみえる場所だった。
「実際、工場が多いですよ。場所が場所なだけに、一般的な住宅は建ちにくいんです。社員寮があるくらいかな。基本的に工場地帯に指定されているんです」
警察官の鍛錬所などもあり、あそこらへん一帯は腕っぷしに自信がある者が多く住んでいるため、万が一脱走者がいてもすぐに捕まえられるだろう、とのことだった。
一方今いる場所はクアンさんの地元らしく、アットホームな雰囲気がする。
「ここら辺は工場勤務の人や警察官、その家族が主に住んでいる土地です」
そう教えてくれる。
「実はマユさんの無罪は早い段階で確定していました。パレードの邪魔をしたことは大勢に目撃されてましたが、その場に突然現れたこと、そして動揺して周りを見回していたことも目撃されてました。ですが、あなた自身も言っていた通り、身元引受人がいない」
クアンさんは丁寧に話してくれた。衝撃の事実だ。
「また、もし不敬罪に問うとします。不敬罪は連座制、つまり親族含めて罪に問われるのですが、身元不明なことで誰を対象にするのかを詳しく調べなくてはならない。とても手間のかかることが予想されました。その処遇で揉めていました」
相続のとき相続人全員に連絡を取らなくてはならないのと似た感じかなと、他人事のように思う。
「不敬罪の対象で、かつ身元不明である者に対する処遇の前例がなかったのです。密入国は基本国の外周で起こります。こんな国の中枢にまで至るものとは想定されていなかった。法の抜け穴です」
「そうなんですね」
「はい。実は罪に問えてしまえば変な話、マユさんにとっても良い形になると想定されていました。窮屈ですが牢屋にてしばらく過ごしてもらい、その最中に職業訓練、そして刑期終了後は監視つきですが指定寮にて過ごしてもらうことも考えられていました」
「……はい」
「しかし、先程述べたように前例がないため、刑が確定しない」
「はい」
情報量が多すぎて、もはやうなずくしかできない。
「つまり、どちらの判定がくだされてもその後の処遇が不透明だったのです」
そして最終的に、無罪放免にするという判断がくだされたらしい。罪に問われて牢屋生活もよかったが、うっかり重労働に処されるリスクもゼロではなかった。何よりも経歴に傷をつけないで済む方法を署員で話し合ってくれていたらしい。
内密な決定事項として、施設から出たあとの身元引受人にクアンさんが名乗り出てくれた。内密であるから、施設から出るときにも彼が引率していることが公然の事実になってしまうと何かと面倒なので、一応の変装をしつつ建物の前からこの地域へと連れだしてくれたのだという。
ありがたい。
でも、つまり、この人とこれから暮らすということ?
結婚もしていない、なんなら恋人もいない身の私が突然男性との二人暮し!? 助けてくれるのはありがたいけれど、この異世界転移、なんてハードモード? とも思ったのは事実だ。
この青年、とても誠実そうな顔をしているし、なんならイケメンと言っても差し支えないだろう。派手ではない。王子様のようなキラキラしさもない。なんというか、おばあちゃんたちからも人気のありそうな、そう、やはり好青年という言葉がぴったりな風貌。
だとしても! うら若き乙女(?)である自分が突然の男性との二人暮し……。異世界ファンタジーにありがちな展開かもしれないけれど、実際自分の身に降りかかると、心臓に悪いことがよく分かる。
そしてそんな私の心配も杞憂に終わる。
彼が自分の家に着いたと告げたその家は、簡素ながらも温かみがある木造二階建て。ここらは同じような建築様式の建物が並んでいる。
軒先の飾りつけの違いがそれぞれの家の顔になっている。彼が扉に手をかけている家は、小さなお花がいくつか並べてあり、そのどれも丁寧に手入れがされているのがわかる。
彼は所帯持ちか? そんなところにお邪魔していいのか?それとも暮らしも丁寧なのか? と色々思考を巡らせる時約一秒。
扉の向こうに、おばあさんが座っているのが見えた。




