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迷宮『深淵なる真理』

 

 ピチョンピチョンと何処かで水滴が垂れる音が微かに聞こえる中、ゴツゴツとした石畳の様な通路を歩く。空気はどこか湿った感じがしていて、ボクは少しの息苦しさを感じた。

 通路の先に目を向けてみれば、岩や鍾乳石といった壁がどこまでも続いている様な錯覚を感じる。


 そう、ボクが今居る場所は、迷宮『深淵なる真理』。通称『初級者の祠』だ。


 洞窟を彷彿とさせる通路は不思議な事に暗くはなく、薄暗いけどもそれなりに視界は確保出来る。

 これは迷宮特有の事らしいんだけど、壁が魔力を帯びて微かに発光してるかららしい。

 迷宮の最深部には『核』と呼ばれる物が存在し、その核が迷宮に魔力を供給してるんだって。凄く不思議だよね。

 そして供給された魔力からは魔物が生まれ、長い年月魔力を浴び続けた鉱石は物質変化を起こし、魔力を含んだ宝石や光る壁へと変わるみたい。

 ちなみにだけど、核は長い年月を掛けて成長するらしく、それに伴って迷宮自体も成長するのだとか。中には成長しないで、その分の魔力を宝箱に変える事もあるなんて話も聞く。滅多に無いみたいだけどね。

 そんなごくまれに見付かる宝箱の中身はと言うと、不思議な魔道具だったり、様々な効果が付与された武具だったり。まぁ、滅多な事では宝箱には遭遇しないみたいだから、見付けた人はすっごく幸運だよね。何せ、中身は本当のお宝なんだから。

 滅多に見付からない宝箱から手に入る物は、売れば最低でも100万ゼルの価値があるらしく、正に一攫千金だ。中々売る冒険者はいないみたいだけど。

 冒険者は宝箱などの夢を求めて迷宮に潜るんだけど、だいたいは発生した魔物の素材や魔力を含んだ鉱石、迷宮みたいな特殊な環境下でしか生えない薬草類を目的としてるんだよ。


 迷宮の説明はさておき、ボクが何故迷宮に居るかと言うと、


「ほら、アベル! そこに罠があるから気を付けてって言ったでしょ!」


 セシルと一緒にランクアップ試験の為の訓練に訪れてるってわけ。


「うわっ!? あ、危なかったぁ……。ありがとう、セシル」


 落とし穴の罠を何とか回避し、セシルに礼を述べる。穴の中には先の鋭い尖った岩が見えている。もしも落ちていたら大怪我じゃ済まなかっただろう。


「本当に気を付けてよ? この先もう少し進むと休憩地点があるから、それまでは気を抜かないで行きましょ!」

「う、うん……!」


 しかし、セシルがここまで積極的に協力してくれるとは思わなかったよ。相談してみるものだよね! ……そのお陰で大変な思いはしてるけど。


 事の発端は昨日の夜の事。セシルとの夕食の時だった――


 ☆☆☆


「いいよ! 丁度暇だったし、あたしも協力してあげる! アベルもランクアップすれば、あたしともっと一緒に居られるもんね!」


 ギルドで薬草の納品を済ませたボクは、セシルと一緒にギルド内にある酒場で夕食を食べていた。ボクはサンドイッチと少しばかりのお肉が入ったスープなのに対し、セシルはしっかりとしたステーキと野菜サラダ、それに麦酒を頼んで美味しそうに頬張っている。

 だけどセシル、冒険者としての稼ぎが違うのは分かるけど、もう少しボクに気を使ってくれてもいいと思うよ? 無能を証明されている様で切なくなってくる。


「だけど、本当にいいの? ボクはセシルと違って戦う力も無いし、だから逃げる事しか出来ないんだよ? 無能って言われるのは伊達じゃないんだから……」


 セシルの食事を見ながらサンドイッチを齧り、もう一度その事を確認をする。うん、いつ食べても美味しいサンドイッチだ。パンに挟んであるシャキシャキの野菜と柔らかく煮込んだお肉がベストマッチだね。

 お肉のしつこさを野菜がサッパリとさせてくれるから幾らでも食べられそうだ。お金が無いからこれ以上は頼まないけど。

 もう一口サンドイッチを齧った所で、ステーキ肉を口いっぱいに頬張ったセシルが口を開く。……口の中の物を飲み込んでからにしようね?


「だからぁわらひ……ックン。だからあたしがアベルを鍛えてあげるって言ってんの! あたし、こう見えて凄く強いんだから!」


 自分でもはしたないと思ったのか、あっ! とした表情をした後に口の中の物を飲み込み、照れを隠す様に語気を強めて話すセシル。17歳と言えば子供の仕草と大人の雰囲気が同居する頃だとよく聞くけど、今は子供が勝ってるかな? 可愛いから許される事だよね。


「うん、セシルが強いのは知ってる。ボクが弱い事もね。でも……ありがとう、付き合ってくれて。セシルの好意を無駄にしない為にも、そしてボク自身の為にも、今度の試験は合格しないとね!」

「うん、その意気よ!」


 こうしてセシルはボクに付き合って迷宮に行く事を了承し、ボクは翌日から訓練をする事になった。

 少しの蓄えがあるから一日くらい薬草採取をしなくても大丈夫だけど、試験までの一週間ずっと訓練だったらさすがに生活出来ない。

 でも、セシルがずっと訓練に付き合ってくれるなら、迷宮の素材が少しは手に入るし、それで何とかなるかな?


