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少女流転  作者: 丸々
2/7

【2】戦場帰りの少女

ブックマークありがとうございます!

とても嬉しいです(^^)




彼女が国の存亡をかけ戦った大戦から、半年の月日が流れた。


共和国と三国連合の戦い。勝利は彼女の母国含む三国連合の勝利に終わった。

約七年間も続いた大戦は、戦闘員、非戦闘員に関わらず多くの戦死者を出した。行方不明になった者も入れればもっと増えるだろう。


この大戦を引き起こした共和国は国の名前を奪われ領土も無くした。元々その共和国は昔に三国連合に領土を奪われた事があった。歴史書に載る程昔の出来事だ。

それが今になって気に入らなくなったのか、共和国の権力者は挙って領土返還を求めたのがきっかけである。

今世の王達は血気盛んな御仁が集まっていた様で、その小さな痼り(しこり)は瞬く間に何国も巻き込む大戦に成長した。


そんな大戦に勝利し共に戦い抜いた三国は更に強く同盟が結ばったことだろう。 そう言い聞かせる様に国民はまだ戦災の傷も癒えていない中、顔に笑みを浮かべる。

大戦を生き延びた者は国で英雄扱いされ、半年経った今でも彼女を一目見ようと客が来るくらいだった。

うんざりするのはその話を社交界でさせようとする連中が多い事である。

忘れたいのに記憶を掘り起こされて、社交界が元々苦手な彼女はすっかり出不精になっていた。






****






音を立てない様に細心の注意をはらいながら廊下を侍女のウィナは早足で進む。


屋敷の勝手口を出て続く中庭に差し掛かると、芝生の上で行儀悪く寝そべり日向ぼっこをしている己の主人に、自然と眉間に皺が寄ってしまう。

近付き主人を見ると、体の力を抜き呑気に表情を緩め目を瞑っていた。



「もう、お嬢様! こんな所で寝そべらないでくださいませ!」

「ん…あ、ウィナかぁ。ごめん、あまりに気持ちよくて」



ウィナの主人である彼女、マリアナは控えめに笑みを浮かべた。

ゆっくり体を起こすと、適度に畳んで枕にしていたカーディガンを羽織る。

半年経って宣言通り、彼女は髪を伸ばしていた。まだ結うには短いが十分女性らしい長さになってきていて満足気だ。

乱れた髪を手櫛で整えウィナに向き合う。



「で、何かあった?」

「招待状です。その、また社交界のですけど…」



嫌そうにそれを受け取り差出人を確認すると、マリアナは更に顔を歪める。



「うわぁ、何回目だよこの人。いい加減にしてほしいなぁ。 私には話す武勲何て無いってのに。……ウィナ、また代わりに行ってきてくれない?」

「嫌です!前回の事で奥様に散々叱られたんですよ!未だに言われていますもの、もう変わり身は御免です。いくらお嬢様が六年間社交界に通っていなくてもそう言うのはバレるものです!」



前回、社交界を流石に断り続けているのに限界を感じたマリアナは手厳しい侍女を何とか説得し替え玉として出てもらったのだ。

バレた時には実母に酷く注意をされたが、その手がウィナにまで届いてしまったのは申し訳なく思っていた。



「母様はよっぽど私に恥をかかせたいらしい。ダンスもマナーも六年前で止まってる私にはあんな場所はどうにも合わないのに」

「でしたら手始めに、その口調を正してくださいませ。まだ町娘の方が可愛らしく喋りますよ?」

「厳しいなぁウィナは。ま、でもこの小言が聞けるのも後少しかもしれないし、心に染み込ませとくよ」

「また、お嬢様はそんな事仰って」

「あの人の事だし、私は辺境の地で隠居生活している御方の後妻に納まるかもしれないよ?」

「でしたらウィナは、付いて行くだけでございます。ご安心を、小言はいつでも聞けますわ」



マリアナは貰った招待状を大雑把に破いて侍女に渡す。 またも眉間の皺が深くなるが、そうなる事を分かっていたウィナは溜め息を吐きつつ持っていた空の封筒に招待状の破片を入れた。

