第── 5話 停滞幻覚
六畳和室の中心に一人、机の上にある紙面と睨めっこをしていた。
深夜は更に冷え込み、部屋の中の気温も外と同様に冷気で満たされていた。冬用の羽織を着込むも、それでも尚寒さの方が勝っている。暖房を準備しようと心の中で決心しながらも、鉛筆でカリカリと文字を書き進めていた。
今やっているのは近日に提出する課題である。苦手科目を相手にするのは気が引ける。それでもやらなくてはならないと、半ば面倒臭い気持ちを背負いながら事を進めていた。
しかし、その間もなんだか妙な感覚に襲われている。いや、襲われているのは私の思い込みなのか。それでもやはり妙な感覚だ。普段とは違う感覚がある。
思考を体と見立てれば、その体の中でいう胃の部分に当たるその場所に、泥でも溜まっているのではないかというぐらいにどんよりとしている。
思考の一部分が錆びついた車輪のように回りづらい状態になっている。
その影響か、あらゆるものが止まっているように感じてしまう。
今目の前で行なっている課題も、鉛筆こそ書き進んでいれども、それすらも進んでいないように感じる。やがてその感覚は別のものにも反映されていく。
時間だ。まるで時間が止まったかのような感覚だ。時計の秒針は一秒一秒を刻んでいる。それでも何も進んでいないと錯覚している。
なんとも言えない停滞感。行なっている事も、まるで空を掴んでいるような曖昧な感じになっている。
どんどん増していくその停滞感に愈々気分が悪くなる。思考回路はやられ、気付けば書いていた手も止まっていた。遂に体も止まってしまった。
心体共に止まってしまったことに気付いたのは数十分経った頃だった。呼吸をも忘れて虚無を眺めていた。最初に取り戻したのは呼吸する感覚だった。その呼吸から、思考が再開する。
あぁ──駄目だ。
そう思った瞬間、思考の淀んでいた部分が溶け出した。
──寝た方がいい。
眠った方が楽だと確信し、私は鉛筆を置いて立ち上がった。部屋の明かりを消して寝床へと向かった。
その時の布団はとても心地が良く、その日、久しぶりにスッと眠ることができた。