② 牢屋生活
牢屋は思ったよりもいいところだった。
北欧のどこかの国では牢屋は綺麗だと聞くが、ここもそんな感じ。ゆったりとした一人部屋。ベッドとデスクと細身のワードローブがある。シャワー室とトイレまでついている。
なんだろう。ここ、私の日本での一人暮らしの部屋よりも居心地がいい。ここから放逐されても住むあてなどないのだから、ここにずっと住んでいたいと思い始めたほど。
だって、ここを出てもきっと誰も助けてくれない。パレードの警備の人たちの怒った顔はとても怖かったし、周りの人たちもものすごく訝しげに私を見ていた。
最初に見たこの世界の人たちは私にとってちょっとトラウマ。
だから、ここにしばらくいたいと思った。
最初に入れられていた場所はひとまずの取り調べ場所で、留置場だそうだ。
今入れられているのは牢屋。牢屋は刑が確定した場合、もしくは当分刑が確定しないと判断された場合に収容される場所らしい。すべてひっくるめて刑務施設と呼んでいるそうだ。日本の刑務所と似ているけれどシステムは若干違うのだろう。
留置場と牢屋は同じ施設の別棟だった。なのであの好青年お兄さんも棟をまたいで担当を続けてくれていた。
お兄さんは尋ねればいろいろと説明してくれる。
私が悪い人間ではないということは、署内の者たちの同一見解となりつつあるとも教えてくれた。そのため私の扱いも丁寧だった。
ある日、衝撃的な発言をされる。なんと、牢屋から出されると言うのだ。
「やめてください! 私はこの地に身寄りも何もないのです」
私は必死に抵抗した。
「見た感じ私が好意的に受け入れられそうな町の雰囲気でもなかったです。ほとんど見てないですけど。住む場所も仕事もありません。何か仕事を斡旋してくれたりしますか? そうでなければ私はのたれ死んでしまいます」
必死で懇願したが、無情にも追い出されてしまう。せめて今後の方策が立ったあとにしてほしかった。
当然日本に帰りたいという思いが一番にくるが、私一人ではどうすることもできない。助けてくれる人が必要だが、そんな人を見つける前に一人でなんとか生きていかなければいけない。
この全く知らない世界で。
結局どうあがこうと、牢屋を追い出されてしまった。施設の門をくぐった後、呆然と立ち尽くす。
施設の前は大通りで、その向かい側は工場のような場所。人の気配がしない通り。延々と続く灰色の壁はあまりにも無機質で、どこに行けばいいのかも皆目見当がつかない。
途方に暮れていると、不意に背後から腕をそっと掴まれる。
そしてその人物は有無を言わさず私を歩かせ始めたから相当に焦った。
見知らぬ土地で見知らぬ人間に接触されたのだ。死まで覚悟したが、その人物の顔をのぞくと心の底から安堵した。こんな感情のジェットコースターは初めてだ。
その人物は牢屋の好青年だった。
「しっ。静かに前を向いて」
好青年は自身も前を向いたまま素知らぬ顔で歩く。
彼は目深に帽子をかぶり、服装も普段の制服とは系統の違った無粋なトレンチコートのようなものだった。
事情も聴けぬまま、辺りの様子も見ることのできぬまま、促されるままに足早にそこを立ち去るしかできなかった。