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無能と呼ばれた冒険者

 

 日が傾き、薄暗くなりつつある森の中を大きなカゴを背負って歩く。春先の肌寒い気温の中、一筋の汗が頬を伝った。


「おかしいなぁ……この辺に生えてると思ったんだけど……。早く見付けないと夜になっちゃうよ」


 足元に生い茂る草を目を凝らしながら見つめ、ボクはそう呟く。今日は諦めようかな、なんて言葉も頭に浮かんできた。


 ボクの名前は『アベル=シーファ』。年齢は17歳で、性別は男。職業は冒険者をやらせてもらっている。

 ……とは言っても、冒険者を始めてから10年もの間ランクアップ出来ずにいるから、ランクは最低のFランクのままだ。だから一部の冒険者からは『無能』なんて呼ばれてたりする。


 容姿は平凡……とは言えないかも。鏡を見る度に思うけど、どう見ても女の子にしか見えない。

 柔和な目元に、筋は通ってるけど小さい鼻、プックリとした唇は鏡を見る度にため息が出てくるよ。もっと男らしい顔に生まれたかった。

 女顔以外の特徴としては、髪の色が真っ白な事と、肌の色も透き通る程の白さ、それに瞳の色が赤いって事かな。

 そういう特徴を持った人は珍しいみたいだけど、数百年に一度の割合で生まれるらしく、『アルビノ』と呼ばれるんだって。

 アルビノとして生まれたのはいいけど、男にしてはボクの身長は160cmと低く、更に肌の白さとも相まって、その事がより一層女の子に見える容姿に拍車を掛けている。

 産んでくれた両親に文句は無いけれど、せめて体の大きかった父さんに似れば良かったのにって思うよ。


「やっと見付けたぁ……! これで目標クリアだ! しかし危なかったなぁ……もうじき日が暮れる所だったよ」


 そんなボクは今、ギルドで受注した依頼で薬草を採りに『レイナス』の街からほど近い森林に来ている。


 あ、ギルドとは『冒険者協同組合』の事で、幾つもの国を股にかけて展開する、冒険者を支援する為の巨大な組織の事だよ。

 各国の王都や皇都などの首都にそれぞれ本部が置かれ、それぞれの国の各都市や街に支部が置かれているんだ。

 各本部にはグランドギルドマスター、通称グランドマスターがそれぞれ一人居て、その国の各支部のギルドマスターを統括してるんだって。

 グランドマスターとギルドマスターの関係じゃないけど、各支部のギルドマスターの下にも何人ものギルド職員が働いていて、ボクたち冒険者のサポートをしてくれるんだ。

 ボクはギルドマスターにさえ会った事は無いけど、職員さんにはいつもお世話になってる。Fランクのボクにも優しく接してくれるからね。ありがたい限りさ。


 それでギルドの業務内容はと言うと、一言で言うなら冒険者への仕事の斡旋や仲介かな。お客さんから依頼料として支払われる内の数パーセントを仲介手数料として受け取って運営資金とし、残りを冒険者の成功報酬に充てるみたい。

 依頼の流れとしては、お客さんからの依頼をギルドが受理して、それを難易度でランク分けして依頼票を作成し、それを依頼掲示板に張り出すんだ。

 すると冒険者は、その張り出された依頼票を自分のランクと照らし合わせて選び、選んだ依頼票を持って受付カウンターに行って、そこで受付の職員さんとの手続きを経て初めて依頼を請けた事になるんだ。

 ギルドは、冒険者が依頼を達成すれば成功報酬としてお金を支払うし、失敗すれば当然報酬は支払わない。あまりに酷い失敗だとペナルティとして、逆に冒険者からお金を徴収する事もあるみたいだよ? 薬草採取が専門のボクは失敗してもお金は取られないけどね。

 魔物の討伐を専門にしてる冒険者は命を懸けて依頼を請けてるのに、失敗してお金を取られるなんて嫌だよね。でも、そういう依頼は成功報酬が凄く高いから別に構わないのかな? 魔物専門の冒険者は、依頼の失敗=死の図式が成り立つからかもしれないけど。死んだらお金は取られないもんね。


 あと、ギルドの他の業務で忘れちゃならないのが冒険者のランク付けだね。冒険者のランクとはいわゆる信頼度の事だよ。

 依頼を受けて目標を達成するとポイントが加算され、ポイントが一定値まで貯まるとランクアップ試験を受けられる様になるんだ。

 その試験に合格してランクアップすれば、より報酬の高い依頼を受けられるし、高ランクの冒険者ともなれば、貴族と同等の扱いにまでなれるんだって。

 冒険者ランクは最低のFランクからスタートして、Eランク、Dランク、Cランクと上がり、B、Aを経て最高はSランクらしいよ。

 レイナスの街では最高でもBランクの冒険者が一人しか居ないんだけど、その人ですらとんでもなく強いらしいのに、Sランクなんて言ったら、Fランクのボクからすれば神様みたいなものだよね。


 長くなっちゃったけど、ギルドの説明はこんな所かな?


 そうそう、レイナスの街についての説明がまだだったね。

 レイナスとは、世界三代勢力の内の一つ『マリベル王国』の外れに位置する辺境の街だよ。北には険しい山脈が連なり、周りを森林に囲まれている地域に在るんだ。

 辺境の街とは言っても、1万人程が暮らしてるからそれなりに栄えているし、活気もある。いわゆる地方都市ってやつだね。

 そしてボクが拠点としている街であり、同時に生まれ故郷でもある。と言うか、レイナスの街しかボクは知らないけどね。他の村や街に行った事が無いし。

 ちなみに、レイナスは辺境の街という言葉でも分かる通り、とっても田舎だね。魔物が少ない事と、近くに『迷宮』が二つ在る事が取り柄かな?


