第二話 学園と動き出す光
前回の続きから、アピリア視点で描かれます。
彼らの始まりの日、一体どんな一日なのでしょうか。前回よりいっぱいのボリュームで、全力でお届けします!
✥プロローグ✥
私は、力を手に入れてしまった。
きっと、手に入れるべきではないほどの力を。
目を閉じ、雨の中顔を夜空に向けて、ふうとため息をついた。
私の濁った水色の髪を、清らかな雨が流れていく。
服はとっくに水を含んで、街頭に照らされると艶めく光の輪を作っていた。
あの日、私は何かを思い出した。こうして雨に顔を晒して、目を閉じて。そして何かを使ってしまった。だからこんなことになってしまったんだ。
私は別に、Sクラスに行きたいなんて思ってなかった。何も思い出せないまま学校に住まわされ、生徒にされ、元々長生きする気もなかった。ただただ面倒なんだ、こんな力。思い出せず、ずっと無為に過ごせればよかったのに。
それなのに、出会ってしまったんだ。彼…いや、あの人をどう思ってるかなんて自分にもわからない。でもこの出会いは、偶然じゃないと思う。私は、共に生き残った仲間と一緒に生きたい。そう思うようになった。
近くにあった時計が、一瞬強く光った。長い針がぴったり0を指す。
そろそろ準備をしないと。
明日の試練に向けて____。
✥第二話 学園✥
Sクラスの生徒は2年生6名、3年生は一名、1年生は3名だ。私以外はコンクラッセと同じように1年生からいるらしい。定刻になってやってきたジョヴェヌ先生を交えて自己紹介を行った。
私の他にいる2年生のうち、農民出身の子が1人、貴族出身が2人いる。私は詳しく知らないけれど農民の殆どは孤児で、困った人もいるらしく、なかなか授業に来ないと聞いた。………とはいえ、殆どがお貴族様のようだ。格好を見ればひと目で分かるのだが、農民の子と仲良くしているのは傲慢そうな貴族だけで、私も関わりづらい。見れば農民であろう少女に眼鏡をした貴族の男が私物を磨かせているではないか。
やっぱり貴族は農民や孤児を貶めて良い思いをするものなのだろう。たとえ彼だけだとしても、そう思うのには十分な光景だった。
コンクラッセはどうなのか、と聞こうと思い振り返ったがその姿は見当たらず、そのまま講堂へ行くように指示が出た。学園長からの話を聞きに行くらしい。
あれだけレースやフリルの使われた服を着ているのだから、平民なわけがない。言葉遣いも丁寧を通り越して仰々しいとすら感じるし、きっと地位が高いのだろう。そう考えながら歩く校内は、一体いつ誰が掃除しているのかと思うほどに、豪華な装飾が朽ちることなく施されている。花のような形のランプに金の装飾が成され、窓枠は金の鳥と植物の飾りで縁取られている。私がつい先月までいた校舎とは全く作りが違って見えた。
そうやって辺りを見回しながら教師についていくと、教室を出てから2つ目の階段を下ったところでコンクラッセと合流した。
「……何をしてたの…?」
私がなんとなく話しかけると、
「…………校長先生の話は長いからね…雨にならないうちにテラスの花をしまってきたのよ。」
コンクラッセはふっと微笑んで答え、私のあとに続いて歩き始めた。
テラスには確かにたくさんの花が咲いている。すべてがプランターに植えられきっちり管理されていたが、それを世話しているのがコンクラッセだとは思わなかった。
「……どうして雨だと花をしまう必要があるの……?」
雨なんて、長くたって一日か二日で止む。何も仕舞う事までしなくても良い……そう思う。
けれどコンクラッセは首を振った。
「今日はおそらく、雨季に入る日なの。普段の雨なら必要ないけど今日は別ね。雨季に降る雨は植物に有害だから…。」
雨季。去年の授業で習った、この世界の季節の1つ。30日ほどの長い長い雨が降るとされている。土壌にも悪影響があるので結界師は常に地面に結界を貼らなければならず苦労しているとか。あまり外に出ないから分からなかったけれど、窓の外を覗くと確かに薄紫の雲が出ていた。
「凄い色………」
私が小さな声でつぶやく頃には、もう講堂の扉の前にいた。みんなが話すのをやめて中へと入っていくと、番号順になって席につく。
講堂は広くて、大きなステージにぽんと校長の話す台が置かれている。どこかの劇場のように赤くて優雅な舞台幕が端に寄せられ、洒落たランプがぼんやりとあたりを照らした。
そうして間もなく、白い髪の老人と思しき人が、舞台の真ん中へと歩いてきた。なんの合図もなくあたりは静まり返り、一斉にその老人の方へと視線が集中していく。進行役が礼を促した。
学園長、と紹介されたその人は拡声機能のある魔法器具を手にとり、「おはようございます、みなさん」と言った。去年も話していたでしょう、とコンクラッセに言われたが、好きで入ったわけでもない学校の入学式のことなんて覚えているはずがない。ふう、と息をつく。
校長はいかにもおじいさんと言う感じで、黒いローブを羽織っている。姿勢を正すと、再び口を開いた。
