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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

金魚が食べられちゃう話

作者: 蝉空子

生物が死んだことを示唆する描写があるため、念のため残酷な描写ありにしています。


夕暮れ時、神社のお祭りに年の離れた弟を連れて行く。弟は甚平を着せてもらってご機嫌だ。鳥居の横で小躍りしちゃってる。対して私は部活帰りのジャージ姿、乗り気で無いお祭りに不機嫌だ。


そして、数分後。同じ場所に立っているのは泣き喚いている甚平姿の男の子と、途方にくれているジャージ姿の女子高生だ。



_________


部活から帰って、よし、お風呂に入って、ご飯だ。と思っていたら、母さんが熱を出して寝ていた。弟は昼寝をしていたが、大好きな戦隊ヒーロー(リーダーのレッドだ)の人形が障子に刺さっていた。ヒーロー破れたり。相当暴れたことが推察できる。


うん、起こさないようにこっそりお風呂に入ってしまおう。と考えたが、母さんに呼び止められる。


「ごめんね、今日ごはん作れてないし、材料きらしちゃってるの。何か買ってきてくれる? 母さんのはいらないから」


うん、仕方ない。みんなのご飯のためだもん。買い物に行く準備をする。といっても、学校鞄を置いて、エコバックと財布を待つだけだけど。


ずずず、と音がして振り返ると弟が起き上がったところだった。私の顔をみて、ぱぁっと笑顔になる。可愛い。しかし、今は嫌な予感しかしない。それは昼寝をする前の弟が暴れた理由に心当たりがあるからだ。見たら誰もがおやつをあげたくなってしまうくらいの可愛い笑顔が、今は悪魔の笑みに見える。さあて、買い物行ってきます!と玄関に向かおうとするが、いつのまにか足元を弟が抱きしめている。可愛い。否、悪魔に拘束されている。


「おねいちゃん、お祭り、連れてって!」


逃避は間に合わなかった。障子に刺さったレッドを見ながら、ノーという選択肢は無いんだろうな、と私は溜息をついた。



_________


近所の神社でお祭りをしている。弟がお祭りのために甚平を買ってもらって、椅子の上で踊っていたのが今朝だ。母さんと一緒に行くのだと言っていた。毎年、お祭りのイベントの1つで、夕方に小さい子にはお菓子を配っているから、その時間に合わせて行くつもりだったんだろうな。


母さんが夕食も出店で食べてきなさいとお小遣いをくれた。それにしてはちょっと奮発されている。うーん、子守代かしら?


そしてイベントスペースの近くの鳥居の横でお菓子が配られているはずだった。のだが、少し前にお菓子の配布は終了して、片付けをしているところだった。残念だったね、綿あめでも買おうかと弟に尋ねると、泣き喚きが開始されました。あー、どうしたものかな。


ひとまず人が少ないところに移動する。弟は抱っこしようとしても暴れるからひきづってきた。レッドが袋に印刷されてる綿あめや、レッドのおもちゃがある輪投げがあるよと言っても、効果は無いようだ。あ、ザリガニの素揚げも売ってる、珍しい。疲れてきた、屋台で夕食だけ買って帰ってしまおうか。買ってる間に落ち着くかな、落ち着きますように。


そう考えて、近くにあったやきそばの屋台に向かうが、途中でおじさんに呼び止められる。


「ボク、金魚すくいしてみないかい?」


そういって泣いている弟に緑のポイを差し出すおじさん。いや、無理だろ、弟は喚きのスイッチ入っているから。そう思っていたが、弟は知らない人に話しかけられてびっくりして、一瞬泣き喚きが止まる。


「このポイで、しょいっとすくうんだ」


畳み掛けるおじさん。弟はポイを不思議そうに見ている。


「金魚だよ、知らない?」


弟はそこで金魚が沢山泳いでいるビニールプールに気がついた様子。プールの前に座り込む。おじさんナイス。


弟は差し出されたポイを貰って、水の中の金魚を追いかける。あ、駄目だって、追いかける方向と一緒にしたらすぐに紙が破けちゃう。


案の定、一瞬で紙は破れた。


「おねいちゃん、これ、みて、やぶけた」


おじさんは弟を見て笑っている。弟はやぶけたポイのままで金魚を追いかけている。逃げる金魚。しかし、この金魚たちの動きは鈍いな。私でも取れるんじゃないか。


見ているとついついやりたくなってしまって、おじさんにポイを貰って挑戦する。水面から金魚の動きをコントロールして、よし、今だ!と一匹の赤い金魚をすくいあげた。あ、破けた。……見たか、弟よ!と見ると、弟が拍手してくれている。可愛い。他人の成功を素直に喜ぶ弟、純粋。機嫌は直ったみたい。


おじさんに金魚はいらないからと返すと、おじさんに弟を見ろと視線で促される。はい、泣きそう。私も泣きそう。金魚持ち帰ったら母さんに怒られるもん。


だが、不可抗力とはいえ、母さんが熱出したのがそもそもの原因だし。とすくった金魚を袋に入れてもらう。


「可愛い弟くんだね。はい、1回200円」


うん、そりゃあ無料じゃないよね。弟の分はサービスしてくれたけど、私は自発的に金魚すくいしたからね。


その後、輪投げをして、綿あめとやきそばを買う。あの時は無視されたのに、弟は輪投げと綿あめの存在をしっかり聞いていたみたいです。子守代じゃなくて、これを見越した金額だったんだなぁ。


