第一章 【第五話】
その瞬間、教室は神秘的な空気で包まれていた。
男はゆっくり教壇まで歩いていく。きっちりした黒いスーツとは似合わない青く、まるで澄んだ海のような髪に、固く閉ざされた瞳。
そして男の背後には、手のひらほどの大きさの水瓶が2つ浮いている。この時代では珍しいことではない。永久達はその男の能力なのだとすぐ分かった。
しかし、男は教壇の真ん中に立った途端、いきなりうずくまってしまった。
「せっ、先生!?」
「ううう、やっぱり無理だぁ····こんなこと、やっぱり俺じゃ無理だよぅ····」
生徒たちは混乱して物も言えなくなった。
「あああ〜俺を見てるよお〜無茶苦茶緊張してきた····どうしよう〜」
「先生、ひとまず落ち着いてください、ねっ? 立ちましょう、話はそれからです」
紅が宥めると、男は頷いてゆっくり深呼吸をする。そして立ち上がった。
教室はもう、男への好奇心で溢れていた。
「ひっ! こ、これは期待されてしまっている! どうしよう····」
しかし男はまた深呼吸をし、意を決して立ち上がる。そして震える手を抑えながらも、黒板に字を書き始めた。
「ふぅ····え、えっと····僕の名前は水瓶降夜です! よろしくお願いします!」
降夜は手本とも呼べる立派なお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
みんなが静まり返っている中、永久は立ち上がって拍手をする。
それに続いて紅も立ち上がって拍手する。そして生徒皆が降夜に拍手を送った。
降夜はどこか照れていて、嬉しそうに小さく微笑んだ。
「あ、あのっ! ちょっと押し付けがましいんですが、何か質問とかありますか? 僕で答えられる範囲ならば答えさせていただきます!」
すると永久の後ろにいた麗が美しく手を上げる。
「ずいぶん焦っていたようですが、どこの学園からおいでで?」
「え····こっ、ここが初です! まさか特待科に来れるとは思わなくて····教育実習のときは普通科だったんですけどね····」
麗は目を見開く。相当驚いているようだ。
「このような由緒正しき学科に新人が····? まだ普通科ならばありえますが····」
すると一人の生徒が手を挙げた。
「あっ、じゃあどうぞ····」
「はいっ! 先生のランクを教えてください!」
「ええっ!? その質問ってしちゃいます?」
降夜は驚いた声をあげる。声は無意識に大きくなっていたようで、叫んだあと自分の口を自分で塞いでいた。
「なっ、何か先輩方に『生徒への反感を買うから言うな』って言われてるので····ちょっと無理です····ね。本当にすみません!」
降夜は深くお辞儀をしたあと、黒板の方を向いて何かを書き始めた。
「あ、あのっ、唐突で悪いとは思ってます! 今日は、能力の基礎の復習をすると、義務づけられていますので····少々つまらないとは思いますが、お付き合い願います!」
永久は、降夜が黒板の方を向いている時にポケットに入っていた紙の切れ端を取り出す。そして常備していたシャープペンシルで、
『あの先生ってランク高いの? 低いの?』
と書き、紅にごく自然に能力で飛ばした。
いきなり手元に来た紙切れに少し動揺した紅だったが、にやけている永久を目にした途端全ての状況が飲み込めたのか、ため息をつく。
「·······!?」
そして紙切れの内容を見て目を見開いた。
サラサラと書いて紅は素早く永久に渡す。その瞳はあきれ返っていた。
永久は苦笑しつつ、紙切れを開く。
そこには、
『なぜそんなことを聞く。今更だろ?』
と書いてあった。
「ええっ! 返事はぁ?」
小声で聞くと、肩をすくめられた。
(何それ、めっちゃ気になるんですけど!)
永久はそんな衝動を抑えつつ黒板を見れば、降夜は一応書き終わったようだ。が、新品のチョークを落としてしまい、あたふたしているところだった。
(弱いと思うんだけどなぁ〜やっぱ人は見かけによらずっていうくらいだし、強いのかな?)