また断りの連絡を入れなきゃいけない事に胃が痛くなりそうだった。

用意のいい侍女に微笑みかけ、マリアナは太陽が注ぐ庭を眺める。

大戦が終わってから半年、特にすることの無い日常が彼女の心を少しずつだが癒していった。この日向ぼっこもその一端だった。

本館には負けるが、彼女が居住を許されている別館にある庭も中々だと最近思い始めている。


大戦が終わってからすぐに実家へ帰省したのに彼女はまだ一度も本館に入れてもらえてない。

使用人に聞けばマリアナの実母であるサラシュがそう命じているらしく、その理由も薄々は彼女も感じ取ってはいるものの、本館に居る弟に一度も御目通りが叶わないのは悲しかった。

その弟こそが彼女が大戦に身を投じた理由でもあるからだ。


大戦では最初の一年で予想以上の多くの死者が出た。それを補充するために各家に召集がかかったのだ。

早くに病で弟以外の男手を無くしたフランシズ家にとってはこの召集は次期当主の座に治る弟に死にに行けと言っているものだった。その子は、当時八歳。兵士として出すには幼過ぎる。

そこで話に上がったのが当時十二歳のマリアナだった。彼女に選択の余地は無く、弟の代わりに努めてきなさいと言われるがままに訓練施設へ身を投じた。

もちろん、彼女の意思も存在した。彼女は父の面影のある弟をとにかく可愛がっていて、そんな弟を戦場に出し苦しい思いをさせるくらいなら自分が身代わりになろうと固く決意し戦場へと駆けた。

そのおかげで彼女は研鑽(けんさん)し己を高め生き残る事も出来たし、僅かだが武勲も立てれた。彼女にしたら仲間の死と引き換えに手に入れた物と言う印象が強く、誇れるものでは無いが。


そんな思いをして帰ってきたら、愛して止まない弟に会えず、来るのは女で戦場から戻ってきた彼女を物珍しさで見に来る野次馬か、話を聞きたい貴族からの招待状だ。

使用人が世話を焼いてくれるおかげで生活に不自由は無いが心が荒む。

実母に至っては帰って来てからのこの半年間、令嬢として過ごすはずだった六年間を埋めるように休む事無く何かと縁談を持ち込むが、どこの家も彼女のある問題を理由に体良く断られていた。



そしてそれは、今日もやってくる。


ウィナと同じく音を立てずに静々歩く姿は正に貴族夫人だ。

一重の切れ長の目を更に細くしてマリアナを睨め付ける。

マリアナの実母、サラシュだった。



「また行かないのですか? 」

「………母様、来てたんですか」

「その口調お辞めなさい。何度も言いましたよ。ここは軍ではないの、大戦の話をしたく無いならまずは自分で戦場の臭いを断ち切りなさいな。 で、行かないおつもりなのかしら?と聞いているのだけど」



態とらしく溜め息を零され彼女は僅かに苛立った。

昔から馬が合わないのである。召集される前も散々苦言を言われてた記憶はあるが、帰って来てからは一日に何回かはこうして嫌味を言われるのだ。

好感度は地面にめり込み穴を掘っている。



「……行きません」

「折角のお誘いなのよ?」

「行く意味も無い。…母様は余程早く私を厄介払いしたいようですね」

「まさか。でも行く気が無いなら丁度いいわね。 これを渡しておくわ、きちんと読むように」

「……手紙、ですか?」



手渡されそれを受け取る。

封蝋で閉じられ僅かに香が焚かれたのか良い香りがした。

あいにくマリアナには家紋が何処の家かまでは分からなかったが、それ以外は一目で分かる。これの差出人は爵位の高い者でしかも同盟国からの物。

でなければサラシュが態々マリアナに元に訪れる事は無かっただろう。


宛名にはサラシュの名前とマリアナの名前が書かれていた。

中を確認しようと紙を出すと、マリアナの自国で最近流行っていると聞いた淡い桃色をした便箋が顔を出した。 あまり触れる機会の無かった可愛らしさに思わず手を止めてしまう。

