第-1 10話 ネガティブの雪
少女は座っていた。目を瞑り、外の世界から切り離された自分自身の世界にいた。目を瞑ると、視界には真っ暗な空間が広がっている。
しかし、日常生活のことを考えていくうちに、その真っ暗な空間から靄が見えてきた。
最初に現れたのは雲だ。灰色よりも濁っている鈍色の雲だ。少女はその雲を下から見ていた。
やがて、その雲は広がっていき、真っ暗な空を覆った。そして、一つの巨大な塊となった雲からは雪が降り始めた。その雪は余りにも汚く、濁っていて、見るだけで気分が沈むものだった。
降雪量は少ないのにも関わらず、少女の足元は急速に積もっていく。少女は頭や腕にその雪が積もっていくのを感じていた。しかし、少女は依然として動かず、座った姿勢のまま目を閉じた。
次に目を開けた時、雪は少女の目元まで積もっていた。体の殆どが雪の中に埋まり、座った姿勢のまま動かせない状態になっていた。
少女がその雪を見た時だった。その雪に対して強い拒否感を抱き始めた。今まで静かだったのが嘘のように、理性が崩れていく。
動かない筈だった体が、微かだが動かせるようになった。体の末端から動かせるようになっていく。指先を動かした時に、動かした分だけの雪が、砂のようにサラサラとしていくのを感じた。指先でほじくり、手で掻き、腕で除けていった。座っていた姿勢だったこともあり、上半身と共に三角の形を作っていた両足が現れた。
全身が動かせるようになった時、立ち上がり逃げるようにして目を開いた。
少女は目を瞑る前は座っていたが、目を開けた時には立っていた。少女はジャーキングに似た衝撃を感じながら辺りを見渡した。少女は明かりの点いていない私室の真ん中に立っていた。少女は両ポケットを探りスマートフォンを取り出して時間を確認した。丁度日が沈み切る時間だった。少女は大きな溜息を吐いて、ベッドの上に倒れ込んだ。
どうやら、日常生活の事を考えているうちに、心の中に溜まっていたものに支配されていたようだ。
あの雪に支配されると、抵抗できないまま埋め尽くされてしまう。
あの雪は塵も積もれば山となるように、心を少しずつ蝕むものだった。
あの雪は、心の中で考えれば考えるほど、侵食する速さが増していくものだ。
少女は自身の心に良くないものが溜まっていると思い、ベッドから降りて、直様私室を飛び出した。洗面所に行くと、蛇口を捻った。冷水を両手で掬い、それを顔面に押し当てた。顔が熱くなっているのを、冷水の奥から感じた。
冷水を顔面に押し当てた事で、考え込んでいた頭の中がそれによって霧散した。一つ息を吐き出すと、心無しか体が軽くなったような気がした。心に溜まっていた良くないものが、少し除かれているような気がした。