「改めて、入学、進級おめでとうございます。今日は、あなた達の門出の日です。あなた達はこの学校の生徒として選ばれた者たちなのですから、堂々と胸を張ってください。私達職員一同、あなた達を生徒として受け入れ、支援しましょう。
さて…、在校生の方には何度もしている話をします。よく聞いてくださいね。
この学校は、魔法の素質のある若者が、魔法とは何かを学び、そしてそれを使って人の役に立つことを学び、実践できるようにすることを目的としています。それには様々な形がある。………その多くは、わが大陸南部で増殖し始めた魔物の討伐ですが…魔物を倒すことが魔法の本質ではありません。まだ呪文も習っていない新入生には難しいかもしれませんが……、精霊と契約した魔法使いは、この世界で多くの人の役に立っています。しかし、それはごく少数。それとは対象的に呪文を扱える人はありふれています。ですから皆さんの目標は、呪文を身につけることではありません。
皆さんの最初の目標は、精霊と契約できる魔法使いになることです。それには呪文以外にも、教養や知識が必要なのです。
さあ、覚悟はできていますか。これから始まる生徒の皆さんの活躍に期待しています。」
話が長い。途中で何度も寝そうになった。
なぜ学園長というものはこうも話が長いのか、私には全くわからない。私はそのまま促されて、コンクラッセと教室へ戻った。
数時間して、ようやく学園寮の自分の部屋につくことができた。本当に疲れるだけの一日だった。もともと、学校生活なんて生きていく為の義務くらいにしか思っていなかったのに。こんな妙な力さえ開花しなければ、戦いに出されることもなかっただろうに。
そう思いながら、二段ベッドの上階に転がって手を天井にかざした。
暫く放心して天井を見つめていると、突然扉をノックされた。そういえば先生に部屋を移動するよう言われてた気がする。………面倒。
私は慎重にベッドから降りて部屋の扉を開けた。
そこにいたのはコンクラッセだった。少々真剣な顔立ちでこちらを見ていたのが、私と目が合うと少し目をそらした。きっとお貴族様にとっては、私のような身元の知れない人間がSクラスにいるのは不快なのだろう。
ぼんやりそんなことを思うと、コンクラッセは口を開いた。
「部屋移動の最中にごめんなさいね、少し話があるのだけど…大丈夫?」
出た。
コンクラッセ得意のお願いポーズだ。恐らく板についているのだろうけれど、胸に手を当て、軽く身を低くするその仕草は…とてつもない二面性を感じる。私は静かに頷いてコンクラッセを部屋に招いた。
扉を閉めると、コンクラッセはふぅと息を吐いた。
「本当に申し訳ないわね…。私を部屋には招きたくないでしょう?」
心なしか、先ほどと同じ微笑みが苦笑いをしているように見える。私が小さい声で「別に……」と答えると、なお申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
「………話について、なんだけれど…。アピリアが良ければ、私と行動をしないか…という提案なの。私といて不快でなければの話だけれど…」
確かに、申し訳ないと言う彼が言うべき話ではないと思った。しかし、Sクラスに詳しく、ある程度クラスでの地位がある人に養護してもらえるのは悪い話ではない。今のままではお貴族様の目の敵だ。
「……理由を聞かせて。」
私は顔を上げて、コンクラッセの方を見た。彼は私の反応が意外だったのか、少し間の抜けた顔をしている。
「あ………ええと、簡単に言うのであれば…アピリアが信頼できる人間で、なおかつSクラスに慣れていないから。誰かが面倒を見なければ、少しでも権力を強めたい貴族に敵視され、居場所がなくなる可能性があるからね。……今はそんな場合ではないのに。」
彼は眉をひそめ、拳を握って俯いた。よほど彼らに思うことがあるのだろう。……そういう意味では他の貴族とは違って、コンクラッセは信頼できると思った。ただ少し、ひっかかっていることがある。
「そんな場合ではないって………どういう事……?」
「それについては、混乱を招いてしまうから…安易に話すことはできないの。ごめんなさい。けれど絶対に面倒は見るって約束する。この問題を解決するのには………もっと仲間と力が必要なの…。少なくとも、能力開放が使える……いや、精霊と契約している魔法使いが4人……」
そんな事態に巻き込まれるのか、と思うと鬱陶しく思ったが、彼が私の面倒や立ち位置を確保してくれると言うなら、できる限りの協力は必要かもしれない。……私は前を向いて、コンクラッセに手を差し出して言った。
「…………よろしく。」
お読みいただきありがとうございました!
アピリアとコンクラッセが共に行動することになりましたね。これからどんなことが起こるのでしょうか。
また、前回がコンクラッセ視点、そ今回はアピリア視点となっているように、Lostersは視点を変えながら物語を勧めていく予定です。どうぞご期待下さい!