 とまぁ、長々とした説明はさておき、薬草採取に話を戻すよ。


「よいしょ……っと。よしっ!」


 薬草の周りの土を円を描く様にナイフを使って掘り、根を傷つけない様にして採取すると、背中に背負っていたカゴの中へとそっと優しく入れる。

 ちなみに薬草の見分け方は、魔力があるか無いかで見分けるんだ。目を凝らすとぼんやりと光ってるから分かりやすいかな。

 それでも素質が無いと分からないみたいだから、ボクみたいな冒険者が適してるかもね。

 ボクは『魔術師』としての素質があるみたいなんだけど、魔力が低いし魔法も使えない。かと言って、健康だけど体もそれ程強くないから剣術も出来ない。無能と呼ばれる所以だね。

 そのお陰でランクも上がらないし。だから薬草採取が適してるってわけ。

 ボクの愚痴はともかく、カゴの底には布を敷いていて、その布は水で濡らしてある。その布の上に土ごと薬草を置けば、鮮度が保たれるんだ。そうすると、通常よりも多少だけどギルドでの薬草の買い取りに色を付けてくれるんだよね。

 それでも依頼の最低ノルマは10株。色が付いたとしても、一日働いて1500ゼルにしかならないんだから世知辛い話さ。

 あ、ゼルについてだけど、分かるとは思うけどお金の単位の事だよ。

 お金の価値としては、定食屋さんで一番安い定食が500ゼルで食べられると言えば分かるかな?


「さて、魔物に注意しながら帰らなくちゃね。いくら魔物が少ないレイナス周辺って言っても、全く居ないって訳じゃないんだから気を付けなくちゃ」


 半ば口癖になってる言葉を呟き、ボクはレイナスへと戻る為に森林の中を街道へと向かって歩き出す。少し急がないと、本当に日が暮れちゃう。

 カゴに敷いてる布の水気もそろそろ乾きそうだし、いつもは安全な道順を通って帰る所だけど、今日は少しだけ近道をしようかな。


 そう思ったボクが馬鹿だった。


『ギヒヒヒッ!』


 ボクの進む方向の木陰から、一体のゴブリンが姿を現した。

 ゴブリンとは暗緑色の肌色をしていて、醜く歪んだ顔が特徴の小鬼族に属する魔物だ。小鬼族という事で、額からは小さな角も生えている。

 大半のゴブリンの身長はボクよりも小さい150cm程で、目の前のゴブリンもその例には漏れない。だけどその手には、どこから手に入れたのか錆びた剣が握られているし、しかも体には、ボロボロだけど革の鎧まで纏っている。

 その上、ゴブリンの討伐推奨ランクはEランクで、ボクのFランクだと数人掛りで討伐を推奨される強さなんだ。

 つまり、薬草採取で日々の生活費を稼ぐ万年Fランクのボク一人では到底勝てない魔物という事だ。


「ひぃぃぃッ!!!?」


 そんなゴブリンの出現に情けない悲鳴を上げるボク。

 万年Fランクのボクでも、しっかりとした剣や防具を装備してれば万に一つくらいは倒せるかもしれないけど、両親を早くに亡くしたボクは日々の生活だけで精一杯。狩人だった父さんが遺してくれた革の胸当てと布製の服、それと薬草採取くらいしか使い道のない刃毀(はこぼ)れしたナイフだけじゃ、どう頑張ってもゴブリン一体にすら勝てない。


 だから今のボクに出来る事は、とにかく逃げる事。逃げて、逃げて、逃げて……精一杯に逃げて、何とかゴブリンを撒くしか生き残るすべは無い。

 ボクにも戦う力があれば……なんて思うけど、先ずは逃げて生き延びなきゃ!


 幸いな事に今ボクが居る辺りは、日頃薬草採取で良く訪れる場所だ。木の生え方、生えてる草の種類に、時おり見掛ける倒木の位置まで頭の中に入っている。

 どこを通って、どこを目指せば逃げられるかは、何度も経験してるから大丈夫な筈だ。


 ボクは下品な笑い声を上げながら近付いてくるゴブリンに背を向け、その場から一目散に逃げ出した。


 弦が巻き付いた木を右に曲がり、人が隠れられるくらいの岩を左に折れた。その後見えてくる倒木を飛び越えて行けば、いつもの帰り道である街道が見えてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ……。た、助かったぁ〜……!」


 日暮れが近くても、街道には少なからず人通りはある。大半は商人やその護衛の依頼を受けた冒険者たちだけど、いずれも万年Fランクのボクなんかとは違い、ゴブリンくらいなら一刀の下に斬り伏せる事が出来る人達ばかりだ。商人以外は、だけどね。

 ともあれ、そこでようやく一息ついたボクは森林を振り返った。ボクを追い掛けていたゴブリンは、倒木の辺りで悔しそうにしながらも森林の奥へと帰って行く。よほどボクを仕留められなかったのが悔しいのか、ゴブリンは何度もこちらを振り返って見ていた。


「明日からはあの辺で薬草採取は出来ないや。明日は一日休んで、明後日から南の草原に行ってみるか」


 ブツブツと独り言を呟きながら、商人の引く馬車とその護衛である冒険者数人の後を、付かず離れずの距離を保ちながら歩く。近付き過ぎると、逆に護衛料を取られるかもしれないからね。


 そうしながら街道を歩き、程なくすると、レイナスの街がボクの視界に入って来た。

お読み下さりありがとうございます。

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