第4話-1 開放されし者たち
✥プロローグ✥
「ねぇ、コンちゃんはさ…もしも世界から魔物がいなくなったらどういう職に就きたいの?」
月夜。なんとなく聞いてみた。斜め後ろを歩いていたコンちゃんは綺麗なフリルの上から着ているケープを巻き直して首を傾げて言う。
「どういう職……ですか………。そういえば考えたこと無かったですね。急にどうかしたんですか?」
次の女神像を目指す旅の途中、あたしとコンちゃんは宿に二人の仲間を置いて夜の街を探索していた。ここに来る道中でも、沢山の魔物に遭遇した。あたしはどうしても夢を見てしまう。魔物がいなくなったら…って。
「なんとなく…、かな?コンちゃんって魔法で戦うところ以外あんまり想像できないからさ。」
ふ、とコンちゃんは息で笑った。石造りの町並みに足音を響かせながらしばらく思案すると、ゆっくりと口を開く。
「………今のところ、思いつかないですね…。」
「え、なんで?何か興味ある職業とかないの?コンちゃんの力を活かす職業とか…」
「うーん…そう言われても、光と闇を使う職業って何かありましたっけ?」
真面目な子だから、とっくに考えてると思ってた。言われてみれば魔法が主体の職業って、あまり思いつかない。私はとりあえず思いついたものを言ってみた。
「魔法技師はどう?スイッチに触れただけで光るランプを作るの!炎みたいに熱くないランプを作れると思う」
「私はそんなに器用じゃないですし…それに、今働いている魔法技師さんの仕事を奪うのは本望じゃないんです。」
「……じゃあ、魔物がいなくなったら何になるの?」
私の質問に、コンちゃんは困った様子で俯いてしまった。悪いことしちゃったかな?
「っ………。イネス先輩は、何になりたいんですか?」
逃げるように、あたしに質問する。コンちゃんに隠し事があるのは分かりきっていた。
「あたしはね〜…自分の植物と治癒の力を研究して、治癒効果がある植物を作れるようにしたいんだ!」
街の高台にあるベンチに座って、星空を眺めた。澄んだ冬の空気で星たちの輝きが増しているように感じる。あたしの声は息と一緒に夜空へ溶け込んだ。
「すごく…素敵な夢ですね。それに、そんな夢を持てる先輩自身が素敵です。」
コンちゃんが隣に座った。少し伏せられた深い蒼の瞳に星空が映って綺麗だ。こんな綺麗な娘が、いつも私達とともに魔物と戦ってるなんて嘘みたいだ。
「えへへ……そうかな…?あっそうだ!もしその治癒ができる植物ができたら、コンちゃん広めてよ〜!コンちゃんなら顔が広そうだし♪」
隠し事は嫌だけど、笑顔じゃないコンちゃんはもっと嫌。
「私が……ですか?」
「そうそう。コンちゃんの夢が決まるまででいいよ。」
そう言うと、コンちゃんは柔らかく微笑み承諾の返事をしてくれる。
彼女は優しい。
どこまでも純粋に、優しい。
第4話-1 解放されし者たち
アピちゃんから合同演習の話があった翌朝、私達は一緒に教室まで向かうことにした。昨日ロビーで会話した新しい仲間………アピリア・エストラーダって娘は、案外良い子でアピちゃんって呼んでも良いって言ってくれた。真面目に授業を受けている様子で、一体どうしてこの娘が能力開放されたのか不思議なくらいだ。
そんな事を考えながら玄関を過ぎ、一階の掲示板あたりに差し掛かった時の事だった。
廊下を通る生徒たち。次の瞬間、生徒たちは怯えた顔をして一瞬で廊下脇に避ける。コンちゃんはあたしを守るようにして廊下に寄せ、アピちゃんを引っ張った。当のあの娘は「……何?」と鬱陶しそうにな顔をしている。
「ラウル・ジョンパルトよ。」
コンちゃんがそう言って間もなく、大きな隙間の真ん中をつかつかと、黒毛混じりの赤髪が目に飛び込んだ。全身を捉えるのが難しいほど、背の高いパーカーの少年が歩き去っていく。
「それがどうしたの?」
アピちゃんはコンちゃんの手をゆっくり振り払って聞いた。
「知らないの?去年の暴力事件…」
それからコンちゃんは、あのラウル・ジョンパルトが暴力事件を起こして相手の青年を怪我させ、留年になったことを話した。アピちゃんはただラウルのことを目で追い、「そんなふうには見えないけど………。」と小さく言った。
「コンちゃん…もう過ぎたんだし、そんなに警戒しなくていいんだよ?」