サラシュは意味有り気に笑った。



「貴女も隅に置けないわね、いつの間にシュドレッジ家と繋がりを持ったのかしら」

「シュドレッジ家って、……あの公爵家の!?」



つい声が出てしまったマリアナは慌てて手で口を抑え、一歩下がり頭を下げる。いつもならサラシュの怒号が飛ぶところだが、今日はどうにも機嫌がいいらしい。



「先方、貴女を娶りたいそうよ。式は向こうで上げたいんですって」

「式って…、婚約ではなく結婚と言う事ですかっ?」

「ええそうよ。何か不満でも?」

「いえ、色々飛ばしすぎですし、随分といきなりの申し出だなとは思いますが…」

「少なくとも貴女に拒否権は無いと母は思いますよ。戦場帰りの女性を好き好んで娶りたい者はおりませんからね」



サラシュは視線をマリアナの左の横腹に向ける。

服の上からでは分からないがそこにはある印がかつて刻まれていた。


魔術師は魔術印を体に刻む事でその印を媒体にし魔術を発動させる事が出来る。

その印は様々で多くは家紋を魔術印にしている。だがその家紋を受け継ぐのは代々当主の男性だけで女性は受印せず結婚する男の家紋から印を別けてもらうのが習わしだ。

だが、わずか十三歳で戦場に出る事になったマリアナはその時婚約者も居なければ別けてもらえる相手も居るはずなく、既に家紋は弟に渡っていた事からリスクはあるが軍が皇帝に渡され施用しているに皇帝印を受印したのだ。


そしてそのリスクは軍を退役する時に付いて回る。

魔術で肌にそしてその下の細胞にまで刻まれた印は完全に取り除くのは不可能で、唯一効果的なのが魔術によるその皮膚に焼印を入れて封じる方法だった。

悪用を避けるためにいくら功績を残そうともその施術を受けないと軍からは退役出来ない。と、なると選択肢は残されていない。

マリアナはそれを受け、横腹には消えない傷を残した。

焼印など入れてる女の体はあまり気乗りしないらしく、体良く婚約を断られるのもこれが原因だった。


彼女はようやく合点がいった。

今までの怒涛のお見合いは断られると分かってて()しかけ、この話に首を縦に振らせるための捨て石だったのだ。


サラシュは含み笑いを一つ浮かべると懐からまた紙を取り出す。



「出国許可証よ。一週間後に港に先方からの迎えが来るそうだから、準備きちんとしておきなさいな」

「……では最後に弟に会わせていただけませんか?」

「許可いたしません。あの子には貴女の様な姉は似付かわしくありませんからね」

「奥様、それはあんまりなのではっ!?」



食ってかかろうとするウィナを手で制す。

サラシュは異常と言うまでに上下関係に厳しい。マリアナが召集される時、引き止めようと見方してくれた者達が一人も屋敷に残って居ないのがいい証拠だ。声を荒げればウィナにまで火の粉が飛んでしまうとマリアナは分かっていた。

自分が居なくなった後、この可愛らしい侍女が冷遇されるのは耐えられない。

このまま頷いてしまえば、全ては丸く収まる。

弟を死なせない為に戦場に出て帰って来れたのだから、自分はもう目的は果たしていると、言い聞かせた。


すでに本館に戻ろうとしているサラシュの背に声をかける。



「分かりました。では一週間後出て行きます」

「そうしてちょうだい。あぁ、心配しなくても大丈夫よ、ウィナは貴女に着かせるから。」

「………どう言う意味ですか?」



サラシュは振り返り、笑う。



「そのままの意味よ。一緒に国境を渡りなさいな」



マリアナの手元にある書類には確かに二人の名前が書いてある。


彼女の第二の人生が少しづつ動き始めているのだった。


マリアナのお相手はまだ家名しか出てきませんが、次の次のぐらいには登場すると思います(゜o゜;;

どうか暫しお待ちを…!

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