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『アベルの書』の不思議な力

 

 金色で縁取りされた茨模様がまるで生きてる様に蠢きながら変化し、それによって、何故かボクの名前が題名となった漆黒の本……『アベルの書』の一ページ目には『魔』の文字だけが記されていた。

 続く二ページ目には『蔵』の文字があり、更に三ページ目には『体』の文字で、四ページ目には『風』の文字が記されている。全て、一文字ずつだ。

 各文字にどんな意味があるかは分からないし、漆黒の本の題名がボクの名前で記された理由も分からない。

 薄気味悪いこの本をこの場に捨てていく事も考えたけど、ボクの名前が題名になってしまったし、もしかしたら捨てた事で呪われる可能性も無きにしも非ずなので、セシルの提案を受け入れギルドで鑑定してもらう事にした。


 という事で、ボクは『アベルの書』を異次元空間の『蔵』へとしまい、セシルと共に休憩地点を後にして『深淵なる真理』の入口を目指して歩き出した。


 ☆☆☆


「必ず出るのよね、ゴブリン。しかし、入口から休憩地点までの二カ所、必ず行きも帰りも出るのって不思議よね。どうする、アベル? どちらか片方のゴブリンで戦闘の訓練する?」


 セシルの言う様に、迷宮を出る途中にもゴブリンが現れた。今回も一体ずつだ。休憩地点で休んだ事により驚く程に疲れが取れていたボクはセシルの提案に素直に応じる事にした。


「うん、やってみるよセシル。何故だか分からないけど、今回はやれそうな気がするんだ。……寝た事が良かったのかな?」

「分かったわ。でも……危なくなったらすぐ助けるわよ?」

「ありがとう、セシル」


 ゴブリンが出現しているのは、ボクが首を撥ねてトドメを刺したゴブリンが居た場所と寸分違わずに同じ場所だ。新たに出現したゴブリンは尻の辺りをボリボリと掻きながらキョロキョロと辺りを見回している。まだこちらに気付いて無い様だ。

 あれから何時間か経過したからか、ボクが殺したゴブリンの死体は消えていた。

 通常、迷宮の外では魔物の死体が消える事は無い。その為殺した後に放置すれば、他の魔物に喰われるか、動物に喰われるか、もしくはアンデッドとして蘇り再び魔物として動き出したりする。

 所が迷宮ではそんな事は起こらない。何故ならば、迷宮の魔力によって生まれた魔物は、殺されて時間が経てば再び魔力へと分解されて迷宮へと吸収されるからだ。

 魔力から生まれた魔物が吸収されればどうなるか。答えは何も残らず消える。当然だよね。

 ならば、冒険者が迷宮で魔物を殺し、その体を素材として持ち帰ればどうなるか。答えは、迷宮から持ち出した魔物の素材は手元に残るけど、その分、迷宮自体の魔力は減る。

 迷宮の魔力が減ればどうなるか。最終的には迷宮の魔力が枯渇して迷宮そのものが死んでしまう。

 だけど、そうはならない。何故ならば、ボク達冒険者は微弱ながら普段から魔力を体の外に放出しているからだ。つまり、迷宮はそれを吸収している。他にも、冒険者が放つ魔法の魔力も迷宮は吸収しているのだ。

 なので、迷宮が死ぬ事は無く成長し、それによって冒険者が稼げなくなる事も無い。

 迷宮と冒険者は共存共栄とも言える関係なのだ。


 それはさておき、今は目の前のゴブリンに集中しよう。


「さっきも言ったけど、初撃に集中して、アベル!」

「分かってる! はぁぁぁ……!」


『アベルの書』の『体』の項目で使える様になった身体強化の魔法を施し、父さんの形見の長剣を正眼に構える。身体強化の魔法が効力を発揮し、両手で持つのが精一杯だった長剣の震えがピタリと止まった。

 だけど、いくら身体強化が使える様になったからと言って、『魔』の項目でも分かる通り、ボクの魔力はまだそこまで多くはない。強化率は1・2倍といった所だ。しっかりと長剣を持てる様になったとは言え、これではようやく駆け出しの初心者剣士と同等だろう。

 なので、『風』の項目によって使える様になった風属性付与の魔法で長剣に風を纏わせて長剣の鋭さをアップさせる。これにより剣技の拙さをカバーするのだ。よし――準備は整った。


『ギャヒヒヒ!』


 ボク達に気付いたゴブリンはボクを馬鹿にしてるのか、それとも獲物が来たと喜んでるのか、半ばで折れた錆びた剣をグルグルと振り回し、下品な笑いをその表情に浮かべている。ボク達を女の子が二人だと勘違いして舐めてるのかもしれない。ボク、男なのに……。

 しかしボクはともかく、セシルは女の子でもゴブリンを瞬殺出来る力があるのに、それを見抜けないのはやはりゴブリンという事かな。

 いつまでも見つめ合ってても埒が明かないので、ボクから仕掛ける事にした。


『ギ!? ギャハッ!!』


「ぐぅ……ッ! はぁッ!!!!」


 僅かに上がった身体能力に戸惑いながらもゴブリンの懐に潜り込み、胴を目掛けて長剣を横薙ぎに振ろうとする。――が、それよりもゴブリンの振り下ろしの方が速かった。

 咄嗟に長剣の軌道を変えて、ゴブリンの振り下ろしを受け止める。身体強化のお陰で力負けする事も無く、ゴブリンの折れて錆びた剣を弾き返し、返す長剣でそのまま袈裟斬りにする。


