水面の表裏
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アタシが出会ったのは、なんかワケありの少女だった。
少女の名前は、水上つむぎ。大規模な移植手術の末に生還した中学生の女の子だ。
「……あー。お前が、水上つむぎか?」
「はい。……今日は、取材よろしくお願いします」
「よろしく。……記録用に、録音してもいいか?」
「はい、どうぞ」
そう、アタシは彼女に取材をしにきたのだ。
アタシが所属している、星花女子学園新聞部。数日前、そこに「隣町の中学校に奇跡の生還を遂げた少女がいる」という彼女のネタが上がってきた。彼女の取材を担当することになったアタシは、彼女の地元である海谷市のとあるファミレスを取材場所として指定した。
「んじゃ、まずは……。どうして、こんな取材を受けてくれたんだ?」
「……いろんな人に私達のことを知ってもらって、少しでも私達と似たような境遇を持つ人の助けになればと思って」
「……その『私達』っていうのは?」
「……元々の一人称は『私』だったんです。……前に、私は家に火をつけられて、生死をさまよいました。家が崩れる時に、瓦礫に巻き込まれたんです。私は、必死に願いました。『生きたい。まだ死にたくない』って。……それを救ってくれたのが、手術を担当してくれた蜩まどか先生と、私が病院に運ばれてきたのと同じ時期に亡くなった四人の女の子達でした。……一人目は、父親に虐待されて。二人目は、船の沈没事故で。三人目は、三角関係になった親友に毒を飲まされて。四人目は、通り魔に刺されて。みんな、自分には何の非もないのに死んでいきました。きっと、生きたかったはずです。だから、決めたんです。……もう、この身体は私だけのものじゃない。五人で一人の人間。それが『私達』なんです」
「…………すごいな。中学生で、その意志の強さ。感心するよ」
◆
「……今日の取材は、これで終わり。今日はありがとな」
「いえ、こちらこそ。お話を聞いてもらえて、嬉しかったです」
「んじゃ、またなにか聞きたいことがあったら連絡するから、そんときはよろしく」
「はい。………………あの」
「ん?」
呼び止められ、アタシは再び彼女の方を向いた。
「……変わった方……ですね。なんというか、ナチュラル……というか」
「ん? …………あー、態度のことか?」
「はい。……みなさん、私達に気を遣って当たり障りのないような話し方しかしてくれないので。……中学の友達とも、遊びづらくなってしまって。……ひさしぶりでした。こんなに、普通の感覚でおしゃべりできたのは」
「……他の部員によく言われる。『取材相手に対して横柄だ』って」
「……ふふ。私達は、その方がいいです。その方が…………楽しいです。今日は、本当にありがとうございました。……また、おしゃべりしてくれますか?」
「………………………………ああ、いいよ」
この日からだった。アタシが、頻繁に彼女と……いや、彼女達と会うようになったのは。
◆
それから半年以上の月日が経った春。
星花女子の寮のルームメイトである早海麗蘭が恋人を匿うと言い出したのだが、それはまた別のお話。
◆
そんなルームメイトの問題が解決して、冬がやって来た。
「うーさむさむ……。もっと暖房きかせられねーのかよ……」
なんて愚痴を言って歩く風呂上がりの桜花寮の廊下で、同じく桜花寮生で元新聞部同士の西恵玲奈とすれ違った。
「……あ、いいところに」
「ん?」
「明日、元日だから寮に残っているメンバーでお餅を持ち寄って共用スペースでパーティーしようって話が出てるんだけど、参加する?」
「……え、なにそれめんどくさ。アタシはパス。……それより、なんだよそのチョーカー。お前そんな趣味あったっけ」
「ああ、これ? これは……もらったの。クリスマスプレゼントに」
「ふーん。……なーんか飼い犬みてーだけどな」
「か、飼いい…………」
アタシが何の気なしにそう言うと、急に顔を赤らめた。そんなにそう言われたのが恥ずかしかったのか。
「……まーいいや。んじゃ、そういうことで」
「…………あっ、あ、うん……」
アタシが彼女と別れてすぐに、ズボンのポケットに入れていたスマホが細かな振動で電話の着信を知らせた。
「……もしもしつむぎ? どうした? ……ん? あー、初詣? いいよ。……ああ、いつもの待ち合わせ場所で」
アタシの名前は、水下ほとり。水上つむぎの…………彼女だ。