 ともあれ、いつもの革の胸当てと刃毀れしたナイフの手入れをし、ボクには重過ぎて使えなかった長剣……父さんが冒険者時代に使っていたロングソードを用意してから眠りに就いた。


 ☆☆☆


 ――もう少しで休憩地点とセシルは言っていたけど、そこに辿り着く前に迷宮の洗礼を受けた。魔物だ。


「ゴブリンかぁ。でも、アベルの相手にはもってこいの相手だよね、戦い方の良い訓練になるし。今回はあたしが戦い方のコツを見せるから、次はアベルが倒してみてね! はぁぁぁッ!!」


 ギゲゲゲと、意味不明な言葉を発しながら現れたゴブリンは一体。迷宮に魔物は付き物だけど、浅い層で出て来る魔物はだいたい一体だけで現れるらしい。

 これは他の迷宮では考えられない事らしいけど、だからこそこの迷宮が『初級者の祠』と呼ばれる所以だとか。ゴブリンなどは普通二体から三体で現れるからね。

 レイナスに拠点を置く冒険者はこの迷宮で魔物との戦い方を学び、罠を学び、素材を学ぶ。全てを兼ね揃えているからこそ、その通称で呼ばれるんだろうね。


 おっと、いけない! せっかくセシルが戦い方をボクに教えてくれようとしてるのに、余計な事を考えて見てなかったら怒られちゃうよ。セシルの立ち回りに集中しなくちゃ……!


 気迫の籠った声を上げたセシルの体は仄かな光が覆い、身体強化を施した事が分かる。

 身体強化とは、魔力を体の隅々に満たす事で筋力を上げる魔法で、魔力の多い者や熟練者は実に数倍の強化が得られるらしい。

 魔力も少なくて、熟練度の低い者でも1・2倍の強化が得られるのだから、冒険者にとって必須な魔法と言えるね。当然、無能なボクには使えない魔法だ。


「シッ!」


『ギギャア!!』


 身体強化で上がった速度を活かし、腰の刀の柄に手を掛けたままゴブリンの下へと疾走するセシル。

 対するゴブリンはと言うと、セシルを女と侮っているのか喜色の叫びを上げて棍棒を振り回している。


「当たる訳無いでしょッ! フッ!!」


『ギ!? ゲギャアアアァ……ァ……ァ……』


 ゴブリンの振り回す棍棒を掻い潜り、その懐に飛び込んだセシルは腰の刀を抜刀して一閃。その後納刀しつつも素早い身のこなしで横に移動すると、そのままボクの所へと戻って来た。

 セシルが横に移動するのと同時、ゴブリンの頭はぐらりと揺れて地に落ち、頭が無くなったその首からは勢い良く緑色の血が噴き出した。その後一拍の間を置き、首を失った体が力を失い倒れて行く。

 正に電光石火と呼ぶに相応しいセシルの戦闘に、ボクは言葉も無く魅入る事しか出来なかった。


 その戦闘を呆然と見ていたボクに、セシルはドヤ顔で話しかけて来た。


「どう? アベルは身体強化が使えないって言ってたけど、ゴブリンは初めの攻撃さえ何とかすれば簡単に倒せるのよ?」

「……そんな簡単に言うけど、ボクに出来るか分かんないよ。でも、次はボクなんだよね……。何とかやってみるけど、危ないと思ったら助けてよ?」

「…………。まっかせなさい!」

「その間は何!?」


 セシルの様子に何だか不安になるけど、もう少しで休憩地点だし、何とか頑張ろうと思うよ。


 だけど――


「ひいぃぃぃ!?」


『ゲギャギャギャ!』


 ――ゴブリンの棍棒が頭を掠める。ボクは情けない悲鳴を上げた。

 何とか棍棒の範囲から逃れてゴブリンを見ると、ボクの必死な様子がよほど可笑しかったのか、腹を抱えて下品な笑い声を上げていた。


「ああ、もう! 棍棒を避けたんなら何で攻撃しないのよ! その立派な長剣はお飾りなの!?」

「そんな事言ったって……ッ!? うわぁぁぁ!!」


『ゲギャーッ!!』


 セシルが自分に攻撃して来ない事を理解したゴブリンは、ボクがセシルの方によそ見した隙を狙って再び棍棒を振り下ろして来た。

 持っていた長剣を手放して体を捩る事で、ボクはゴブリンの攻撃を何とか回避する事に成功する。


 けれど……


『ゲギャギャギャ!』


「長剣を取られちゃったじゃない!? ……しょうがない、アベルは後ろに下がって!」

「わ、分かった!」


 ……父さんの形見である長剣はゴブリンに奪われてしまった。

 しかも、ボクが両手でやっと持つ事が出来る長剣を、ゴブリンは何と片手で軽々と持っている。力もゴブリンより劣るのか、ボクは……。自分でも情けなくなってくるよ。


『ギャアアアア!!!?』


「ゴブリンには勿体ないわ、返しなさい!」


 ボクの代わりにゴブリンとの戦闘に突入したセシルはあっという間にゴブリンの両腕を斬り落とすと、父さんの形見の長剣を握ったままのゴブリンの腕をその辺に投げ捨て、笑顔でボクへと渡してくれた。


「後はトドメを刺すだけだからアベルにも出来るわ!」


 はい、どうぞと言わんばかりの満面の笑顔で長剣を渡してくれるセシルだけど、その顔にはゴブリンの返り血が付いてるから凄く恐ろしく見える。


 トドメ……ボクにも刺せるだろうか。


 でも、ゴブリンは両腕をセシルに斬り落とされて地面をのたうち回って苦しんでる。魔物とは言え、いつまでも苦しむのは嫌だろう。


 ボクはセシルが取り戻してくれた長剣を振り上げ、重さに震える両腕を何とか堪えながらゴブリンの首目掛けて振り下ろした。

お読み下さりありがとうございます。

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