『ギャアアァ……ァァ……ァ……』


 断末魔の叫びを上げるゴブリン。『風』を纏わせて鋭さのアップした長剣はゴブリンの体を意図も容易く切断した。


「やったじゃない、アベル!」

「はぁ、はぁ、はぁ……! うん、ボクにもゴブリンが倒せたよ!」


 初めて一人でゴブリンを倒せた事による高揚感からか、殺した事による吐き気も無く素直に喜ぶ。だけど、既に体は疲れでヘロヘロだ。『アベルの書』の効果で魔力が幾らか増えたと言っても、普通の人から比べたら全然少ない。ゴブリン一体を倒すだけでも魔力が底を尽きそうだ。訓練あるのみ、だね。


「ところでアベル……何で身体強化や剣に風を纏わせられるの? さっきまで使えなかったじゃない」

「あれ? そう言えば、何でだろう……?」

「それに、あの黒い本はどこにしまったの?」

「どこって……あッ!」


 セシルに言われて気付いた。『アベルの書』は当然の様に『蔵』へとしまい、更に今まで魔力が足りなくて使えなかった身体強化の魔法や剣に風属性付与を施す事も普通に使っていた事を。それらは無能なボクには使いたくても使えない魔法ばかりだった。

 何故、魔法が突然使える様になったのか。考えられるのは『アベルの書』しかない。恐らく、この本を手に入れたから魔法を使える様になったのだろう。

 ともあれ、ボクは『蔵』から本を取り出し、もう一度詳しく調べる事にした。


「ちょっと待って、アベル! 今……何もない空間から本を取り出したわよね……? それって、収納魔法じゃない!?」

「みたいだね……。どうやらボクが手に入れたこの黒い本はとんでもない物かもしれない……!」


 そう、ボクが何気なく本をしまっていた『蔵』とは、『異空間収納』の魔法だった。

 となれば、『体』の項目は身体強化を表し、剣に風属性を付与する魔法は『風』の項目に当て嵌まるのだろう。

 そうなると『魔』の項目とは魔力を表す事になる筈だ。改めてページを開いて確認すると、一ページ目の『魔』の項目に書かれている『魔』の文字が二つに増えている。この文字が増えれば増えるだけボクの魔力も増える……という事だと思う。

『蔵』のページを見ると『蔵』の文字が多少大きくなっている。文字が大きくなっているのは異空間収納の容量を表すのかもしれない。

『体』のページも『蔵』のページと同じで、『体』の文字が大きくなっていた。だとすると、『体』の文字の大きさで強化率が分かるって事かな。

 以上の事を踏まえて考えると、つまり、『アベルの書』に書かれている文字はボクが現在使える魔法と、その使用レベルを表しているのだろう。


「あれ? さっきまで文字があったのに、消えてる……?」

「え? ちゃんと書かれてるよ? 文字が増えたり大きくなったりしてるけどね」

「あたしには見えないわよ!?」

「どういう事だろう……? セシルは分かる?」

「……分かるはずないでしょ!? でも……つまりはそういう事よね……」


 どういう事だろう? ボクはセシルに続きを促す。


「その本……アベルを持ち主として認めたって事よ。アベルが夢で手に入れたんだからアベルの物だとは思ってたけど、休憩地点の部屋の中に居た時点ではあたしが持ち主になってた可能性もあったって事ね、文字が読めたって事は。いや、アベルの名前が題名になったんだから、あたしが持ち主になる事は無いか。でも良かったじゃない? これでアベルが無能なんて呼ばれる事も無くなるんだから!」

「でも、魔法が使える様になったと言っても、ゴブリンを倒すだけで精一杯だよ? Eランクのランクアップ試験は何とか合格出来るかもしれないけど、やっぱりコツコツと訓練しないとダメだと思う」


 そんな事をセシルと会話しながら『風』のページを開くと、『風属性付与』の文字の他に、『風の囁き(ウィンド・ウィスパー)』という文字が増えていた。魔法なのかな?

 新しい文字……魔法が増えたとしても、どちらにせよセシルには見えないみたいだし、新しい魔法は後日改めて検証する事にして今日はさっさとレイナスに戻ろう。今のゴブリンとの戦闘で疲れたってのもあるけど、ギルドで一応この本の鑑定をしてもらわなきゃだし。


「じゃあ、もう一体のゴブリンもアベルが倒す? 訓練になるわよ?」

「ごめん、もう無理! さっきのゴブリンとの戦闘で魔力がもう無いよ」

「仕方ないわね。でも、試験までまだ一週間あるんだから、明日からも訓練を頑張ろーッ!」


 セシルの言う通りだね。試験に合格出来るかもしれない目処が立ったんだし、無能と呼ばれたボクも何とか戦える力を手に入れた。あの夢は不思議としか思えないけど、無能なボクを神様が助けてくれたのかもしれないね。


 ともあれ、こうしてボクは『深淵なる真理』の迷宮で不思議な黒い本を手に入れた。そして戦う力もだ。今はまだまだ弱いけどね。


 となれば、先ずはFランクからの脱却だ。そしていつかはセシルと肩を並べて冒険するんだ。そうなれば、いずれ父さんと母さんみたいに……なんてね。


「アベル? ゴブリンから討伐証明の耳と魔石の回収しないとダメよ?」

「……そうだった」


 ……セシルと肩を並べて冒険はともかく、その前にボクが学ぶ事はまだまだたくさんありそうだ。

お読み下さりありがとうございます。

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