変な雰囲気を打破したのはあたしだった。コンちゃんはちょっとぷりぷりした様子で「たった一人のSクラスでしかも女性ですよ?守らないわけにはいきません!」といつもの台詞を言う。コンちゃんだって可愛い女の子なのに。するとアピちゃんが不思議そうな顔をして近づいてきた。
「……そういえば、どうして三年生だけ一人しかいないの…?」
それには私が答えた。
「3年生が少ない、というか…2年生より下の子たちが多すぎるんだよね。殆どが南部出身の神官の子……貴族だから。」
「………?」
「簡単に言うと、コンくんたちより下の歳の子は、南部のあの事件が起こったときに学校に通っていなかった子たちなの。学校は南部の中でも都市より北の方にあるから、そこにいた人たちは無傷で北部まで逃げ込めたの。でも……都市に住んでいたコンちゃんみたいな子たちは、南の果てから攻めてきたやつらから逃げ切るために能力開放された子が多いみたい。それだけ苦しい経験をしたってことだよ。」
コンちゃんが遅刻するって言うから歩きながら説明したけど、アピちゃんはなおも不思議そうに首を傾げる。
「……?」
どうやら、学校のシステムがよく分かっていないみたい。そう思って、学校は9歳から15歳の子たちが基礎的な知識を学ぶところだ…と説明しようとしたときだった。
「イネスは…なぜ能力開放したの?」
アピちゃんは真っ直ぐな瞳であたしを見ていた。黄金の瞳はあたしを捉えている。どう答えていいのかわからなくて、あはは…と目をそらす。次の瞬間、アピちゃんが何か言おうとした途端にコンちゃんがあたしたちの間を通った。
「アピリア、貴女…先輩に対して失礼よ。今日は一緒に魔物討伐をするんだし、少しは和やかにしてほしいんだけど…」
「……何かこの話題に不都合でもあるの…?」
アピちゃんはまた、変わらない声のトーンで言った。あたしは何も言い出せずに俯くことしかできない。
「…さっき言った通り、深く追求するんじゃ無くて先輩として仲良くしてほしい、ってだけ。時間もないし、早く行きましょう。」
コンちゃんはあくまで冷静に言い放って、少し早歩きになった。あたしもその背中を追いかける。言葉にはできないけど、ありがとうって言いながら。
✥ ✥
チャイムとほぼ同時に、あたしたちは席についた。あたしの席は今日だけ2年と同じ席に用意されている。貴族出身の子が多いとはいえ、あたしと同じ服装をした子…いわゆる孤児や農民の子もいる。功績を上げるためにわざと弱い子と組み、蹴落とそうとすることもあるにはある…けど、みんな何かを抱えて能力解放をした仲間。人数も少ないし、嫌いにはなれない。
朝礼が終わると、クラスの中で午後から始まる討伐の準備が始まった。当然最初は組み合わせ決めだけどいつも組んでるコンちゃんはアピちゃんと組むかもしれないしどうしようかな。そう思ってコンちゃんの方を向くと、先生が話し出した。
「今日は奇数のようだな。なら一つ3人のグループを作ってもいいだろう。ドゥアルテ。お前はエストラーダとソラーノを見てくれ。」
コンちゃんは先生の方を向いて「わかりました。」と軽く返事をしていた。
なんだ、今日は奇数なんだ、とあたしは息をついた。1人増えただけなんだから当然なんだけど、コンちゃんと組めないと不安だったから安心だ。
ふと、私は残りの4人を見やった。普段あまり出席しない、私と同じ孤児のソレーダくんは、戦術書を読んでいるみたい。確か能力解放をするのが嫌で、剣術を使って戦ってるんだっけ。
そこに貴族出身の女の子…イーハがやってきた。赤茶の巻き髪に指を絡ませ、ソレーダの本を覗き込む。
「うざい」
ソレーダの直球な言葉に、私の胸が冷える。イーハは慣れた様子で戦術書を取り上げた。
「これ、一年生で習った内容じゃない。ちゃんと授業に出てればこんなのいらないわよ?あんたならもっとレベルの高いものを持つべきだわ」
「うるさい。ほっとけ」
尚もソレーダは冷たい態度を取る。なんだかあたしまでそう言われたような気分だ。
「そんなこと言わないでよ~。ね、今日は久しぶりにわたくしと組みましょう?」
隣を見ると、コンちゃんが向こうを見つめて肩を竦めていた。無事組めると良いんだけど…。
久々の更新となりました。今回はラウルの登場回でしたが、いかがでしたでしょうか。
4話はいくつかのパートに分けて投稿しますので、ゆっくりペースですがまた見に来てみてください!