神社の隅、丁度いい岩があったからそこに腰掛けてやきそばを食べる。すぐ横の池から来る風が気持ちいい。屋台のご飯は外で食べるのがいいんだよな。


弟は綿あめを先に食べたから、やきそばはあまり食べれないみたい。部活帰りでお腹の空いている私が必然的に弟の残りを食べる。弟は私が食べている間、金魚を見たいというので、金魚の入った袋の持ち方をよく説明して渡した。振り回さない、逆さまにしない、金魚に優しくするようにというと、ちゃんと繰り返して言えたので金魚を渡した。私はちゃんと説明しましたよ。


やきそばを頬張っていると、すぐ近くでぽちゃりと音がした。池に何か住んでいるのかな。弟は岩に座ったまま、金魚の袋を対岸の提灯の灯りにかざしている。粋な奴め。


やきそばを食べ終えて、さあ帰ろうと弟を岩から下ろす。


「おねいちゃん、のど乾いた」


そういえば飲み物買ってなかったな。私も喉が乾いた、ラムネを買いたいけど、貰ったお金はやきそばを買ってちょうど底をついてしまっていた。


家まで我慢するか、水でいいなら神社の水道から飲むかなと弟に決定を委ねる。


水でいいと言うので、丁度近くにあった蛇口まで連れて行くが、弟は水を出しても動かない。

あ、弟は可愛がられているから蛇口からそのまま水を飲んだことないんじゃないかな。私は部活で持っていく水筒じゃ足りないから、蛇口から直接飲む経験は豊富でぐびぐび飲んでいた。弟にはお淑やかに蛇口から水を飲む方法を教えてやろうと、両手をお椀に見立てるやり方を見せるが、弟の手は上手く水を溜められず口をつける前に溢れてしまう。

蛇口からそのまま飲ませるかな、と考えていると、弟は持っていた金魚の袋の水を捨てて水道の水をいれて、袋から飲み出した。手際が良すぎて止める前に一口飲んでしまった。ごっくん。あー、口の水を出すのは諦めよう。毒ではないし。金魚の袋を取り上げる。袋の中は水が半分ほど入っているだけだ。


「あれ、金魚は?」


弟は水を蛇口に口を近づけて飲んでいる。私が最初にやってたやつだ、見てたんだな。そんなことより、金魚がいない。下水に落ちたかなと見るが、排水溝は網がかかっていて金魚が隙間から落ちてしまうことはないだろう。


考えたくない可能性を思いつく。


弟に聞く勇気はなかった。まあ、毒ではないし!


黙っていれば、母さんにも怒られないし。うん、何も見なかったことにしよう。うん、本当に見ていないんだもん。



帰り際、金魚のおじさんの前を通った。おじさんと金魚を見ないように歩く。


「ボク、ダメだよあんなことしちゃ。嬢ちゃんも子守大変だけどちゃんと見ないと」


どきりとして振り向く。このおじさんは見ていたのか。確かに池の対岸にさっきの蛇口は位置している。聞きたくないが、目撃者がいるなら聞かねばならない。


「あの、金魚を、食べてませんよね?」


「何を言っているんだい、嬢ちゃん。金魚はもう食べられちまっているだろうよ」


聞かなければ良かった。やらずに後悔するより、やって後悔する方が良いっていったやつ誰だよ。後悔しかないよ。弟、お腹壊さないかな。生魚慣れてないだろうし、寄生虫とかいたらどうしよう。おへそから針金みたいに細い虫が出てきたりしないかな。事実を確認したことで急に不安になってくる。病院、帰りに寄って行こう。


「教えて下さりありがとうございます。ところで、この近くでこの時間にやっている病院は知りませんか?」


「病院かい?どこか怪我したならお祭りの救護所があるよ」


「いえ、怪我ではなくて」


「おねいちゃん、ママなら、おやつのまえにびょういん、いったよ。おくすりあるから、だいじょうぶだよ」


弟、優しい!それに比べて私は母さんに怒られることを恐れて、一度は現実から目を逸らしてしまっていたわ。なんと不出来な姉なのだろう。


「おじちゃん、ちいさいおさかなさんね、せまくてかわいそうだから、バイバイしたんだよ」


バイバイ=消化されて死ということだろうか。その前に窒息するのかな。比喩表現が巧みに使えて凄いわ、弟。おねいちゃん、主犯からも証言を得て泣きそう。


「ボク、優しいね。でもね、お魚とかはね、一度とったら逃しちゃいけないんだよ。もともとそこに住んでる他のお魚さんたちと喧嘩しちゃうこともあるからね」


「え、じゃあおさかなさん、けんかしちゃう?」


「いや、この池は喧嘩にはならないだろうね。でももう逃しちゃダメだからね」


気苦労だったようだ。弟よ、いつのまに逃したんだ。あ、私がやきそば頬張ってた時か、その時しかないもんな。疲れたけど、私は安心した、弟は金魚を食べてなかった。


おじさんにもう一度お礼を言う。おじさんがちょいちょいと招くのでなんだろうと思い、腕がぎりぎり届かない距離までは近づく。おじさんはそれが正しいと、悲しそうな顔をしながら声を潜めて、


「この池、ザリガニ池っていってさ。しかも結構大きいのよ。多分もう食べられちゃってると思うよ」


私は頷いた後、このお祭りでの金魚に関わることは全て無かったことにすると決めた。


カナカナカナと蝉の声が神社の林から聞こえてくる。


弟は輪投げの景品のレッドの指人形をはめてご機嫌だ。不恰好なスキップをしながら、鳴き声を真似している弟は、きっと金魚のことはもう忘れているだろう。
















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