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そして時間は動き出す。

かつて、人々にとって「世界」というものは「酷く狭いもの」という認識だった。


それは家族であった。それは集団であった。それは社会であった。やがてそれらは文明となった。

家族という一つの共同体で身を寄せ合った暮らしは集落、村落へと変わり、やがて都市へと発展した。

それら全てがひとつの国家になり、文化が生み出された。

彼らにとってはそれが「世界」であった。


ひとつの文明、国家を作り上げた人々は、

そのうちに自らとは異なる文明や文化、価値観を持つ人々が、

同じ大地の上で至極当然のように生きている事を知る。

彼らはそんな人々を「蛮族」と呼称し、時に嘲り、時に迫害した。

また時に侵略し、侵略され、時に自らの支配下に置き、支配下に置かれた。


しかしまた時には、大いなる難敵と立ち向かうために互いに手を取り合った。

人は異なる民族同士で協力するという事を、即ち同盟を結ぶという手段を学んだ。


それらを繰り返していく間に、人は「世界というものは広い」という事を知った。


「世界は広い」という知識を得た人々が次にとった行動は、

自らの国の支配領域を拡大するための路を作る事だった。

人と人を、都市と都市を、国と国を繋げるための、広く大きな街道を。

それは後に交易路となり、様々な恩恵を多くの人々にもたらした。



それから更に時が経ち、やがて人々は大陸を遥かに超えた海の向こうにも、

未だ見果てぬ領域があるという事実を知る。

その事実は彼らを愕然とさせたが、同時に大いなる期待を抱かせた。


「私たちが生きるこの世界は、途方もなく広いのかもしれない。

 私たちが思っているよりも、その何倍も」


その期待は希望へ、好奇心へ、欲望へと姿を変え、人々を海へと駆り立てた。



「そうして始まったのが、大航海時代という訳ね」


「読書は後にして頂けますか?

 まだまだ片付けなきゃいけないところが、沢山残っているんですよ」


掃除の最中だというのに、掃除を手伝うどころか次から次へと棚から本を取り出しては

読書に浸る乙女に、アーサーは窘めるように告げる。

「わかってるわよ」と頬を膨らませ本を元の場所に戻す乙女の横顔を、

アーサーは嘆息しながらも、どこか微笑まし気に眺めていた。


遡ること一時間前。

本来の目的を思い出したふたりは、まずとっかかりとして部屋の大半を占める本棚の整理から始める次第となった。

長年引きこもり生活を送っていた乙女と祖父・ニックスが所有する書物は尋常ではない量となっており、

なるほどこれは床が傷んでも仕方ない、とアーサーが思ってしまうぐらいの蔵書がそこにはあった。


「よくこれで床抜けませんでしたね……」


「抜けたわよ?

 何回か、何十回かは忘れてしまったけど」


「事後ですか……」


あっけからんと乙女は言い放ち、アーサーは呆然と真下のクルミ材でできた床を見つめる。

乙女の天真爛漫な言動に、ここに来てもう何回精神的に振り回されたか、もはや数え切れない。


──でもやっぱり、可愛いんだよなぁ。

"従者"としての性故か、幼少期に面倒を見て貰った恩があるからか、

それとも惚れた弱みからかなのかは判然とはしないが、心底から彼女に強く物申す気には一向になれない。


今だって、労わる様な手つきでクルミの床板を撫でる乙女へとアーサーが視線と共に注ぐのは、

胸の内から溢れ出んばかりの思慕の念だ。

それが喉からほとばしらないのは、ひとえにアーサーの鋼鉄の自制心のおかげだろう。


「書庫の方も、もう数えきれないくらい床が抜けちゃって……

 それで『もうあそこに置けないなら、いっそこちらに移してしまいましょうか』という話になったんだけど。

 やっぱり駄目ね。本に限らず、物を床の上に置きすぎちゃったら駄目なのよ。

 ただでさえ老朽化してるんだし」


「老朽化」の一言に思わずハッとなる。

やはり彼女は気づいていたのか、とアーサーは眉根を寄せた。


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