やはり永久はどう見ても降夜を強いとは思えなかった。
「でっ、では僭越ながら説明させていただきますねっ! まず、この世界には大きく【能力者】と、【魔術士】と言う者に分かれているのはっ、ご存知ですよねっ? その性質の違いから説明させていただきますっ!」
降夜は赤チョークでイラストを書いていく。
「まず、能力者はっ、遺伝的なもので、父方の能力が強く受け継がれますっ! しかもっ、武器がなくともっ、自分の力でっどうにかなるものが能力者ですっ!」
降夜は両手を横に出している人形のイラストを描くと、体の胸の部分に鬼火のようなマークを描き、そこから体の中に線を引いていく。
そして手のひらの場所から炎のようなものを描いて、チョークを置いた。
「こっ、このように能力者は無能力者でも持っているエネルギーのようなものを、体から直接出せるのが基本的ですっ! しっ、しかしまっ、魔術師は違いますっ!」
降夜は先ほどと同様に人の絵を描くと、魔法使いがかぶるような帽子を頭に、左手に箒を、右手に杖をそれぞれ描いた。
「このようにっ、魔術師は自分のエネルギーを出すためにっ、3つの物を所持していなくてはなりませんっ」
そういうと後ろを向いた降夜は、帽子と箒と杖に先程と同じ炎のようなものを描き、線でつなげた。
「まず帽子はっ、それぞれの使い魔が擬態しているものでっ、国から支持されているものですっ! 杖は攻撃系の魔法を出すもので、箒は移動系によく使われますっ」
降夜は杖からビームの様なものを描いたあと、箒に乗っている人を描いた。
「これはっ、魔術師が三歳になった時に配給されるものですっ。国で義務付けられているためっ、親が子に買わないとなるとっ、虐待となってしまうのでご注意くださいっ」
そう言うと降夜は深呼吸をして黒板の横にずれた。どうやら全て書き終わったようだ。
「よっ、よろしいでしょうかっ? それでは、急なのは分かってますっ。模擬戦を今からやりましょうっ!」
「いっ」
「今からぁ!?」
その瞬間、教室中の声が重なる。
「はっ、はいっ! 無礼はもちろん承知の上で、ですっ!」
「先生、今朝の入学式では生徒会が、決闘会以外は戦闘を禁ずると仰っていたような····」
「今日っ、先生同士で話し合った結果っ、今日限りの模擬戦のみっ、きょ、許可されましたのでっ!」
降夜は相変わらず落ち着かない態度で話す。
「じゃあ、くじ引きってどうやって?」
「えっ、えっと····しょっ、少々お待ちくださいっ!」
黒板を消し終わった降夜は次にトーナメント表を書く。
「こっ、これから皆さんにはこのくじを引いていただきますっ! そこに記載されてるっ、アルファベットを僕にっ、お伝えくださいっ。僕が書いていきますっ!」
そう伝え終わった降夜はしっかりした白い箱を取り出す。そして列の先頭に帰るよう言った。
「は〜い」
一番端の一番前に座っていた男子生徒が気だるそうに立ち上がってくじを引く。
それに続いて永久達もくじを引いて席についた。
「でっ、ではっ、くじをひらいてください! ちっ、ちなみにアルファベットはA〜Tまでありますっ! これは優勝者が決まるまで続けますのでっ!」
降夜はそう言ってアルファベットを言っていってくださいと言う。
「ええ〜っと、操延永久さんがT····っと。はい、書き終わりました!」
「ええ〜、Tって一番最後じゃん! 紅は····A!?」
「あぁ、そうみたいだな。初戦みてぇだ」
どうやら結果は永久がT、紅がA、麗がQ、下由がE、楼がNという、見事にバラける結果となった。
「そ、それではっ、学校で準備された、闘技場に移動しますのでっ、ついてきてください!」
生徒達はまた再び移動することになる。
永久はため息をついて重い腰を渋々上げた。
第五話の投稿となります。
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